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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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 世界では魔法文化が築かれ、知られるようになっていた。

 三日月形の大陸の北部には大森林が広がっており、その森林地帯の中にある中央国から伸びる古い街道が森を南北に分断するように東西に伸びている。

 人通りの少ない西の街道で、変わらぬ風景と時折動物の声を聞きながら馬で闊歩する三人がいた。

 カポッ、カポッと細い街道の石畳を西に向かいながら馬上で揺られている旅人達は、マントを羽織った三人はそれぞれの武器を背中に背負っていた。

 腰から長剣を飛び出している剣士や身長よりも長い槍、見た目は重厚そうな両刃の斧とそれぞれ得意としている武器のようだった。

 両脇に深い森で挟まれた街道以外で見渡すものはなく、頭上の傾き始めた太陽が森を赤く染めて三人の影を街道に長く伸ばしていた。

 街道はずっと先まで続いていて、すれ違う人影も追い抜く者もおらず、ゆっくりとした時間が流れていく。

 季節は中秋、夏の暑さが和らいで夜は幾分寒く感じられる時期だった。

 三人が今夜泊まる村に着いた時には辺りはすっかり夜の帳が降りていたが、村には明かりが一つも点いていなかった。

 その村はすでにリザードマンに侵略されていたのだが、三人は気付かずに村に足を踏み込んだ。

 暗闇と静けさが辺りを覆い、物音一つ聞こえてない。

 事情を知らない三人はその異様な雰囲気に村の入り口で馬を止めて、ゆっくりと村の中央まで歩いていく。

 すこし広まった場所に噴水があり、そこに来た時、周囲の空気が変わった。

 家の窓や路地からポツポツと赤い光が浮かび上がり、三人の旅人は各々の武器を抜いて身構える。

 赤い光は次第に三人を取り囲むように敵意を向けて視線を飛ばしてくる。

「……何かいるわね」

 いよいよ緊張が限界に達しようかと思われた時、三人の中の女リーダーが口を開いた。

「二人とも気をつけて、多いわよ」

「はい」

「はい」

 と、後ろから男女の声が返ってくる。

 すると、武器を握り直したと同時に、背後の路地から二つの影が飛び出てきた。

 後ろの男女は振り向きざまに武器を振うと、ガキッ、ガシャンとそれぞれの武器の打ち鳴らす音が響き渡った。

 長剣を持つ男性は敵の顎から水平に振り抜き、敵の頭部を胴体から切り離していた。

「リザードマン……どうしてこんな所に、もしかしてこれ全部なのか……」

 男は屠った相手を見て驚いた様子で言い放つ、しかし動揺は一瞬だった、体はすかさず次の相手に構え直していた。

 隣の女性もまた、持っていた長槍を突き立てた相手のリザードマンは、口の奥まで矛先を咥えたまま絶命していた。

 二匹のリザードマンを倒した時には、ぞろぞろと隠れていた他のリザードマン達が広場に姿を現し始めていた。

「スグリ、トム、後ろは任せるわよ」

 二人の返事を待たず女リーダーが詠唱を唱えた、短い詠唱の後、掌から浮き出た光の球を頭上に放り投げた。

「目を閉じて!」

 と、中空にまばゆい光が弾けて広がった。

 光は一瞬で太陽のように白く輝き、目を閉じていても眩しいくらいの光量だったが、投げられた物に視線がいったリザードマン達は一斉に空を見上げていて悲鳴を上げた。

 急に昼間になったかのような光がリザードマンの網膜に入り込み、視界を奪っていった。

 ギャーとリザードマン達が顔を覆い、地面にのたうち回る。

 この戦術にもう慣れているのか、合図をするまでもなく三人は身近なリザードマンに向かって突進していった。

 目の見えないリザードマンは訳が分からないまま切り倒されていく、仲間の悲鳴で更なる恐怖と混乱が起きてなりふり構わず腕を振り回すと、仲間を傷つけながら暴れ回った。

 トムとスグリの周りには数匹の死体が転がってたが、女リーダーの周りはもっと酷かった。

 両刃の斧を両手で振り回す度に、一度に二匹、運がよければ三匹のリザードマンを真っ二つに倒していく。

 周囲に敵がいなくなり空間が空いても、路地からぞろぞろと新たなリザードマンが湧いて出てきて三人を取り囲もうとしてくる。

「ふん、うりゃあ」

 飛び散る血飛沫を気にせず女リーダーは一心不乱に斧を振り続ける、その目はこの窮地を少し楽しんでるかのように笑っていた。

「マルさん、このままじゃ埒があかないよ、どんどん出てくるよ」

 そういったのはスグリだった。

 マルと呼ばれた女リーダーはフードを下ろし二人を睨みつけた、別に怒ってるわけではなく興奮と緊張がそのように見せていただけであった。

 頭上にあった光が消えてリザードマン達の視力が戻り始めたのか、動きに統一性が出始めてくると、喉から低い音を吐きながら三人の包囲を狭め始めた。

 辺りはまたもや暗闇に包まれてくると、青白い空に見え隠れする月が唯一の光源となり、

「ふん、えいっ、こっちこないでよっと」

 スグリの長槍が左右に振り回されると、ズバッと顔を斬られたリザードマンが後ずさりをして無傷の者が入れ替わり前に出てきて、三人はこれ以上詰め寄られまいと無我夢中で武器を振るった。

