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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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「おっ、お主……何、何を言っておる」

 エスタル王の臣下から出てきた言葉に、何を言ってるのだと言わんばかりに驚いた。

「私は先王からエスタルにお仕えてして四十年以上、齢ももうすぐ七十になるまでになりました、ストロマエ様が子供の頃から左大臣を先王から仰せつかって参りました」

 皆ザロイ左大臣の言葉の一挙手一投足を聞き漏らすまいと息を潜める、それをザロイ左大臣は大きく深呼吸をすると話を続ける。

「先王が退位され当時の右大臣サンタス殿も同じく身を引かれた時、王は何をなさいましたか覚えておられますか?」

 驚いたエスタル王は突然の質問に必死に考えを巡らせるが、思い当たる節がなくザロイに聞き返す。

「儂が何をしたというのじゃ」

 何があったのか自分でも分からず戸惑っていると、

「覚えておられぬようで……陛下は右大臣にご自分の教育者コドス殿を迎え入れられたのですぞ、これは異例中の異例、ただの教育者が実績もなしにいきなり右大臣を拝命されるなどエスタルの長い歴史の中でも一度と無かった事、それを陛下は、陛下は……」

 ザロイ左大臣は肩を振るわせ溢れる感情に流されるのを必死で抑えて、大きく深呼吸をした。

「……次に右大臣になるのは私だと確信しておりました、ですが右大臣になったのはコドス殿で御座いました」

「そのような事でどうしてこのような事になるのだ」

 エスタル王はそんな些細な事が今回にどのように繋がるのか聞いた。

「そのような事と仰いますか、エスタル王家にとっては些末な事とお思いでしょうが、市井の者にとってはエスタルの右大臣と言えば人が立てる最高の地位に御座います、他国と比べれば王と同等、それ以上の発言力を有する地位なのですぞ、その地位にあと一歩、手の届く寸前であった私が成れず、ただの教育者が軽く追い越していったのです、これが憎くないはずが御座いませぬ、あの時は血の気が引く程の憤りがありましたが、王も若く力溢れる時、私の意見などお聞き入れになられないだろうと思い留まりました、そこで思い付いたのがそれではこれから生まれるであろう次期エスタル王の教育者になろうと……ファリス王子がお出来になられた時に簡単にお許しを請う事が出来ましたが、次にお生まれになられたマルティアーゼ様に紋章が現れたのを見て私は愕然としました」

 マルティアーゼは一瞬ザロイ左大臣がこちらに視線を向けたのに気付いた、それは彼女自身の出生に付け加えられた、もう一つの事実を語られる事に対するザロイ左大臣からの合図だったかも知れない。

「王は常に一人、これはエスタル王国初代エスタル王の言葉です、王になれる者はただ一人の男性、紋章を持つ者で、例え末弟が王になろうと兄は弟に従う、これが絶対の規律で御座います、ですがマルティアーゼ様は女性、長い歴史の中でこのような事は起きなかった事です、教育者を右大臣にする陛下であればもしかするとマルティアーゼ様に王位を引き継ぐかも知れぬと……それが私にとっては人生最後の機会を危うくさせる事案、そこで陛下に提案したのがローザン大公に預けるようにお話したのです」

 一同は息をするのも忘れる程ザロイの話に惹き付けられていた。

 ファリスの魔法が解けてから次第に凍った部屋の温度が上がり始めていたが、それに気にする者は誰も居なかった、逆にザロイ左大臣の話に身体が温かくなるほどの興奮を皆覚えていた。

「その時期、ローザン大公夫妻の御子が流産したというのを聞いたばかりでしたので、マルティアーゼ様を養女に……公には公女が生まれたとする事でエスタル家からの追放しようと思ったのです、何事もなければファリス王子がエスタル王となり私が右大臣となる機会があったわけですが、事もあろうにそのマルティアーゼ様が国を出奔されたと密書が来た時、私は不安を覚えました、その際にファリス王子に全てをお話し手勢を使い各地に捜索に当たらせておりました、それが昨今のアルステルの事件でようやく見つける事が出来たのです」

「マルティアーゼを見つけてどうするつもりだったのじゃ」

 エスタル王は戻ってくる言葉は分かってはいても聞かずにおられなかった。

「勿論……殺す為です、マルティアーゼ様が居なくなれば王子の王座は必然、その為ならどんな手を使ってでも……」

「それがこの始末だというのか、ファリス、お前もそこまでして王座が欲しかったのか、妹を手にかけてまで……もうじき継承式典があるというのに、なんという愚かな事をしたのじゃ、何を言われてこのような愚行を行った……」

