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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
18/30

18

 翌日、フォリオ宰相に一度自宅に戻る事を伝え城から出ると、フィッシング達と別れて暫くぶりに家に戻った。

 怪我のトムを運ぶ為に城から馬を借りて背中に乗せ連れて帰った、久しぶりの我が家に辿り着くと直ぐに馬小屋に行き、馬の安全を確かめると体を洗ってあげた。

 家の中は荒らされておらず、マルティアーゼの荷物も一纏めにして置いてあり、明日持っていく物を袋に詰め直して支度を整えた。

 その夜、スーグリとお風呂に入ろうと誘うと彼女の様子がおかしかった。

「だって、お姫様と入るだなんて……」

「あんたそれ、今まで一緒に入ってた事を否定してるの?」

「今まではそんな事知らなかったんだもん」

「知ったからって何も変わらないわよ、早く来なさいよ」

 いつも騒いで入っていたスーグリだったが、今日は大人しく体を洗って貰うと静かに湯船に浸かった。

 スーグリの視線は常にマルティアーゼに向けられ、観察するようにじっと眺めていた。

 マルティアーゼと湯船に向かい合わせに浸かってる最中も視線を外す事なく、無言で見られているのに我慢が出来なかった。

「視線が怖いわ、なんで緊張しながらお風呂には入らなくちゃいけないのよ」

 そう呟いてもスーグリは無言のままマルティアーゼを見つめ続けていると、

「お風呂は緊張をほぐす所よ」

 とマルティアーゼがスーグリに向けてお湯を飛ばす。

「わっ」

 頭からお湯を掛けられて驚たスーグリに、

「言いたい事があるなら言いなさい、黙ってると気持ち悪いわ」

「ぶう、マルさんは毎日あんな生活送ってたのかなって思って」

「お城での生活の事? 毎日楽しい生活なんてしてなかったわよ、王族にはやらないといけない事が沢山あるのよ、あんなに楽しい生活だったなら国を出ようなんて思わなかったかも」

「じゃあなんで国を出たの?」

「町の人の笑顔を見てると外の世界は楽しい事が沢山あるんじゃないのかなって、私ねお城じゃ友達なんて一人も居なかったし、毎日お稽古やお勉強ばかりだったから楽しい事に憧れてたのかもね」

「お城って楽しくない所なの? 綺麗なドレスや食べ物があるのに」

「そういう生活が出来るのは国民のお陰なのよ、代わりに国を代表し守るという責任があるの、毎日遊んでばかりだと国民の信頼を失い国が傾くわ、気軽に外に出る事なんて出来もしないし生き方を決められてるのよ、したい事も出来ない、周りからは期待され続けて生きていかなければいけないわ」

 スーグリの肩に湯をかけながらゆっくりと語りかける。

「その点、私は第二公女で女の子だったのがせめてもの救いだったかもね、仲が良いとは言えないけれど姉が居たから」

「喧嘩してたんですか?」

「いいえ、喧嘩どころか余り顔すら合わせなかったわ、向こうはいつも部屋にいたし私はいつもお勉強だったから、食事時も会う事は殆どなかったわね、顔を会わせればいつも苛められてばかり……嫌われていたのかも」

