16
トレント候からの伝令も来ないまま一日が過ぎたが、翌日の昼頃にマルティアーゼに伝令がやってきた。
食事の準備をしている最中にやって来て、マルティアーゼ一人で来るようにと言われた。
「マルさん!」
スーグリが心配そうに言ってくる。
「大丈夫よ行ってくるわ」
スーグリは兵士に連れられて指揮所に歩いて行くマルティアーゼの後ろ姿を見送ると、調理もそのままにミエールに伝えに走った。
マルティアーゼはこの間と同じく天幕の前で待たされてから中に入ると、トレント候とシェルスの二人だけがいた。
「今日は君には城に来て貰う事となった、陛下からの直々の命令でな、儂と一緒に来て貰おうかな」
「王様に会うだなんて……会っても何も話す事はありません」
「まぁ、陛下が話したいという事だ、聞かれた事には正直に話すよう……シェルス後は頼むぞ、直ぐ戻る」
「はっ」
トレント候が立ち上がり、マルティアーゼと兵士二人を連れて城に向かって歩いて行く。
武器など無いように身に付けている飾りなどは全て取り外され、衣服のみになって連れて行かれる。
来た道を戻り城内の広場を通って真っ直ぐ城に歩いていると、スーグリやミエール、それにミサエル、バルートが遠巻きにマルティアーゼを心配そうに見ていた。
マルティアーゼは目で合図を送り、無言で通り過ぎていく。
城内の大きな中庭を左手に眺めながら廊下を渡り、突き当りの重々しい大きな扉を開けて城に入っていった。
中に入ると広間にある幅のある階段が伸びていて、その階段の前に一人の男性が立っておりトレント候は目が合うと一礼をした。
「これはフォリオ宰相、わざわざご足労かけまする」
「いやいや、候も町の方の復興で忙しい所ご足労おかけしまして、そちらが例のお嬢さんですかな」
「ロンド・マールです」
マルティアーゼが名を名乗る。
恰幅の良い小太りの宰相がにこやかに笑みを浮かべてくる。
「では、ここからは私めが御連れ致しましょう、さぁこちらへ」
「はっ、それでは後の事は……私は町の方に戻ります故、失礼」
トレント候の戻っていく後ろ姿を見送ってからフォリオ宰相がマルティアーゼを謁見の間へと案内する。
フォリオ宰相が扉の前に来ると、重厚な扉を門番の兵士二人が両側から観音開きに押して開ける。
謁見の間の一番奥には黄金で飾った豪奢な椅子にアルステル王が、細身の体に柔らかそうな赤い外套を身に付け座っていた。
周りには大臣がずらりと並び、王の後ろには二人の小姓が立っている。
「イングリンス王であらせられますぞ」
フォリオ宰相が歩きながら小声で伝えてきた、マルティアーゼは下を向きながらフォリオ宰相の言葉に小さく返事をした。
マルティアーゼは玉座の手前まで行くと跪いて名乗った。
「お初にお目にかかります、アルステルでギルド活動をしております、ラビット・ポンズのマスター、ロンド・マールです」
「うむ、、話は聞いておるがまずはアルステル襲撃を食い止めてくれた事、首謀者である魔導師を退治してくれた事、心から礼を言おう」
「いえ、私は一人では……仲間の助けがあってこそ魔導師に勝てたのであります」
「そうか、ではその者達にも後で褒美をとらせねばならぬな」
まだ若そうな細面な顔に口ひげを生やし、温厚そうな眼をマルティアーゼに向けている、歳はまだ壮年という程でもなく口調に若さが残っていた。
短い金髪の頭に王冠を乗せ椅子に座る様子は、やっと貫禄が出てきたような感じがした。
「然るにお主を呼び出したのは他でもない、お主のあの力についてだ」
柔和な瞳の奥に輝く物があった。
「報告を受けて昨日一日考えておったのだ、あの強大な魔法を使っていたのが若くそれも女性である事にな」
「…………」
「何年、何十年と修行をした魔導師ならいざしらず、お主のような若い女性にあれほどの魔法が使いこなせるのかとな、そこで考えた末、一つ思い出したのだ」
「…………」
イングリンス王はマルティアーゼの反応を見ながら、
「お主はどこの出身だ?」
