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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響


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12/30

12

 トレント候が天幕を出て馬上から戦況を確認していると、遠く敵の中で爆発と閃光が起こったのを目にした。

 一体何が起きたのかと隣のシェルスに問うてみる。。

「何が起きたのだ、あれは何処の部隊だ?」

「分かりませぬ、あのような所に部隊はおりませぬ」

 副官のシェルスは困惑ぎみに答えた。

 前線では巨石兵を全て倒し残った炎化竜も残り二体、それでも勢いはまだ闇の軍団にあった。

 町での戦闘が始まってからかなりの時間が経つが、ひっきりなしに向かってくる敵との戦闘は激しさが止む気配はない。

 後陣には大勢の傷付いた兵や疲労困憊の者が大勢地べたに座り込んで、僅かな休憩だけでまた入れ替わり戦闘を続けていた。

 敵の強力な魔道士が戦闘に加わり始めてからは劣勢に立たされ、味方の魔道士部隊も懸命に戦っているが威力や質に差がありすぎた。

 その原因は敵陣にマルティアーゼが捕らえられ、彼女の魔力を使って行われている魔法戦なのである、絶大な力は一国の魔道士達相手でも引けを取らず、バルグの使う闇の力に拍車をかける事となった。

 その戦闘の中で起こった奇怪な出来事をトレント候が目の当たりにしたのだ。

 敵の真っ只中で青や白の光が点滅し、敵の動きが緩慢になったのを騎士団は見逃さず前線を上げてゾンビを斬り倒していく。

「敵の動きに変化がでたみたいです前線を押し上げておりますね、このまま一気に距離を詰めましょうか?」

 シェルスが指示を仰いだ。

「ふむ、あの光が気になるが此処は正念場かもしれんな、このまま城まで押されるわけには行かぬ……よし伝令!」

 この場所はアルデード城に渡る橋が見える位置で、此処まで押されて天幕も兵士達で埋もれてしまっている。

 まさかアルステルが奇襲されたとはいえ、たった半日も掛からずに城の前まで押されるなんて思いもしない事だった。

 世界有数の強国であるアルステルがゾンビ如きに遅れを取るなんて事はあってはならぬ、しかも籠城する羽目になる事は何としても阻止せねばと、伝令に各部隊へ総攻撃の合図を送った。

「何があったかは知らぬがこの好機、活かせてもらおう……」

 トレント候の耳に、遠くで誰かの雄叫びが微かに聞こえてように思えた。




 マルティアーゼは夢を見ていた。

 遠い昔の記憶……断片的で定かではない記憶から、はっきりとした自分の生い立ちを……。

 名前も知らない男の人の顔、その後ろで両親の笑う顔が見える。

 マルティアーゼが何かをすると皆笑顔に変わる、その変化が楽しくてはしゃぐ自分がいた。

 知らない男の人、女の人が幾人も入れ替わり、私に何かを覚えさせようと何度も玩具を渡してくる……。

 出来た事を両親に見せると二人は喜んで私を抱き上げて褒めてくれた。

 次第に親と会える時間が減ってきて、毎日、朝から晩までお勉強の時間、食事も給仕が部屋に運んできて一人で食べていた記憶が多い、たまに両親との食事をしても勉強の事ばかりで私の事については聞いて来なくなった。

(姉とは……殆ど遊んだ記憶がない、というより会ってもいつも何か怒っていた、両親も姉を私から遠ざけて侍女に任せっきりにしていて、姉の話題など口にもしない、子供ながらにそれを聞く事はなんだか悪い事のように感じて、私も口にするのが憚られて聞こうとせず静かに暮らしていた)

 自分の居場所がないような閉塞感の中で……。

(ああ……何時からだろう、勉強をする事が苦痛に感じ始めたのは……何故だろうか……家族との間に隔たりを感じ始めたのは、どうしてだろう……遠くの世界に自由を求め始めたのは……)

