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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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6

 ぼんやりでも明かりが見えれば安心感が湧くのは人の性だろう。

 南門から北に伸びるタロス大通りを真っ直ぐ歩いて行くと、東西に走るリーファス大通りの交差点に出る。

 大通りの両端には所狭しと露店が並んでいて人で混み合っていた。

 その日獲れた川魚や新鮮な野菜を使った料理を店先で食べている人の声や、物売りの大きな声が入り交じり盛況を博していた。

 マルティアーゼ達は交差点を西に折れリーファス通りに入ると、帰る前に屋台で食事を済ませてから北西のティルムド地区の家に戻っていった。

 ティルムド地区は町の西端、西大城門の壁沿いを北に歩いて行くとある住宅地区で、二階建ての家を皆で稼いだお金で購入した思い入れのある家で、住み心地のとてもいい良物件である。

 すでに帰っていたデビッドに帰宅を告げると、二階のスーグリの部屋をミエールに貸して、スーグリはマルティアーゼの部屋で一緒に寝る事にした。

 スーグリが自分の荷物をマルティアーゼの部屋に荷物を移している間に、マルティアーゼは湯浴みの準備をしていた。

 湯を張り終えたマルティアーゼが女性達を呼びに部屋へ行くと、着替えを持った三人は風呂場に向かう。

「三人だとちょっと狭いかも知れないけど、大丈夫よね」

 マルティアーゼがミエールに言った。

 スーグリも服を脱ぎ捨て風呂場に飛び込む、その後に風呂場に入っていくとマルティアーゼが湯船に浸かっているスーグリを見て、

「こらっ身体を洗ってないのに浸からないでよ、洗ってあげるから出てきなさい」

 顔まで浸かったスーグリがそろりと湯船から出て来る。

「ほら、向こう向いて」

 臭い消しの花の入った布袋を湯で濡らして泡立たせると、スーグリの全身を擦り始めた。

「いつもいつも身体洗ってから入りなさいって言ってるのに……」

「だって寒いんだもん、温まってからの方が気持ちいいし」

 首筋から腰を洗うと脇の下から胸へと順番に洗っていく。

「くすぐったいよ、あははっ」

 笑いが止まらないスーグリが身をよじらせ、足のつま先から上に洗い進めていくと、

「……あぁん」

 大腿部の付け根までくると、スーグリが声を上げた。

「嫌だ……変な声を出さないでよ」

「マルさんが変なとこ洗うから、声出ちゃうんだもん」

「変なとこって、此処が変なとこなのかしら?」

 なおも声を上げるスーグリを執拗に攻めまくる。

「もう、自分で洗う!」

 耐えきれなくなったスーグリが叫んだ。

「そう……あとは頭だけだし、自分でどうぞ」

 そういうとマルティアーゼは自分の身体を洗い始める、後ろではミエールが静かに身体を洗い湯で流していた。

「今度は私がマルさんを洗ってあげる」

 振り向いてマルティアーゼから布袋を取り上げたスーグリが、悪い顔をしながらマルティアーゼの胸を擦り始めた。

「もう洗ったからいいわよ……」

「遠慮しないで、よく洗わないと駄目ですよ、特にこの殺人おっぱいは……ふんふん」

 なにか憎しみでもあるかのように、スーグリは胸ばかり洗い続けた。

「もういいわよ、頭が洗えないわよ」

 先に洗い終えたミエールは一人静かに湯船に浸かって目を閉じていた。

 前だけが泡だらけになったのにまだ洗おうと必死の形相のスーグリに、マルティアーゼが湯をくみ上げて彼女にぶっかけた。

「ぶううう、ぶるぶるっ」

 全身泡だらけのスーグリが頭から洗い流されていく。

「さっさと入りなさいよ」

「……むうぅ」

 立ち上がったスーグリがミエールの隣に並んで入る。

「なんで胸ばかり洗うのよ……」

 マルティアーゼはじっとスーグリの胸を見ていた。

 スーグリは見られている事に気付くとと頬を膨らませてマールを睨んだ。

 マルティアーゼは何も言わず、澄ましたまま黙々と全身を洗い終えると湯船に浸かった。

 やはり三人だと狭く、マルティアーゼはスーグリを膝の上に座るように言った。