持論について話さずにまずは当たり障りのない話題を聞いてきた。
「ひ、東の小さな国です」
「この国には何用で参ったのだ?」
「用というのはありません、ずっと旅をして国を巡り、此処に落ち着いて住み始めたのです、もう三年も前になります」
「三年か、三年もこのアルステルに住んでおったのか……」
「……はい」
イングリンス王は目を瞑り何かを考えていたが、目を開けると語り始めた。
「思い浮かんだ話をしよう、もう四、五年前になるか……ある国の娘が行方不明になったと密書が届いた、その娘は公に出来ぬ特別な人物でな、人を使わして探させたが見つからなんだ、その娘の特徴とは灰色の髪に……」
「申し訳ありません王様、少しお願いがあります」
マルティアーゼは非礼と感じながらもイングリンス王の話を遮った、だが王はそれを待っていたとばかりに笑みを浮かべる。
「うむ良かろう、何だ?」
「お人払いをお願い出来ますでしょうか」
周りの大臣達からどよめきが起こる。
「良いだろう」
と、大臣たちの不満そうな顔をよそ目に、イングリンス王はさっと手を挙げて小姓と大臣達を下がらせる。
「これで良いかな」
マルティアーゼはイングリンス王の隣に立っているフォリオ宰相を見た。
「フォリオの事は良い、我の信頼置ける臣下だ、心配せずに申してみよ」
「……はい、では王様が探しておられる娘とは私、ローザン大公国第二公女ローザン・マルティアーゼでしょうか、もう何も……隠し立てする事は致しません」
顔を上げイングリンス王を見る。
「やはり……な、いや問い詰めるような問答をして済まぬな、お主に関しては我や信頼置ける一部の者だけにしか知らぬ事ゆえ、安易に名を出す事が憚られたのだ、公女が居なくなっただけでも大事だが、お主の場合はちと事情が違うでな」
ちらりとフォリオ宰相を見て、顎を振った。
フォリオ宰相は頷きマルティアーゼに歩み寄ると、
「マルティアーゼ様、こちらに」
壇上からおりてきたフォリオ宰相がマルティアーゼを促し、謁見の間から連れ出され、何も分からずただ静かに付いていった。
何度も廊下を曲がった先の個室に連れて来られ部屋に通される、中は豪華な内装に大きな天蓋付きの寝台の置かれた部屋だった。
「此処でお待ちを」
そう言うとフォリオ宰相は部屋から出て行き、一人残されたマルティアーゼは部屋を眺めながら、どこか懐かしい風景に昔を思い出していた。
一人ぼっちで過ごした大きな部屋で、いつも星を眺めていたあの寂しい部屋。
話す友達もいない楽しくもない日々、このままずっとこのように過ごしていかないといけないのかと不安に思っていた、それが今では仲間がいて毎日が冒険のように楽しくて、もうこのような豪華な場所には来る事は無いと思っていた。
壁や調度品を見ながらそのような昔の事を思い出していると、扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
染み付いた言葉が自然と出て、入ってきたのはイングリンス王だけだった。
イングリンス王は軽い服装に着替えていて、
「向こうでは何かと込み入った話が出来ぬのでこちらに来て貰った、外でフォリオ宰相が見張っていてくれるから安心して話せるでな」
部屋のテーブルに座るとマルティアーゼにも座るよう促すと、直後に扉を叩く音が聞こえ小姓が飲み物を運んできた。
小姓が出て行くまで二人は何も言わず静かに見守る。
お茶と軽い菓子を置いて出て行くと、イングリンス王が話を切り出した。
「なぜローザン大公の元から出てきたのかな、何か向こうでもあったのか?」
「何と言えば良いのか……結局は自分の我艦、外の世界を体験してみたいと只それだけです」
「ローザン大公は心配していると思うぞ」
「ええ……それはもう重々承知しています、両親には申し訳ないと思っておりますが、これは私の人生と理解して貰うしか御座いません」
「せめて連絡ぐらいはして元気だという事を伝えてはどうかな」
