22
出てきたのは革鎧を着た目つきの悪そうな剣士ばかりだった、着ている物に統一性はなく様々な装備を身に着けていた。
「持ってる物を置いていって貰おうか、抵抗するなよ」
前方に出てきた男が声を荒げて言い放つ。
「物取りか、しかし素直に聞く事は出来ないな」
トムが剣を引き抜いて切っ先を相手に向けた、するとミサエルが前に出て来て止めに入る。
「待ってくれトム」
馬から降りて男に近寄っていくと、
「お前タキ……タッキーか? 俺だミサエルだ」
フードを下ろして顔を見せた。
「!」
男は驚いてミサエルを見つめた。
「ミサ! ミサかお前どうしてたんだ、エスタルから居なくなってから探してたんだぞ……おい、お前ら剣を下ろせ」
タッキーと呼ばれた男はこの盗賊団の頭なのか、一言で周りにいた男達が剣を鞘に収めた。
「久しぶりだなタキ、とうとう依頼に飽きて盗賊家業になったのか?」
ミサエルが旧友に笑顔を投げかける。
「お前がいなくなってから仕事がしづらくなったんだよ、代わりに人集めしてたら大家族になっちまったもんでこっちに鞍替えしたんだよ、アルステルの事件があってから暫く人通りが無くってな、やっと人が来るようになったと思ったらこれだ、こいつらに飯くわせねぇといけねぇてのによ」
タッキーは荒々しい口調と態度が似つかわしくないほどの童顔で、茶色の短い髪に大きな目と薄い唇が余計に子供らしく見せていた。
「おっ……バルもいるじゃねぇか、ははっなんだお前ら何してんだ」
「はう……お久しぶりです、驚いちゃったです」
おどおどしながらバルートが返事をした。
「まだですです言ってんのか、変わんねぇな、ちったぁ言葉を覚えたのか?」
「あう、す、少しは……」
「俺達はエスタルに用事があってな、その旅の途中だ」
ミサエルが話してる間にマルティアーゼ達も馬から下りてきてタッキーと顔を合わせると、まじまじとマルティアーゼを眺めた後、
「ふうん、そんな別嬪さん連れて何の用事だよ、もしかしておめえの嫁さんか、それで結婚しに戻って来たのか? それとも金儲けか? それなら俺達も混ぜてくれよ」
タッキーの目が怪しく光りながら言ってきた。
「悪いな違うんだ、連れがいるから会いに行くだけだ」
「おいおい俺は連れじゃないって言うのか」
タッキーが怒って突っかかってくると、ミサエルが手を上げ落ち着かせようとした。
「まあ待てよ、俺のギルドメンバーがいるって意味だ、俺だってエスタルに帰るのはあの時以来だしな、そう怒るなよ」
「なら俺はまだあの家にいるんだ、その用事ってのが済んだら遊びに来いよ、なんならそこの姉ちゃん達も連れて来てくれよ」
へへへ、とマルティアーゼとスーグリを見てタッキーが笑った。
「全く……済まないなマル、こいつは俺がエスタルにいた時の幼なじみっていえば聞こえはいいが、なんだ……その、やんちゃしてた時の友人でタッキーっていう奴だ、今じゃこんな事してるが根は悪い奴じゃないから心配しないでくれ」
「そう……私はロンド・マールよ、宜しくね」
と自己紹介をすると、ミサエルが他の皆も紹介する間、ずっとタッキーはにやけていた。
「で、どっちがお前の彼女なんだ?」
マルティアーゼとスーグリを見比べて聞いてきた。
「馬鹿野郎違ぇよ、変な事言うんじゃねえ」
顔を赤らめてミサエルは否定した。
「へえ、こんなに別嬪さんなのにねぇ」
タッキーは値踏みをするようにマルティアーゼを眺めていた、するとクスクスとマルティアーゼが笑い出した。
「マル、相手にしなくていいからな、疲れるだけだぞ」
肩をすくめてミサエルが言った。
後ろのトムはこの無礼で礼儀のないタッキーに対して良い感情が沸かず睨み続けていたが、そんな事はお構いなしにタッキーはマルティアーゼにあれこれと質問し続けていた。
「タキ、俺達は急いでるんだ、時間が惜しい先に進ませてくれ」
皆、タッキーの質問攻めで疲れ果て辟易していると、ミサエルがもう限界だと口を挟んできた。
「なんだよ久しぶりに会ったってのに良いじゃねぇか、ならよ近くの宿場で飲み明かそうぜ、どうせエスタルまでまだあるんだ、どっかで泊まるんだろ俺達もエスタルに帰るからさ、一緒に飲もうぜ」
「どうするマル」
タッキーのしつこさが分かってるだけに、ミサエルはどうしたものかとマルティアーゼに意見を聞いた。
「タキさん、エスタル市に入るまでっていう事なら一緒に行きましょう」
パッとタッキーの顔が明るくなり、
「おう決まりだ決まり、話が早くていいねぇ……ならさっさと行こうぜ、おいお前ら行く…………」
言い終える前にタッキーが凍り付いた、マルティアーゼ達も同時に周囲の異変に気付いた。
マルティアーゼ達を囲んでいたタッキーの仲間がバタバタと倒れていったのだ、タッキーの隣にいた仲間二人以外、七人の仲間がほぼ同時に地面に崩れ落ちた。
「おい! お前ら何してんだ、おいっ」
マルティアーゼ達は既に身構え周囲に目をやっていた。
タッキーと仲間二人が、倒れた仲間の所に走り寄っていこうとするのを、マルティアーゼが呼び止めた。
「動かないで!」
ザサッと木の枝の振れる音が聞こえ目をやるがそこには何もない、マルティアーゼが林からこちらに向かってくる地面の影を捉えた時に気付いた。
(上!)