 浴槽の両端には段差がついており対面に座りながら入る事が出来るのだが、三人が座るには狭かった。

「本当に仲がいいわね二人は、姉妹みたいだわ」

 ミエールがぼそっと二人を見て言う。

「もっとお行儀が良ければねぇ」

 マルティアーゼがスーグリの髪にお湯を掛けながら言うと、スーグリはにやけながら目を瞑って笑っていた。

「私の所は女一人でしょ、男共と話をしても武器だ怪物だって、そんな話ばっかりだからつまんないのよ、お風呂や寝室もいつも一人だし、寂しい時があっても話す相手が馬鹿しかいないのよねぇ」

 ミエールが窓の外をやりながら話した。

「そうなの……私の所は逆に無愛想よ、真面目と言えば聞こえはいいけど、ねぇスグリ」

「そんなこと無いですよ、トムさんは優しいしデビさんは話してると冗談言ってくるから楽しいですよ」

「あれは捻くれ者よ、いつも一人で分かった風にしてるんですもの」

「どこも男は同じようなものなのね、ミサやフィッシュさんはいつも遊びばかり考えてるし、いやらしいのよ」

 ミエールが眉を下げて苦笑いを見せた。

「トムやデビはそういうのはないけど、こっちにはスグリがいるから」

 二人が笑うとスーグリが怒った。

「どういう意味ですか、マルさん」

 マルティアーゼにもたれ掛かり、上目使いで仰ぎ見てくる。

「ふふっ、さぁ百数えたら上がるわよ」

 マルティアーゼ達がお風呂から上がり、居間で一杯の水を飲むと自室へ戻った。 部屋の前でミエールに挨拶を交わすと、マルティアーゼは髪を乾かしスーグリと一緒の布団に入って眠りについた。




 次の日、空は一転して晴れ渡り綺麗な青と白の縞々を描いていた。

 デビッドは朝早くに起きると、朝食を食べ情報集めに出かけていて既に家にはいなかった。

 マルティアーゼ達は秘薬を買いに行こうとトムを誘うが、彼は誰かから連絡あるといけないから留守番をしておくと言った。

 仕方ないので三人で町の導具屋に向かう。

 肌をくすぐる気持ちの良い風が吹いており、もう暫くするとこの風も肌寒く感じてくるだろう、短い秋は直に終わり寒さ凍える冬になって行くんだなと感じ始める季節だ。

 町を歩く人々の中には肌の露出を減らして、長袖の服を着ている人もちらほらと見受けられた。

 この国の生産業は農業だったため、冬でも採れる食料を売る事が出来るよう国がリーファス通りの西端から東端まで、長く続く通りに簡易の屋根を雪が降る前に設置して、寒い季節でも露店を出せるように国民の生活を考えていた。

 こういった試みが始まってから国の生活水準も大きく変わり、国民には喜ばれていた。

 三人の歩く道の端には大きな窪みが等間隔に空いていて、使わない時は木の杭で埋められていたが、今はそれが外されているのでそろそろ屋根の建設が始まるんだと、町の人々はそういう時期になってきたのを感じ始める。

 その窪みに足を取られないように歩かないと、毎年必ず誰かがつまずいて怪我をしているので、三人は道の真ん中を歩きながらリーファス通りの南側の路地に入っていき小路を進んだ。

 この小路を抜けると魔道士が導具屋を開き魔道関係の商売をしている。

 その中にマルティアーゼの行きつけの店があり、そこでいつも必要な物を大量に買っていた。

 殆どが秘薬だったが、今日は短杖も購入しようとマルティアーゼが店の主の老婆に品物を渡すと、

「あらあら、短杖をお探しだったのかい? お嬢ちゃんはいつもは秘薬ばかり買っていくのに珍しいね」

「ええ、ちょっとね魔法戦も想定して持っておこうかと思ってるのよ」

「そうかい、そうかい」

 老婆が少し考えて、マルティアーゼを見て頷いた。

「それならちょっと待ってておくれよ」

 老婆は背中の曲がった重い腰を上げて店の奥に姿を消す。

 暫くすると手には年季の入った短杖を持って来て、それをマルティアーゼに渡した。

「……これは?」

 マルティアーゼが老婆に聞くと、

「それはね、昔あたしが使ってた物なんだけどね、あたしゃもう見ての通りの歳だから此処で物売りしてるだけで満足だしね、それも売っても良いんだけど、それには思い出が詰まってるもんで値段つけるのも何だかねぇと思って手放せなかったんだよ、お嬢ちゃんはいつもあたしの話し相手をしてくれてたから、良かったら使ってくれんかの」

