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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響


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 外はすっかり夜が明け眩しい日差しが顔に当たる、草花の朝露はすっかり乾きその身を太陽に向け日光を浴びている。

 離れた所にいたフィッシング達は一塊になって地面に座り込み、マルティアーゼが出て来るのを待っていたみたいだった。

 マルティアーゼは皆に重要な話があるからエスタル市に行こうと、全員で丘を降り始めた。

 すると天幕からエスタル王が出て来るのが見えると、フィッシングが儀礼に乗っ取り胸に手を当て一礼をすると、他の者も手を前で組んでお辞儀をした。

 マルティアーゼと目が合ったエスタル王は笑顔で大きく頷いた。

 マルティアーゼは皆に行こうと促し、緩やかな坂を降りて自分達の馬に乗り込み街道まで進んだ。

「エスタル王があんな人物だと思わなかったな、実際間近で見ると昔見た時とは印象が大違いだったな」

 ミサエルが興奮気味に言う。

 昔エスタルの魔導学校に通っていた時に何度か遠目で見た事があり、その時と比べ雰囲気がかなり違っていたのに驚いた様子だった。

「昔はもっと太っていた様に感じたが、あんなに痩せていたのか」

 デビットもミエールも昔の事を思い出そうとするが、はっきりと思い出せないのかミサエルには賛同出来ずにいた。

「ねえ、皆に聞いて貰いたい事があるの、このままデビのお姉さんの所まで行きましょう……そこで話をするわ、デビいいでしょう?」

 マルティアーゼが皆に向かって声をかける。

「ああ、良いよ」

 デビットが答える。

 そのまま街道に出るとまっすぐ北へと移動をすると、エスタル市に入る道が見えてきた。

 左に折れ橋を渡ると大きな門がそびえていて、その下を潜りエスタル市に入って行く。

「ここからは俺が案内するよ」

 デビットがそう言うと先頭に立ち皆を引き連れて町の中を進んでいく。

 エスタル市はエスタル王の住むブランキッシュ城市とは別で北半分の城市と、南半分の国民街で別れており一般国民は城市に入る事はできない。

 城市にはの貴族の邸宅や臣下の住居といった官職の住まいになっており、城はその中心に建っており国民の間では貴族街とも呼ばれていた。

 城市と国民街は高い壁で仕切られ、常に城市を囲む壁の周りには警備兵が警戒に当たっている。

 アンヌの家は国民街の南の方にあり裁縫屋を営んでいた。

 大通りから路地を入りくねくねと曲がっていく、デビットは迷う事なく力強い足取りで進んでいった。

 周りはよく似た家が建ち並び、建築物は全て白か茶色でそれ以外の色は禁止されているのだという。

 それは敵が攻め込んできた際、混乱させるため目印になるような色や建物にしない為であると聞かされた。

 代わりに玄関にぶら下がっている看板で今自分がどの場所にいるのかが、此処に住む人々はそれを見て認識していた。

 余所から来た者にとってはなかなか覚えられない程、沢山の看板が家の入り口にぶら下がっている、その中で裁縫屋アンヌと書かれた看板が見えると、デビットは家の前で待っててくれと言い残し一人家へと入っていった。

 まだ店を開けるには早い時間なのか、通りの人はまばらで玄関先に荷物を出して開店の用意をする店や玄関先の道に水を撒く人がいるぐらいであった。

 暫く家の前で待っていると玄関から女性が出てきて、

「まぁまぁマルちゃん久しぶり、元気だったかい?」

 明るい表情で大きな声を上げながらアンヌが出て来ると、マルティアーゼに抱きついてきた。

「この馬鹿ったらいきなり家に入ってくるもんだから強盗かと思ったよ、来るなら連絡ぐらいよこしなって、まったくいつもぶっきら棒でマルちゃんも困ってるだろうね、あらお友達もこんなに沢山、やだよぉ家ん中片付けなくちゃ、ちょっと待っておくれよ」

