17
それから二日間を部屋で過ごしていたが、皆の事が気になり侍女のサマルに外出をしたいと告げてみた。
フォリオ宰相にお伝えして参りますと言って出て行き、暫くすると宰相が部屋にやってきた。
「マルティアーゼ様、外出したいとの事ですが……」
「はい、皆の事が心配なので会いに行きたいのです」
「そうで御座いますか……失礼ながらマルティアーゼ様、陛下が心配なされますので外出はご遠慮して頂きたいのですが、お仲間の事も気になられるようでしたら皆様をこちらに呼ぶというのはどうで御座いますか? その方が陛下も安心致しますので」
「それだとこちらにご迷惑がかかるのでは……友人の中には怪我人も居ますので」
マルティアーゼは驚いて伝えた。
「但し王宮内での自由な行動を謹んで頂けるのなら、こちらでも治療は可能で御座いますので、それで宜しいのであればこちらに問題は御座いません」
「ええっ……それは私としてはそれでも一向に……」
「ではどなたをこちらにお呼びなさいますか?」
「私のギルド、ラビット・ポンズとラムズ・ラフィンの皆をお願い出来ますか、私を助けてくれた友人達です」
「国を救ってくれた方達でしたか、では手配を致しましょう」
フォリオ宰相が一礼をしてから出て行く。
いつ連絡が来るのかと部屋で待っていたが、知らせが来たのは翌日だった。
サマルがご友人様は別棟の塔の部屋に案内されていると知らせに来てくれて、そこへ向かうと部屋には皆が集まっていた。
「マルちゃん」
「マルさん」
「よぉ、マル」
部屋にはデビット、スーグリ、ミエールにミサエル、バルートそれにフィッシングが椅子に座って居た。
皆立ち上がってマルティアーゼの側に集まってくる、皆の元気そうな表情のを見てマルティアーゼにも久しぶりに笑顔がこぼれた。
「お飲み物をお運び致しますので暫くお待ち下さいませ」
と、サマルが一礼をすると退出していく、すると同時に皆から、
「マル、なんだその格好は」
いつもと違う見慣れないドレス姿にプッとミサエルが笑った、今日のドレスは薄い藤色で髪は綺麗に頭に纏め結い上げられていた。
マルティアーゼは何も言わずに笑顔で応える。
「わぁわぁわぁ、マルさん綺麗……」
「ほお」
スーグリとフィッシングは見慣れぬ姿を見て感嘆を漏らし、ミエールとバルートはうっとりと見惚れているた。
その後ろではデビットだけが無表情にマルティアーゼを見つめていた。
「お魚さん怪我の方は大丈夫なの?」
「ああ、なぁに横っ腹を掠っただけだ、こんなの怪我でもねぇよ」
「トムとオトさんはどこに?」
部屋を見渡すが二人のすががない事に不安が過るが、
「二人なら別の部屋で寝てるよ、治療の効果もあって大分落ち着いてる、オトさんは片腕が折れてて一人で食事出来ないからとミエールに手伝って貰ってるが、恥ずかしいと難儀してる」
ミサエルが楽しそうに教えてくれた。
「トムさんも上体を起こせるまでには回復してますよ」
とスーグリが言うと、
「そう、皆無事で安心したわ、私が皆に会いに外出を申し出たんだけど、代わりに皆をここに呼んでも良いって事になったのよ、今は此処で王様の賓客として住まわせて貰ってるのよ、町の方はどうなってるのかしら?」
マルティアーゼと目が合ったデビットが、
「ああ、少しずつ帰宅が許されて人が戻ってきてるよ、タロス通りから東と北側の住民だけだけどね、西と南は死体や建物が壊されていて封鎖されてるよ、兵士と支援物資はエスタルとサスタークから送られてきてるから、町の外で暮らしてる人達の生活も少しずつ楽にはなってきているよ、ああっ……あとマルの斧も道端に落ちてたから回収しておいた、あと伝令の兵士がマルの荷物だと云って短杖や秘薬袋を渡されたから一緒に家に置いてきたよ」
と、近況を報告した。
「そう、ありがとう、元通りにはまだまだ遠いわね……」
「国王と会ったのかな」
代わってデビットが質問してくると、。
「ええ会ったわ、それで全部話したの……全部ね」
「おいマル、それってまさか……」
フィッシングが目を開いて驚き、何だと訝しんだ皆の顔が一斉にフィッシングに向いた。
「皆には黙ってたけど私、ローザン大公国の元公女なの」
そう言うと、次はマルティアーゼに全員の顔が振り返り表情が凍りついた。
