5
空はどんよりと雲が広がり今にも降り出しそうな天候だった。
日差しは無く、窓を開けていると気持ちの良い湿り気の帯びた風がそっと部屋に流れ込んできて、肌を撫でて通り過ぎていく。
窓の外からはカラカラと乾いた石畳をゆく馬車の足音が時折聞こえるだけで、町はとても静かだった。
すやすやと気持ちの良さそうな寝息を立て、マルティアーゼとミエールが仲良く同じ寝台で寝ていた。
宿屋の一階の食堂では少し元気が出たのか、トムとバルートが話をしている。
マルティアーゼ達が寝ると云っていたので、トムが下で話そうと気を使ってくれていた。
それにトムも寝台で寝てばかりだと身体が痛くなって、少し動いた方が気分がいいと言ったからでもある。
毒も薬のおかげで消え、後は体力の回復だけだ。
熱いお茶を啜りながら会話をしていると、宿屋にスーグリとデビットが一緒やって来た。
「やあ、元気そうだねトム、身体の方はいいのかい?」
宿に入るやトムを見つけたデビッドが呑気に声を掛けてくる。
「はい、身体の方は問題無いですが体力の方がまだ本調子じゃないですね、少しだるさが残ってますが普通に動けますよ」
卓に向かってくるデビッドに言った。
店はがらんとしておりトム達以外誰も居らず、卓についたデビッドはフードを下ろして髪を整える。
スーグリは皆の飲み物を頼みに店主の所に向かっていた。
「それでマルは?」
「マルさんならミエールさんと上で寝てるです」
デビッドはマルティアーゼの姿がない事に聞くとバルートが答えてくれた。
デビッドはラビット・ポンズの唯一の純粋な魔道士で、皆の信頼が厚くマルティアーゼの右腕であり兼引き止め役でもあった。
トムとスーグリはマルティアーゼを崇拝の眼差しで見ていた為、彼女が何かしようとしても止めようとしなかったので、マルティアーゼを諭したり注意をしている内に何となくそれが役目みたいになっていた。
スーグリと同い年だが冷静に物事を判断して行動するので、大人びていて物腰も穏やかだった。
しかしマルティアーゼとは性格が正反対なので、それが丁度良い関係にもなっているた。
まだ幼さの残る童顔に優しそうな茶色の目をしているが、時折見せる発言や見識は立派な大人だった。
普段はあっけらかんと物事に対して興味がなさそうな言葉使いをするが、何か問題がある時など、後ろで無駄口も挟まずそっと聞き耳を立てて一人じっと考えているなど、皆の中心で議論するような性格ではない。
そういうのはマルティアーゼに任せておけば良い事だと本人は思っているのかも知れない。
自身は一歩引いた位置から客観的思考をした方が、問題解決に近付くのだというのが持論だった。
「もうすぐ夕方だよ、何時まで寝てるんだろうね、呑気なもんだね」
「いや、結構遅くまでミエールさんと話し込んでたみたいですよ」
悪態をつくデビッドにトムが言葉を返す。
「それで向こうの方はどうでしたか?」
代わってトムがデビットに聞き返した。
「ああ、流石に暑かったよ、でも食べ物も美味しかったし海も綺麗だったね」
デビッドが嬉しそうに言った。
「何処か行ってたですか?」
バルートが何の話だと聞くと、
「一昨日メラルドから帰ってきたんだ、一ヶ月半ほど旅行でね」
「わあいいなぁ……メラルドって南国の国ですね、行ったこと無いけど、どんなとこだったですか?」
「そうだねぇ、人々はみんな陽気だったよ、肌も日焼けして浅黒くて毎日がお祭り騒ぎだったよ、国情も開放的で国境での検問もさほど厳しくは無かったし、町も賑やかで珍しい食べ物や飲み物が売ってたよ」
「一人で行ってたですか?」
「うん、たまには一人でゆっくりしたい時もあるんだよ、毎日マルのお喋り相手だと疲れるからね」
デビットが子供のように答えると皆が笑う。
「マルさんに知られたら怒っちゃいますよ」
飲み物を運んできたスーグリが笑いながら言った。
「ここだけの話にしておいてよ、知られると後が煩そうだから」
