23
「マルちゃん、大変よ」
走ってきたのはミエールだった、やっと帰ってきた安堵と早く知らせたいという慌てっぷりの感情が見て取れた。
馬から下りてミエールを迎えると、
「どうしたの、そんなに慌てて」
「あのね、何だか町の様子がおかしいの、兵士がそこいらに出歩いてて貴族街への門も厳重に守られて荷馬車すら出入り出来なくなってるのよ、フィッシュさん達がマルちゃん達が帰ってから町の様子を見て回っていたのよ、そしたら昨日、兵士が門を固く閉ざして誰も入れようとしなくなったって、町の人に聞いても誰も理由を知らないらしいの……兵士に何かあったのかと聞いても門前払いで何も聞けなかったって、マルちゃんをお城に送らなければいけないのにこのままじゃ入る事が出来ないのよ」
「何かの行事じゃないの?」
「なぁミサ、お前ら城に用事があったのか?」
後ろを付いてきていたタッキーがここにきて初めて口を聞いた。
「ん? いや……まぁな」
「お前ら一体城に何しに行くんだ、やばい事なのか……まぁどうでもいいけどよ、そんなに行きたいなら俺が連れてってやろうか? 城まで行けるかどうか分からないけど貴族街なら簡単に行けるぞ」
表情はまだ硬く出会った時のような明るさはなかったが、それでも幾分和らいだ感が出てきていた。
「ミサ、その人は?」
ミエールが初めて気づいたように聞いてきた。
「ああ、俺の古い友人のタッキーだ、訳あって街道で会ったんだ、それより本当に貴族街に行けないのかどうか確かめてからフィッシュの所に行こうか」
「ふうん、その人が……」
ミエールが怪しい視線を送った。
「私、右大臣から木札を貰ってるわ、それを見せても駄目かどうか確かめてみてはどうかしら?」
マルティアーゼが懐から取り出した木札を見せた。
一行は町に入り貴族街の門に向かいと、町の人々は変わらぬ様子で屋台や店で買い物をしたりはしていたが、かけ声は押さえられ物静かに何かを話し合っていた。
町中にいる人々の数で比べると、まるで葬式でもあったかのような静けさで、そこかしこの店の前には人々がたむろしてひそひそとこんな情報を貰ってきたぞ等、あれやこれと雑談をしていた。
マルティアーゼ達はそんな風景を歩きながら不思議そうに見ていた。
一行が中央の大通りに着いた時、交差点の角に大きな人だかりが出来ていて、皆が注目している立て札には何か書いてあるようで、それを民衆がこぞって見に来てはガヤガヤと話し合っている。
遠くからでは見えないのでミサエルとバルートが側に寄っていく。
群衆の中に入っていった二人が慌てた様子で戻ってくると、マルティアーゼの背中に押して路地に入りフードで顔を隠させた。
「まずい! ここから離れるぞ、フィッシュの所に急ごう」
理由もいわずに馬を引っ張るとデビットの家に向かって早足で歩き出す。
「何があったの?」
「まぁ待て、後で話すから早くここから離れよう」
マルティアーゼは訳も分からず、ミサエルが先頭に足早に進んでいくのを付いていくしかなかった。
路地に入り人気の少ない道へと進み、誰にも見られないように同じような景色を何度も曲がり迷う事なく路地を抜けていくてアンヌの家に辿り着いた。
マルティアーゼ達は素早く裏庭に入り裏口の扉を叩く、家から出てきたアンヌに挨拶もそこそこに家の中に入れて貰うと、二階の部屋にいたフィッシング達と合流した。
「悪いバル、皆を隣の部屋で待たせておいてくれ、マルはこっちに来てくれ」
ミサエルがバルートに指示をするとトムも行くと言ってきた。
「わかった、一緒に来てくれ」
ミサエル達三人がデビットの部屋に入ると、部屋にいたフィッシングとデビットとで一気に部屋が狭く感じる。
「待ってたぜ、あれ……ミエールが門に居なかったか?」
窓際に座っていたフィッシングが振り向いて聞いてきた。
「隣の部屋に皆と一緒よ」
「そうか」
「フィッシュまずい事になった、大通りの立て札にマルの手配書が出されていたんだ」
ミサエルの言葉に皆が驚い顔になる。
「エスタル王を狙う暗殺者としてロンド・マール率いる複数人の仲間と書いてあったぞ、マルの似顔絵も貼られてたが似てるとは言い難いが雰囲気だけは出てたな、けどよあまり外を出歩くとマルの顔は目立ってしまう」
