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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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 兵士が剣を構えるより早く、電撃ように飛んできたトムに誰もが反応が遅れていて、気付いた時にはトムの剣が兵士の首を刎ねていて飛び散った血をその身に被っていた。

 ファリスでさえも驚かされた一瞬の凄まじい動きは、トムがマルティアーゼという主を守ろうとするトムの決死の動きだった。

 どのような剣豪であれ、自分の身の守りを考えた動きを無意識に考えるが、トムはそのような考えはなく自分の死など問題にしない全てを投げ売った特攻は、鬼気迫る威圧があった。

「くっ」

 顔に飛んできた血から逃れようと反射的に腕を上げてしまった兵士が、二撃目のトムの剣に腹を割かれて崩れ落ちていく。

「貴様らが触れて良い人ではないんだ」

 キンッと三撃目に飛んできた剣をロマール候が受ける。

「ぬう……」

 歳老いたロマール候とはいえエスタル王国では名の通った剣豪である、剣先を見切り片手で軽々とトムの剣を受け止めていた。

 残った兵士三人もトムを囲み剣を向けていたがトムに恐れはない、マルティアーゼを守る為なら命をいつでも捨てる覚悟で今日まで生きてきたのだ、例えそれが絶体絶命の状況であっても彼女の為なら境地に立っても恐れは感じなかった。