デビッドは人差し指を口に当てて口止めをした。
「お城の方はどうでしたか、変わってたでしょう」
「ああ、トムの云ってた通り変わったお城だったね、尖った塔がいっぱい建っていて尖端だけが丸くなってたよ、流石に城の警備の方は厳重にだったから遠くから見るだけだったけどね、それでも見に行った甲斐はあったよ」
「ああいう建物はこちらではありませんからね」
トムは教えて良かったと、にこりと微笑んだ。
「トムさんも行った事があるんですか? そんな事今まで言ってくれなかったのにずるいです」
スーグリがばたばたと卓を叩いて悔しそうに嘆いた。
「ははっ、前に少しあの辺りを旅してた事があったんだ、デビさんが何処か良い旅行先は無いかって云ってたから教えてあげたんだ」
拗ねたスーグリを宥めるように答える。
「でも不思議です、トムさんってマルさんと一緒に旅してたんですよね、もしかしてその……つ、付き合ってるとか……いつも一緒だし」
スーグリが照れながら上目遣いでトムを見てくる。
「な、何を言ってるんだスグリ、そんな事あるわけ無いだろ、ひ……マルさんには旅の途中で拾われたんだよ、その恩返しで一緒に旅をしてただけだ」
いきなり何を言い出すんだと慌ててトムは否定した。
「むぅ、なんで慌ててるんですか、怪しいですよ」
じっとトムを見つめるスーグリの頬が膨らむ。
「何もないし、そんな関係の訳がない、そりゃあ美しいとは思うけど……それだけだし、だいたいあの性格……ごほっ、どう思いますかデビさん」
デビッドに話を振って逃れようとするトムに、
「ないな」
デビットはきっぱりと返答する。
「バルートさんならどうだい? マルの事」
デビッドがバルートに聞いてみた。
「え? 僕ですか、僕は……そりゃあマルさんは綺麗だし魅力的だし……でも僕とは釣り合わないからなぁ、高嶺の花です」
「と言うことは好きだって事なんだね」
「えええっ……なんでそうなるですか?」
心中察せられて、バルートの顔が赤くなる。
「だって否定も肯定もしなかったよ……はははっ冗談だよ、そんなに真剣にならないでよ、皆マルの事は好きなんだしね、そうじゃなきゃ一緒に居ないよ」
話が終わってほっとするトムと、違う意味でほっとするバルートがいた、だが一人、まだ納得のいかない者がいた。
「ぶぅぶぅずるいです、話終わったじゃ無いですか」
スーグリが食らいついてくるが、皆その話から逃げたい様子で何をどう言おうか迷っていた。
嫌な雰囲気の中に丁度、店にフィッシングがやって来た。
入るなり皆を見つけたが、なんだか重い雰囲気を察して、
「なんだ……何かあったのか、もしかして奴が来たのか?」
皆の所に駆け寄り声をかける。
「やあお魚さん久しぶりだね、昨日は大変だったみたいだね、トムの怪我も大丈夫そうで何より、助けてくれて有り難う……で奴ってリザードマンの事かい?」
デビッドが挨拶とお礼の言葉を言う。
「あ……ああっ別に構わねえよ、魔道士が来たのかと思ったが違うみたいだな、それなのになんでそんなに暗い顔してんだ、スグリはなんか怒ってるみてぇだが何かあったのか……」
フィッシングはスーグリが眉をひそめて膨れっ面をしているのに疑問を呈した。
「いやあ、大した事じゃないよ、それより魔道士って何の事なの?」
「えっ……聞いてないのか、昨日の晩の事を……おいバル、教えてねえのかよ」
驚いてバルートを見た。
「あう、ごめんです、まだ言ってないです」」
「いや私が悪いんです、話をするのを忘れて雑談してたので……」
トムが慌ててバルートを庇う。
「はぁ……まあいい、じゃあ俺が説明するよ、スグリ悪いがマルに斧を貸してくれるよう聞いてきてくれねぇか、オトさんに見せたいんだ」
「はい、良いですけど起きてるかなぁ……」
スーグリがぶつくさ独り言を言いながら二階に早足で上がって行く。
「なんだ、マルはまだ寝てるのか、皆悠長だな……朝から走り回ってるのは俺だけかよ」