「王様は民の生活についてどのように感じますでしょうか?」
マルティアーゼは王の言葉には答えずに、質問で話題を替えた。
それに対し何か理由があるのかと、返って来ない答えに別段気にもせず、
「ふむ、民とは国の基盤だと思っておる、民あっての国、民の生活を守る事が国の安定に繋がると思うておる」
イングリンス王は素直に答えた。
「それも大事だと思います、ですが私の言うのは民がどのように生きているのか、日々何を思い、何を感じて生きているかという事です、私達王族が知らない民の苦労や楽しみが沢山あるのです、そういった私達が知らない世界を知る為に国を出たのです、私は自分の生き方に疑問を感じて外の世界がどのような物かと旅をしてきました、連れ戻されればもう二度と外には出られなくなるでしょう」
「居場所を知れば連れ戻すのは当然だろう……一国の公女なんだからな、王族は国民の表に立って道を示さねばならん、それがお主の役目なんだぞ」
「私は……私にローザン大公国の民衆の前に立って、皆を導く資格があるのでしょうか……」
「どういう意味かな?」
マルティアーゼは目の前の杯に入ったお茶を見つめながら、ぽつりと呟く。
「私は……本当に父と母の娘……なのでしょうか」
「なぜそのような事を言うのだ?」
イングリンス王は怪訝そうに聞き返した。
「此度の事件の首謀者バルグが云ってたのです、私の事を王家の者だと……それに先ほど王様も仰いました、私が世界にとって特別な人物だと……やはり私は王家の血筋なのでしょうか? 王族といってもローザン大公家は王家とは関係のない事を知っておられるでしょう、武芸で名を馳せ辺境の地を譲り受けた父と近隣国の侍女が母なんです」
イングリンス王の目を食い入るように見つめた。
王はマルティアーゼの視線をしっかりと受け止めると、一口お茶を流し込んでもう一度視線を彼女に戻すと、
「バルグとやらはお主を見て王家の者だと分かったというのか? 其奴は王家の情報を知っていたという事なのか?」
「私の体に王家の紋章が現れたのを見て、私を王家の者だと云ったんです」
「なる程そうか……知ってしまったのだな、お主には知られずに事を収めたかったのだが仕方ない……」
イングリンス王は何かを考えるように手を顎に当てて、ゆっくりと話し出した。
「我も全て知ってる訳では無いがお主ももう大人だ受け止める事が出来よう、分かる事だけはお主に教える」
「やはり私は王家の……」
軽い目眩のような重圧がマルティアーゼを襲う。
「うむ、お主の言う通りお主は王家の血筋、訳あってエスタル王はローザン大公に生まれて直ぐのお主を預けておったのだという事、その訳とはお主が王家の災いに巻き込まれるかも知れぬから、そうならぬよう極東の地ローザン大公国に預けたのだ」
「私が災いに……」
「ローザン大公国で何も知らずに一生を送ってくれれば良かったのだが、そうもいかなかったようだな」
王はため息を吐く。
「私が災いの元になるとでも?」
「我には分からぬ、その災いというのが王家に関わる事だろうが具体的な事は分からぬ、我が言った事は父から聞かされただけだからな、父が生きていればもっと詳しく聞けたかも知れぬが……我が王位に就いた時に初めて聞かされたのだ、お主が生まれた事も王太子の頃は何も知らされておらなんだ、お主の父エスタル王の弟が我の父になる、お主にとっては我とは従兄に当たるのだが……いきなり従兄と云われてもお主には受け入れられぬだろう……だが安心するがいい、我はお主を直ぐにどうこうするつもりはない、お主がどうしたいかよく考えれば良い」
「……はい、今はまだ心の整理が付きません」
なんだかくらくらと一気に入ってきた事実に頭がぼんやりとして思考を妨げる。
「今からお主は我の賓客として扱う、またこうして話をする事もあるだろう、暫くは此処で養生して、どうしたいか何を聞きたいかゆるりと考えるが良い、それで良いな」
「はい、有り難うございます」