「はい?」
「へ?」
「……ほえ」
「……」
スーグリ、ミサエル、バルートが声を上げ、デビットは黙っていた。
誰も言葉を発せない場が暫く続き、部屋の中がしんと静まりかえる。
「えええええっ、ママ、マルさんが! 」
悲鳴に似た声を上げたのはスーグリだった、バタバタと手を振り回して騒ぎ始める。
「あら、そんなにおかしいかしら」
真顔でマルティアーゼが聞いてみた。
「だってあのマルさんが……ガミガミいうマルさんがだよ、むう……」
スーグリがまた嘘を言って騙そうとしてるのでないかと、頬を膨らませてじっとマルティアーゼを睨んだ。
しかしマルティアーゼは宿屋で襲われた時に、フィッシングが知ったのだと皆に告げた。
「で、フィッシュは……今まで何故黙ってたんだ?」
ミサエルがフードの中から横目でフィッシングを見た。
「ちっ、別に隠しておくつもりはねぇよ、事が事だしマルにも心の準備が必要だろうと思ったから、時期を見て本人から話した方が良いだろうと思ってだな……それにマルもこの事で皆の仲が遠のくんじゃ無いかって不安がってたんだ、俺からどうのこうの言えねぇだろ……」
ミサエルの目にフィッシングが焦りを覚えて答えた。
「ミサごめんね、お魚さんが悪くはないのよ、隠してた私が悪いんだから責めないであげて」
マルティアーゼが謝ってくると、
「…………いや、マルが謝る事じゃなくてだな、ただもっと早く知りたかったというか……」
ミサエルは参ったなと肩で息を吐くと、
「ミサごめん、私も知ってたんだ……」
ミエールも下を向いて横目で答える。
「ぐっ……」
ミサエルの顔が口を横に広げて何とも言えない表情になった。
「あああっ、トムさんやオトさんにも教えてあげなきゃ」
スーグリが思い出したように言う。
慌てて出て行こうとするのをフィッシングが止めた。
「いや、いいんだスグリ、トムには……トムはそのなんだ、マルの従者……護衛みたいなもんなんだ」
「ほえ?」
「トムはローザン大公国の近衛兵の副隊長さんなんだ」
そう意味が分からない言葉を聞かされて、口を開けたままスーグリは立ち尽くした、しかしデビットは何か確信したようで、
「そうか、やはり聞き違いじゃなかったんだな」
とデビットは納得したように言ってきた。
「何かあったですか……えっ、皆知ってたですか?」
隣にいたバルートは、皆が口々に何かを隠してる様子に自分だけ置いてけぼりを食らったようで不安で堪らなくて、周りをキョロキョロとした。
「ああ、マルがバルグに攫われた時に、それを追ってたトムが口走った言葉が聞こえたんだよ姫様って……小さい声だったから聞き間違いかと思ってたんだけど、今マルを見た時トムの言ってた事を思い出したんだ」
何か一人だけで納得したかのように頷いていた。
「もう隠してる事はないよな? 後でまた出て来るような事実は止めてくれよ」
ミサエルが呆れたように言うとマルティアーゼが、
「話はこれからよ」
「……これからかよ」
苦虫を噛んだようにミサエルが顔を歪める。
すると、扉を叩く音が聞こえ、サマルともう一人の侍女が手に飲み物と軽い食べ物を持って入ってきた。
「取りあえず皆座りましょう、サマルさん、皆の分の椅子があれば持ってきてくれないかしら?」
「はい、すぐに持って参ります」
卓に運んできた者を置くとまた出て行き、不足分の椅子を運んできてくれた。
「ありがとう、後は私がするから下がってて貰えるかしら」
「はい、では失礼致します」
そう言うとお辞儀をして部屋から出て行く。
「むう、何だかお姫様みたいな態度……」
スーグリがまだ信じられないと云わんばかりの感想を述べた、それを素知らぬ顔でマルティアーゼがお茶を皆に淹れていく。
「マルちゃん、私がするから座ってて」
ミエールが見ていられないようにそわそわしながら言ってくる。
「いいわよこれくらい、スグリいつ迄ぼうっとしてるのよ、早く座りなさいよ」
じっと見つめているスーグリの頭を叩いてマルティアーゼは皆を座らせた。
軽い焼き菓子を皆が珍しそうに口に頬ばる、ほんのりと甘く上品な味に誰もが感嘆を漏らしていた。
使用している生地は薄茶色の上等な小麦粉だろうか、町で売ってるものよりも質が良いのは食べれば直ぐ分かった。