 エスタル王が精一杯の声を張り上げてファリスを叱責した。

「父上こそ何故、この時期にマルティアーゼを王宮に入れようとなさいますか、この者をエスタル家に迎え入れて国を分かつ為で御座いますか、紋章を持つ者が国に二人居ればいずれは災いの火種になりましょうぞ、例え女性であれ末弟であれ紋章を持つ者はそれだけで王の証、それこそは父上が一番分かっていましょうに、私はエスタルを守る為に行った次第です、父上はマルティアーゼと密会を行い、エスタルの座を渡するつもりでは御座いませんか、継承式前に国民の前で継承権を持つ者を公表などさせませぬ、今更……今更のこのこと戻ってきて王座を奪おうなどと私は許せませぬ」

 ファリスは握り拳を作りエスタル王に答えた。

「…………ファリス分かったもうよい、儂の考えが甘かったようだ、お前にもきちんと話しておけば良かったかも知れぬ、あの時儂はマルティアーゼが見つかった事に舞い上がり早く会いたいとしか思っておらなんだ、だがな儂はマルティアーゼを此処に呼んだのは王座を渡すためではない、お前に王座を渡した後、余生を我が娘と共に過ごしたかったからじゃ、決してマルティアーゼに王位などと……ザロイ、これもお主が吹き込んだ事だな」

 ザロイ左大臣は恭しく頭を垂れた。

「全てはお主がファリスに吹聴しマルティアーゼを殺す様に仕向けたのか……」

 エスタル王は力なく肩を落として言う。

「もう何も……今となっては何も弁明する余地はありませぬ、私の願いもこれまでとなりました、ファリス王子にも大変申し訳なき事を致しました」

 ザロイ左大臣も吹っ切れたように肩の力を抜く、肩を張り堂々とエスタル王に向き直ったザロイの姿は、これまでエスタルの左大臣の地位にいた堂々とした姿をしていた。

「ザロイ、お主のした事は国家転覆の罪に値する、だがお主がこれまでエスタルに対する功績も高く儂にとってもかけがえのない存在であった、それにマルティアーゼの事はまだ公に出来ぬ故、この一件に関しては儂だけの胸に留めておくが……」

 エスタル王は疲れた様子で深い溜息を吐くとザロイ左大臣を見つめた、エスタル王の胸中には長年のザロイ左大臣との思い出と、これから伝えねばならぬ言葉との葛藤があったのだろう。

「これから伝えるのは辛い事だが罪は罪じゃ、非公式だがザロイ左大臣、官職を剥奪し財産も没収、暗中の塔へ幽閉とする、家族に手紙だけは許そう」

「それは無用でございます、家内はもう居りませぬし息子ももう成人、私が謀反を働いたと知っても一人で生きていけましょう、許されるならどうか息子には罪は御座いません……それだけは宜しくお頼み申し上げます」

 ザロイ元左大臣は深々と一礼をした。

「分かった、ディクスの事は心配せずとも良きに計らおう……連れて行け」

 エスタル王の最後の言葉は優しく穏やかであった。

 後ろの兵士達に連れて行かれ謁見の間から出て行くまで誰も言葉を発しようとせず、王の目尻からは一粒の涙が零れたが凜として顔を下げようとせず後ろ姿が消えるまで見送っていた。

「ではファリス、お主にも処罰を与えねばならぬ」

「…………はい」

 全ての元凶は己だと感じながらも、息子に処罰を言い渡さねばならないエスタル王がファリスと目を合わせる。

「ザロイの言葉に唆されたとはいえ、実の妹であるマルティアーゼを殺そうとした事、それによって大事な臣下であったロマールと我が兵士や魔道士の命を失くしたのは重罪、とはいえこの先エスタルを守っていくのもお前の役目であるのを忘れるでない、継承式は延期とし三年間封魔の刑、そしてもう一度己の役目を見直し、国とは何か王とは何かもう一度よく考える事だ、よってお前にはサスタークへ赴きダンク王の元で教えを請うてくるがよい、ダンク王には事情を伝えておく故、心を入れ替えるように精進せよ」

