13
アルデード城を出た橋からは、果てる事のない戦いが繰り広げられている様子が見えた。
空高く飛んでくる魔法が通りを赤く染め上げ、通りの建物は爆発で崩れていたり炎を上げて燃えていたりもする。
その場所が前線である事は確認出来ても、そこに行くまでにはこの大勢の兵士達の中を進まないといけない、勿論この中にフィッシング達も戦っている。
どうやってバルグの所まで行こうかと模索していると、
「あれは……」
マルティアーゼが指を差した先には馬に乗った騎士団の一隊がいた、その中の一際大柄のマントを着けたトレント候を見つけた。
橋を渡った所に陣取り指揮を執っていたトレント候は、ひっきりなしに伝令に指示を出しながら隣にいるシェルスと戦況を話し合っていた。
面識はないもののアルステルの重鎮としては有名で、高齢にかかわらず警備長官として国を守っているのを知っていた。
二人は橋を渡り一団の所に向かう、するとトレント候の護衛をする兵士に止められた。
「此処の指揮官に合わせて欲しいの」
「何者だ、何用で来た?」
「ラビット・ポンズのロンド・マールよ、指揮官と直接お話がしたいの」
「何を言ってる傭兵は部隊に戻れ、此処はお前達が来る所では無い、指揮に従い行動しろ」
「どうしてもお話したい事があるのよ、話を通して頂戴」
食い下がらず懇願するも、兵士は駄目だの一点張りで話が進まなかった。
ミエールに目配せをしてこれでは時間の無駄とばかりに諦めて、その場から離れた。
「仕方ないわ、前線まで行きましょう」
人混みの中を掻き分け皆を探した、前線は入れ替わり立ち替わりで常に兵士の流れが強い。
魔道部隊も秘薬が無くなった者が多く後退して魔道士の数も半数に減ったにも関わらず、敵の魔法は尽きる事無く飛んでくる。
敵の魔道士はバルグだけではなかった。
マルティアーゼは前線に見える敵の黒衣の魔道士が、爆発の明かりで無機質に腕を振り上げ火球を放っている様子が見て取れた。
意識して飛ばしておらずただ闇雲に前方に飛ばしている、それでも威力は十分大きく並の魔道士の二倍近くの大きな火球を投げつけていた。
爆音と熱風がマルティアーゼの顔を襲い、腕で顔を隠しながら戦況を確認していると、黒衣の魔道士の後方により大きな背丈の魔導師バルグがいた。
直ぐさま飛び出して行きたい感情をマルティアーゼは抑えた、。
バルグまでの距離は遠くそこに行くまでには何百というゾンビや魔道士と対峙しなければいけなかったのである。
地面にも何百という焼け焦げた死体が転がっていて行く手を塞いでいて、その合間を縫ってやって来るゾンビを斬り倒し、魔法で魔道士を倒そうと火球や雷球を飛ばしているが距離が遠く届かない。
「なんて数なの、知らない間にこんなにも増えて……」
殆どがこの国の住民と兵士達だった、こんなにも被害が出ていた間、何も出来ずにいた自分に恥じた。
肩を叩かれ振り向くと、そこにはフィッシング達がいた。
「マル、こんな所にいてもう大丈夫なのか」
全身血みどろで革鎧の至る所が傷だらけになってるフィッシングが言ってきた。
オットも同じように血だらけの鉄鎧に持ってるハルバートも真っ赤に染まり、血がしたたり落ちていた。
「やあ、どこも怪我が無かったみたいだね、良かった」
無尽蔵の体力なのか、オットは元気そうに笑う。
ミサエル、デビット、バルート達は相当魔力を使ったと見て、表情に疲労が出ていた。
「皆、有り難う、私を助ける溜めに無理させちゃって、なんて言えば良いのか」
「それより一旦下がろうぜ、少し休まねぇとと体がもたない、バルなんか今にも倒れそうに疲れてからな」
ミサエルが口を挟む。
「皆は後ろで休んでて、後は私が何とかするわ」
「おいっ、行かせられるわけねぇだろ、ここは一旦下がろうぜ」
フィッシングが止めようとするが、マルティアーゼは首を振った。
「いいえ、もうこれ以上被害は出させないの……此処で終わらせるわ」
「馬鹿言え、簡単にどうこうできる数じゃねぇぞ、止めとけよ此処は下がって体制を整えた方が良いぜ」
「いいえ、敵はバルグだけよ、バルグを倒せばこの戦いも終わる」