 ふふっと笑って見せた。

「帰りたいとは思わないんですか? 王様やお妃様は心配してるんじゃないの?」

「そうね、書き置きはしてきたけど何も言わずに出てきたんですもの、心配してるでしょうけど今はまだ帰る事は出来ないわね」

「どうしてです?」

「だって貴方達がいるからに決まってるでしょう、スグリは私がトムを連れて帰ってもいいの?」

「わああ、駄目です」

 湯船の中でばしゃばしゃとスーグリが暴れる。

「でしょう、此処には皆がいるのよ……初めて友達といえる人達がね、だから皆といるうちは帰るつもりはないわ」

「よかった、マルさんが居なくなるのかと思ってた」

 ほっとしたスーグリに笑顔が浮かび、マルティアーゼに抱きついてきた。

 風呂から上がるとトムの体を拭くためのお湯を運んでいき扉を叩いた。

「入るわよ」

 部屋ではトムが寝台に上体を起こして窓の外を見ていた。

「体を拭いてあげるわ」

「そんな滅相もない、自分で出来ますよ」

「怪我人なんだから無理しないで、さぁ上だけでも脱いでよ」

 しぶしぶ服を脱ぎ包帯を取り去って背中を拭いて貰う。

「怪我の方はどう?」

 厚い背中には幾つもの切り傷が刻まれていた、そのどれもマルティアーゼを守り続けてきた証であった。

「もう大丈夫です、王宮魔道士のお陰で怪我も良くなりました、いつでも付いていけますよ」

「駄目よ、そんなに早く治るはずがないでしょう、もう少し養生していて頂戴」

「ですが……私はマルティアーゼ様の剣になると誓った身、お側を離れるなど出来ません、もう皆に知られているならこれからは堂々と付き添いができます」

「それは嬉しいけれど駄目よ、今度は戦いに行くんじゃ無いんだから大人しく待ってて頂戴」

「それなら尚更付いていくだけなら問題ありませんよ」

 トムは何としても付いていこうと食い下がった。

「昔から強情ね、でもねこんな事は言いたくはないけれどこれは命令よ、帰ってくるまで家にいて」

 背中を拭きながら言った。

「……姫様」

「お魚さんやデビもいるわ、心配しないで」

 マルティアーゼはトムの背中におでこを当ててそっと言った。

 トムはそれ以上の事が言えなかった、いつも何処へでも付き従い二人で旅をしてた時とは違うのだと思った。

 マルティアーゼも昔とは彼女とは違い今では仲間も出来たし世慣れもしてきた、その成長は嬉しくもあり寂しくもあった。

 物静かに淡々と体を拭いて貰ったトムが上着を着ると、また横になってマルティアーゼを見た。

 灰色の髪を束ねずに背中に下ろしていたマルティアーゼは美しく、昔のふっくらした幼い顔立ちからすっきりとした顔立ちに、既に大人の女性としての品性を備えていた。

「姫様も大きくなりましたね、出会った頃の世間知らずな姫様と比べると随分成長しましたね」

「まだ何も知らない事だらけよ……だから楽しいの、色んな事を経験する度に世界は広いわと思うの、背だけは大きくなったと思うけどね、貴方と出会った時は胸ぐらいまでしかなかったのに今では頭一つ分までに迫ってるわ」

 トムの手を取り握りしめてマルティアーゼは笑顔を見せた。

「いいえ、女性としても随分と綺麗になりましたよ、なんだか自分の生き方を見つけたみたいに自信を持って生きておられますよ」

 トムは親のように娘の成長を喜んでいるようだった。

(自信か……)

「そういう風に見えるかしら、いつも生き方の選択に迷ってるわ、本当にこれで良かったのか、あの時の選択は間違っていたのでないのかとね、いつもそれで皆に迷惑がかかるのではと不安になるわ」

 俯いてトムを握る手に力が入る。

「構わないではないですか、それでも皆、姫様の側を離れようとしないのが答えだと思いますよ、皆、姫様が好きなんです」

 トムは握られてるマルティアーゼの手の上に、自分の手を重ねると握り返した。

「ありがとう」

「体に気を付けて行って来て下さい」

「ええ有難うトム」

 自室に戻ると旅支度を済ませた時は既に夜は深く、早々と寝床に潜り込み眠りについた。

 翌朝、デビットと一緒に朝もやの町中を馬で歩いていた。

 建物の比較的破壊されていない北周りで東大城門へと向かう。

 もうこの季節の朝は肌寒く夏が終わったのだと感じさせた、マルティアーゼは何枚も服を重ね着して革のマントで身を包み、背中に愛用の斧を背負っている。

 デビットはいつもと変わらぬローブに頭をすっぽりとフードで隠して、マルティアーゼの隣で馬を操っていた。

 二人がタロス通りに差し掛かると、城の前では篝火の周りに幾人もの歩哨が立っていた。

 皆連日の任務に疲れているのか、二人をちらりと見ただけで問題がないと分かると皆との会話を続けていく。

 大通りを横切り川沿いに東の城壁まで来ると、そこから南に曲がり東大城門まで南下していく。

 静まり返った家々には戻ってきた人達が我が家で安眠を貪ってるのだろうか、明かりが灯っている家は一つもない、だが門を潜って郊外の広場には沢山の天幕が並んでおり、既に起き出した人達が南の川辺に料理に使う水を汲みに歩いて向かっている様子が見えた。

