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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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7

 マルティアーゼが家に戻ってから四日。

 ミサエルからの報告では、国境警備隊があの宿場に向かったそうだが今だに連絡がないという事で、更にもう一隊送り出したらしく、それも二日前の事でその後続隊からの連絡も途切れているとの事だった。

 西大城門から出て半日の所に国境の砦がある。

 大きくは無いが街道を跨ぐように砦はある、そこには百人程の警備兵が交代で門を守っていた。

 門には街道の遠くを見渡せる物見矢倉と、兵士の為の宿舎があるだけの簡素な検問所だ。

 その砦を出て道なりに進めば、北のサスタークやエスタル王国に繋がる街道と沿岸州へ行く西の街道の分かれ道がある、マルティアーゼ達がリザードマンに襲われた所は、分かれ道から一日ほど西の街道を進めばベル山への丁字路に着く。

 馬で走れば片道半日も掛からず着くはずだが、先発隊が出てから既に四日、後発隊でも二日が経っているので、とうに宿場には着いているはずである。

 砦に残った約半分の警備兵は、砦の隊長の命により砦の出入りを一時禁止し、国元に伝令を送り指示を仰いでいるという事を、砦に行ったミサエルが通行禁止の看板を見て警備兵から事情を聞いてきたのであった。

 その夜、マルティアーゼの家にはフィッシングとミサエルが来ていて、魔導師バルグが動き出したかも知れないので、いつでも動ける準備をしておいてくれと連絡してきた。




 次の日の昼過ぎ、町中が慌ただしくなった、アルデード城から騎士団が隊長に率いられて続々と通りを行進していた。

 民衆は何事かと通りに出て興味津々に一団を見ている。

 長く続く騎士団は総勢二千の騎兵隊。

 この国の兵力が約二万五千で、人口二十万弱のアルステルにしてみれば一割が兵士という事になる、その兵力の約一割が蹄と鎧の擦れる音を鳴らして進んでいた。

 エスタル王国であっても人口五十万にして兵士四万ほど、北のサスタークも兵三万ほどを有している。

 これは国軍としての兵力であり諸侯達の私軍は入っていない。

 これほどの兵力を持つ国はそうはいない、一国で兵士一万いれば立派に国として成り立つ程であり、弱小国といわれてる国でも最低五千の兵力は持っていた。

 この時代、二万五千という兵はかなりの大国に入る、その内の二千が城からタロス大通りを進みリーファス通りを西に折れて西大城門から町を出ていく。

「なんだ……戦か」

「まさか、そんな話聞いてないぞ」

「こんな平和なご時世に……」

 人々が思い思いを語り合い、鉄の鎧に長剣を携え威風堂々と馬に乗った一団が石畳をかつかつと足音を鳴らしながら通り過ぎていくのを見送った。

 最後尾の兵士達が西大城門を抜けて静かになった通りに人々が出てきて、いつも通りの活気を取り戻していく。

 中には通りに集団が出来、今の出来事について議論を始める者がいた。

 勿論、今の騒ぎを見ていたマルティアーゼ達は、急いでフィッシングの家に向かい話し合った。

 卓を囲み九人全員が揃っていた。

「とうとう兵まで動き出したな」

 ミサエルが初めに言葉をつく。

「今の所、さっきの一団は調査にいった警備兵の探索だろうな、だが十中八九あの魔導師が原因だと思うぜ、何が目的かは分からねぇが用心しておいた方が良いぜ」

 フィッシングはマルティアーゼを見て言った。

「蜥蜴を引き連れてきて何をするかだね、まさか蜥蜴で町を襲うなんて事は無いと思うよ、もっと何か悪巧みを計画してるはずだよ」

 デビッドが皆の後ろからそっと意見を言う。

「だが騎士団が動いたという事は、警備兵では対応出来なくなったという事なんだろう……何かしらの事件と感じているかも知れないぞ」

 ミサエルはそう言って考え込みながら、

「向こうから出てきてくれた方が対応もし易いんだけどな、どうも後手に回されてるような気がするよな」

 しかし相手の手の内が分からないのではどうにも出来ない事だと、ミサエルは首を振った。

「とにかく今は西の国境は封鎖されてるんだ、俺達には俺達でやれる事をするしかねぇと思うぜ」

 とフィッシングが言い、マルティアーゼに斧を返した。

「長い間借りちまって悪かったな」

 無事にマルティアーゼの手元に戻ってきた。

「良い剣は出来たのかしら」

 マルティアーゼが聞くとフィッシングの隣に座っていたオットが、

「まだだよ、もう少しだから頑張って作るよ、それにしてもそれを作った鍛冶屋は凄い腕前だね、私の知らない製造方法がふんだんに使われていたよ、お陰で腕が上がった気分だよ、お魚さんは当分働き詰めでお金を稼がないといけなくなったみたいだけどね、はははっ」