ミサエルが早口で伝えた。
「お前らがアルステルに行ってから町を見てたけどよ、何だか昨日から町中が慌ただしくなっちまってな、兵士共が貴族街からぞろぞろと出てきたかと思ったら、いきなり何の通知もなしに貴族街の門を閉めやがった、門兵に話を聞いたが近寄るなの一点張りだ、ミエールに門でマル達が帰ってくるのを待ってて貰う間、俺とデビで町中を調べてみたが市民街には特に厳しい封鎖はねぇし、こっちの市民街は普段どおりだったぜ」
マルティアーゼが木札を取り出して見せるとミサエルからは、
「それはもう役に立たないな」
そう言われて肩を落とした。
「一体エスタルの誰が私を陥れようとしているのかしら……」
「さぁな、マルがここに来るのを良しとしない何者かがいるんだろう、俺達には皆目分からねぇけど、国王がまさかマルを捕らえようとしているのならあの丘で会った時に捕まえているだろうしな、わざわざこんな大仰な事をする意味もない、フィッシュどうする?」
ミサエルの問いにフィッシングが腕を組んで頭を垂れて考える。
「国王に直接会えれば理由が分かるかも知れないけど、そこまで辿り着くのは難しいだろうね」
寝台に座っていたデビットがいう。
「それだが、此処に来る街道で古い友人と出会ってな一緒に連れて来たんだが、そいつが俺達の話を聞いて貴族街なら行けるから連れて行ってやろうかと言ってきたんだ」
あまりマルティアーゼの周囲に知らない人間を近寄らせるのを憚れる時だが、このままだと身動きも取れなくなるのではと思い、ミサエルが提案をしてきた。
「おめえの連れだからといって其奴は信用出来るのか? もしかしたらこの一連の一味って事は無ぇだろうな」
「それは無いと思う、こう言っちゃ何だがあいつと昔悪さしてたから良い奴とは思われないだろうが、あいつもその身一つで生きてきたんだ、粗暴だが根は悪い奴ではないぞ、それに街道であいつが仲間と俺だと知らずに襲ってきたんだ」
「大丈夫なのか、そんな奴……」
「で、あいつらといた所に黒い外套を着た一団に襲われてな、あいつの仲間が皆やられちまったんだ」
「なんだ……ややこしい話になってやがるな、その一団って何者なんだ?」
後から後から出て来る新しい情報に、フィッシングが何がどうなってやがるんだと言いたげな表情で見てきた。
「その黒の一団ってのが今回の黒幕の一味だと思うんだ、統率が取れてて手強かったが俺達の方は被害は出ずに済んだ、あいつら一言も発せずに分が悪いと思うと逃げて行きやがったんだ、皆で話はしたが結局何の溜めに襲ってきたのか誰の差し金かは分からず終いだった、そしたらエスタルに来てみたら今度はマルが暗殺者扱いになってる、裏で何か起こってるのは確かだな」
自答自問してるみたいにミサエルが首を傾げた。
「どうなってやがんだ、ったくよ……」
「やっぱりここは陛下に直接会って話をするのが一番よね、タキさんにお願いして連れて行って貰いましょう」
マルティアーゼは何かを決意したかのように言い切った。
「もう少し様子を見た方が良いんじゃねぇか」
フィッシングが聞いてきたがマルティアーゼは首を振って、
「もう私を狙って相手は動き出しているのだったら、このまま八方塞がりになって何も出来なくなってしまう前に、こちらから動いて陛下にこの状況を説明した方が良いわよね」
「城に入ればそれこそ侵入者扱いされちまいそうだよ、その覚悟は皆あるのかな」
デビットが意見をいう、エスタルの警備は兵士だけではないのだと甘く見ない方が良いと思う気持ちがあった。
「仕方ないわ、兎に角、陛下に会えれば分かって下さるはずよ」
「俺もマルに同意見だな、あぁいや……陛下に会えばって意味じゃなく時間が経てば余計動きにくくなるって意味って事だけどな」
ミサエルもここに来るまでの状況を踏まえてもマルティアーゼへの包囲網が整えられる前に動いた方が良いと思ったのである。
「分かった、そんじゃあミサの連れって奴に案内してもらって国王に会いに行こうぜ」
フィッシングが皆の顔を伺うと、皆、緊張の堅い表情だったが意見をする者はいなかった。
ミサエルが隣の部屋のタッキーに案内が出来るかどうか聞きにいっている間、フィッシングがマルティアーゼに、
