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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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 陽が高く昇り昼近くになってから、マルティアーゼとミエールが二階から降りてきて遅い朝食を摂っていた。

 二人の目の下には薄っすらと隈が出来ていて、あの後どれほどの時間を話し込んでいたのか、二人は無言で出てきたスープをゆっくりと飲んでいた。

「うぅ、ごめんねマルちゃん、話しすぎちゃったね……」

 頭が働いていないのか、気を抜くと今にも寝てしまいそうな顔でミエールが謝ってきた。

「…………ううん良いの、あんな事があったんだもん、知りたい事があるのは十分分かるわ」

 これまたマルティアーゼの顔も締まらない表情で答えた。

「マルちゃん、ご飯食べたらもう一回寝ましょう」

「そうね、まだ頭がぼうっとするわ」

 朝日が出始めるまで国や王族の私生活がどんなものか、散々質問攻めにあったマルティアーゼはかなり滅入っていた。

 マルティアーゼにとっては城の生活は楽しくも無く、外で遊ぶ事も自由に出来ない云われた通りにするしかない籠の鳥のような生活だったのだ。

 常に侍女が付き従い、何をするにも許可がいるような窮屈で退屈な日々に、幾人もの教育係がいて、お稽古や作法、勉強を朝から晩まで幼い彼女に課せられた。

 それが王族の義務と云われればそれが普通なのかと幼少の頃は思っていた。

 唯一、寝る前の僅かな時だけが一人になれる貴重な自由時間だったが、殆どが疲れ果てて深い眠りに入るだけの時間でしか無い。

 たまに目が冴えている時は城から抜けだし、夜の城下町を散策をして鬱憤を晴らす事もあった。

 十四歳の時、トムと出会ったのがまさに城下町で散策していた時であった。

 町のごろつきに追われている所を、当時警備兵だったトムに助けられたのが切っ掛けで、それからの付き合いである。

 あれから五年、国を出奔してから幾多の国々、冒険を経て皆に出会ったところまで夜通し話をきかせていたのであった。

 もちろん事細かく話をするには一日二日で到底全てを話せる内容では無く、専らミエールの知りたい事は城での生活の話ばかりで、どんなドレスを着ていたのか、食事はどんな料理が出てくるのかと、ミエールの想像とどれだけの相違があるのか知りたかったのである。

「私ね、魔道の学校でミサとバルさんと出会って一緒に魔道を習ってたのよ、あの時よく式典でお城から出て来る王様や王妃様を遠目で見ながら二人はどんな生活してるんだろうって話してたのよ、綺麗なドレス着て髪を結ってもらって可愛い髪飾りで着飾って素敵じゃない、だって魔道士って基本ローブにマントでしょう、お洒落出来ないから憧れたわよ、魔道に進んだのは自分の意思だったから仕方ないんだけど、でも一度でいいから着てみたかったなぁ……綺麗なドレス」

 ミエールは思い出すように話していた。

 端から見ると綺羅びやかで豪華な生活をしているんだろうと、思われてもしようがない部分もある、だがそれは見る立場が違うだけで手にする事が出来ない物への憧れだと思われたが、マルティアーゼはミエールの夢を壊さないように口には出さなかった。

 マルティアーゼから見れば城の外の自由な生活に対する憧れがあり、その強い思いが出奔という形で手に入れようとしたが、代わりに生きるという難しさや厳しさといった現実を知る事にもなった。

 どちらの生活も経験してしまったマルティアーゼには、ミエールの言う事は共感出来るものである。

 だが、どちらの生活が良いのかと聞かれても答えられる自信はない。

「ねえミエール、また今度服でも買いに行かない? 暫くは私と一緒にいるんだから息抜きしないと疲れるわ」

「良いわねそうしましょう、情報集めはフィッシュさん達に任せとけばいいわよ、ふふふっ」

 二人が食事をしていると、店にバルートが入ってきた。

 背は低く子供っぽさの残る仕草と言葉使いが皆に愛されていて、栗毛の髪が被ったフードの隙間から飛び出していて頬を隠していた。

 くりっとした大きな茶色の瞳が左右に動くと、二人を見つけて駆け寄ってきた。

「大丈夫だったですか? お魚さんに聞いて心配で来ちゃたです、トムさんも寝込んでるって云ってたから心配したです」

「おはようバルさん、私達は大丈夫よトムさんの怪我は問題無いけど体力を取り戻すために暫く休養中なだけ、上の部屋で寝ているはずよ」

 ミエールが心配そうにそわそわしているバルートに教えた。

「そですか……それならよかった、お魚さんが怪我怪我言うから、大怪我なのかと思ったです、少しトムさんを見てくるです」

「あら、お魚さんはもう出て行ったのね」

 マルティアーゼがバルートに聞いた。

「うん、朝に帰ってきて話を聞いて飛んで来たですよ、じゃあトムさんを見てくるですぅ」

 そう言って行こうとするバルートをマルティアーゼが引き留めた。

「バルさん、それなら食事を持って行ってくれないかしら、後で私が持って行こうと思ってたんだけど……いいかしら?」

「はいです」

 店主に向かって走って行き、食事を受け取ったバルートがそろりそろりと二階に上がっていく。

「バルさんは良い人ね、それに比べてデビは何をしてるんだか……同じ団員が怪我したってのに」

 マルティアーゼが膨れっ面で文句を言うと、

「デビさんは冷静な人だから、スグリちゃんの話を聞いても問題無いと思ってるんじゃないかしら」

「それでも早く来て顔ぐらいは出すべきだわ、他の団員に様子を見に来てもらうなんて恥ずかしいわ」

「何を今更……もう家族みたいな物じゃない、私だってマルちゃんが怪我したって聞いたらどんなに遠くても飛んで駆けつけるわよ、もし私が怪我してもマルちゃんは来てくれないのかしら?」