 そう言うと腕を上げて力こぶを見せるオットと、顔色が冴えないフィッシングを見てマルティアーゼは笑った。

「そう……お魚さんも私と同じ地獄の金策に走るのね……」

 マルティアーゼは我が身を思い出して身震いをすると、話題が変わったという事はもう議論する事はないのかとミサエルが席を立った。

「さて……俺は城の方に行ってくる、状況が分かったら戻ってくるよ」

「じゃあ僕も一緒に行くです」

 ミサエルの後をバルートも続いて出て行った。

「私達も帰りますか?」

 トムが言ってきたのでマルティアーゼ達も席を立って帰ろうとすると、

「ミエール、もう少しだけマル達と頼むぜ」

 フィッシングがミエールによく見ておいてくれと目配せで頼んだ。

「……ええ分かってるわよ、私としては楽しいからずっと向こうにいても良いんだけどね」

 ミエールは笑いながら答えると、

「…………」

 フィッシングは何とも言えない顔をした。

「……嘘よ」

 ミエールが間を置いて言葉にした。

 マルティアーゼ達が家に帰っていくと、居間に残ったフィッシングはオットに剣の製作を促した。

「そうだね後少しだから気合いを入れて仕上げようかね」

 オットは伸びをしながら作業場に姿を消していくと、一人になったフィッシングはこれからどうしたものかと考え込んだ。

(マルを狙ってるにしても、あれぐらいの魔導師なら隠密に行動してマルだけを狙えば簡単だろう、大袈裟に騒ぎ立てて何かあるのか……それか奴の計画のついでにマルを狙うとしたら……マルをどこか別の場所に移動させちまえば助けられるんじゃねえのか、少なくとも計画が終わるまで奴の手が回らねぇ所に……)

 などと考えていた。

 一国の公女の失踪はまだサスタークの邸宅に住んでいた頃、親が話してるのをちらりと聞いたような記憶を思い出した。

 同じ年頃の女の子がいなくなったらしく、国が大捜索網を敷いているとの噂がまことしやかに流れていた。

 一部の王侯貴族だけの間だけにしか公には公表されてない秘密裏な捜索らしく、詳しい情報は子爵ぐらいの所には聞こえてこない。

 その後はどうなったのかは何も情報はなかったので、見つかったのかどうかは分からなかった。

 その公女がいまやギルドマスターとして傭兵家業をしていたなどとは誰も思わないだろう、これが知られたら国を挙げてマルティアーゼを連れ戻しに来るのは必然だった。

 それがマルティアーゼにとって良い事なのかは本人次第なのだが、今は彼女を保護してもらい監視の下で守られている方が安心すると思わずにはいられなかった。

(俺達だけで守れるのか、ただの傭兵には荷が重すぎるぜ)

 元は子爵の出という事もあり、身分の重さや責任の大きさは知っている、自身もその重さに耐えきれなくなり国を出てきた身だ、マルティアーゼも同じような理由だろうから国元に知られるのは本望ではないはずである、となるとやはり俺達だけで何とかしなければいけない事になる。

 フィッシングの思いを知らずに、マルティアーゼ達は家路に着くと変わらぬ生活を過ごしていた。




 アルデード城から出た騎士団一行は夕方前に砦に着き、点呼を取るとそのまま休憩もせず街道に進軍してき、翌日の昼過ぎに先頭が途中の宿場に到着した。

 古い街道は幅が狭く馬が三頭並べるぐらいしかない、行軍の遅れにより全員が宿場に到着した時には夕方になってしまった。

 街道にある数少ない宿場町で、予定より遅れたが目的の宿場には明日には必ず着くだろうと今日はこの宿場で休む事にした。

 全員が宿に泊まる事が出来ないので隊長と補佐役のみとなって、他の者は道端に馬を止め、休憩の伝令が全軍に声を掛けていく。

 狭い街道に十から二十人が固まり、火を起こして暖を取る準備をしていた。

 夜になると急に冷え込んでくる、それに街灯もない所で焚き火と周りに置いた篝火だけが唯一の明かりだった。

 点々と続く焚き火を使い各々携帯してきた食料を出して温めて食べる者、仮眠をする者、談話をする者とそれぞれの休憩を取っていた。

 勿論歩哨も交代で立て、選ばれた運の悪い兵士が周囲に気を配っているので、当番にならなかった者は安心して休む事が出来た。

 明るくなるまで何回も歩哨が入れ替わり警備に当たらなければならない、夜が更けて歩哨以外の兵士が寝静まった深夜、歩哨に当たっていた兵士が森の中に何か動く物の気配を感じた。