 此処にいる人達は家に帰れない地区の人達であろう、疲れているのか表情に覇気がなく暗い、それを横目に通り過ぎて城壁沿いに進んで東の街道に入っていく。

 東西の旧街道とは違い三国をつなぐ南北の街道は広く、馬が五頭並んでも余裕があるぐらいに広く作られていて、地面は砂利道だったが大きい石などは綺麗に取り除かれて荷台や馬が負担なく通れるようには整備されている。

 此処からエスタル王国までは約三日の行程になる、霧の漂う街道に幾人もの影が見えてきた。

 三頭の馬に馬車が一台、馬車の傍らにはフィッシング達が立っていて、マルティアーゼが来たのを見つけると、

「うす」

「おはようマルちゃん」

「おは」

 馬を下りて挨拶をしていると、馬車からフォリオ宰相が降りてきた。

「お待ちしておりました、マルティアーゼ様」

 一礼をすると、後ろに控えていた侍女二人が大きな箱を携えて出て来た。

「陛下からこれを皆様にと」

 箱から出された革袋を手渡された。

「これは……」

 その袋の中には一式の衣服が入っていた。

「エスタル王に会われる際にと皆様にお持ち致しました、それとこれを……」

 手渡されたのは金粒の入った路銀袋であった。

「……こんなにたくさん」

「旅費とこの度のお礼でございます」

「復興にお金が掛かるのに、こんなに頂く事は出来ませんわ」

 マルティアーゼが袋を返そうとするがフォリオ宰相は受け取ろうとせず、

「この位で復興が遅れる事は御座いませんのでご心配なく、陛下の御心と思ってお受け取り下さい、配下も最近は機嫌がよろしく、公務は多忙ですが自分に素敵な従妹が出来たと喜んでおりますので何かしてあげたいので御座いましょう」

「寛大にして下さっただけでも有り難い事ですのに……有り難うございますと王様にお伝え下さい」

「はい、そのように……安全な旅を願っております、では私どもはこれで失礼致します」

 フォリオは侍女と共に一礼して馬車に乗り込むと町へと戻って行った。

 カラカラと乾いた音が霧の中に消えるまでマルティアーゼは見ていたが、見えなくなると貰った革袋を馬に括り付けて出発の準備をした。

「まぁ皆もそれを貰ったの?」

 マルティアーゼがフィッシングの腰にぶら下げてる金袋を見た。

「まぁな、貰える物は貰っとかなねぇとな、へへっ」

「ま、まぁ……その旅には何かと色々とお金が掛かるからね……」

 ミエールも恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。

「さぁ行こうぜ、なるべく早くエスタルに近付いていた方が良いだろ、余裕があると良い事があるかも知れねぇしな」

 そう言うとフィッシング達は素早く馬に乗り込み、彼が先頭に出発していく。

 長く平坦な道を馬に揺られながら進んでいくが、馬上の単調な揺れに朝が早かったせいで眠気が襲ってくる。

 時折隣のミエールが声を掛けてくれたお陰で落馬する事もなく、じわじわと辺りが明るくなり朝日が昇ってきた。

 霧が晴れ、光が差してくると遠くの山々の景色が右手に見え、緑は色褪せて雪の到来に備えて糖分を蓄え始めている木々が広がっている。

 手前の畑が広がる平野には取り残された野菜が放置されている、襲撃のせいで収穫する暇がなかったのか、それともこの畑の持ち主が亡くなってしまったのか、作物は綺麗に列を作り腐るのを待ってるようだった。