「これ、美味しいです、こんなの食べた事ないです」
バルートがばくばくと貪り食う。
「本当ね、軽くて食べやすいわ」
お茶を飲んで一息ついたミエールが貪るバルートに言う。
「なあマル、早く言ってくれよ」
ミサエルだけは菓子も食べず、マルティアーゼが話す内容の事が気になって仕方なくそわそわと待っていた。
「そうです、もう驚かされるのは嫌ですよ」
スーグリがお菓子で頬を膨らませながら怒っていた。
「そうね……じゃあ」
マルティアーゼは飲み物を静かに置くと、イングリンス王との話を皆に話し出した、皆一様に、耳を立てて聞き逃さないよう静かにマルティアーゼの話に聞き入っていた。
エスタル王の娘である事になると、皆目を丸くしていたが声は出さず、そして考えた末、エスタル王に会えるようイングリンス王に取り繕って貰い連絡を待ってる事も伝えた。
スーグリ、ミエール、バルートなどはもう一体何の御伽話をしているのだろうと呆けていたが、ミサエルなどは全て話を聞くと何故か満足したかのようにあっけらかんとして、
「凄いじゃないか、これからは王宮暮らしになるんじゃないのか」
などと気楽に言ってきた、その言葉にミエールやスーグリの耳がピクリと動く。
「綺麗なドレスを毎日着られるなんて素敵だわ」
「いいなぁ、私も着たいよマルさん」
「こんなに美味しい物を毎日食べられるなら幸せですぅ」
デビットは相変わらず沈黙を決めていたが、フィッシングだけがマルティアーゼの事の重大さを認識していた。
「おいおい、お前らなぁ……」
元貴族
のフィッシングから言わせるとなんでそんなに気楽な反応なのか、公女というだけでも話す事さえ出来ない存在であるにも関わらず、それが本当は世界の王と云われるエスタル王国の王女だったんだぞと、それがどれだけの存在か分かってるのかと言いたげであった。
しかし、そのような事はお構いなしに皆の顔は明るく、楽しそうに自分達の思いに馳せた。
「エスタルか……懐かしいな、あいつは何してるかな」
「タキさんですか?」
バルートがミサエルに聞いてきた。
「ミサの悪友でしょう」
ミエールがため息交じりに言う。
「なんで悪友なんだよ、いたずら好きって言ってくれ」
「物は言いようだね、よく警備兵に追っかけられてたくせに」
「そんな事もあったな、ははっ」
ミサエルは思い出したように呑気に笑った。
「マルさんは王様に会ってどうするんですか?」
スーグリが菓子を食べながら聞いてきた。
「エスタル王に会って、どうして私がローザン大公の下に預けられたのかを知りたいの只それだけよ、今更王族に戻れるわけがないじゃない」
とマルティアーゼが答えた。
「まぁそれはそうとエスタルに一人で行くのか? 会いに行くだけといってもそれはこっちの事情であって捜索されてた身分なんだぜ、着いた途端拘束されるなんて事も考えられるぞ、俺達も護衛としてついてってやろうか」
フィッシングにはエスタル王国の兵士と戦闘になるとは思っていないが、一人で行けば問答無用に国へ連れて行かれるかも知れない、そうなれば此処にいる全員との今生の別れになってしまうとマルティアーゼ一人を行かす訳にもいかなかった。
「ええ……お願い出来るかしら、デビのお姉さんの家に行った事位しかないから、エスタルの地理は不自由でお願いしようかと思ってたのよ」
それを聞いたデビットが、
「そうだね、エスタルならミエールさん達もいるから安心かもね」
「それにしても止まらないです……このお菓子」
次々と口に入れていくバルートを見てたミエールが横からお菓子を取り上げた。
「あ!」
「バルさん駄目よ、ご飯が食べられなくなるわよ」
「えっご飯はどんな美味しい物が出るですか、考えただけで涎が出そうです」
バルートは持っていたお菓子を頬張りながら答えると、
「それは俺も期待するな、ずっと乾物ばっかりで飽きてたんだよな」
ミサエルも同調して二人ではしゃいだ。
「食べ物に興味を持つ魔道士なんて変わり者達ね」
ミエールが呆れ顔で眉をひそめる。
「それじゃあ食事の時間までゆっくりしていて頂戴、また後で会いましょう」
マルティアーゼはそう言うと立ち上がり部屋を出て行く。
「スグリちゃん、私達も部屋に戻りましょうか」
二人も部屋を出て割り当てられた部屋に帰っていった。