一人腕を組んで立ったまま憮然としたフィッシングはため息を吐く。
「まぁ、そんなに苛々しないで座りなよ、ゆっくり話を聞くよ」
と、デビッドが席に手をかざして席へ誘う。
「ああ……悪りぃな、なんだか一人で先走ってるような感じがして馬鹿らしくなってきたな、少し落ち着くとするか」
今までスーグリが座ってた場所にフィッシングが座った。
「何か飲み物でも持ってくるよ」
デビッドが席を立ち、フィッシングのために飲み物を取りに行った。
二階に上がっていったスーグリは、部屋の扉を叩くが中から返答が無く、もう一度強めに扉を叩くと扉が少し開いてミエールが眠そうな顔を出してきた。
半分寝ぼけてるのか、ぼうっとした表情で扉の隙間からスーグリと目を合わせると、
「御免なさい、あのぉマルさんに聞きたい事があるんですけど……まだ寝てるんですか?」
「マルちゃんはまだ寝てるけど……どうぞ入って」
ドアを開けてスーグリを迎え入れた。
横向きになってこちらに背中を向けてぐっすりと寝ているマルティアーゼは、灰色の長い髪が寝台から垂れ落ち床に付きそうだった。
その寝顔は半開きの唇から寝息がかすかに漏れて幸せそうだった。
「うわぁ爆睡してる、マルさん……マルさんったら起きてぇ」
身体を揺さぶり仰向けにされたマールの頭が左右に振られるが、一向に起きる気配がない。
スーグリが薄く肌触りのよい寝巻き姿のマルティアーゼの上に馬乗りになると、
「マァルさぁん、おーきーてーぇ」
顔を近づけて大声で呼んだ。
マルティアーゼは低く唸りながら身を動かそうとするが、スーグリに乗っかられているので動く事が出来ずに身じろいだ。
「……スグリちゃん、いつもそんな事してるの……?」
後ろで見ていたミエールがいつものスーグリとは違う行動に驚いていた。
「ん……たまにですよ、たまに、えへへっ」
スーグリの小悪魔的な笑みにミエールは苦笑いをした。
(あなたの下で寝てる人は一国の公女様なのよ……)
と、ミエールはひやひやしながらスーグリの行動を見ていた。
何度も揺らされてようやくマルティアーゼの目が薄っすら開くと、胸の上にスーグリが顔を置いて上目遣いでこちらを見ているのに気付いた。
「やっと起きた、マルさん」
少しの間、目を合わせて周りの状況を確認したマルティアーゼは、
「……重い、あんた少し太ったんじゃない?」
開口一番悪態を吐く。
「何て事言うんですか! 折角起こしに来たのに……もう夕方ですよ、下でお魚さんがマルさんの斧を貸してくれって待ってるんですからぁ」
スーグリがマルティアーゼの胸に頭を埋めて左右に胸を揺さぶると、彼女が叫んだ。
「ああもう、分かったからどきなさいっ」
スーグリを両腕で抱き絞めて、寝台の端に転がすと起き上がった。
「……ひゃあ」
スーグリが奇声を上げて寝台に転がる。
「マルちゃん、支度して降りましょう」
手を揉みながら二人のやり取りを見ていたミエールが言う。
(ああっ、なんだかマルちゃんがお姫様って知ってから、何でも無い事でも腫れ物を触るみたいで緊張するわ)
マルティアーゼは寝台から降りて服を着替え始めるのを見て、ミエールも寝間着を脱ぎ始める。
桃色の一枚服を脱いだマルティアーゼは、いつもの白い肌着に革のベストを羽織り、側面に切れ目の入った長いスカートを履き終えると、鏡面の前に座ったマルティアーゼの髪をスーグリが綺麗に結い上げてあげる。
「ふあぁ……何かよく寝たのか、寝てないのかよく分からないわね」
大きな欠伸をしながらマルティアーゼが言う。
「もう、頭動かさないで、じっとしててマルさん」
「なんで斧なんて貸して欲しいのかしら」
「さぁ何でかな……よし出来た」
最後にスーグリは後ろに丸くまとめた髪に大きな花の髪留めを差した。
「私の方も準備出来たわよ、いきましょうか」
ミエールの方もマルティアーゼと同じようにふわりとした肌着に革のスカートを履き、その上からいつもの桃色のローブですっぽりと覆い隠した。
