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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
15/30

15

 本当の意味で戦いが終わった。

 通りはしんと静まり返ってマルティアーゼ達の様子を伺い、もう終わったと知ると誰とはなしに歓声が上がった。

 濃密で激しく長い戦い、たった一夜の戦いで幾万もの人が死んでいったアルステルの町は、激しい破壊を受け通りは死体の血と火事で真っ赤に染まっていた。

 すぐに指示を受けた兵士達が動き出し、火消しと町の復興が今から始まった、この町が元の平和な暮らしに戻るにはかなりの時間が必要であろう。

 だがマルティアーゼの戦いはまだ終わったとは言えなかった、この事件の原因のバルグとの関係を皆に見せつけてしまったのである。

 その事を一部始終見ていたトレント候が問い詰めて来ないはずが無い。

 マルティアーゼ達の元にやって来たデビットやミサエル、バルートの助けを借りて、オットとフィッシングを医療所まで運んでいく。

「マル、あの魔法はなんだ? 初めて見る物だったが」

 医療所まで歩いている途中、デビットが聞いてきた。

「ごめんなさい、その事は後で皆に話すわ」

 マルティアーゼは心の中で深いため息を吐いていた、分かっていた事だとはいえその事になると鼓動が早くなる。

 簡易の医療所には沢山の兵士が横になり傷の手当てを受けている、オットは左腕の骨が折れており木の板で固定され包帯で巻かれる、フィッシングも脇腹の傷のために寝かされて魔道士の治療を受けていた。

「ああっ、マルさん無事だったぁ」

 スーグリがマルティアーゼの胸に飛び込んでてきた。

「皆のお陰よ、私一人じゃバルグは倒せなかったわ」

「見えてましたよ、凄い魔法でした」

「もう魔力は空っぽだわ、それよりトムの容態はどうなの?」

「ずっと寝てます、魔道士の方が三人でずっと治療してくれてたから落ち着いてるけど暫くは安静らしいです」

「それは良かったわ、この様子だと暫くは此処で過ごす事になるわね、落ち着いたら家の方も見に行きましょう」

 怪我をしていない兵士は全員町に出向き、まずは生きている人の捜索を始めて行く。

 援軍として駆けつけて来た騎士団も合流し、町の中に残った敵や家の中で隠れている人々がいないか捜索を始めていた。

 もうすぐ雪が降る寒い季節といってもこのまま放置していては死体が腐り、疫病が蔓延するといけない為、早急に片付ける必要があった。

 城門からはしきりに城に向かう伝令が出入りして、医療所の前を足早に通り過ぎていく。

 援軍が到着しても人手は全く足りていない、広い城下町には何万という遺体が転がっているのである、それを二万弱の兵士が直ぐにどうこう出来る訳が無い。

 些細な伝令から国王に報告する重要な伝令までを、橋を渡ったタロス通りに即席の天幕が設置され、そこにはトレント候と左右には副官シェルスと援軍で来たガブロス候が町の状況と指令、伝達を一手に引き受けていた。