 静かに変わっていく景色を横目に五人は鬱蒼とした林道に入っていく。

 丈の高い木々が街道を覆っていて薄暗くなっているが、朝日が木々の隙間から差し込んで地面を斑に照らし、鳥のさえずりが耳をくすぐり幻想的な風景を醸し出している。

 長い林の隧道を抜けると平原に出た、低い丘陵を縫うように街道が伸びていて、雑草の広がる見渡しの良い場所だ。

 そこから陽が高く昇るまで真っ直ぐ道は続き、なだらかな丘を下った先には数件の宿場があった。

 まだ此処で一泊するには早すぎでアルステルからは半日の距離で、北からの旅人には丁度いい場所にある宿屋だったが、マルティアーゼ達は此処では泊まるつもりはなかったが昼前という事もあり、食事が出来る店を探して休息を取った。

「あんた達、アルステルから来たのかい?」

 宿の女将が聞いてきた、小太りのいかにも話好きな柔和な顔をしている。

「ああ、そうだよ」

 フィッシングが笑顔で答えた、彼の人懐っこい笑みは相手との距離を縮めるには効果的だった。

「そうかいそうかい、あんた達もアルステルから逃げてきたって事かい、向こうはどうなってるんだい? ゾンビが襲ってきたんだってね恐ろしい事だよ、町は破壊されてまだ大勢の人が天蓋暮らしなんだってね、アルステルから逃げて来た人に聞いたよ、ついこの間もここに沢山の兵隊さんがエスタルから通っていったしね、一体どれだけのゾンビが襲ってきたんだい?」

 矢継ぎ早に話をする女将に相槌を打つ暇もなかったが、

「女将、とりあえず飯食わしてくれよ腹が減ってんだ」

 フィッシングが女将の息継ぎの間を狙って口早に言った。

 他の者が苦笑いをしているのを見て女将が、

「ああ、そうだねごめんよ、さぁさ座っておくれ、今は材料が滞っててね有り余りの物しか出せないけど良いかね」

「あぁそれで構わねえよ、五人分頼む」

 とぶっきらぼうにフィッシングが答える。

「あいよ、なんせねこんな所じゃ旅人の話が一番の情報源だもんでね、それにアルステルの情報が今一番の話題なんだよ、ついつい……あらやだまた私ったら、あははっ」

 女将が笑いながら奥に引っ込んでいく。

「よくしゃべる女将だ、あんな隙のない会話だとゾンビも辟易するだろうな」

 五人は適当な机を選んで座った。

 客はいないようで女将も手をもてあましていたのだろう、なんせ街道沿いの小さな宿場町だ、常に満員って事にもならないだろうし、それにアルステルの出来事はエスタルやサスタークにも伝わってるからこちらに来る行商もいなかった。

 売り上げも下がっていそうだが、此処の女将にとっては収入より話題の方が優先みたいだ。

 窓際の席に着いた五人は時折外の景色を眺めていたが、通り過ぎる者もおらず他の店からも誰も出てこない。

 そこに女将が料理を運んでくる、特別な料理ではなくアルステルの家庭料理の質素な物だ。

 香草スープに鶏肉を使った肉団子を辛い香辛料で煮込んだもの、それと根野菜の煮物と黒パンだけだった。

「すまないね、こんな物ぐらいしか出せなくて、行商がこなくなって困ってるんだよ、ただ量はあるからおかわりしてくれて構わないよ」

「腹に入りゃ何でも良いよ……食おうぜ」

「おばさん有難う、美味しそうだわ」

 フィッシングは不満そうだったが、マルティアーゼは家庭料理に内心嬉しそうに料理に手を付けていく。

 女将は嬉しそうに腰に手を置きながら、

「それよりさ、アルステルの様子を教えてくれないかい」

「アルステルならもう大丈夫だよ、まだ町は復興に時間が掛かるだろうけどね、民衆も少しずつ町に戻ってきてるから直に行商もやって来ると思うよ」

 デビットが食べながら口を動かす。

「そりゃあ嬉しい事だね、早く行商が来てくれないと商売どころかあたし達の生活も出来なくなるってもんさ、ゾンビと聞いてあたしゃてっきりもっと酷い有様なんだと思ってたよ、余所から兵隊が来るなんてよっぽどの大事だったんだろうね、ゾンビに生きたまま食われるなんて想像しただけでもぞっとするよ」