 年頃の友達もおらず会話は専らお勉強やお稽古の年配の先生ばかり、それも勉強の内容しか話さず、楽しい会話など殆どなかった。

 此処にいて私に何があるのだろう、そう思いながら過ごしていた時、たまたま寝られず露台に出て景色を眺めていた時だった。

 視界には地平線すら隠すほど見渡す限り広がる緑の森と山々があり、左の眼下には城下町が明々と生活の光を灯している。

(そうだった、あのいつも見慣れた景色を見ていてふと頭を過ぎったんだわ、あの山の向こうには何があるのだろう、あの空に浮かぶ月の下でも誰かが上を見上げているのだろうかと……)

 その日から時間があれば露台に出ては想いに耽っていた。

 十歳の時、初めて城から抜け出し城下町を歩き回った。

 何とも言えぬ興奮を感じて、見る物全てが新鮮で手に触れる物に感動を覚えていた。

 町の人の表情は明るく、一生懸命仕事に精を出している姿。

(皆こんな風に毎日暮らしていたわ、楽しそうに……そう、私の知らない世界、何も……知ろうと思わなければ一生知る事が出来なかったであろう世界……)

 それから何度も城を抜け出しては城下町を歩き回り、町の人々の暮らしや町並みを見て回った。

(抜け出したのが見つかって叱られた時、両親があんな顔をするなんて初めて知ったわ、でも一度覚えた感動は私に何か大きな物を与えてくれた気がした、城から見た小さな町がこんなにも広く、人々の顔が一人一人あんなに色んな表情をしているなんて、遠くからでは分からない事に沢山気付けた)

 それから何度も抜けだし、僅かな時間の散策を堪能した。

 勿論楽しい事ばかりでもなく暴漢に襲われる怖い思いもしたが、その全てがマルティアーゼにとっては経験に繋がり、想いを広げる結果となった。

(そう、あの時もトムと出会い助けて貰ったお陰で、今此処にこうしていられるんだわ……暴漢から逃げていた時に、警備兵だったトムに救い出して貰ってからの付き合い、あれからもう随分と経ったわ、国を出て長い長い時間一緒に旅をしたわ、沢山の国を巡り多くの困難と経験を経てアルステルにやって来た、此処で住む内にこの町の人達と気が合って長い間留まっていたわ、ギルドを作ったのも他のギルドからの勧誘を逃れるためだったわね、でもその縁でお魚さん達のギルドとも知り合えたし、デビットが加わり毎日がとても充実した楽しい日々を過ごせた)

 あの夜まで自分の生き方についてだけ考え、公女としての自覚すら薄らいでいたのに、出自に関しての疑問や自分の親が本当の親ではないかも知れないなんて微塵も浮かんでこなかった。

 バルグの一言はマルティアーゼ人生を全否定されたようだった。

 王家の血脈、それが私の中に流れているなんて勿論自覚はなかったし、王家の事も勉強で教わった一般的な知識しか知らない。

 もし本当に私が王家の血筋なら、今まで育ったあの城で過ごしていた間、周りの人達は私をどのような目で眺め、私とどんな関係があるのだろう、それを聞くには既に長い時間が経ってしまっている。

(私の力、人よりはあるとは思ってはいたけど、ただの個人差だとばかり思っていた、肩のアザも普段は消えていて魔法を使った時だけに浮かび上がってくる事には気付いていたけど、それが王家の紋章だとは思いもしなかった)

 ひたひたと自分に伸し掛かる運命の重圧を感じて不安になってくる。

 この先の人生なんて分からない、後悔しないように自分で考え行動してきたつもりだった、それは今でもそれは間違っていないと思っている、けどもしかすると私の人生とは生まれた時から違う道を歩んでいたというのであれば、本来の道が私の道と交わったのかも知れない。

 今、私は人生で最大の転機を迎えてるのだと身近に感じていた。

(もし、もし私が公女だと皆に知られた時、私はどうすればいいの……また長い放浪の旅に出る事を選ぶか、それとも何があろうと今の生き方が自分にとって最良の生活だと考え続けていけば良いのか、私が王家だと知れ渡れば、それによって重大な事件が起きて沢山の人達が傷付くかもしれないのに、それでも良いと)