 朝から良く動く口で、マルティアーゼが合間に言葉を挟む余地もなくしゃべり続けてくる。

「あ、あの……アンさん、悪いのだけど、少しばかり皆とお話がしたいの部屋を貸してくれないかしら、紹介はその後にさせて頂くわ」

「姉ちゃん、皆に飲み物淹れてくれよ、俺の部屋にいるから」

「朝っぱらから忙しいね、マルちゃん直ぐ淹れてくるから入っとくれよ、さぁお友達も馬は裏庭に繋いでおくれ」

 五人は素直に裏庭に向かい馬を繋ぐと、裏口から二階のデビットの部屋に入っていく。

「適当に座ってくれ」

 デビットの部屋は清掃されて綺麗になっているが、寝台と魔導に関する本棚ぐらいしかない殺風景な部屋だった。

 デビットが他の部屋から椅子を集めてくるとそれぞれ腰掛けた。

 皆が座ってマルティアーゼに視線が集まるのを確認してから、彼女が口を開く。

「私がエスタル王の娘だというのは本当だったわ……生まれて直ぐにローザン大公に預けられたみたいなの、理由は王家の紋章を持って生まれた事だったの、陛下は後悔しておられたわ私を手放した事に……それで陛下から王宮に来てくれないかと誘われたの、皆と離れたくないと言ったけど皆も連れてくれば役職も与えると言われたのね、どうしたら良いと思う……皆はエスタルのお城に行きたい?」

 そう言うと皆静まり返って誰も答えようとしなかった。

「やっぱり嫌かしら?」

 皆の反応に駄目かと思ったが、フィッシングが答えた。

「嫌じゃねぇけどよ、なんというか俺達はマルが公女だとか王女だから付いてきた訳じゃねぇよ、このままマルに付いていって役職付きになっちまうには俺達は何もしてねぇしな、これは俺達のラムズ・ラフィンの方針なんだが、いきなり何処の馬の骨とも分からねぇ傭兵風情が役職付きになるなんて反感物だろ、もっと名を上げて実力を国が認めたなら分からねぇでもないけどよ、まぁアルステルならそれなりに名は上がってるが、エスタルだと俺達は無名なんだぜ、そんな俺達が行っても白い目で見られるだけだろ、けどよラビット・ポンズなら良いんじゃねぇか、なんせマルのギルドなんだしよ、俺達の事は気にしないで構わねえよ、当然トムは来るだろうし後はデビとスグリに聞いてみてはどうだ?」

 フィッシングは説明を終えるとデビットを見た。

「どうだデビ、マルに付いていってやるか?」

「ふむ、俺は問題ないがマルはそれで良いのかな? 王族の暮らしが嫌で出てきたんだろう、またその王宮暮らしに舞い戻る羽目になるんだよ、しかも今度はエスタル王国だ、そう易々と外には出られなくなるよ」

 デビットは腕を組みながら、横目でマルティアーゼに問いかけた。

「私は陛下の悲しい顔を見たくないわ、まだ父と呼ぶには抵抗があるけれどずっと寂しい思いをしてきた陛下にはこれからは笑顔で過ごして欲しいの、それに国を出てから何度か戻ろうかと思った事もあったけど、勝手に出てきて今更どのような顔で父や母に会えば良いのか、決心が付かずにいたら五年もの歳月が経ってしまったのよ、そこに陛下が機会を与えて下さった、これを逃すともう一生父や母に会えない気がして……でも皆と別れるのも嫌なのよ、だからこうしてお話してるのだけれども……」