「姫様に指一本触れる事はまかり成らん」

 トムはぎりぎりと歯ぎしりをするほど両腕に力を入れる、それをロマール候が冷静に押し戻す。

「ぬう……姫様だと、お主何を言っている、王の命を狙う賊が……」

「私達は賊などではない」

 剣を交え間近で見るこの若者の真摯な眼差しに、ロマール候がその真意を読み取ろうとした。

「トム!」

 目覚めたフィッシング達が戻ってきた。

 トムの加勢をするため駆け寄ろうとするが、魔道士の放った火球が通路の入り口に火柱を立たせて行く手を遮る。

「くそっ、近づけねぇ」

 フィッシングが舌打ちをする、目の前に上がる炎で迂闊に謁見の間に入る事が出来ない。

「俺がなんとかしよう」

 デビットが魔法を唱えると床の石畳がめくれ上がり、炎に覆い被さるように塞いで消し去った。

「よし行くぜ」

 更にデビットが詠唱を繰り返し、地面から盛り上がった石畳を壁にして敵の攻撃を防ごうとした。

 石壁に身を隠しながらトムの側まで走り寄り兵士に飛び掛かっていく、フィッシングとオットの加勢で形勢を取り戻すと、

「マル大丈夫か」

 デビットがマルティアーゼを抱き起こした。

 目を閉じてはいたが胸に耳を押し当てると鼓動が聞こえていた。

「死んではいないようだが……おいマルしっかりしろ」

 頬を数回叩いてみるとゆっくりだが目が開いた。

「気が付いたみたいだね、起きられるかい?」

 痺れの残った身体に力が入らずフラフラとだが立ち上がった。

「ええ大丈夫よ、痺れて動けなかったけれど周りの声は聞こえていたわ」

 ガシッと音がしてトムが後ろへ振り払われる、直ぐに体勢を整え剣を向けるがロマール候は剣を下ろしトムに一瞥すると、振り返ってファリスに叫んだ。

「王子どういう事ですかな、何かしら隠しておられるのでは……この者達が何処の誰なのかはっきりお答え下されぬか」

 ファリスは冷たくロマール候を見つめ返す。

「候は何か勘違いしておられる、そやつらは父上を殺しに来た賊、この場にいるのがその証拠」

「ですが合点いきませぬ、この者達が陛下を殺そうとする訳をお聞かせ願いたい」

 ロマール候がファリスを問いただすと、ファリスは尚も冷静に少しも動揺もせずロマール候を見つめ返した。

「よろしい、候……こちらへ」

 ロマール候がファリスの元に歩み寄る。

「候は忠臣ゆえこうして討伐の為に来て頂いたのだが、候は賊の言葉を信じなさるか、エスタル王国を賊に売り渡すというのですな」

「何を言って……そのような事では御座いませぬ、ただあの若者が…………」

 ロマール候が言い終える前に手を上げたファリスが魔法を唱えた。

「王子何を!」

 辺りの空気が急激に冷え、渦を巻いた水がロマール候を包み込んだ。

 水の渦が全身に纏わり付きロマール候から急激に体温を一気に奪っていくと、手足の先から凍っていく恐怖に驚愕の表情を浮かべていた。

「お、王子……何をなさるか」

 その目は冷ややかに見つめるファリスの顔を焼き付けながら、ロマール候は氷付けにされた。

 起立した彫像のように何かを叫んでいる表情で、口を開け見開いた目は真っ直ぐ前方を向いていた。

「この者達は我がエスタル王を殺し国を乗っ取りに来た賊である、賊の戯言に耳を傾ける事は反逆と見なす、他に意見する者はおるか、バンティール候はどうかな」

 後ろで様子を眺めていたバンティール候は名前を呼ばれて驚いていた。

「は、はい、いえ……何も異論はありませぬ、王子の意のままに」

 下を向いて胸に手を当てた、当然魔道士達は何も言わず俯いたままだった。

「なんという事を、味方を……」

 トムが驚きの声を上げた。

「もう良い、後は私が始末しよう、お前達は下がっていろ」

 カツカツと歩み寄ってくるファリスに代わり、兵士と魔道士達が下がっていく。

「私直々に相手になるのだ、名誉な事だなマルティアーゼよ」

「やはり全てを知っていて、なぜこんな事を……」

 デビットに肩を借りて起き上がったマルティアーゼがファリスに叫んだ。

「お前がいては邪魔なのだよ、死んで貰う」

 ファリスが魔法を唱えるとマルティアーゼ達に吹雪が襲いかかる。

「ぐっ」

「……くう」

「ぬう」

 もの凄い突風で空気が冷やされ氷となって飛んできて、フィッシング達の革鎧や腕や足に幾つも氷が刺さる。

 痺れた身体でマルティアーゼが火球を投げつけた、床に燃えさかる炎が向かってくる氷を瞬時に溶かして壁となった。

「まだ力が残っていたか」

「簡単にやられるわけにはいかないわ……デビありがとう、皆も下がってて頂戴、私が相手をするわ」

 デビットの肩から手を放した。

「マル、お前その手で大丈夫なのか……」

 マルティアーゼの左手は先ほどの雷撃で赤く腫れ上がり、だらりと垂れて感覚がなかった。

「無茶すんな、一人で相手出来る相手じゃねえ」

「相手を分かって……もうここで相手に出来るのは私しかいないの、それより王様が心配なの、私と王様の間柄を知っていて殺そうとするのなら、王の身も危険があるかも知れないわ」

 短杖を片手に皆を下がらせると、トムだけは尚も残ろうとマルティアーゼの前に立ち、捨て駒でも良いから盾になろうとした。

 だがマルティアーゼはトムの肩に手を置き首を振る。

「いいえ、貴方もよ」

「剣を捧げた時からお守りすると決めたのです、この身を盾として使って貰っても構いません」

 バルグの時のようにマルティアーゼを守れなかった悔しさが、未だにトムの中には残っていた。

「それがお前の騎士と言う事か」

 ふふふっとファリスが鼻で笑うと灰色の髪が小刻みに揺れる、何か馬鹿にされた感じを受けたトムが眉間に皺を寄せてファリスを睨んだ。

「共に死ぬが良いさ」

 ファリスから巨大な尖った氷が生成されマルティアーゼ達に飛ばしてくる、すかさず彼女も火球で応戦した。

「くっ……姫様」

 マルティアーゼとファリスの互いに連続で出す魔法が中央で爆音と共に水蒸気となって消えていく、その一つ一つの魔法はこの場にいる魔道士達がどんなに頑張っても出す事が出来ないぐらいの魔力のぶつかり合いだった。

「うおっ」

「おおっ……」

 ファリスの後ろで控えている魔道士達は加勢出来ず声を上げて傍観していた、邪魔をすると後でどんな叱責が待っているか分からないので、ただじっとファリスの命令を待つだけだった。

 バンティール候もただ圧倒する目の前の魔導の戦いに呆然としていた、未だ活躍する事を得ず、剣に手を掛けたまま事の成り行きを見守る。

 左右に走り回るマルティアーゼの後ろを、ピタリと付き従いながら走るトムは飛び込む隙きを窺っていた。

 だが二人の間には入り込む余地などなく、二人の魔力には際限がないのかと思うほどの尽きない魔法を撃ち合っていた。

「キリが無いわね」

 マルティアーゼ自身此処に来てからずっと戦っていて体力にも陰りを覚え始めていたが、ファリスは額に汗が滲んでいるもののまだ余裕が感じられた。

「はっはっ、はっ……」

 荒い息をマルティアーゼが吐く。

 魔法が止むと、互いの位置が掴めなくなる程部屋中に水蒸気が立ち込めていた。

「姫様、私が左から相手の隙を作ります、そこを狙って下さい」

「待ちなさいトム、相手の出方をしっかり読まないと……トム!」

 左側から飛び込んでいくトムを止めようとしたが、トムは抜き身の体勢で霧の中に身を消していった。

 徐々に薄れてきた煙に突っ込んだかと思ったら、煙の向こうで剣の打ち鳴らす音が聞こえてきた。

 煙の消えた先ではトムとバンティール候が剣を交えている姿が現れる。

「貴様らが王子に手を上げるなど言語道断、恐れ多いわ下郎共」

「トム!」

 マルティアーゼが叫んだ。

「私に構わず」

 トムが答える。

 振り払うと剣を突き出したトムに、腕に覚えのあるバンティール候が上手く交わして応戦する。

 ファリスはマルティアーゼの姿が見えた瞬間に氷の矢を飛ばしていた、それを左右に避けながら火球で応戦する。

 マルティアーゼの中には焦りがあった、いつまでも続く撃ち合いでは体力の消耗の激しいこちらが先に魔力が尽きてしまう、何か打開策はないかと周囲を探した。

 謁見の間は今やあちこち床がめくれ、中央には兵士と魔道士の死体が転がり、床にあった絨毯は焼け焦げ太い柱にも亀裂が走り、豪華な謁見の間は見るも無惨な姿に変貌していた。