 すると、皆の顔色が変わる。

「おい女将、俺達ゃ飯くってんだよ、そんな話しないでくれよ」

 フィッシングはあからさまに嫌な顔で言った。

「あれま御免よ、余計な事言っちゃったみたいだね、ゆっくりしていってくれよ悪いねぇ」

 女将はばつが悪そうにそそくさと奥に引っ込んでいく。

 その後は黙々と食事を終え勘定を済ますと、女将はもう良いのかいと聞いてきたが急ぐからと出て行った。

 馬に乗り再びエスタルに向けて歩き出すと、暫くしてフィッシングが悪態を吐き始めた。

「全くあの女将のせいで食欲が失せちまったな」

「何言ってんだ、全部平らげたじゃねぇか」

 ミサエルがフィッシングに突っ込む。

「へへっそう言うなよ、今晩はもっと美味い物を食おうぜ」

「いいの? バルさんやオトさんもいないのに貰ったお金で良い物食べて」

 マルティアーゼが心配そうに聞くとフィッシングは笑った。

「いいんだよ、バル達にはお土産でなんか買っていくからよ、あいつ食い物ならなんでも喜ぶからな、オトさんには素材でも買っていってやろうかと思ってんだ、エスタルだと色んなもんがあるだろうしな」

「ちゃんと考えてるのね、てっきり剣の作製代に使うのかと思ってたわ」

 クスクスとマルティアーゼが笑うと皆も一斉に笑った。

「そうだ、やべえオトさんに足りない代金肩代わりしてもらってたんだ、くそぉ忘れてた」

 思い出したように頭を掻いた。

「フィッシュさん分かってるわよね、そのお金は折半なんだからね、自分の取り分からオトさんに渡しなさいよ」

 ミエールが忠告すると、

「分かってるよ、俺の貧乏は変わらないって事だろ、お袋」

「あんたのお袋になった覚えはないよ」

「ふふ、ミエールも大変ね、大きなお子ちゃまがいて」

「手の掛かる年頃なのよ、早く落ち着いて欲しいわよねぇ」

 目を合わせて二人で笑った。

 午後の旅ではアルステル領を越えてエスタル領内に入る予定であったが、明後日の早朝にはブリンタスの丘に着かなければならないので、無理でもなるべくエスタルに近い所で宿を取りたいと思っている。

 ブリンタスの丘はエスタル市の南東、街道から外れた東の丘の事だった、有名な古戦場だったのである。

 何もない唯の小高い丘だが昔エスタルと戦った東の大国、リム王国との決戦場となった場所だが、今はもう誰も来る事のない盛り上がった丘陵でしかなく、名前だけが語り継がれる場所となっていた。

 エスタル国を建てた初代エスタル王は周辺国を徐々に平定させ、東の隣国、当時では大国であったリム王国との長い戦争の最終決戦としてこのブリンタスの丘が使われた。

 陣頭に立ったのは二代目エスタル王で、彼の魔導で何倍もの兵力を打ち破りリム王国を降伏させ勝利を得た。

 長き戦乱に終止符を打った場所であり、その後エスタル国改めエスタル王国として北方での不動の地位を勝ち取ったのである。

 五人は真っ直ぐ続く道を順調に歩を進めて行くと検問所に辿り着く事が出来た、此処から先がエスタル領となる、

 簡単な通行理由を聞かれただけですんなりと通して貰えたが、時間はもう夕刻に差し掛かり、左からの西日が道を赤い街道に染め上げていた。

「そろそろ宿を決めようぜ」

 ミサエルが言ってきたが前にも後ろにも宿屋はない。

「少し急いで、良い宿探してゆっくり飲もうぜ、エスタルの白酒は美味いぞ」

 フィッシングが喉を鳴らす。

「早く行こうと云ってたのはこれの事だったのね」

 ミエールがぼそりと呟く。

 馬を駆けて宿場に着いた時にはすっかり日が落ちていた。

 この宿場もやはり客が少ないとみて、どの宿も閑散としていて賑やかな声も聞こえてこない、一応店は開いているみたいで玄関からは明かりが漏れている。

 どの宿屋を選ぶのも選びたい放題で何処にしようか迷ったが、折角だからと此処で一番大きな宿屋に決めて店に入っていった。

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