三人が降りてきた時にはかなり時間が経っていて、卓を囲んで男四人が文句を言いながら待っていたのである。
「今まで寝てたのかい、寝過ぎだよ」
デビッドが言った。
「今頃トムのお見舞いに来る人に言われたくないわよ、バルさんはもっと早く来てたけれど……はいお魚さん、私の斧を何に使うの?」
反論しながら、フィッシングに斧を手渡す。
「悪い、ちょっとオトさんに見せてやりたいんだ、暫く貸して欲しいんだが良いかな?」
待ってる間、落ち着きを取り戻したフィッシングが答えた。
「ええ、いいけど」
「オトさんに俺の剣を作って貰おうと思ってな、そこでマルの斧を手本にさせてもらおうかと思ってきたんだよ、今日は朝から走り回って昨日の事を知らない奴らに説明して回ってたのによ此処に来て皆のんびりしているから、なんだか気が抜けた感じがしちまったぜ」
今日何度目かの溜息が出た。
「そう……朝からご苦労様、あんまり気負い過ぎるといざという時に疲れるわよ、まだ直ぐに事が起きるってわけじゃないわ、少なくとも今日一日はね、だから今日は皆で明日からどうするべきか話し合いましょう」
マルティアーゼが優しく言う。
「だが時間が無いのも事実だ、相手が体勢を整えてからじゃ遅すぎる、それまでにこっちもやるべき事はしておかねぇと」
「ええ分かるわ、お魚さんは皆の事を思ってくれてるのは……でもそれも多分大丈夫だと思うわよ、もう目的は私になってると思うから……皆の心配は無用よ」
(だからだよ、それが一番の問題なんだって……)
心で思っても声に出せないもどかしさをフィッシングは感じていた。
「それでもやる事はやっておく、丁度此処に全員いる事だしな、俺からの提案をいうぜ、スグリはまだ説明してねぇから、後で昨日の事をトムにでも聞いておいてくれ」
「……はい」
スーグリは何があったのか分からなかったが、頷いてトムを見た。
「ミサにはもう動いて貰ってる、マル達が襲われた宿場の事を国境警備隊に知らせに行ってから情報集めをしてもらってる、オトさんには装備の準備をしてもらうから各自必要な物や手入れがあれば頼んでおいてくれ、デビとバルも情報屋から何か事件、事故、他に変わった出来事がないか聞いて来てくれ、スグリはマル達と一緒に行動してりゃいいぜ、何かあればすぐ俺達の家に来てくれ、オトさんが居るから伝えておいてくれ、俺も色々と情報集めに行くからよ、何か危険が迫った場合は俺の家が集合場所にする、以上」
フィッシングが言い終わると、トムが声をかける。
「私には何も無いんでしょうか、何かする事があれば手伝いますよ」
「まだ一日しか休んでないんだろう、もう暫くはマル達と一緒に居て休んでおけばいいさ、此処もそう長居は出来ねぇだろうし家に戻ってくれた方が具合は良いな、俺らの家にも近いからよ」
「……しかし」
「まぁ、俺達に任せておいてくれ、トムはマルの護衛でもしておいてくれ」
にやりと笑みを浮かべる。
「俺から一つ情報ってどうか分からないけど、一応知らせておきたい事があるんだよ」
フィッシングの話が終わるのを待ってデビッドが言葉を挟んできた。
「メラルドに向かってる途中の海岸沿いの宿場町で聞いた事なんだけど、最近沿岸州のリザードマンを見かけなくなってるらしい、その時は人前に出なくなって良いんじゃ無いかって思ってたけど、もしかしてそれがマル達を襲ったっていうリザードマンだったのかなって」
「そうかも知れないな……大量の蜥蜴共がいたからな、魔道士はそこら中の蜥蜴を集めて連れてきてたのかも知んねえな」
フィッシングはそれも何かの関係があるかも知れないと答えた。
「そんな遠くからリザードマンを集めなければいけないって事は、かなりの大事をしようとしてるみたいだね」
デビットが何か考え込む。
「私、そんなに皆に守られなくても大丈夫よ」
マルティアーゼが不満そうに言ったが、念の為という事で押し切られてしまいそれ以上反論しなかった。