頭上を仰ぐと黒いマントをはためかせて斬りかかってくる相手が目に入った。
高い金属音が発する、マルティアーゼはが斧の柄で初撃を防ぎつつ振り抜く、相手は空中でくるりと後方に一回転して飛んでいく。
後ろでも剣の交わる音が聞こえ、周りには八人の黒い外套に身を包んだ一団に取り囲まれていた。
黒い集団は無言のまま剣を構え、マルティアーゼ達を囲み距離を詰める。
「何だこいつら、これもお前の仲間じゃないだろうな」
ミサエルがタッキーに聞いてみた。
「ち、違ぇよ、こんな奴らしらねぇぞ、お前らよくも仲間を……てめぇら誰だ」
怒り心頭にタッキーが剣を抜いて近くの敵に向かっていった。
「ちっ」
ミサエルは魔法を唱えて敵の一人に雷撃を浴びせようと雷球を飛ばすが、相手に素早く避けられた。
それと同時にスーグリとトムも眼前の敵に攻撃を仕掛けていく。
マルティアーゼは一人、襲ってきた敵から目を離せずにいた、相手に対して違和感が感じられた、何かが他の者と違う感覚を感じていた。
(何……目を離せばやられる、それほど隙がないわ)
数ではこちらが有利だが、相手はかなりの手練れと感じずにはいられない統率力があった。
全員敵と対峙していおり、オットはバルートの援護を受けながら敵にハルバートを振るい、バルートは相手の動きを止めようと光球を投げつけるが中々当たらず素早い。
マルティアーゼは助けに行きたくとも目の前の敵がそれをさせるはずもなく、相手はじりじりと間合いを詰めて威嚇してくる。
「貴方達は誰、目的は何?」
マルティアーゼが相手に問い質すが勿論相手は答える気はなく、代わりに剣戟を繰り出して襲ってきた。
二合三合と相手の剣を受けていると、やはり剣と斧の重さの差が連続した攻撃に間に合わなくて少しずつ対応に遅れが出て来る。
「……くっ」
横殴りに斧を振り相手との距離を図ると、直ぐさま構え直して敵の懐に飛び込むが相手は剣先を伸ばしてくる、ガシッと斧で刃と柄の隙間に飛んできた剣を絡め取ると、地面に叩き付けて剣を折った。
マルティアーゼが敵に刃を向けると敵は口元に指を当て口笛を吹いた。
黒の一団達が一斉に戦闘を止め林の中に逃げ込んでいく、引き際も躊躇する事無く鮮やかに姿を消していったのを、追う事はせず皆の状況を確認した。
黒の一団の死体が四つ、こちらは皆無事だったがタッキーの仲間が全員やられてしまった。
「くそぉ、ガント、ネレ……お前らまで……」
倒れた仲間の側で泣きじゃくるタッキーが拳を強く握る。
「手強かったね、あの剣捌きは普通じゃないね」
座り込んだオットが両手をだらりと膝に置きながら感想を述べた。
「オトさん腕は大丈夫ですか?」
バルートが心配して聞いてくる。
「うん、大丈夫、疲れただけだよ」
手を上げて答える、トムもスーグリに支えられながら皆の所に戻ってきた。
「タキ……」
ミサエルが側に寄って声をかけた。
「うるせぇ、こいつらも俺と同じ孤児だった奴らなんだ、やっと出来た俺の家族なんだったんだ」
皆、どうしたものかと心配そうに顔を見合わせる。
「タキ、ここにいてもどうしようもない、行こう」
「行けよ、こいつらを置いて行けるわけねぇだろ」
ミサエルはマルティアーゼに先の宿屋で待っててくれと、自分は少し戻って警備兵に事の次第を伝えてからタッキーを連れて行くと言い、バルートにタッキーの側に付いていてやれと言い残すと、馬に乗って元来た道を駆けていった。
マルティアーゼ達四人は暫く進んだ一番近い宿屋に入り、そこでミサエル達を待つ事にした、だがその日ついにミサエル達は戻ってこず、タッキーとバルートを連れて宿屋に来たのは翌日の昼頃だった。
「すまん、いろいろと事情聴取や身元調査で取り調べられていたんだ、お陰で徹夜だったんだ」
「僕、眠くてもう駄目です」
部屋に入るなりバルートは寝台に横になるとそのまま横になって寝てしまう。