「俺達なら呼べばいつでも駆けつけるぜ、死に別れじゃねぇんだしよそう重く考えねぇで良いんじゃねぇか」

 フィッシングがそういうとマルティアーゼが黙り込んだのを見て決まりだと、

「じゃあ後はトムとスグリにこの話をして来るかどうか聞いて来いよ、ミエール、導路を出してマルをアルステルに送ってやれよ」

 フィッシングが善は急げとばかりにミエールに言葉をかける。

「良いけど、ムールの宿屋の焼き石しかないけど良いかしら?」

「ええ、それで結構よ」

 五人は裏庭に出るとミエールが大きな青白い導路を開く。

 アルステルにはマルティアーゼとミサエルが一度帰る事となり、向こうにいる皆に連絡を取りに行く事になった。

「オトさんの具合を見て、来られるようなら連れてきてくれ」

「ああ、分かった」

 ミサエルが返事をすると、二人は馬の手綱を引きながら導路に消えていった。




「ただいま戻りまして御座います」

 窓辺に立ち景色を眺めていた男に向かって、部屋に入ってきた初老の男が後ろからそっと声を掛けた。

「うむ」

 長い外套をくるりとはためかせて振り返った男が鬱蒼と答える。

 学者のような細い体に白い肌、灰色の短髪をした男が冷ややかな眼差しを男に向けた。

「どうだった、聞かせよ」

 薄い唇からは緩やかだが早く状況を知りたい力強い言葉が発せられた。

「はい、陛下は痛くご執心の御様子でマルティアーゼ様を王宮に迎え入れたいご様子で御座います、このままにしておきますと何れ王子の障害になりますかと」

 初老の男は単刀直入にまずは知りたいであろう情報を伝えた。

「マルティアーゼはどうであった? どのようになっていた」

「はい、大変美しい女性に育っておりました、王子と同じく灰色の髪に王族の気品も備えております」

「行方不明のまま何処ぞで死んでいればと思っていたが生きていたとはな、ローザンの地で何も知らず生きていけばいいものを……欲が出たか」

 眉をひそめた男の大きな青い瞳に力が入る。

「父上は何を考えておるのだ、この時期にあのような者を王宮に入れるなどとは、それでマルティアーゼは何と申した?」

「仲間と話し合うと……返事はまだ、ですがあの様子だと仲間と共に王宮入りするつもりで御座いましょう」

「何としても阻止せよ、あのような者が此処に来ることは罷りならぬ、今更出てきて王の座を望もうなどとたわけ者が……」

「はい、既に手の者を送り、見つけ次第始末するように伝えております」

「もし始末出来ぬようであれば、手筈は出来ておるな」

「はい、王子に付く者は既にいつでも動けるように準備は整えております」

 初老の男は大きく頷くと、深々とお辞儀をした。

「よいかこれは正当な王位の継承、いまさら国民にマルティアーゼを我が国の後継者などと知られて王位に揺らぎがあってはならぬ、民に災厄をもたらす者に対する粛正であり正義は我にある」

 男は外の景色に目を移し、この空の下にいるであろうマルティアーゼに憎しみの念を飛ばした。




 マルティアーゼとミサエルはムールの町に戻ってきて、その足で自宅へと向かった。

 既に開放されている南大城門から町に入るとリーファス通りで二人は別れた。

 町の通りはすっかり遺体は片付けられて住民も少しずつ家に戻されていたが、やはり西側と南側の家々は閑散としており、通りで呆然としている人や家の中からすすり泣く声が朝から聞こえていた。

 ミサエルと別れたマルティアーゼは家には向かわず、南西にあった導具屋に立ち寄ってみた。

 店は相変わらずこぢんまりとしていて、被害はなさそうに見えたので入り口の扉を押してみる、すんなりと開いた店の中に入ると、薄暗い店内で声を掛けるが人の気配は感じられなかった。

 店の商品は荒らされ床に散乱していたので仕方なく外に出ると、店の前に通りかかった男性に声を掛けられた。

「あんた、その店はもう誰もいないよ、そこの婆さんゾンビにやられちまったんだよ、身よりもいねぇし直に取り壊されるだろうよ」

「……そう、お婆さんも……」

「ああ、足も悪かったし逃げられなかったんだな、可哀相にな」

 そう言うと男性は首を振って去って行く。

 マルティアーゼは店を見渡して目を瞑った。

(お婆さん御免なさいね、お婆さんのくれた短杖のお陰で戦える事が出来たわ、お礼にお話をしてあげたかったけれど結局出来なかったわね……安らかに、有難うお婆さん)