残された男達は色気のなくなった部屋で、各々の荷物の整理をしたりそのままお茶を飲んで話し込んでいたりした。
次の日、王宮での生活などこの先一生味わう事が出来ないと、ミエールとスーグリがマルティアーゼの部屋を見せて貰いはしゃぎまくっていた。
綺麗なドレスを試着させて貰うと、
「まぁ、ミエールよく似合うわ」
「わあ、素敵ですよミエールさん」
「えへそうかな、軽くて着てないみたいよ、ほら」
くるりと回ってみせると、ふわりとスカートが浮き上がる。
ミエールは着てみたかったドレスや宮廷暮らしに、今まで見た事ない位機嫌が良く、色々あるドレスに着替えては三人で見せ合って一日中楽しんでいた。
男性陣はぶらぶらと中庭を散策したり、オットやトムの見舞いに行ったりして暇を潰していた。
それぞれの宮廷暮らしを満喫していたが、時間が経つのは早くあっという間に三日が過ぎていった。
エスタル王国からの密書が届けられ、マルティアーゼがイングリンス王に呼ばれた。
「エスタルからの通達が来た、エスタルで待つとの事だが王宮での謁見ではなく、東の郊外ブリンタスの丘だというのだ」
王の自室でマルティアーゼは机を挟んで王から密書の内容を聞いていた。
「ブリンタスの丘……」
「うむ、何分お主の事は内密、国の大臣達にも会わせられぬからのう、そういう意味での配慮であろう」
「日時はいつでしょうか?」
「書いておらぬ、こちらから再度密書を送ろう、していつが良いのか?」
マルティアーゼは考え込むと、
「三日後の早朝にその場所で」
「よかろう、送り届ける日時も入れて五日後でよいな、明後日には出発するがよかろう」
「はい」
「うむ、では今すぐにそのようにしたためよう、護衛も付けるでな」
「いえ王様、感謝致しますが護衛は不要で御座います、仲間が一緒に付いてきてくれると云ってくれてますので……」
マルティアーゼは礼を言ったが護衛は断った、
「そうか……何これしき、我としては国を救ってくれたお主にこれぐらいしか出来ぬのが歯がゆいが許してくれ」
「滅相も御座いません、これだけの事をして頂けただけでも感謝しきれません、私の中では今だに父や母が本当の親でない事が信じられないのです、だってつい最近まで私の生まれはローザン大公国だと信じていたんですもの、それをいきなり本当はエスタル王の娘などと云われても……」
「お主に隠してでもローザン大公の所で育てたかった理由があるのだろうな、それを知る事がお主にとって良い事か悪い事かは分からぬが、それを受け入れる覚悟はあるのだな」
「はい、もうずっと考えていました、今までの暮らしに戻れなくても私にはもう友人がいます、それが答えだと思っております」
「もし何かあればアルステルにならいつでも戻ってくれば良い、我はいつでも歓迎するでな、皆も歓迎するであろう」
「有り難うございます、そう言って貰えると安心しますわ」
王は頷いて笑顔を見せた。
「明後日の早朝、フォリオに見送りに行かせる故、東の街道で待つがよい」
王との話し合いが終わると、早速皆の部屋に赴き内容を伝えた。
フィッシングからはマルティアーゼに付いてくる人選が伝えられる、フィッシング、ミサエル、ミエール、デビットの四人だった。
「はうう、僕も行きたかったのに……」
バルートは悔しそうに言い捨てた。
「まぁそう拗ねるな、遊びに行くんじゃ無いんだぞ、エスタル王に会いに護衛で行くんだぜ、礼儀正しくしないといけないんだぞ?」
「ううっ……自信ない」
あまり儀礼や形式めいた場所に出た事がないバルートは、痛い所を突かれて諦めるしかなかった。
「バルさん、オトさんの事お願いね、お土産買ってくるから」
「お土産……頑張るです!」
ミエールの一言でバルートは意気揚々となる。
「スグリもトムの事お願いね」
「うん、でもトムさんは行きたがってたけど……」
「話をしに行くだけよ、すぐにまた戻ってくるから心配しないでって言っておかないといけないわね、明日家に戻って明後日の朝に東の街道で落ち合いましょう」
「馬も問題なく生きていたよ、ここに来る前に沢山飼料を置いてきたけど一度外に出してやらないと運動不足になってしまうね」
とデビットが言った後、フィッシングが明日は旅の準備に取り掛かるぞと伝えられた。