「おいバル、ここで寝るな、自分の部屋で寝ろって……俺だって眠いんだ」
ミサエルがバルートを起こして自分達の部屋に引っ張って連れて行く。
「ミサ、タキさんはどうしたの?」
「部屋で休んでるはずだ、暫くはそっとして置いてやってくれ、あと出発は明日でも構わないか? 俺も今日はもう疲れてんだ」
「ええ、主人にはもう一日泊まるように伝えておくわ、お疲れ様」
目が今にもくっついてしまいそうに片目を瞑りながら、ミサエルが自室に入っていくと直ぐに部屋から寝息が流れてきた。
「おはよう」
朝、マルティアーゼが外で出発の支度をしていると、遅れて出てきたミサエル達に挨拶をした。
「もう体の方は大丈夫?」
「ああよく寝たよ、一日無駄にしちまったな、行こうか」
後ろで突っ立っているタッキーに目をやると、俯いて険しい表情を地面に投げかけていた。
「タキさんおはよう、食事はちゃんと摂れたかしら?」
「…………」
マルティアーゼの挨拶に何も答えようとしないタッキーに、
「まぁまだ心の整理が出来ないんだろうそっとしといてやってくれ、エスタルに着いたら俺が家まで送っていく」
横からミサエルが言ってきて、
「分かったわ、じゃあ行きましょうか」
宿を出てからもタッキーは一人、マルティアーゼ達より少し遅れながら付いてきていた、皆もそっとしておくつもりで声もかけず黙々と街道を進んでいく。
時折振り返って見るが、馬に揺られながら険しい表情で呆然としている姿が伺えるだけで、静かに付いてきていた。
「昨日一日考えてたが、あの黒い一団の目的はやはりマルか……」
ミサエルが不穏な意見をマルティアーゼに伝える。
「……」
「何かあの会談でそういう狙われるような話でもあったのか?」
「…………何もなかったわよ、話したのは私の出自についてだけ、それ以外で揉めるような話もなかったわ」
「それだとますます分からんな、まさか……バルグの仲間とかじゃないだろうな、倒された仲間の仇討ちとか」
「どうかしら、あの魔導師が誰かと手を組む様には見えなかったけれど」
あの自分の魔導に絶対の自信を持っていたバルグが、人の手を借りるようには思えない。
「だが、いずれにせよ誰かに狙われてたのは確かだ、あんな統制の取れた野盗なら国でも話題になってるはずだ、これからはもう少し気をつけていこう」
まだ一日以上は旅程の残る旅路で起こった出来事に、マルティアーゼはざわつく胸騒ぎを覚えた。
その日の旅は周りに気を配りながら進んでいたが、何事もなくエスタル市まであと半日の所まで来ていた。
宿で食事をした後、マルティアーゼの部屋に全員が集まっていた。
「タキさん、今日一言も喋らなかったですね」
皆が思ってた事をスーグリが言ってきた。
「うむ、まぁ今まで一緒に生活してきた仲間がやられたんだ、無理もないさ」
「姫様、本当にこのまま王宮に入るのですか? もし何者かが姫様を狙ってるとしたらこのまま王宮に行くのは危険ではないでしょうか?」
トムがそっとマルティアーゼに問いかける。
「どういう意味……王宮内でも狙われるかも知れないって事? それだと敵は王宮内の誰かが私を殺したいと思ってる事になるわ、でもそんな人は……エスタルに知り合いなんてアンさん以外いないのよ、それは貴方が一番よく分かってるはずよ、陛下でさえ私にとっては初めて会ったみたいなものよ、陛下は小さかった私と会った事があるみたいだけれど覚えてないわ、他に私が知ってる人なんてエスタルにいないわ、まさか陛下が……私を…………」
「そこまでは……ただ姫様の身を案じただけで、要らぬ心配をさせて申し訳ありません」
トムは申し訳なさそうに答えた。
「まぁ落ち着けよマル、まだマルが狙われてると決まったわけじゃない、現状を考えると狙われてもおかしくないって事なだけだ」
ミサエルが割って入る。