「まぁ……そんな大事な物、いけないわお婆さん」

「いやいや良いんですよ、杖も使わなけりゃただの棒、誰かに使ってもらった方が良いじゃないかい、それにただの短杖じゃないよ、あたしが若い頃見つけた魔樹から作った短杖だからね、これで幾多の戦場を切り抜けたものか」

「まぁ、そんなに高価な物を」

「ほっほっ、どんなに高価な物でも使う者が老いぼれてしまってはね、いつも来てくれるお嬢ちゃんならあげても良いと思ったんだよ、またそれを使ってくれたら話を聞かせてくれないかね」

 皺だらけになった顔に笑みを浮かばせる。

「まぁ……有り難うお婆さん、今日は来て良かったわ、大事に使わせてもらうわ」

 老婆が笑顔で何度も頷く。

 マルティアーゼは受け取った短杖を眺めた、簡素な作りで木を削り先端に赤い宝石を埋め込んだだけの物だったが、握っていると大きな魔力が流れ込んでくる感覚を覚えた。

 それを大事そうに腰のベルトに差し込んで、買おうと思っていた短杖は主に返した。

「今日は素敵な買い物が出来て良かったわ、有難うお婆さん」

 大きな袋に秘薬を詰め込み、その他の雑貨品は別の袋に入れて店を出ていく際、老婆が手を振って見送ってくれた。

「良かったわね、良い物が手に入って」

 隣で歩くミエールが言うとスーグリが羨ましそうに、

「いいなぁマルさん、私もそんなのが欲しいです」

「駄目よこれは……貴方にはこれ」

 するとマルティアーゼは袋から革のベルトを取り出して渡した。

 小指の先ほどの小さな雫の形をした水晶が付いているが、ベルトにしては短くそして細かった。

「これは?」

「首輪よ、着けてみて」

 スーグリが言われた通りに自分の首に装着してみる。

 首輪のベルトが余るぐらいスーグリの首は細かったが、マルティアーゼがピタリと合うように調整してあげると、

「どう、苦しくない? きついと擦れて痛くなるから少し緩めが良いわよ」

 スーグリが首を上下左右動かして感触を確かめてみる。

「うん、大丈夫です」

「こっちに顔向けて」

 真っ直ぐマルティアーゼの方に顔を向ける、彼女は少し体を後ろに下がって全体を確認してみた、その隣でミエールも一緒に眺めた。

「いいわねぇ、よく似合ってるわよ、可愛いわ」

「そうね、スグリちゃん可愛いわよ」

 二人に言われてスーグリは照れた。

 薄い茶色の首輪は水色の水晶が喉仏の下できらきらと輝いている、可愛いと言われてスーグリは機嫌を取り戻してはしゃいでいた。

「ミエールは何を買ったの?」

「私はこれぐらいかな」

 右手の人差し指に二つの赤い輪が交差した指輪が嵌められていた。

「綺麗ね、なんか炎みたい」

 赤のなかに薄く黄色や白も混ざっていて、角度によって揺らめく炎のように見えるのが気に入ったみたいだった。

「でしょう、なんか気になっちゃって買っちゃった」

 それぞれ気に入った物を手に入れ満足した様子で家路に着くと、家にはデビッドが帰っておりトムと居間で話をしていた。

「やぁお帰り」

 デビッドがマルティアーゼ達を見て挨拶してきた。

「何か収穫はあったの?」

 マルティアーゼが聞くと首を振って、

「無いね、まだこの辺りの情報屋しか聞き込みをしてないから、明日はもう少し遠くまで行ってみるつもりだよ」

「そう……私も何かしてあげたいけどお魚さんがじっとしてろって煩いのよね」

「駄目よ、マルちゃんは何もしなくても……フィッシュさん達に任せてゆっくりしておけばいいの」

 横からミエールが心配そうにマルティアーゼに言ってくる。

「でもなんでマルだけが狙われるんだ? その宿にはトムやスグリ、他にミエールさん達も居たんだろ、その中でマルだけが狙われるって事は何かその魔道師と宿であったって事なのかい?」