「そのバルグがどうこうできる敵じゃねぇって言ってんだよ、奴のいる場所まで何匹の敵がいると思ってんだ、仮に行けたとしても一人でどうやって倒すんだよ」
「これで……」
腰の短杖に手を触れるが、フィッシングが駄目だとマルティアーゼの腕を掴み連れて行こうとする。
「マルちゃん一人で行かすわけないでしょ、私も行くわよ」
隣にいたミエールが、引っ張られるマルティアーゼの腕をフィッシングから奪い取る。
「おい無茶いうな、お前一人増えただけで何が変わるってんだ」
「此処で無駄話してても状況は良くならないのよお魚さん……私は行くわ」
マルティアーゼは引き下がらず言う。
「もうそれ以上は引き止めないほうが良いよお魚さん、マルは頑固だからね」
後ろからデビットがフィッシングに声をかけると、手に持っていた秘薬袋をマルティアーゼに渡した。
「全部だ持って行きなよ、後は任せた」
「有り難う」
マルティアーゼは袋を受け取り頷いた。
「僕のも使ってです」
「俺のもだ」
バルートとミサエルも同じように袋を渡すと、三人はよろよろと後ろに下がって行った。
残されたフィッシングとオットは目を合わせると苦笑いをして、
「どいつもこいつも頑固者だ、それなら俺達も行くからな文句は言うなよ」
四人はお互い視線を交わして前線へ行こうとすると、東の外の方から歓声が聞こえてきた。
前線の兵士達は何事かと振り返る。
東の城外で何かが起こったようで、歓声は鳴り止まずに大きな波となって聞こえてくる。
町の外に避難していた住民が歓喜の声を上げた原因は、南方の諸侯がアルステル兵を連れてやって来たからであった。
襲撃の報告を受けて伝令を各諸侯に走らせていたのがやっと到着したのである。
およそ一万の兵が隊列を組んで東大城門前に集まると、住民からは大声で諸侯の名を上げていた。
歓声を受けた兵は指示に従い、東大城門から町に入ってきてリーファス通りにいたゾンビを排除していた。
歓声はもちろんバルグにも聞こえており、杖を挙げて命令を出すと、大通りの交差点に溜まっていたゾンビが向きを変え、東の騎士団に襲いかかっていく。
挟み撃ちをされたバルグだが援軍が来る事も想定していた、それとも下らない相手にかまけてる暇など無いと、ゾンビ相手で十分だと命令を下した後はタロス通りの相手を見据えていた。
「……何かしら」
四人が前線に着くと、無数の黒い矢が兵士達に降り注いでいた。
射貫かれてドロドロと溶けていく兵士達、火球で倒れていく兵士達と、それでも戦線維持の為に盾で防ぎながらゾンビと対峙する兵士達の顔に焦燥が浮かび、見ただけで劣勢は明らかだった。
「行くわよ」
マルティアーゼが一人、黒矢、火球の飛び交う前線に出ていくと、腰の短杖を手に詠唱を唱えた、すると肩の紋章の光が服の隙間から漏れ出し、周囲の風が円を描いて巻き上がった。
突き出した短杖から無数の光が水平にゾンビの群れに飛んでいく。
何十という光の矢がゾンビに突き刺さるとまばゆい光の渦が体を包み込む、するとゾンビの体は徐々に干からびて木乃伊となってぼろぼろと朽ちて果てていった。
「ごめんなさい、せめて安らかに」
そう言うと、続け様に光の矢を投げつける。
次々と消え去っていくゾンビを見て、マルティアーゼの周囲の兵士達は突然現れた女魔道士に驚いて動きを止めていた。
「あれがマルの魔法なのか……」
フィッシングがぽつりと呟いた。
「ええ、凄いでしょ、驚いたわ……質も量も桁違いなのよ」
光り輝くマルティアーゼの魔法は見る者を魅了するほど美しかった、すでに前線の敵はまばゆい光に包まれ浄化されていた。
あっという間に前線の敵がいなくなり敵との間に空間が出来ていたが、さっとマルティアーゼは手を上げ兵士達に叫んだ。
「ここから先には行かないで」
兵士達の前に歩み出て火球を飛ばしてくる黒衣の魔道士を、マルティアーゼは手を仰いで前方に光の壁を一瞬で作った。
壁に当たった火球は飛散して破片が周囲の建物の壁に移り炎が舞い上がる。
「バルグ出てきなさい!」
大声で叫ぶ。
「おいっ、今のは何だ」
「すげぇ」
「おおーっ」
後ろの兵士達や魔道士部隊が一瞬で作り上げた壁に驚いたようで、何者かとざわついている。