「マル、本当に良いんだな、しくじったらアルステルにも戻れなくなるぞ、いやそれこそ捕まったらどうなるか分からねぇぞ」
と言ってきたがマルティアーゼの決意は固く、
「大丈夫、皆の方こそ危険だと思ったら逃げてくれて良いわ、私は何としても陛下に会いにいくわ」
「別に怖いから止めようと言ってるんじゃ無ぇよ、誤解が解けたとしてもまだこの国が安全とは限らねぇ、そういう場所に乗り込むんだぜ」
「それは……でもこのままにしておく事も出来ないわ」
「そうか」
フィッシングはそれ以上の追求はやめた、誤解が解けたとしてその後の事はマルティアーゼ自身が決める事、自分達は彼女をエスタル王の前まで連れて行ってやるのに助力するだけだった。
ミサエルが部屋に戻ってくると、タッキーには案内役を頼んだが一度家に帰ると言って帰って行った事を伝えにきた。
「明日の晩に東の街道の北側にある小さな小屋の側で待っててくれという事だ、俺が場所を知ってるから連れて行くよ」
その後、他の部屋にいる皆にも事情を説明した。
女性はこのままデビットの家で泊まる事にして、男達は近くの宿屋に泊まるようにした。
「お話はもういいのかい? 沢山の人がやって来たから驚いたよ」
階下に降りてきたマルティアーゼ達を下で待っていたアンヌが声を掛けてきた。
「お騒がせして御免なさいね」
店の仕事場で裁縫の仕事をしていたアンヌは、日が暮れたので店を閉め夕食の支度をしていた。
「まぁ、いい香りね」
「待ってな、もうじき食事が出来るからね、男どもは何処に行ったんだい?」
男性陣は宿で泊まる事を告げると不満そうな顔をした。
「なんだい、沢山作ったってのに男共がいないと無くならないよ、全くあの子は何にも言わずに直ぐにどこかに行っちまうんだからね」
文句を言いながらも手は休める事なく食事の用意をしながら、マルティアーゼ達に席に着くように言ってきた。
「さぁさぁ、いっぱい食べておくれよ、今日も新しいお友達かい……名前は何て言うんだい」
腰に手を置き卓に座っている三人を眺めると、マルティアーゼとミエールの間に座っていたスーグリを見つけた。
「えっと……スーグリ、アルコット・スーグリです」
「ほうほう、アルちゃんかい、可愛いねぇ」
「みんなはスグリって呼んでるわ」
横からマルティアーゼが教えてやると、にこにことアンヌが嬉しそうに笑った。
「あらあらスグリちゃんかい、そうかいそうかい」
笑顔のアンヌがじっとスーグリを見ていると、スーグリはどう反応したらいのかもじもじと顔を赤らめ目を左右に動かしていた。
「アンさんスグリが困ってるわよ、早く食べましょう」
「ふふっ、スグリも私と同じようになってるわね」
スーグリの挙動に困った顔をして居たのを見てミエールは大笑いしていた。
「だってさぁ、こんなに可愛い子が家に来るなんて事は滅多にないさ、それも三人も……デビみたいな無愛想な弟を相手してると新鮮に感じるんだわさ、あらやだお腹空いてるんだったね、さぁさぁお食べよ」
慌ててアンヌも椅子に座り食事を始める。
他愛もない話をしながら楽しい食事を済ませて風呂に入り終えると、居間に集まり就寝前のお茶を飲んでいた。
「マルちゃん、いつまでエスタルにいるんだい?」
室内はランタン一つで薄暗く、それを取り囲むように四人が椅子に座って熱いお茶を啜っていた。
「んん……まだ分からないの、でもそんなに長居はしないから安心して」
「何言ってんだいそんな事を言ってないさ、なんならずっと居ても良い位なんだから、はははっ」
客商売を生業としているアンヌはおしゃべり好きで近所でも有名であった。
デビットとは五つほど歳が離れていて、恰幅もよく人当たりの良さはデビットとは正反対だった。
小顔で目尻の下がった大きな目が人を集める魅力になっているのだろう、柔和な笑みが人を安心させる。
静かな時間を過ごし夜も更けてくると、冬の到来が近いのかぐっと気温が下がり始めて来る。
「今夜は寒くなりそうだね、布団をちゃんと掛けて寝るんだよ、そろそろ衣替えかねえ」
アンヌは窓の外を見て言うと窓掛けを閉めた。
眠気が襲ってくると全員立ち上がり、各自の部屋に戻り寝床に入っていった。