 重い言葉を息子に対し口にする王の唇は震えていた、それを知ってファリスもまた自分のしでかした行いに対して真摯に受け止めていた。

「儂にとっては二人の大切な重鎮と兵士達を失った事は大変心苦しく極めて遺憾、この場に居る者は指示あるまで他言無用でいるように……バンティール候よファリスに封魔の鉄錠をつけ、指示があるまで部屋で監禁させよ、よいなこの場で起きた事は指示があるまで絶対に漏らすでないぞ」

「……はっ承知致しました、では王子こちらへ……」

 バンティール候がファリスの元へ近寄ると、ファリスが手を挙げエスタル王に告げた。

「父上、今一度お時間を頂けないでしょうか」

「何か申す事があるのか……」

 エスタル王が首を振る。

「一つマルティアーゼに聞きたい事がある、お主が此処へ来た目的が王座ではない事は理解した、それは私の過ちであり罪は受け止める、だが聞いておきたい事がある」

「何でしょうか?」

 マルティアーゼは壇上からファリスを見下ろして答えた、今日初めて会った兄と妹は奇妙な感覚でもって接していた。

 良い出会いでもなく殺し合いで出会った二人にとっては、何処かで未だお互いを警戒しあう感覚が残る。

 謁見の間で向かい合う二人は、同じように輝く灰色の髪が薄暗い部屋の中に幻想的な雰囲気を醸し出し、デビットやバルートの口から感嘆の声が漏れた。

「お主との戦いで我が敗れた理由はなんだ? 力は互角であれ、疲弊し怪我を負っていたお主が我に勝てた理由を知りたい、私に何か落ち度があったというのか」

 マルティアーゼがファリスの問いに正面から受け止めると、

「…………王子との戦いに於いては魔力の少ない私にはあのままでは勝ち目はありませんでした、でも人は守るべき物があれば我が身を顧みず、必死に立ち向かう事が出来るものです」

「我にはそれがないとでも言うのか、我にもエスタルを守ろうとする使命がある、この国の民を守らなければならぬ使命がな」

 ファリスは使命感や意気込みでは負けておらぬと言う事を強調して反論した、それに対してマルティアーゼは首を振って否定した。

「王子は力がお有りですがそれだけでは駄目なのです、私は国を出てから色んな場所、国の人達と接してきました、人々がどのように必死に生活をしているのか、守るべき家族の為に身を粉にしながら働いているのか、その中で見つけた幸せを皆で享受しあえる幸せがどれだけ大切かと言う事を……私が出会った人達は皆優しく大切な方達です、私が公女であっても何ら変わらず身の危険を冒してまで陛下に会えるよう此処まで付いて来てくれました、今では私は出奔して良かったと思います、お父様やお母様、周りの大勢の方達にも迷惑は掛けましたが、城の外の人達の生き方は私に沢山の経験と守るべき物を与えてくれました、私はそれを与えてくれた人達を守りたい、その人達に応えたい、これが私の力の答えです」

「……ふん」

 ファリスは鼻で笑った。

「ファリス王子は国の民が何を求め、どういった生活をしているのか見た事がお有りですか、一度その身を外に向けて見て下さい、生きるという事がどのようなな事か、皆必死で生きているのです、王子は一度国民との目線を合わせる事が必要だと思います、民が何を求めどのような国を願っているかを」

 マルティアーゼは横に並ぶ仲間達に目線を向けると、皆と目が合わせこりと笑い返す。

「それは我が外のこ世界を知らぬから負けたというのか……馬鹿馬鹿しい、王となる身が簡単に外に出られる訳がなかろう」

 ファリスは下らぬと横を向いた。

「そんな事はありませんわお城なんて簡単に出られます、この私が何度も抜け出した様にね、出るか出ないかではなく見ようとするかしないかです」

 マルティアーゼは思い出したようにクスリと笑った、それでもなお納得のいかないファリスは険しい表情をしていた。

「マルティアーゼ、お主がローザンの所から離れてこれまで経てきた経験は少なからず無駄ではなかったというのか」

 エスタル王が呟いた。

 王家の者としては素直に感心出来ぬ事ながら、本来ならばそういう経験するのが正解なのだろうとエスタル王の考えにも変化が見い出された。

「はい、途中迷いもありましたし何度か戻ろうとも思いましたけど、ここに居る仲間達と出会えた事で思い止まったのです、お城にいれば一生得る事が出来ない友人や知り得ない現実を王子にも経験してもらえれば、守るという意味が分かるかと思います」