 恐る恐る目を凝らして森の奥を見ようとするが暗くてよく見えない。

「気持ち悪いな……おい誰かいるのか、いるなら返事をしろ」

 身震いをしながら声を掛けるが返答はない、微かに聞こえる草の音が次第に大きくなってこちらに近付いてくるのだけは分かった。

「……おい、いい加減にしろ、ふざけるんじゃないぞ」

 兵士は切れ気味に言い放つ。

 音が目前まで聞こえてくるがその姿が一行に見えないので、兵士は剣に手を掛けもう一度呼んでみた。

 ガサッガサッの音に緊張が限界まで来た時、森の中から動く物が飛び出てきてその姿を現した。

「ふう、すっきりした……うわっ!」

 突然出てきたのは仲間の兵士だった、目の前で仲間が剣を抜いて斬り掛かろうと待ち構えていたのでその兵士が驚いた。

「驚かすなよ」

「それはこっちの台詞だ、何度も声を掛けてたんだぞ、返事ぐらいしろ」

「煩えな、用を足してただけだろ」

 文句を言いながら兵士が街道に出てくる、その後ろにいる物と一緒に……。

「色々と噂がある森だぞ、もっと気を……」

 歩哨が言い終える前に森から出てきた仲間の異変に気付いた、男の後ろから手が伸びてきて、男の顔を包み込むように手の平が覆い被さったのだ。

「ひっ……」

 掴まれて驚いた仲間はそれ以上声が出せなかった。

 抱え込むように頭を掴まれた男の背後から、もう一つの顔が松明の明かりに浮かび上がった途端、男の首に噛みついた。

 ゴリッと鈍い音とともに血飛沫が舞いあがり、仲間の男は白目を向いて崩れ落ちていった。

 首の肉を半分持っていったその生き物を目の当たりにした兵士は、金切り声を上げた瞬間、森の中にから一斉に音が聞こえ街道にその姿を現わしたのである。

 欠損した体、鼻がひん曲がるぐらいの腐敗臭、血の気のない肌に掴みかかろうと伸ばしてくる腕と肉を欲する貪欲な牙。

 言わずとも理解できる死人の群れだった。

 いきなりの大音響が街道に響き渡り、目覚めた兵士達は最初何が起きたのか状況が分からぬまま、森から出てきたゾンビに襲われていく。

 寝たままの者、直ぐに起き剣を抜いて対応する者、街道にいた騎士団はあっという間に混乱した。

 気付けば阿鼻叫喚の渦中にいる事を知った兵士達は自分の身を守る以外、状況を整理する暇もなく闇雲に剣を振るい、そして殺されていく。

 それは隊長達の宿でも同じような状況にあった。

 宿場町の歩哨に立っていた者達は闇の中から現れたゾンビの攻撃で一瞬にして倒され、建物にゾンビが入り込んで寝ている人々を襲っていった。

 全て現れたゾンビ達の数は騎士団と同等の数がいて、照らされるゾンビを見た兵士はそれに驚愕した。

「あああぁぁ、お前は……」

 アルステルの警備兵の装備を身に着けていたのである。

 大混乱の中、篝火が倒され視界を奪われる暗闇の恐怖がさらに混乱を招き、二千の兵士達を飲み込んでいった。

 生き残った者達は一塊になり応戦するが、徐々に仲間がやられていき自分の番を待つだけである、次第に街道に聞こえていた悲鳴が弱まり、微かに聞こえていた剣の音が鳴り止むと静寂が一帯を包みこんだ。

 静寂の中から現れた一際大きな幽鬼のような人物。

「ふぉふぉふぉ、何度土産を送ってくるのかのう」

 にやにやと不敵に笑う魔導師バルグだった。

 周りに蠢くゾンビと操られているリザードマンを従えて満面の笑みを浮かべていた。

 二千近くのゾンビ達が兵士二千を飲み込んだ事により倍の数に膨れ上がった闇の軍団に満足している様子だった。

 生き残ったのは主人を失った馬達ぐらいで、異変から逃げたくて嘶く音に反応したゾンビ達が馬に目掛けて飛びついていく、手綱に繋がれた馬達に為す術がなくゾンビに捕まり食い殺されていった。

 生ある物が見当たらなくなると、街道には四千ものゾンビ達で埋め尽くされていた。

 二時間も掛からず騎士団を全滅させた闇の軍団は、魔導師バルグの指揮の下、そのままアルステルへと街道を歩き出し、足音だけを響かせてぞろぞろと行進していく。

 倍以上に膨れあがった闇の軍団は昼間は森に隠れ、日が落ちるとまた街道に姿を現した、アルステルと北に行く二叉に差し掛かる手前で急に方向を変えて南の森林の中に姿を消していく。

 森の中を南下した軍団は検問所脇の茂みから現れると、伝令の為に開けておいた門に姿を現し砦を急襲した。

 見張り台の兵士からは、茂みからぞろぞろと溢れ出る黒い物体が検問所を埋め尽くしていくのを見て驚愕の表情で鐘を鳴らす。

 鐘を鳴らしたが時既に遅く、宿舎の中から警備兵の悲鳴だけが木霊し、短時間で検問所を占拠した軍団の次なる目的地へ勢いを止めずに進み始めた。

このまま道なりに進めば、もう姿を隠せる場所のない平坦な道のりの先にはアルステルしかない。

 闇の軍団は粛々と歩を進める、町の人々今夜が最後の日となるかも知れない長い夜になるとは露程にも思っておらず、いつもの夜を過ごしていた。

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