 マルティアーゼは、ファリスとの間に倒した兵士の持っていた剣が床に刺さっているのを見つけると、即座に行動を起こした。

 集中させた手の平から神々しい光が漏れてくる、それは大きく直視出来ないほど光り輝いていた。

 ファリスも両手を前にして目の前に氷の壁を作り出そうとしていた。

「小賢しい」

 マルティアーゼが詠唱を終えるとファリスに向けて一本の光の矢を投げつけた、するとすかさず光の矢を追ってマルティアーゼが駆け出していく。

 ファリスに向かって行く途中に床に刺さっていた剣を引き抜くと、勢いを止めずそのまま突進した。

 光の矢が氷の壁にぶつかるとまばゆい光が謁見の間を包み込む、その光は城の窓からも漏れ、この深夜に王城を見ている者が居れば、エスタルの城が神々しく光っているのを何処からでも確認出来ただろう光量であった。

 城の外では光が当たった場所だけが昼間になったみたい照らされ、温かさえ感じられた。

 城の中ではガチャリとファリスの喉元に剣が当てられ、切っ先が少し喉に食い込んで血が流れていた。

 他の者が余りの明るさで目を閉じている間に何が行われたのか、目を開けると氷の壁は上半分が綺麗に消え失せ、ファリスに剣先を向けているマルティアーゼの姿があった。

「貴方の負けよ」

 驚きと敗北を感じたファリスがマルティアーゼを睨んだ。

「……よもやここまでの力があったとは、我が鉄壁の氷を打ち壊すなど……我の負けを感じずにはおれまい、さぁ殺せ……我を殺して王となるがよい」

 潔さもまたエスタルの王子の誇りからか、額から汗を流しながらファリスは目を閉じ覚悟した。

「勘違いしないで、私の目的は貴方から王座を奪う為に来たわけではないわ、誰に何を言われたのか知らないけれど、私は陛下に会いにエスタルに来ただけよ」

 キッとファリスの後ろにいたザロイ左大臣に目を合わせると、ばつが悪そうにザロイ左大臣は目を逸した。

「動かないで!」

 控えていた魔道士や兵士達が王子を助けようと身構えたのを見て、マルティアーゼが叫んだ。

「まだ話が終わってないわ」

 とファリスを見つめる。

 同じ銀髪に肌の白さもよく似ているこの人物が自分の兄なのかとマルティアーゼは思ったがそれ以上の感情は湧いてこない、何しろ初めて会う兄に殺されかけたのだ、憤りはあっても親近感などある訳がなかった。

「私がローザン大公国公女と知っているのね、そしてエスタル王の娘だという事も分かっていて私を殺そうとしたのは何故なの」

「貴様がこの国に来た事がその理由なのではないか、父上と会談しこの国の王女として暮らす為に来たのではないか……よもや違うとは言わせぬ、貴様が王位継承の証を持っている事は分かっているのだ、貴様も知っているのだろうその紋章がどれだけ重要でどのような意味を成すのか、この国に……もといこの世界に二人の王がいてはならぬ」

 憎しみを込めた目をマルティアーゼにぶつける。

「貴方……そんな事の為に……」

「そんな事……だと、貴様にこれがどれだけの事か分かっているのか、この世界に魔導の基礎を築き上げてきた我らエスタル家がどれだけ重要な役目を担っているのか、今日まで一人しか生まれてこなかった紋章が二人生まれ出たのだ、この意味するものがなんであるか分からぬか、貴様の勝手な行動でこの世の秩序が狂い始めているのだ、貴様は生きていてははならぬ存在」

「わ、私はただ外の世界が見てみたかっただけ、それがいけなかったというの……私は一生あの城で生きていけとでも」

「そうだ、一生ローザン大公の元で過ごしていれば何事もなく収まっていたのだ、貴様が国を出た事で父上に後悔の念を抱かせてしまった、全ては貴様の軽はずみな行動が起こした結果だ」

 ファリスは喉元に剣が突き立てられていようと構わずに、マルティアーゼの顔を指し示した。

「私はエスタル王の娘だなんて知らなかったのよ……知っていれば…………」

「知っていれば何だというのだ、知っていればもっと早くにエスタルに帰るつもりだったのか」

「違う! 知っていても私は国を出たと思う、私はこの世界の空の下に何があるのか知りたかった、人々の生活や沢山の経験をしたかっただけ、王族と言う物に興味なんてなかったわ」

「ふんっ、戯れ言を……ならば何故ここに戻ってきた、これがその証拠だろう、貴様は王家の血には抗えなかったという事だ」

「貴方は陛下の気持ちを何も分かっていない、どんな気持ちで今まで過ごしてきたのか、私は陛下の気持ちに触れたからこそ悩んだ末ここまで来たのよ、王座に就く為に来たのではないわ、貴方こそ一体何を吹き込まれてこんな事をしたの……」

「マル! 大変だ陛下が……」

 マルティアーゼの言葉を遮るように、王の間の通路からフィッシング達が出てきて叫んだ。

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