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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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 フィッシングが白酒を一気に喉に流し込む。

「ぷはぁ美味え、ミサも飲めよ」

「うむ」

 そう言われてミサエルも飲んでみる。

「どうだ? 美味えだろ、やっぱりエスタルに来たら白酒だろ、はははっ」

「うむ美味いな、こんなに美味いならもっと早くに飲んでれば良かったな、これオトさんも喜ぶんじゃないか」

「あんた幾つから飲むつもりだったんだい、まだ十九でしょ」

 ミエールが呆れていった。

「男は十五で立派な大人だよ」

 ミサエルが反論すると、

「行動は子供のくせに」

「ミエールも飲めよ、飲むに値するかしないか飲んでから言ってみろよ」

 ミエールはフィッシングに白酒を注がれると不承不承飲んでみる。

「あら、美味しいわこれ、マルちゃん美味しいわよ、そんなに強くもないしふわっと果物の香りがするの、なんの果物かしら?」

 さっきまでの態度とは打って変わり、白酒を気に入ったみたいで二杯目にいく。

「だろ、飲む前から駄目だ駄目だと言ってねえでまずは飲んでから決めろよな、酒だ酒といってもこれぐらいなら誰でも飲めるんだぜ、へへへっ」

 フィッシングが得意気に語る。

「デビ、あんたも飲んでみる?」

 隣に座って食事をしているデビットにマルティアーゼが勧めてみた。

「うん、そうだね物は試しだ、少し頂いてみるよ」

 マルティアーゼがデビットの杯の半分ほど注いであげた。

「それぐらいでいいよ、あんまり飲めないし」

「そう、じゃあ私も少しだけ飲んでみようかな」

 そういって自分の杯にも注いだ。

「よおし、じゃあ皆で乾杯だ」

 フィッシングが赤ら顔で叫ぶ。

「何に乾杯だよ、もう酔ってんのか」

「はははっ何でも良いんだよ、細けぇ事言うなミサ、乾杯」

 何度も注いでは乾杯を繰り返すフィッシングに渋々皆が付き合いながら食事を済ませていく。

 夜は酒の所為もあってかぐっすりと朝まで寝る事が出来た。

 朝食を取り宿を後にした一行は、昨日の酒は残っていないようで皆元気に馬に乗り込み早速出発した。

 朝日はとうに昇っていたがひんやりと肌寒く、外套でしっかりと体を覆いながら暖かくなるまで皆静かに旅程を進んでいった。

 エスタルの朝は新鮮な森の空気が漂っていた、茶色の混ざる街道沿いの森は青臭さが抜けた柔らかい香りがした、そんな移り変わりの大森林を歩きやすい石畳を軽快な音を立てながら眺めて進んでいく。

 流石エスタルと言った風で石畳は綺麗に敷かれている、エスタルという国は初め森の国と呼ばれていたぐらいで大森林のど真ん中に建てられた小さな国で、そこからこれ程迄に整備された国へと作り変わってきた。

 戦国時代、立地の良い場所は戦争の火種となり、周辺諸国の奪い合いとなっていて、奪っても又奪われの繰り返しで安定した国家が出来ない場所だった。

 土地を諦め他国の物になってしまえば厄介な国になる恐れがあると、手に入らないのであれば誰の物にもしたくないといった戦場になっていた。

 初代エスタル王にはそもそも戦争を仕掛けようにも人手が足りず、富国強兵をするにはどうしたら良いか、時間を稼げる場所が必要だった。

 そこで誰も手に付けなかった大森林の真ん中の森を切り開き国を建国した。

 初めこそ木材の砦のような城だったが、何年もの間そこで兵を増やし軍備を整えたのである。

 他国から馬鹿にされ何処からも相手にされなかったのが功を奏し、諸外国が削り合っている間に少しずつ開拓、領土を広げていき、西に街道を通すと沿岸州からの人口が流入し始め、兵士を増やし強国の仲間入りを果たしていった。

 そしてエスタル王が戦時中に手に入れた魔導の力で一気に版図が覆り始める。

 エスタルの周辺だけでも十五の大小様々な国があったが、次第に版図に加えられ消えていく国や滅亡して数を減らしていった。

 最後に残った西のエスタル国と東のリム王国の勝利はエスタルに軍配が上がり戦国時代の終焉を迎える、それから数百年、北と南に王族の親類に国を建国させ北方で絶対的な力を世界に知らしめた。