 核心を突かれマルティアーゼが慌てていると、トムが代わりに答えてきた。

「それはマルさんが相手の悪巧みに気付いて殺されそうになった時に、フィッシュさん達が部屋に来てくれたので……殺し損ねた事に腹を立てた相手がまた来ると捨て台詞を残して行ったんですよ」

 何とか誤魔化したつもりだがデビッドは納得した様子はなく、首をかしげてトムにもう一度聞いてきた。

「でもその時、その場にトムも居たんだろう、ならトムも狙われてもおかしくないんじゃないかな、それに他の者に知られると面倒な事になるのなら、その場で全員殺しておいた方がいいんじゃないかな」

「そ、それは……」

 トムがどう答えようか迷っていると、次にマルティアーゼが答えた。

「トムは壁に飛ばされて気絶したと思ったのよ、私に計画の事を話されたくないなら皆には手を出さないでと持ちかけたのよ、それを信用したかどうかは分からないけど……」

 なんとも苦しい言い訳で辻褄合わせをしたが、デビッドはまだ何か言いたそうにしていたのだがそれ以上は聞いてこないで考え込んでいた。

「ね……ねぇ、スグリちゃんの首飾りどう思う、可愛いでしょう?」

 此処ぞとばかりにミエールがすかさず話題をトムに振る。

「おおっ……いいね、よく似合ってるよスグリ」

 トムも話に乗って大袈裟に場の雰囲気を変えようとした。

「そうですかぁ、えへへ」

 スーグリはトムに言われて嬉しそうだったが、

「飼い猫みたいだ」

 デビッドが腕を組みながらスーグリを眺めていた。

「私は猫じゃないですよ」

 スーグリが怒って地団駄を踏むと、マルティアーゼもその姿を見て、

「そうねぇ、言われてみれば……」

 組んだ腕に片手を顎に当てて言う。

「マルさんまで、きいぃ……」

 スーグリがマルティアーゼに飛びつき彼女の首にぶら下がると、マルティアーゼは笑いながら頭を撫でて謝った。

「まさに猫だな」

 ぼそりとデビッドが呟くと、ミエールやトムも感心したかのように頷く。

 その日は何事も無く進展のある情報も入ってこず、次の日も相変わらずの良い天気で、家にじっとしてるのも勿体無いとマルティアーゼ達はミエールの家に行ってみたが、オット以外、皆出かけていた。

 マルティアーゼの斧を見せてもらい感心したオットは、鍛冶屋魂に火が付いたのか、黙々と斧を眺め細部の装飾はこういう絵柄になっているのか、接合部分はこんな技法で繋げているのかと、マルティアーゼ達には分からない専門用語で研究していた。

 オットが言うには、皆、朝から晩まで色々と走り回っては昼前に帰ってきて、飯を食うとすぐにまた出掛けて行ったとの事だった。

 マルティアーゼ達三人もオットの邪魔をしてはと長居はせず、ミエールが着替えを取ってくるのを待って、オットに挨拶をすると家を出た。

 オットは自分の仕事に夢中で、ああっと短く手を振っただけで終始マルティアーゼの斧に夢中だった。

 何事もない日々が過ぎていくと、不安も高まってくる。

 何時、何処で魔導師バルグが襲ってくるのかと考えると、否が応でも緊張が膨らみ日増しに不安が募ってくる。

 緊張が解ける前に現れてくれた方が時にはいいのだが、長引くとどうしても緊張が緩んでくる、こちらからは相手が何処で何をしているのか皆目見当がつかないので、打って出る事も出来ないもどかしさがあった。

 穏やかな時間を過ごしていると、平和で楽しく悪い事など起きていないのではないかと錯覚してしまう時がある。

 それをたまにやって来るミサエルやバルートから近況を報告してくれる事で、緩みがちな緊張を取り戻させてはくれていた。

 マルティアーゼ達の出来る事は装備の確認や必要な道具を揃えるぐらいで、何もしないよりは手入れをして来たるべき時を待った。

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