それを聞き入れると、イングリンス王は立ち上がって部屋から出ていった、入れ違いにフォリオ宰相と侍女が入ってくると、
「どうでしたかな陛下との会談は、暫くは此処でお寛ぎ頂くとの事、もし何か言いつけや身の回りなど全てはこの侍女に言って貰えれば宜しいです」
「有り難う御座います」
「侍女のサルマで御座います、何なりと申し付け下さいませ」
侍女が恭しく頭を垂れて退出していくと、疲れを体に感じ始めた。
(父と母が本当の親では無かった、その事実だけでも私にとっては重大な事件なのに、エスタル王が私の本当の父親)
マルティアーゼが旅をしている間に入ってきた情報の中で、エスタル王国がどのように世界に伝わっているかよく知っていた。
魔導の中心、その力で周辺の列強国との戦に勝ち続け、今ではエスタル王国に歯向かえる国などないとまで云われている大国家の王で、北と南にも王族の国家を造り上げて繁栄の極みを謳歌している国である。
その世界の王とまで云われているエスタル王の娘だと言われて、素直に喜べるはずも無くむしろ不安が募っていく。
激流に飲み込まれて為す術も無く流されていくような自分の運命を感じて身震いをした。
(今更私が出生を知ったからといってどうしようというの、国を捨てた私にはもうローザンに戻る事も出来ないというのに……けどあそこにいれば本当の事を知らずに生きていく所だった、どちらが良かったのかはまだ分からないけれど、私はもう国を捨てた身なのよ)
窓からは夕焼けの赤い日差しが差し込み一日が終わろうとしていた、日が暮れると侍女のサルマがやって来て湯浴みと食事の支度をしてくれた。
賓客用の大浴場でサルマに体をされるがままに洗われ、湯船に浸かって冷えた体を温めてる間に用意されていたドレスに着替えた。
ここ数日、湯浴みもろくに出来ず顔や手など手ぬぐいで拭くぐらいでしか体の汚れを落とせなかったマルティアーゼは、久方ぶりの気持ちよさに人心地を覚えた。
派手ではないが使っている生地は豪奢なドレスは胸元が大きく開いており、谷間を強調した形になっている。
薄いピンク色の肌触りの良い軽くて落ち着き、髪をおろし両耳の上から三つ編みを組んで後ろで一つに組み合わせて背中に垂らして貰う。
髪飾りが無くとも輝く灰色の髪と綺麗に整った顔が気品を漂わせているのをうっとりとした様子で、
「とてもお綺麗ですよ」
髪を結い終わったサマルが言った。
「ありがとう」
「ではこちらへ、食事の用意が出来ております」
別室まで連れて行かされて、入った部屋には既にイングリンス王が座っていた事に驚いた。
国王が賓客の部屋で食事など普通は行わない、しかもイングリンス王の風貌は到底他所では見せぬとても楽な格好であった。
賓客用でそれ程大きくもない部屋で卓を挟んで国王と二人きりの食事であった。
マルティアーゼが部屋に入ってくると王は笑顔で迎えた。
「おお……よく似合っておる、ローザン大公に大事に育てられていたのがよく分かる」
驚きつつもマルティアーゼは裾を持ち上げ席に着き、出てきた料理を前に手を付けずに王に話しかけた。
「王様、お話があります」
「今は食事時じゃ、ゆっくり食べられよ」
聞いてくるのが分かっていたのか、イングリンス王は即座に答えた。
「はい」
マルティアーゼも王の言葉にそれ以上何も言わず素直に食事を始めた。
静かで時間を掛けながら出てきた料理をゆっくりと片付けていき、小一時間かけて食べ終えた後にお茶を飲んでいると、
「どうだったかな、食事の方は」
「はい、とても美味しかったです」
「そうか、それはよかった」
そういってイングリンス王はお茶に手を出す。
「王様、私はこの先どうなるのでしょうか? やはり父や母に連絡をなされるのでしょうか……」
「我はお主次第だと思うておる、お主をローザン大公に預けたエスタル王の真意は分からぬが、お主の生き方を決めるのはお主だと思うておる、もうお主は世に出て民の生き方、王族の生き方の両方を知ってしまった、どちらの生き方にせよ苦労するという事を知ったのだ、同じ苦労をするのならお主が自分自身で決めた方が良かろう」