「もう良いかファリス、儂とて素直にマルティーアーゼの言う事に賛同は出来ぬ、だが一理はあると思う、お前がそういう外の世界を見てみたいと思ったなら否定はせぬ故よく考える事だ……ではバンティール、ファリスを連れて行け、それと警備を元に戻し倒れている兵士達の処置とロマール候の弔いをやってくれぬか、それと客間を使えるよう整えておけ」

「はっ」

 エスタル王が手を挙げると、バンティール候と魔道士達がファリスを連れて退席していく。

 巨大な範囲で異常な寒さを作り出していたファリス王子の魔法が解けた事で、外の雪は止み雲は晴れて月夜となっていた、寒さはあるものの侵入してきたと時に比べれば随分と和らいでいる。

 城の周りの雪はまだ積もってはいたが、貴族街の門付近の積雪は溶け出し地面が見えるぐらいまで溶けていた。

「ふう……何たる事だ、まるで悪夢のような一夜じゃ、エスタルで事もあろうに王宮内で兄妹が殺し合うなどと……マルティアーゼよ済まぬが少し疲れた、お前との話は後程で聞く」

「はい」

 マルティアーゼの返事を聞くと、立ち上がった王は王妃に支えられながら自室に戻ろうとした。

「陛下、客室と応接間だけは使えるようにしておきました」

 戻ってきたバンティール候がエスタル王に伝えにきた。

 後ろからは魔道士達が謁見の間にある松明に次々と火を灯していき、壊れた物や焼け焦げた物もあり全部の松明は点かなかったが、それでも明るくなった部屋に暖かさが戻ってくる。

「そうか、ご苦労、マルティアーゼよお前達でそこを使うと良い、また後でこちらから呼ぶでなそれまで休んでおれ、バンティール候この者達を部屋へ」

「……はっ、かしこ参りました、ではこちらへ」

 あちこちとひび割れを起こした柱や穴の空いた床、焼け焦げた絨毯が明かりに灯されて惨憺たる姿が浮かび上がる。

 更に魔道士達は兵士達と協力して倒れている死体を外に運ばれていく、それを横目にマルティアーゼ達は無言でバンティール候の後に付いていった。

 バンティール候は先ほどまで敵として戦っていた相手を先導して部屋に連れて行く事に違和感があった。

 後ろで付いてくる女性が本当にファリス王子の妹、しいてはエスタル王女なのかとちらちらと時折振り返っては見ていた。

 確かに同じような灰色の髪、肌の白さなど共通点があるが、見た目だけが似ていてもそれが証拠とはならない、しかし自分の目で二人の魔導のぶつかり合いを目の当たりにした事は、どう考えても王族である事には違いなかった。

 マルティアーゼは気付いてはいたが特にそれに応じようとはせずに、部屋まで静かに付いていく。

「こちらになります」

 扉を開け皆を中に通し、マルティアーゼが部屋に入ろうとした時に尋ねてみた。

「あの、失礼ですが本当にファリス王子の妹君なのでしょうか? でしたら私どもは恐れ多い事をしでかしたのでは……」

「先ほど陛下が仰っていた通り、今回の出来事はザロイ左大臣の陰謀で王子以下皆様は騙されていたのです、だからこそファリス王子もザロイ左大臣も罰を受けましたわ」

「だからといって私どもも王族に剣を向けた身、重罪に処されるのでは無いかと存じますが……」

 うら若いバンティール候は事の重大さに身震いを覚えた。

「それは私がお答えする事ではないと思います」

「それは……そうで御座いますが……」

「私が言うのも何ですけれど皆様はこの国を守り、自分の任務に忠実に行っただけです、ご自分の忠義に忠実になされた事に胸を張れば宜しいかと思いますわ」

 マルティアーゼは一礼をして部屋には消えた、閉じた扉をじっと見つめるバンティール候は諦めたかのようにその場を去っていった。

 部屋に入ると長椅子でバルートとスーグリがミエールに治療を受けており、他の者もそれぞれ椅子に腰掛けたり身体の傷を調べていた。

「みんな、有り難うね」

 そう言うとマルティアーゼは緊張が解けたのかその場に倒れ込み気を失った。

 遠くで皆の声が朧気に聞こえてくる、それを子守歌のように聞きながら意識は深く暗い底へと落ちていった。

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