 考えれば考えるほど悪い方に思いを寄せてしまう。

(王家……一子だけしか引き継がれないとバルグは云っていた、なら今のエスタル王国には誰もこの紋章を持つ者がいないのかしら、私だけが持つ紋章……これが世界に対してどのような意味があるのか重要性について何も分からず実感がなかったが、魔道士にしてみれば喉から手が出るほど欲しい力らしい、そんな私が皆と同じように生活をしていればどんな災難に巻き込んでしまうか分からない、やはり私は皆と別れた方が良いのかも……)

 頭の中を揺さぶられる感覚が襲う、目の前の映像がゆらゆらと揺らぎ、暗い世界が広がっていく。

 遠くから呼ぶ声が聞こえてくる、聞き慣れた声に導かれるように意識が引き寄せられた。

「…………ちゃ……、マ…………ちゃ……ん」

 懐かしい優しい声、少しくぐもった震える声が聞こえてくる。

「マル……ちゃ……」

 段々と自分の名がはっきりと聞き取れた。

(マル、ああっ……私の事ね、呼ばれてる起きないと……)

 薄っすらと開けた目にぼんやりとミエールの顔が浮かび上がってくる、マルティアーゼの頭を膝に乗せ、涙を浮かべながら見下ろしている彼女がいた。

「あっああ……よかった、気が付いたのね」

 なぜミエールの膝の上で横たわっているのか状況が掴めない。

(たしかバルグと戦っていて……いきなり腹部に衝撃が走り、息が出来なくて苦しくて……)

 記憶が朧気に少しずつ蘇ってくる、しかし断片的な記憶は辻褄が合わず、どうして私が此処で倒れてミエールに介抱されているのかはどうしても思い出せない。

 何か悪い夢を見ていた、懐かしくもあり苦い記憶だった。

 自分でも忘れていた遠い昔の出来事に知らずの内に頬に涙が伝ってきた、それを見たミエールが驚いたように聞いてくる。

「マルちゃん、どこか痛いの?」

 ミエールの言う事が一瞬分からなかった、そっと顔を触ってみると手に濡れる感触があった。

「こ、こ……は……」

 声を出そうとしたが、喉が渇いてうまく出せない。

「ここはアルデード城内の救護所よ、オトさんが連れて来てくれたのよ、皆が魔導師からマルちゃんを助けてきてくれたのよ」

 マルティアーゼは上体を起こそうとしたが、体が鉛のように重く力が入らないのでまた横になった。

「まだ少し休んでた方が良いわよ」

「水を……」

「水ね、持ってくるわ」

 マルティアーゼは言われた通り横になったまま静かにしていた。

 目を閉じて耳を澄ましていると、周りで慌ただしく治療をしている魔道士の声や傷付いた兵士の呻き声が聞こえてくる。

 マルティアーゼに怪我はない、上半身の革鎧は外され布の服に革のスカートだけの軽装になっていた。

 手でゆっくりと体を擦ってみたが、殴られたお腹の痛みもなくただ異様に体がだるかった。

「マルちゃん持ってきたわよ、はい」

 ミエールがマルティアーゼを起こして水をゆっくりと飲ませてやる、さあっと砂に染み込むように全身に力が行き渡る感覚と同時に意識もはっきりとしてくる。

 一息つくとミエールに状況を聞いてみた。

「西大城門でマルちゃんが掠われたのよ、私達も巨石兵を倒してからマルちゃんの所に行ったんだけど遅かったわ、何処にも居なくて焦ったけどトムさんがマルちゃんを追いかけていたのを見つけたけど……」

 ミエールはその後の言葉を濁した。

「マルちゃんの姿がなくてどうしようも出来なかったから、取り敢えず三人でフィッシュさんの所に行こうと向かってたら、その途中でフィッシュさん達が来てくれたのよ、そしたら今からマルちゃんを助けに行くって……フィッシュさん達だけで向かっていって私は此処で待ってたら、オトさんに抱えられたマルちゃんが運ばれてきたのよ」