 伝った涙を拭うと、家に向かって歩き出した。

 家に戻り玄関を開けるとスーグリとばったり会った、今から朝食をトムに運ぶ所だった彼女は、マルティアーゼを見て食事を落とすとこだった。

「マルさんなんでこんなに早く帰って来たの? まだ三日しか経ってないのに……戻ってきたんですか?」

「違うわ、ちゃんとエスタル王に会ってきたわよ、ミエールに導路を開けて貰って私とミサだけ戻ってきたのよ……トムに食事?」

「うん、持って行こうと思ってたの」

「そう、トムはもう起きてるのね良い所だったわね、二人に話があるのよ」

 マルティアーゼはスーグリとトムの部屋に行くと、二人にエスタル王の出した提案に対して聞いてみたが、二言返事で来るという返事だった。

 トムは勿論何処でも付いて来るだろうとはマルティアーゼも分かってはいたが、スーグリも迷いもなく付いてくると返事をするとは思っていなかった。

 明るく笑顔で答えたスーグリに何があったのか分からなかったが、マルティアーゼが出発した時よりも機嫌は良かった。

 トムの様子には特に変化はなく、いつもの落ち着いた態度で怪我の方も随分と快方しているみたいだった。

「もう動く事も出来るんですがスグリがまだ駄目だって言うんですよ、たまに部屋の中を歩き回って体を動かしてましたけど、丁度外にも出たいなと思ってた所だったのです」

「短い旅だからといって無理しないでね」

「今から行くんですか、それなら早く支度しないと」

 マルティアーゼが頷くとスーグリが自室に駆け出していく、それを見てトムも身支度をし始めた。

 マルティアーゼは馬小屋に行き、二人の馬達に餌をやって玄関前まで引き連れてきていた。

 支度の出来た三人は家を出るとミサエル達の家に向かう、タロス通りにあった軍の指揮所などは取り払われて兵士が行き来している姿があった。

 町は死亡・行方不明者数の確認、または破壊された家の修復や不在になった住所の確認と事務的なものになったからであろう、通りにいる兵士は武装しておらず木材の搬送や道具などを荷台に乗せてあちこち走り回っていた。

 町はゆっくりとではあるが確実に復興に向かって再建されていた、だがアルステルの民にとっては失われた友人や家族の悲しみは深く、喪に服した家の玄関には黒い布がぶら下げられている。

 西地区とは逆に東地区では鍬をもった農夫や朝収穫した野菜や果物を通りで茣蓙ござを敷いて売っていたりと、少なからず活気も戻りつつあり、人々も早く元通りの生活に戻りたいと願って商売に没頭しているのだろう。

 ミサエル達と合流したマルティアーゼは昼前には東の街道を進んでいた。

 オットの腕もかなり良くなってきているという。

「ああ、まだ完全にくっついてはいないけど、物を握る事ぐらいは出来るよ、商売の方はまだ休業しないといけないけどね、はははっ」

 オットが手甲をつけて固定している片腕を見せてきた。

 街道は三日前に通った時と比べて行き交う人々が多く、収穫の遅れた野菜や果物をせっせと荷台に乗せて町に運ぼうと家族総出で畑と荷台を往復していた。

 雪が来る前に終わらせ冬の時期の保存食作りや、売って生活費を稼いでおかなければならず、忙しくて街道に誰が通ろうと気にする暇もない。

 一行は粛々と道を進み林の隧道を抜けた頃には日がどっぷりと沈んでいた、今日はその先にある宿場で旅を終わらせる。

 数日前、食事をした宿屋とは違う他の宿屋で泊まる事にした、質素な食事だったが誰も不満も言わずに済ませると、就寝に入る前にマルティアーゼは旅の間トムとオットに治癒魔法をかけて少しでも早く治るよう努める事と決めていた。

 翌日も朝早くから街道に出て歩を進めていたマルティアーゼ達は、昼前には国境の検問所まで到着しエスタルに入った。

 暫くすると皆誰も口を聞こうともせず無言のまま歩を進め始めた、一定の歩調を刻み慎重に辺りに気を配る。

 皆の顔には緊張が走っていた、目だけを動かし周囲を探り何事もないかのように振る舞いながら歩き続けた。

「襲ってくる様子はないわね」

 マルティアーゼが小声で呟いた。

 誰かは分からないが自分達の後を付いてくる気配が感じられた。

 街道にはマルティアーゼ達以外の人影はない、だが見張られている視線をエスタルに入ってから感じていた。

「エスタル王の配下っていうには殺気立ってるな、マルを出迎えるなら堂々と出て来るだろうしな」

 ミサエルが周囲に注意しながら答えた。

 皆外套の下では剣や杖を握りしめて、いつ何時の襲撃に備えていた。

「怪我人は中央に固まってくれ」

 先頭のミサエルが目配せをする。

 トムとオットを囲むようにして自然と隊列をばれないように変えていく。

 マルティアーゼが先頭に立ち、ミサエルが後方へと動いて世間話をしに行くように見せながらスーグリと二人で後ろを守り、中央にはバルートがトムとオットの隣に並ぶ。

 次第に気配は強まり、いつの間にか周囲を囲まれている感じがした。

 相手が何者か分からずこのままエスタルまで連れて行くのは危険だと、マルティアーゼが思った時、両側の林から人が飛び出してきた。

 両側から五人ずつ飛び出して来てマルティアーゼ達に対し半円を描くように前方を塞いできた。

「誰だお前達、何者だ」

 トムが叫んだ。

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