マルティアーゼはあまり見られたくはなかったが、この際気にしていられない。
「出てこないなら……」
再度マルティアーゼの周囲に風が巻き上がる。
右手に持った短杖を前方に出し、杖の頭を左の手の平に当てて火球を作り出していく。
三つの火の玉は徐々に大きくなっていく、その大きさが尋常では無かった。
上級魔道士の倍はあろうかという位の大きさになった火球が、放射線状に飛んでいき、地面にあったありとあらゆる物が火球が通ると、その場所には何も残らず全て燃やし尽くされ黒い物体となっていった。
今の攻撃で一体何体のゾンビが消えていった事か、敵の群れに三つの道が出来、それはバルグの操る黒衣の魔道士をも消し去っていた。
「マルちゃん凄いね……はははっ」
オットが目を輝かせ武者震いをしながら言った。
「凄い……ってもんじゃねぇよ、こんなの見た事がねぇ」
フィッシングは呆然としていた。
(これが本当のマルの力、これが王家の持つ魔法の力なのか)
此処にいる誰しもが初めてみる威力だった、何年も厳しい修行をしてきた魔道士が羨むほどの魔法を、若い娘がいとも簡単に使いこなしているのに魔道士部隊達は困惑しながら見ていた。
「むうう、おのれ許さんぞ、どいつもこいつも調子に乗りおって」
前線のゾンビを蹴散らされ全く前に進まないばかりか、邪魔をされてバルグの計画に齟齬が生じてきていた。
夜のうちに城内に入れれば国を落としたのも同然、そこから体制を整えゆっくりと国を変えていく計画である。
暗闇の中では我が軍の力が存分に発揮できる、それだけの力は有していたのだ、しかもマルティアーゼを奪う事も出来て余裕を持って遂行出来たはずが、フィッシング達の邪魔やマルティアーゼの魔法で進軍に時間が掛かり過ぎてしまった。
夜が明け戦況の全貌が見渡せるようになれば、それだけ細やかな対策をされてしまう。
操る力も細やかな指示には集中が必要で、ゾンビのような死人に対しては単純な行動を指示するだけで後は勝手に行動するのだが、リザードマンのような生きている者は催眠で操り動かしていたので、集中が途切れると催眠が乱れてしまい、目覚めて反乱を起こされては面倒である。
リザードマンの数は少なくとも、力もあり動きも素早いので重宝はしていた。
幾らバルグみたいな力ある魔道師であれ魔力にも限界がある、何万ものゾンビとリザードマン、それと魔道士を操るだけでも相当な魔力が必要である、並の魔道士なら何十人いようと操る事は出来ないであろう、それだけでもバルグの大口もただの法螺というだけではなかった。
魔力の限界を悟られない為にも夜中の内に城まで攻めておきたかった、闇の最大の特徴は暗闇の恐怖だ、恐れは行動を鈍らせ緊張と集中で何もせずとも相手の体力を奪う事が出来る。
「邪魔をするでないわ」
まもなく朝日が昇り始める薄明かりの中、背丈の高いバルグを見極める事は容易であった。
杖を振り上げるバルグを視認すると、マルティアーゼは頭上から飛来する黒い矢に気付いた。
さっと身構え、自身の周りに光の膜を張った。
「皆、下がって!」
大量の矢はマルティアーゼだけでは無く、周囲にいた兵士達にも降り注ぐ。
兵士達が一斉に下がって行くが、何人かは黒い矢の餌食になってしまい倒されてしまった。
フィッシング達は剣を右に左に振り、矢を叩き落としながら後退していく。
両軍の前線がいなくなると、タロス通りにはバルグとマルティアーゼが対峙する格好となっていた。
「くっ……」
フィッシング達はマルティアーゼとの距離が離れ、近付こうにも飛んでくる矢が邪魔で振り落とすのが精一杯で前に出る事が出来ない。
さらにバルグの魔法で地響きが一帯を揺れ動かした、地面には無数の穴が空き砂煙が立ちこめる中、マルティアーゼは膝をついて一人耐えていた。
「マル!」
フィッシングが叫ぶと、マルティアーゼがゆっくりと立ち上がる。
あの攻撃に無傷でいたというのにも驚いたが、何より無事でいた事がフィッシュ達を安堵させた。
揺れが収まるとフィッシング達が一斉に走り出しマルティアーゼに駆け寄る。
「おい、お前達!」