 だが世界は広く広大で、三十年ほど前に極東の地にローザン大公国が出来たとはいえ、まだ東の方にも小さいながらも国が残っており、南の山脈を越えた先にはいまだ沢山の国もあり、北の山を跨いだその向こうには人が立ち入った事のない未踏の場所もある。

 リム王国が滅亡した場所では生き残った人々が近隣に集落や町を造りひっそりと暮らしていて、いつまた野心を持ち戦争を起こすとも知れない状況だった。

 そこでリム王国のあった東の地は領土として占領せず、北から流れる川を埋め立て故意に氾濫させて湿地帯を作り上げた事により、東からの敵の進軍を食い止めておこうとしたのである。

 湿地帯は始め幅数キロだったが、年月が経つにつれ徐々に湿地帯は広がり今では数十キロまで拡大していた。

 その湿地帯に通っていた街道は使う事が出来なくなったが、今は誰かが造った橋や道があるが使用するものは限られた人達だけである。

 それ以外で東に行ける街道は、ローザン大公が整備したサスターク北側にある北の街道だけとなってる。

 このようなエスタルの歴史は学校で教わるぐらいで、マルティアーゼも家庭教師から聞いた事があったような記憶しかなかった。

 まだエスタル市までは一日以上掛かる行程だが、マルティアーゼは久しぶりのエスタル王国に色々と考え事をしていた。

 エスタル王との会合も重要だったが、それ以外にエスタル市に住んでいるデビットの姉のアンヌの事を思い出していた。

(何年ぶりかしら二年……三年、デビに出会った時以来よね、あの時、数日アンさんの家に泊まらせて貰って以来だわ、元気にしてるかしら……何かお土産をデビに持たせれば良かったけど、今回は用意してる暇がなかったからエスタルに入ってから何か買っていってあげようかしら)

 見ず知らずのマルティアーゼとトムを快く家に招き入れ、色々と世話をしてくれたアンヌはマルティアーゼの中ではお母さんみたいな存在だった。

 市井の母親とはどんなものなのか、それ以前に家庭の温かさというものがどんなものか知らないマルティアーゼにとって、とても新鮮な経験をした日々だった。

 その所為か、スーグリに対して世話を焼いてしまうのはアンヌの影響だったのかも知れない。

 マルティアーゼの母親、アリアーゼ大公妃の母親としての接し方は、食事を一緒にしたりお話をして過ごす事ぐらいで、母親として子供を育てるという教育は全て教育係が行っていたのでマルティアーゼは家族というものはそういうものだと思っていたがアンヌは違った。

 世話好きで何をするにもわざわざマルティアーゼ達に聞いてくる、侍女に世話をされてた時にはなかった出来事だった。

 次はお勉強の時間です、お食事です、湯浴みの時間ですと、事務的にこなす侍女とは違い、何でも聞いてくるアンヌに初めはその対応に慣れなくて、彼女が何か話す度にビクついていた。

 数日間過ごしていた間にすっかりアンヌと意気投合して、家庭というものがとても愛情的に感じられた。

 デビットとアンヌの会話も初めは喧嘩でもしているように感じられたけれども、これが姉弟の仲なのだと初めて知った。

 これもマルティアーゼにとっては経験した事のない新鮮な事で、姉のディアンドルとこんな風に言い合いをした事もなければ、まともに目も合わす事さえ憚られたのである。

 アンヌとの出会いはマルティアーゼには思い出深い記憶となっていた。

 粛々と近付いてくるエスタルに、マルティアーゼは何をして何処に行こうかと思いを巡らせていく。

 短い旅もあと半日の距離となり、街道沿いの宿場町も次第に大きな規模でエスタルに近付いている事が分かった。

 時折すれ違う行商はこの辺りの宿屋を生業としているのだろう、大きな荷物を馬に引かせて街道を駆けていく、荷台には色とりどりの果物や野菜が積み込まれているのがちらりと見えた。