オットはずっと腕を組んで話に聞き入っていたし、スーグリはおろおろとトムとマルティアーゼが喧嘩でもするのかと交互に顔を見比べており、バルートに至ってはどういう話になっているのか分からないようで呆然としていたので、この場で話を纏めるのはミサエルしかいなかった。
「とにかくエスタルまでもう少しだ、早くフィッシュ達と合流しよう」
「そうだね、色々と考えても仕様がない」
ここでオットが口を開いた。
「それに本当にマルちゃんが狙われてるなら、放って置いても向こうからやって来るだろうし、あれこれ考えるのは止そう」
「相変わらずオトさんは剛胆だな」
「はははっ、鍛冶以外で細かい事は気にしないからね」
オットに言われるとミサエルも内心出たとこ勝負で何とかなるのではと思ってしまう安心感があった。
その夜の話はそれで終わって各自自室に戻り寝支度に入った、だがマルティアーゼだけは横になり暗い部屋の天井を見つめながらエスタル王の事を考えていた。
(陛下のあの涙は本物だった、本当に私を手放した事を後悔しておられた、その思いに応えられるなら……私の旅の終着にしても良いと思った、父や母にも一度国に帰ってちゃんと謝らなければばいけない、国を出た時から胸につかえていた罪悪感を洗い流したい、今更帰ってどんな顔をされるか分からないけれど……ああっ、なんて我儘な奴だろうと蔑まされるかも知れない、自分で国を捨てたのに居場所が見つかったから王族に舞い戻りますと誰が聞いても虫が良すぎるわね、でもこれ以上陛下や父と母、周りの人達に迷惑を掛けられない)
自分の事でなんて多くの人を巻き込んでしまっていたのか、本当に自分は一体何の為に生きてきたんだろうと、私さえ生まれて来なければ不安も問題も起きなかったのにと、自分を責めながら眠りの中へ入っていった。
翌朝朝早くに発った一行が昼前にエスタル市の見える丘までやって来た。
なだらかな丘から町を囲む壁が見えている、その城壁の周りは森で覆われていて此処からでなくては町の大きさは分からなかっただろう。
森を開拓し徐々に大きくしていったエスタルは、今や広大な町が森の中に作り上げられていた。
城は小高い丘を利用しており、マルティアーゼ達の立つ丘からもエスタル王の住まうブランキッシュ城が森の中に浮かんでいるかのように突出して見える。
城の周囲は北東に流れる川から水を引き入れ城の周りにお堀を作っている堅固な要塞だ。
入り口は北と南の二カ所の跳ね橋のみで、北側の橋は常に上げられておりそこからは一本の坂道が続くだけの緊急時の逃げ道となっている、坂を降りた先には諸侯達の私有領が広がっている。
坂を削り造ったその道はなだらかで見渡しが良く、隠れる場所のないような坂道であり、敵が襲ってきても城から弓で応戦すれば恰好の的にもなる。
勿論、今までにここまで来られた敵などいない、坂の麓には諸侯の領土もありそれぞれの持つ私兵が北側の守りを兼ねている。
エスタル市だけでもかなりの大きさで、諸侯の領土と合わせるととてつもない広さになる。
エスタル市の東西の街道には周辺の町に続く道が網の目に分かれ、街道を逸れていくといくつかの小さな町もあるが、殆どがエスタル市から溢れた人々が開拓していった町である。
アルステルから来る途中にも街道から逸れていく道が幾つも見つける事が出来、いまだに開拓は続けられており、そういった町からも農作物が作られエスタル市に運ばれてくる。
なのでエスタル市の門にはひっきりなしに荷台を引いた馬車が出入りしている光景が見受けられる。
マルティアーゼ達の眼下の街道にも幾つもの馬車が町に入っては出てくる姿が見えていた。
昼前という事で食事をしようとエスタル市に向かって行く。
本来ならばそこかしこの宿場や店からは大声で注文を受ける店員の掛け声が聞こえてくるはずなのだが、今日は行き来する馬車も少なくかけ声も威勢がなかった。
そんな事を知らないマルティアーゼ達が門を潜った時、門の影から出てきた人影がこちらに向かって走ってきた。