皆、一様に神妙な面持ちで話を聞き終えると、自分の受け持った役割を果たす為どう行動しようかと考えていた。
リザードマンを引率して悪巧みを計画していたバルグが、この次どんな手で出て来るのか気を引き締めずには居られない、その最たる目的がマルティアーゼだというのが目に見えているだけに、皆の表情は真剣だった。
「それじゃ私達も家に帰りましょうか、ミエールは私達の家で今日からお泊まりだから、デビも明日からよろしくね」
マルティアーゼの言葉を聞いてフィッシングやデビッド達が立ち上がる。
「マル、俺は先に家に帰ってるよ、後でな」
「ええ」
マルティアーゼが頷くとデビッドが宿から出て行く、フィッシングもミエールにマルティアーゼの事を宜しく頼むぞと念を押してから出て行った。
もう日が落ちかけて、雲で見え隠れする西日が外を赤白く染め上げていた。
マルティアーゼ達は部屋に戻って荷支度を済ませる、といっても宿の寝間着を畳んでおく位で荷物は昨日着ていた服だけだった。
マントを羽織って軽い手荷物を持って支払いを済ませて四人は店を出ると、西日を浴びながらアルステルへ向かって歩く。
スーグリは連れてきた馬の手綱を引っ張りながら、マルティアーゼ達の後ろをトムと一緒に歩いていた。
前を歩くマルティアーゼとミエールは自分達の服の匂いを気にして、
「なんか汗くさいわ、早く湯浴みをしたいわね」
自分の服の匂いを嗅ぐマルティアーゼにミエールが寄り添ってきて彼女の服を嗅いだ。
「ひぃ、やめてよ臭いんだから」
「そんな事無いわよ、花の香りがするわ」
「だめだめ、こっちに来ないでよ」
スーグリが後ろから二人がじゃれ合ってるのを見て、不満そうに頬を膨らませていた。
「なんであんなに仲良くなってるんですかね、前から仲は良いけどミエールさんあんな事をする人でしたか? もっとお淑やかだった気がしたんですけど……」
「良いじゃないか、仲が悪いよりは良いだろ……もしかして妬いてるのかい?」
図星を言われてはっとしたスーグリが、
「違いますよ、そんなんじゃ……」
力弱く否定する。
「ははっ、スグリは直ぐマルさんマルさんだもんな、取られた気がしてるんだろ」
「もう、違いますってば、トムさんは気にならないんですか?」
「なんで俺が……まださっきの事を言ってるんだったら気にもならないよ、マルさんが元気で笑ってればそれで良いじゃないか、誰かと一緒になろうともそれで幸せならそれで良い」
「ふぅん心が広いんですね、じゃあ広いついでに聞きますけど、あのぉ……私が魔道士になりたいって言ったら怒ります?」
「魔道士になりたいんだ」
トムは特に怒りもせず聞き返した。
「うん……折角なれるって分かったから、出来たらちゃんと覚えたいなって思ってるんですけど……でも槍術を教えてくれたトムさんが駄目だって言うなら諦めますよ……」
トムの顔を見られなくて足下の地面を見ながら呟いた。
「なんで俺が……駄目だって言うはずがないよ、自分でやりたい事があればやればいいじゃないか、俺なんかに許可を取る必要はないだろう、剣の道だって魔道士になったからといって使い方を忘れるわけじゃ無いんだ、身体が覚えてるもんだよ」
スーグリがトムを見上げて嬉しそうに喜んだ。
「じゃあ、魔道士目指してもいいんですね」
「良いも何も好きにすれば良いよ、但しやるからには立派な魔道士になるんだね、俺みたいな半端な魔法しか使えないんじゃ……俺はやっぱり剣で戦ってるのが性に合う」
「トムさんは剣士の方が似合ってますよ」
「おだてても何も出ないよ」
ふふっとスーグリが笑った。
町の城壁が目前まで来た時にはすっかり日が落ちて辺りは真っ暗になっていた、雲が空を覆い隠し歩くのもおぼつかないぐらいに何も見えなかった。
「早く町に入りましょう」
マルティアーゼが先を急いで南門を潜っていく
城壁を流れるムスト川の吊り橋を渡り、城門を抜け町に入ると町の明かりを目にするとやっと人心地がついた気分だった。