「そう言われたら、何も反論出来ないけど……」

「でしょう、皆心配はしてるし気にはなっても、同じぐらい皆の事を信頼してるから必ず誰かが側に付いていると信じてるのよ」

 ミエールが優しくマルティアーゼを諭した。

「さぁ、食事済んだし、もう一回寝ましょう」

 ミエールはそう言うとマルティアーゼの食器も一緒に片付けて、二人は眠そうにもう一度寝るために部屋へ戻っていった。

 途中トムの部屋を覗いてみるとバルートとトムが話していたので、もう一度寝る事だけを伝えて自室に向かった。




 フィッシングは朝早くに宿屋を出て歩いて家に帰っていた。

 住処はアルステルの北東にあるミルド地区。

 アルデード城が町の北側にそびえ、城と町を分断するように東西に川が流れている。

 南半分の城下町は更に十字に大通りがあり四分割に地区が分かれている、フィッシング達の家はその右上の地区だった。

 家にはミサエルとオット、バルートが居て、三人に昨夜の出来事を話した。

 勿論、マルティアーゼの素性については省いて話をした。

「僕、マルちゃん達を見て来るです」

 バルートはフィッシングの話を聞き終えると慌てて家から飛び出して行く、それをフィッシングが止める暇もなく走って行ってしまった。

「まぁバルには後で頼むとして、二人にはして貰いたい事があるんだ」

 フィッシングが残ったオットとミサエルの顔を伺いながら、

「ミサとバルには各地の情報屋で最近起きた事件や変わった事がないか調べて欲しいんだ、その魔導師はかなりのデカ物だから、誰かに見られてたら話題になるはずだ」

「ふむ、しかしマル達の護衛はいいのか? その魔導師はまた来ると言ってたんだろう」

「ミエールにはマルと一緒に居るように頼んでおいたが、心許ないから後でスグリにも頼んでおくよ、向こうの家にも行こうと思ってたからな、女性共にはトムの看病をしてもらっておく、代わりに男共には走り回ってもらう」

 フィッシングはそう答えたが付け加えて、

「狙われてるのはマル達だけじゃねぇ、あの宿場に居た俺達も同じく狙われてるって事だからくれぐれも覚えておいてくれ、なるべく一人にならず誰かと行動してくれた方が良いが、今はとにかく情報集めが先決で奴が何をやらかすのか知る方が重要だからな」

「そうだな……出来る事はしておくか、俺はこれから国境警備隊にあの宿場の調査を頼んでくる、そのあと情報屋を回ってみる」

 ミサは自分の役目を伝えると直ぐに行動に移して家を後にする、残されたオットはミサエルを見送ると、

「俺も情報集めでいいのかい?」

 と、フィッシングに尋ねた。

「オトさんには別の事を頼みてぇ、俺に武器を作って欲しいんだ……金はここに置いとくから使ってくれ」

 フィッシングが卓の上にずっしりした袋を置いた。

「こんなに? 一体何を作るんだい?」

 オットが袋を持ち上げて、聞いた。

「今度の相手は魔道士だ、昨日マルが持ってる斧が魔法抵抗の少ない特注品を使ってると聞いたんでな、まぁ俺は魔法は使わないが軽くて丈夫そうだったんでオトさんに作れるかどうか聞きたかったんだ、もし作れるってんなら俺やミサの短剣と俺の鎧の方も頼みたいんだ」

「難しいな……あの斧だろう、マルちゃんは何処の鍛冶屋で作成して貰ったんだろうね、どんな素材なのかも知りたい」

 オットは顎に手を当てながら言った。

「わかった、マルにその斧を借りてくる、俺が言うよりオトさんが自分で見た方がよく分かるだろう、龍の骨とか云ってた様だが……」

「龍の骨か……それは手に入れるだけでもこの袋の半分は軽く使ってしまうよ、それで失敗なんてしたらお金がいくらあっても足りないね」

「本当かよ、マルの斧はいったい幾らしたんだ」

 そんなに高価な物とは知らずフィッシングが驚いた。

「かなりの高額になるね、それか余程の腕前の鍛冶屋かもね、龍の骨は入手場所が限られてて竜を倒すには五人、十人でも無理だ、一個中隊で何時間も掛かって倒せるかどうかだしねぇ、絶対的に数の少ない生き物で長寿だから死んだ龍の骨でも見つけるのは一苦労だよ、部位によっては家が建てられる値段になる事もあるしね」

「…………」

 フィッシングが黙っていると、

「一応売ってる店に心当たりがあるから、見に行って来るよ」

「足りなかったらまた言ってくれ、用意はする」

「あいよ」

 フィッシングは家を出て、ミサエルが用意してくれた馬に乗ると、ムールの宿屋に向かって戻っていった。

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