 体躯の良いガブロス候は長剣を携え、がっしりと腕を組んで何も言わずに伝令の報告を聞いている。

 歳も若く、父親ほどの年齢差があるトレント候を中心に、任された己の役割に徹して黙々とすべき事をやっていた。

「では遺体の埋没場所として西の森林地帯にして良いでしょうか」

「致し方ないだろう、これだけの数だ」

「はっ、では早速そのように」

「シェルス、あの者達についてはどうなった?」

「はい、兵士の報告ではアルステルのギルドだという事ですが、ギルド間では有名なギルドのようです、今こちらに来るように伝令を向かわせております」

「ふむ、首謀者の魔導師との関係や魔導師自体何処の者か何一つ分からぬ、陛下もあの力について聞かれておられるが、まずは陛下に会わせる前に我らが話を聞かねばならぬ」

「はっ」

 しきりに伝令がやってきては報告と次の指令を受けて出て行く、戦闘をしている方が楽だと思う程慌ただしく休む暇も無い。

 医療所でマルティアーゼを探していた兵士が、多くの怪我人の中から彼女達を見つけ出し声を掛けた。

「おい、お前がロンド・マールだな」

 名を呼ばれて振り返ると、兵士が二人立っていた。

「ええ、そうですが……」

 スーグリとデビットも何事かと振り返ると、

「命令だ、今すぐトレント侯爵様の所まで出頭せよ」

「…………わかりました」

 来たか、とマルティアーゼは素直に言葉を返した。

「他に男二人にもう一人女がいたはずだが何処にいる?」

「男性二人は怪我のため治療を……もう一人の女性は仲間達の看病をしているかと思います」

 ミエールはフィッシングやオットの少し離れた場所で治療をしていた。

「それならその女性も連れて行く、直ぐに此処に連れてこい」

「私一人で行きます」

「駄目だ、命令はあの場にいた者と言われておる、怪我人は後に事情を聞く」

「マルさん、私が呼んできましょうか?」

 後ろからスーグリが声をかけた。

「……お願い」

 スーグリが走って行くのを見送ると、マルティアーゼがデビットに声をかけた。

「トムの事お願いね、暫くは戻れないかも知れないわ」

「ああっ分かったよ、その代わり必ず戻ってきてよ、スグリが悲しんでしまうよ」

「ええ、そのつもりだけど……」

 スーグリがミエールを連れてこちらに走ってきた。

「よし、二人とも我々と来てもらおうか」

 ちらりとミエールと視線を交わして兵士の前を大人しく歩いていく。

 二人が伝令所に着くと兵士から待つように言われ、設置された天幕前で待っていると、すぐに兵士が出てきて入れと手振りで伝えてきた。

 天幕の中には三人の指揮官が座っており、兵士達はマルティアーゼ達を中に入れると一礼をして出て行く。

 ミエールはおどおどとして目の前の三人を見比べていた。

「トレント・ダナム候にガブロス・バーム候、私は副官のシェルス・イートだ」

 シェルスが立って紹介をした。

「貴方達に聞きたい事がある、まずはあの魔道士の事だが、君は奴が何者か知ってるのかな、知っているのなら話してもらいたい」

 トレント候の言葉は優しいが目は険しくマルティアーゼ達を見据えていた。

「私はギルド、ラビット・ポンズのギルドマスター、ロンド・マールです、こちらはラムズ・ラフィンのミエールです」

 三人はマルティアーゼの言葉に返事もせずにじっと聞いた、マルティアーゼは反応のない三人に向けて話を続けた。

「魔道士の出自は知りません、名はバルグと名乗ってました、彼は国を乗っ取り世界に魔道士の力を知らしめようと計画していたみたいです、発端は私が西の街道の宿場に立ち寄った時には既にリザードマンによってそこの住民は襲われていて、そのリザードマンを退治した事からバルグに目を付けられてしまったのです」

「宿場というのは調査隊が向かった場所の事だな」

 シェルスが聞いてきた。

「ええ、そうです」

「では君が宿場の調査を依頼したのかね」

「いえ、それは彼女の団員から国境警備隊に連絡をしてもらいました」

 とミエールを指して答えた。

「ふむ」

「私達がリザードマンに襲われてた時に助けに来てくれたのが彼女達でした」

「ふむ、続けたまえ」

 トレント候が言う。

「私達が町に戻った夜中に宿屋にバルグが現れ、そこで初めてバルグと出会ったのです、その時、彼が何か良からぬ計画を企んでるのを知りましたが内容までは……それが分からないのであれば大袈裟に騒ぎ立てても信じてもらえないと、宿場に調査して貰えれば私達の話を聞いてもらえるのではと……」

「ふむう、一応筋は通ってるな、だが気になる事もある、そのバルグとやらはなぜ君達を狙ったのかな、計画がばれる恐れがあるかも知れないというのに……しかもあれ程の力があったというのに宿泊先で君達を殺さなかったのだろうか、計画を知られたなら始末するべきだと思うが」

 トレント候が前にデビットが言った事と同じ質問をしてきた。

「それは……私達を殺すには値しないぐらいの存在だと思ったのではないかと……そのあと仲間が駆けつけてくれたので逃げていきました」

「君に力が無いとは思わないがね……何処でその力を身に付けたのかな?」

「私は何も……ただの傭兵です、それ以外の何者でもありません」

「出身はどこなのかね」

「それは……」

 じわじわと追い詰められる思いが緊張を高める、息が詰まるぐらい激しい動悸と冷や汗、全身の力がぬけていく脱力感があった。

 トレント候は別段きつい口調で云ったつもりはなく、ただ思っていた事を話しただけだが、マルティアーゼにとっては心臓を握られたような圧迫感を感じていた。

 ふっ、と気が遠くなりその場に跪いた。

「マルちゃん! 侯爵様、私達は何も……何も知りません、たまたま宿場を襲ってたリザードマンを退治しただけでバルグに狙われたのです、それだけの関係なんです」

 ミエールがマルティアーゼの肩に手をかけトレント候に伝えた。

「まぁ落ち着きなさい、我々も町を救ってくれたのは君達の力があってこそと思っている、だが真実を知らなければいけない立場でそれは分かって貰いたい、別段君達を捕まえようとも思っておらぬから安心しなさい」