兵士が止めようとしたがフィッシング達は気にせず、マルティアーゼの前に立ちはだかりバルグの盾になろうとした。
「皆、下がって、危険よ」
「女の子一人に任せとけないからね」
オットが笑いながら言う。
「そうよ、此処には皆がいるんだから」
「ああ、さっさと片付けよう」
ミエールとフィッシングも振り返り伝えた。
「皆……ありがとう」
右にオット、左にフィッシング、そして正面にはミエールが武器を構えてバルグと対峙した。
「また貴様らかぁ、よくもよくもぉ……」
バルグがフィッシングを睨み付ける。
「ふんっ煩えよ、女を掠って喜んでるような変態爺め」
「皆、時間を稼いでくれるかしら」
マルティアーゼがそっと呟くと、三人が頷いた。
「やい爺、さっきも言ったが、てめえなんか俺達でぶっ潰してやるからな」
剣をバルグに向けて大声で叫んだ。
「小僧に何が出来るか」
杖を高々と上げ、前方に振るうと足下からじわじわと黒い霧が辺りに充満してきた。
黒い霧はバルグを覆い隠す様に周囲に溢れてくる、すかさずフィッシングとオットがバルグに向かって駆け出し、フィッシングは左、オットが右に挟み込もうと通りの道幅一杯に広がると、バルグが霧の中から放射状に黒い矢を放ってくる、それをフィッシングとオットが剣とハルバートでなぎ払いながら突き進んでいく。
マルティアーゼはミエールの肩を引き寄せ、自分の後ろに下がらせると光の壁を前面に張り防ぐと、ミエールがバルグの攻撃が止んだ隙を突いてすかさず風の魔法を放ちバルグの作った霧を吹き消した。
「むむう」
バルグは杖を地面に突き刺し、左右から攻撃してくるフィッシング達を地面からせり出た壁で視界を遮った、フィッシングは壁を乗り越えようとしたが壁の手前で立ち止まってしまう。
反対にオットは壁に足をかける事が出来、その勢いのまま跳躍してバルグの頭上からハルバートを打ち込んだ。
「むうん」
気合いを込めてハルバートを勢いよく振り下ろすと、バルグは咄嗟に左腕で身を守りながら後ろに跳ぶ、しかしハルバートの届く間合いはバルグの予想より長かった。
体重の乗ったハルバートの威力は凄まじく、バルグの左腕は枝を折るように簡単に切り落とされた。
「ぐおおぉ……」
よろけながら短い雄叫びと共に、バルグは杖をオットに向けて黒球を浴びせかけた。
「うおおっ」
ハルバートの柄で黒球を受け止めたが、跳ね返す事は出来たが勢いまで殺す事が出来ず、家屋まで吹き飛ばされたオットは体を強く打ち付けて気を失ってしまう。
「……ぐうぅぅ」
ぼたぼたと左腕を失くしたバルグは、血を滴らせてオットの近くまで歩いて行くと杖を振り上げ、
「殺すだけでも足りぬ程の事をしてくれたな、雑魚めが」
杖を持つ手が震えるぐらいの怒りを見せた。
「爺ぃ、こっちだ」
フィッシングが剣を抜き身に姿勢を下げて低い位置で突っこんで来て、素早く剣を引き抜いた。
剣がバルグに届く寸前、見えない壁が剣先を止め火花が散る。
「ちっ」
フィッシングはなおも二合、三合と剣戟を繰り返し、一呼吸する間に何合と打ち込むと突然後ろに跳び退った。
本能としか言いようのない嫌な感覚、悪寒がフィッシングを反射的に体を動かしていた、次の瞬間、地面が盛り上がり円錐の柱が伸びてくる。
鋭く尖った柱は今し方フィッシングの立っていた場所に伸びてきて、何もない空間に鋭い先端が突き刺さる。
フィッシングはホッとしたのも束の間、柱の勢いは止まらずに跳んだ先にまで伸びてきた。
地面に着地したと同時に柱が左脇腹を掠めていく。
「ぐはっ」
そのまま姿勢を崩し地面に膝を付いたと同時に、脇腹を触ると手がべっとりと血で濡れていた。
「……くそっ」
「貴様なんぞ、その程度じゃ、ふぉふぉ」
とバルグが笑うと二人の間で炎の柱が立ち昇った、三本の高い火柱が壁となって燃えさかり二人を分断させた。
「ミエール!」
フィッシングが叫ぶ。
「小癪……なっ!」
バルグが炎を飛ばした相手に振り返ると、ミエールの隣にいるマルティアーゼの異変に気付いた。
足元に二重の円の魔方陣が浮かび、遠目でも見えるほどの白い気流が彼女の周りで渦巻いていた。
髪は銀色に輝き、金色に光った瞳が真っ直ぐバルグだけを見ていた。