「そうなの……それで皆は今どこに?」

「えっ、ええっと……皆ね、前線に行ってるはずよ、今はもうこのタロス通りが最前線になってるの、西も南もゾンビに占領されてて、此処まで押されたら後がない状態なのよ、それだけあの魔導師が引き連れてきたゾンビの数が多いの」

「……バルグ」

 闇を使いし魔導師、強い力を持ったこの襲撃の張本人。

(彼を倒さない限りこの戦いが終わる事はない、けどあの力に対抗するには私が持てる全てを……私が本当に王家の力があるのなら、皆も戦ってる……)

「行きましょう、こんな所で休んでられないわ」

「あっ……ああっマルちゃん、体は大丈夫なの?」

「心配ないわよ、でももう一杯水をもらうわね」

 喉に流し込むと立ち上がって体を動かしてみた、寝違えたような怠さ以外、特に体に問題はなかった。

「大丈夫よ、行けるわ」

 斧は無くしてしまったが、腰に付けたワンドが幸い残っていたので手に取った、じんわりと流れ込む魔力を感じながら前線に向かい歩き出す。

 途中救護所に運ばれてきている人達を横目に、早くこの戦いを終わらせようと思いながら歩いていると見知った顔を見つけた。

「スグリ!」

 駆け寄るとスーグリの目の前では横になっているトムを見つけた。

「えっ……トム、どうして……」

 目を閉じ上半身を包帯で包まれたトムは目を閉じ眠っていた。

「あのぅ……マルちゃん御免なさい、言いにくかったんだけど……」

 後ろから手を揉みながらミエールが申し訳無さそうに声をかけ、マルティアーゼを見たスーグリは涙を零しながら胸に飛び込んでくる。

「マルさぁん、トムさんが……」

 マルティアーゼの胸で泣きじゃくるスーグリの頭を撫でながら、トムを見下ろしていた。

「マルちゃんが掠われた時、バルグとの戦闘で怪我をしてたのよ、デビさんと此処まで連れてきたんだけど……」

「…………そう、ありがとうミエール」

 またトムを傷つけてしまった、その思いが胸一杯に広がる。

 痛々しい姿をしたトムにマルティアーゼは自責の念を感じ、只々自分の不甲斐なさでトムをこんな風にしてしまったのだと責任を感じていた。

 スーグリを放すとトムに近寄ってそっと手を握り静かに話しかけた。

「ごめんねトム、もうすぐ終わらせるから」

 それ以上何も言わず立ち上がると、スーグリの頭に手を乗せて、

「トムの事お願いね」

 優しい笑顔もなく真剣な眼差しで言葉をかけられたスーグリは、いつしか泣いてる事を忘れるほどマルティアーゼと目を合わせていた。 

 戦闘の時の険しく厳しい言葉より、穏やかで静かな言葉はスーグリに深く胸に響くと共に、不安が押し寄せてきた。

「マルさん、何だか……」

 この場で出しては良くないと言葉を飲み込むと、マルティアーゼはニコリと笑った。

「死にに行くように聞こえる? 大丈夫よ、こんな所で皆とお別れするつもりはないわよ」

 さらりとスーグリが思ってた言葉を言った。

「ただもう、これ以上傷付く人や町を壊されるのを見たくないの、私が終わらせて来るわ」

 そっとスーグリの頭を撫でると笑顔を見せた。

「ミエール行きましょう、手伝って欲しいの」

「……ええ勿論良いわよ、スグリちゃん心配ないわ……私達が付いてるから此処で待っててね」

 そういうと、先に歩き出してたマルティアーゼの後をミエールが追って行った。

 二人の後ろ姿を見送ったスーグリはトムの傍らに寄り添い、

「マルさんなら大丈夫ですよね」

 と、そっと呟いた、すると静かに眠っていたトムの頬に涙が流れ落ちる。

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