 自分の娘に接するかのように優しく言い、

「陛下も君の力に興味をお持ちになっておられる、だがいきなり陛下に会わせられぬから、こうして事情を聞いておるのだ」

「困りましたね、閣下どう致しましょうか」

 シェルスはマルティアーゼが俯き息を切らしているのを見て、これ以上まともな返答が出てこなさそうに思えた。

「ううむ、陛下には何と言えば良いのやら、取りあえず事の次第だけでも伝令を飛ばせ」

「はっ」

 シェルスが書をしたためている間、ガブロス候が口を開いた。

「トレント候、この娘の力とはあの光の事ですかな?」

「うむ、凄まじい光量をはらんだ魔法だった、ついぞ見た事が無いものだった」

「そうですか、私共はタロス通りがまばゆい光に照らされているのを見ただけですからどういう状況だったかよくは分かりませぬが、あれをこの娘が……」

 野太いが良く通る声が天幕に響いた。

「二人共もう帰ってよいぞ、のちほど呼ぶ事になるだろうがそれまで体を休めておくよう」

 トレント候が二人に促すと、ミエールがマルティアーゼを支えながら天蓋から出て行った。

 それと同時にシェルスが立ち上がり、伝書をもって外にいる伝令に渡しに行こうとしたのをトレント候が呼び止めた。

「シェルス」

「はっ」

「あの二人についてもっと詳しく調査をして来てくれ」

「かしこまりました」

 そう言ってから外に出て行く。

 マルティアーゼは肩を借りながらミエールに呟いた。

「ごめんなさい、心では何もかも話そうとは思ってたのよ、でもいざ言おうと思ったら……」

「私達の事を庇おうとは思わないでいいのよ、素直に話してくれれば……誰も責めはしないから、私達の事は私達で何とかするから自分の事だけを考えて頂戴」

「皆を私の問題に巻き込みたくないの、もしかしたら一生追われる身になるかもしれないのよ」

 しかしミエールは首を振って、

「私、前にも言ったわよね、私達は今じゃもう家族みたいな物だって、周りが何と言おうと皆マルちゃんの味方よ」

 二人が医療所に着くと待っていたかの様にデビットとスーグリがやって来た。

「どうだった、何かされたのかい?」

 落ち着いたデビットの声が聞こえてきた。

「大丈夫よ何もされてないわ、でもまた呼び出されるかも知れないんだけど……」

 ミエールがデビットに答えた。

「マルちゃんも疲れてるから、今日はもう休ませてあげないと」

「そうだね、狭いが少しここで横になってればいい、俺は一度家の様子を見に行ってくるよ」

 トムの寝ている近くに毛布を敷いてマルティアーゼを寝かせると、ミエールは後の事をスーグリに頼み、フィッシング達の所に戻っていった。

 デビットも家に戻ると言い城を出ていくと、一人になったスーグリはトムとマルティアーゼの間に座って浅い眠りに落ちていった。

 マルティアーゼは目を閉じていたが寝てはいなかった、体は重く疲れてはいたが目まぐるしく考え事が浮かんできて寝付けずにいた。

 隣からはスーグリの浅い寝息が聞こえていたが、マルティアーゼは起きずにじっとしながら、これからの自分の運命がどのような道に誘い込まれていくのか、それに抗う事が出来るのだろうかという自信がなかった。

(自分の運命に向き合うのが怖い、どうして公女として生きてきただけの私にこれ程の運命をあてがうのか、私が王家だなんてあるはずがない……そんな事一つとて聞いた事も無いわ)

 自分の境遇やこれからの処遇、皆の人生に影を落としてしまうのではと、色々な事を自答自問しているといつの間にか深い眠りに落ちていた。

 日はまだ高く、兵士達は疲れていようが一段落するまでは休む事も許されない、遺体処理、町の警備、住民の点呼と避難した人々の為の天幕の設置に食料の準備とする事はたくさんあった。

 避難民は町に入る事が許されず、逃げ出した十万の人々はアルステル市街の東の広場で生活する事になった。

 自分の家や家族、友人の心配をするも今はそれどころではない状況だと誰しもが思っていたので、騒ぎ立てる人も少なく家に戻れる連絡がくるのをじっと待ち望んでいた。

 何もする事が無くただ城壁を眺め、出入りする兵士達を見てるだけの一日だったが、食事は昼晩と配給品が配られ一時的にでも気を紛らわす事が出来た。

 それ以外でもアルステル南部や東部の町の人々からの支援物資もあり、大量の料理を作って皆に振る舞わう事で言葉を交わし辛抱強く支え合った。

 町では何十台という荷台が運び込まれ、そこに遺体を何十体と乗せると西大城門に向けて引いていく。

 家に隠れて難を逃れた人々は兵士に守られながら、東大城門に向かって連れて行かれる姿がそこかしこに見受けられた。

 助かった人々は町の惨劇を目の当たりにして、涙ぐむ者、悲鳴を上げる者、驚きもせずに只呆然としている者と色々で、一日掛けて助けた人達だけでも二千人を数え、その人達が東の広場に合流すると、広場は人で埋め尽くされ新たに寝床の確保に大わらわとなっていく。

 夜になってやっと兵士達にも長い一日が終わり、休息が回って来ると空腹な体に大急ぎで食べ物を詰め込み、倒れるように就寝していく。

 次の日も朝早くから起き出して任務に当たらなければならず、貴重な時間を体力の回復に努める兵舎では、誰一人として起きて時間を潰すような者はいなかった。

 今日も早くから眩しい太陽が顔を出し、天気だけなら気持ちの良い朝だなと感じられるのだが、兵士達には今日も血なまぐさい作業が待っている。

 マルティアーゼ達も怪我をした仲間達の看病で忙しく、ミエールとスーグリは食事を作ったり包帯を交換したりと慌ただしい一日を過ごしていた。

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