「まだあんなに果物が採れるんだね」

 デビットが荷台の荷物を見ていってきた。

「そろそろ収穫期が終わる頃なのにね、冬は干したものばかりだから、私達も今のうちに美味しい果物を食べておきたいわね」

 フードを取り払い風に髪を流しながらマルティアーゼが返事をした。

「それなら、アンさんの所に行ったら美味しい物を沢山買いに行きましょう」

 マルティアーゼが思いついたように言うとフィッシングが、

「白酒もたくさん買ってきてくれよ、本場のはまた一味違うからな」

「お酒ばっかり飲んでると、おつむが悪くなるわよ」

「なんだよ、おめえだっていっぱい飲んでただろ」

 ミエールの言葉にフィッシングは反論する。

「酒豪剣士の末路話みたいになっちゃうわよ、凄腕の剣士が戦場でもお酒が手放せなくて戦闘中に仲間まで切っちゃって、最後は味方に斬り殺された英雄みたいになりたいのかしら、お酒は程々にしとかないとね」

 マルティアーゼが語るように言うと、フィッシングは嬉しそうに笑って、

「ほう、俺には剣豪になれる素質があるってか、分かってんじゃねえか、へへっ」

「少なくともあれだけ飲めばただの酒豪になる素質は十分あるんじゃないか」

 ミサエルが鋭く言い放つ。

「ぷっ」

 皆が声を上げて笑った。

「私はアンさんの作る揚げ玉パンの材料と果物を買いに行こうかしら、アンさんの作るパン菓子は美味しいんだから、作り方を覚えてスーグリに作ってあげようかと思ってるのよ」

「あれそんなに美味いか……食べ飽きたよ、他にも美味いのあるのに」

 デビットは昔から食べていて飽きてきたよと不満を言った。

「何でよ、しっとりとしてほんのり甘くて美味しいわ、前に食べてからもう一度食べてみたいと思ってたんだから、良いじゃない」

「私はデビさんのお姉さんの事を知らないから緊張するわね」

「大丈夫よ、とても優しくて明るい人よ、ミエールも会えばすぐに気に入るわよ」

「ところでマル、エスタル王に会ってどうするつもりだ? このまま王宮に入るつもりでもないだろう」

 ミサエルが聞いてきた、彼にとってマルティアーゼが何処の王女であろうがどうでも良い事であったが、やはり事の大きさに関心がないわけではなく興味本心で聞いてきた。

「まだどうするかどうしたいかは分からないわ、今はただ知りたいだけ……なぜ私がローザン大公の所で育てられたのかをね」

「ふうん、俺なんか親はもういねぇし、好き勝手に楽しく生きてるから、仮に今更私が本当の親ですよって言われても、俺にはどうでも良い事なんだけどな」

 馬に揺られながらミサニエルは呑気そうに言う。

「まぁこれはマルの問題だ、俺達みたいに気楽な身分じゃねぇんだ、どう思いどうするかはマルが決めりゃ良い事だろ」

「有難うお魚さん、まだエスタル王がどんな人なのかも分からない、良い人だと良いのだけれどバルグの言ってたような世界を魔導で支配にしようとする傲慢な人なのかも知れないわ」

 するとデビットが昔見たエスタル王の感想を言ってくる。

「昔に何度か見た事はあったけど、エスタル王は公の場に出てもかなり遠くから周りには大勢の護衛を置いていてはっきりと顔が見えなかったよ、間近で見る事なんて出来ないから、どんな人物なのか国民は遠目で見て、ああだこうだと人々の間で想像から噂が広がって、今じゃ怪物みたいな人物像になってるけどな」

 デビットはフードを深く被り、俯き加減で皆の話に耳を傾けていたが、エスタルに住んでいた頃の記憶を引き出すようにゆっくりと言葉にした。

「それも明日になったら分かる事よ」

 思ったよりも旅は順調で、エスタル市まではもう間もなく着く所まで来ていた。

 まだ市には入らず、目的地のブリンタスの丘へ明日の朝に行く為、今日は近くの宿屋を探してゆっくりと体を休めて心の準備を行った。

 宿で早い夕食を摂った。

 フィッシングは今日も白酒を呷るように飲んでいたが、他の者は酒を飲んでも酔うまでの深酒はせずに早めの就寝に就いた。

 いよいよ明日エスタル王との会合に緊張してか、マルティアーゼは早めに寝床に入っても中々寝付けず、眠りに落ちた時は夜更けになっていた。

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