「私はただこの空、大地の向こうには何があるのか知りたかっただけです、ずっとお城の露台から見える人々の生活と、見えている先の世界がどんな場所で何があるのか見てみたかった、ただそれだけだったのです」
「それで何が見えた」
お茶を手にイングリンス王がマルティアーゼを真正面から見てきた。
「人が住めない地には魑魅魍魎の類いや凶暴な生き物がいたりと、とても危険な場所がありました、でも人が住まう場所ではローザン大公国と変わらない人々の暮らしがあり、喜び、悲しみ、怒り、そして苦悩と笑い、どの国どの場所の人々でも同じ生活をしているのだという事を見てきました」
するとイングリンス王は遠くを見る目をしながら、
「我は……我はこの王宮から出た事は公務以外ない、国王とはそのように自由に生きられぬ、常に周りには人がおり何をするかも決められておる、お主のように外の世界を見てみたいと思った事が無いわけではないが我には出来なかった、お主が先に言った民とは何かとな、お主は民の苦悩や心情をその目で見て、国が何をしなければいけないか感じようとした、我は我で国とは何かと考えている……王とは一人一人の民の心情には応えてはいられぬ、王は国の安寧を第一に考えねばならぬからな、国を失えばそこに住む民の暮らしそのものが無くなるのだ、制度や税制を敷くのもその為、国を守るというのが王の役目なのじゃ、貧富の差や不満はどの国にも必ず存在する、するからといって放置しているわけではない、少しでもなくす為に努力をしなければならぬが、それは一朝一夕で出来る事ではない、長い時間をかけて直していかねば民が混乱してしまう、それが出来るのは王だけなのだ、我はこの国を良き物にしたいと外の世界を見たい気持ちを抑えた、これが我の考えだ」
言い終えると喉を潤した。
「ええ、アルステルはとても良い国です、此処に住む人々は皆明るく様々な土地の人々が集まっているのに争いも少なく平和に暮らしています、私もこの国を気に入り長い間楽しく住む事が出来ました、でもその国に災いを持ち込んだのも私がいたから……バルグのような魔導師を引き寄せて沢山の人を犠牲にしてしまった……」
顔を手で覆い涙を流した。
ぽろぽろと大粒の涙が目から溢れ、ドレスに跡を残した。
「ごめんなさい、全部私の所為で……無関係な人が沢山死んでしまった」
「そう自分を責めるでない、あの者は一人で一国を相手にする程の力を持った魔導師だ、奴がアルステルではなく他の国であったならば落とされていたかも知れぬ、事実我がアルステル軍でも奴の進軍を止められんかったのだ、お主が居たからこそアルステルが攻め落とされずに済んだのだ、もう泣くでない」
優しくマルティアーゼを慰める。
「それよりこれからの事を考えよ、お主が望むならこのまま王宮で住むのも良し、国に帰るも良し、お主の意見を聞きたいと思うておる、我はお主の味方だ、悪いようにはせぬ望みを申せ」
涙を拭い、整ったやや面長な顔のイングリンス王を見た。
「私は出来ればエスタル王に会いたいと思っております、会って私がなぜローザン大公に、父に預けたのか理由を聞きたいと思ってます」
「知ってどうする? 今なら我の所でお主の事も内密に出来るのだぞ、ローザン大公には悪いがお主の存在を知られる事なく出来るというのに、それでもか」
「分かりません……でも知りたいんです、今まで信じてきた事が間違っていたのなら本当の事を知りたいのです」
「後悔せぬのだな」
「はい」
「良かろう、明日にでもエスタル王に密書を送り届けるとしよう、それまではゆるりとするが良い」
イングリンス王はそれ以上追求もせず、マルティアーゼの見てきた冒険の話を聞きながら静かな一時を楽しむと退席していった。
マルティアーゼも自室に戻り寝台に潜り込むと、エスタル王とはどんな人物なのか夜更けまで考えていた。