 何時間も戦ったかのような疲労感が握る武器の握力を弱めていく。

 しかし、村に来てからまだ一刻も経っていないのに疲労の影が見え始めてきていた。

 時間を気にする余裕もなく、視界に入る敵に瞬時に対応する事だけで精一杯だった三人に、

「ぐあぁ、くぅ……」

 トムの叫びが二人の意識を集めた。

「ああっ、トムさん」

 直ぐさまスグリがトムの肩に噛み付いているリザードマンの横っ腹に槍を突き刺すと、咆哮とともに噛み付いていた肩から口を放した。

 それを見て刺した槍に力を込めて思い切り空に向けて放り投げる。

「大丈夫ですか?」

 スグリが声を掛けると、トムは苦痛に顔を歪めながら近くの家の扉を蹴破り中に体を滑り込ませた。

「あんたも中に!」

 マルが叫ぶとスグリはトムの後に続いて家の中に入っていく。

 壊された入り口を挟んでマルが入ってこようとするリザードマンと対峙する。

 トムは二階に続く階段に横たわりスグリの魔法で傷の手当てをして貰うが、顔色から察して傷は酷そうだった。

「傷が深いです、それに毒が入ってるみたい……でも止血が先ですね、我慢して下さい」

 そう言い、スグリは深く食い込んだ幾つもの牙跡から流れ出る血を止める事に専念した。

 その間、家へ入って来ようとするリザードマンをマルが押し留めていた、それを見てトムがこの状況で何か出来る事はないかと考える。

「このままだと危ないな……誰に届くか分からんが俺が遠話を飛ばしてみるよ、近くに誰かいれば良いが盗賊だったら覚悟してくれ」

 そうスグリに言うとトムは目を瞑り周辺に遠話を飛ばし始めた。

 何度も何度も返答が来るかどうかも分からなかったが根気強く飛ばし続けた。

 家の外ではリザードマンが家の中に我先に入ろうと仲間を押しのけ、いがみ合ってる所へマルの斧が振り下ろされる。

 マ彼女の体力も限界に近付いてきて振り下ろす斧に勢いがなくなってきていた。

「はぁはぁ……こんのぉ」

 合間に火球の魔法も織り交ぜ敵に投げ飛ばしていく、顔面を火に包まれたリザードマンは転がり回ってもがき苦しむ。

「マルさん代わります」

 止血を終えたスグリがマルの前に出て敵に斬りかかる。

 それを確認してから疲れたようにトムの側に下がっていくと、

「ふう、秘薬ももうなくなったとこだったわ」

 そういうと横目でトムを見つめたが、トムはまだ目を瞑り唇を動かしている。

 元が剣士のトムは、マルと行動を共にするようになってから魔法を身に付けたので、慣れない魔法に苦戦しているようだった。

「トム、私が飛ばそうか」

 マルがトムを覗きこむように声をかけると、トムは静かに目を開けて笑った。

「フィッシュさんに届きましたよ、今こっちに向かってるそうです、偶然で本当よかったですね」

 丁寧にゆっくりと答えた。

 額には玉の汗が浮き出ていて出血か毒によるものかは不明だったが、早く町に戻らないといけない状況だという事は見て取れた。

「そう、お魚さんがいただなんて幸運だわ、ならもう少し頑張らないといけないわね、あなたはそこで休んでなさい」

 上品な言い回しでトムにそう云った。

 トントンと軽くステップを踏むと、壁に立てかけておいた斧を持ち上げスグリの隣に並んだ。

「さて、踏ん張るわよ、スグリ」

 スグリがこくりと頷くと、二人はいまだ減る気配のない敵に向かいあった。




 マル達のいる村に向かって馬を飛ばすフィッシュが、仲間二人と走っていた。

 遠話を拾う事が出来たのは偶然で、この辺りには小さな宿場が点在するだけで、それ以外は広大な森が広がっているだけだ。

 この中央国から西の地方都市につながる街道は、途中の丁字路が一つだけあり、そこを北に行けばベル山がそびえており、その先には廃墟となった国が打ち捨てられていて亡者の住まう場所となっている土地があるだけだった。

 今では中央国から直接東や南に抜ける事の出来る新街道がある為、この旧街道から一度西へ出てぐるりと大回りをする必要がなく、この街道を使うのは本当に西の地方都市に行く者ぐらいしかいなくなって年々廃れてきている。

 寂れ始めた街道には各国から逃げてきた犯罪者が徒党を組み、この森の何処かに隠れ住んでいるという噂もあるぐらいだ。

 それほどこの森は広く怪しい場所であり、より一層加速的にこの街道を使う者が減っていた。

 点在する宿場がしばしば盗賊に襲撃され、国境警備隊が到着した頃には森に逃げられてしまい森の中までは探そうとしない。

 それだけこの森は盗賊には広く安全で、そして此処に住む者にとっては脅威である為、宿屋をたたんで都市に移り住む者が多く、旅人には貴重な宿場。

 中央国から西に抜けるには馬で十日はかかるぐらいの距離で、マル達が立ち寄った宿場は、中央国から丁度一日行った丁字路を北へ少し行った小さな宿場町だ。

 マル達は今日この宿場町で一泊してから明日ベル山に向かう予定であったが、疲れを癒やすどころか疲労困憊の状態であった。

 フィッシュ達も西に向かい旅をしていた所に、トムからの遠話を受け取り急いで駆けつけている最中だった。

 トムからの弱々しい遠話が村に近付くにつれ明瞭に聞こえてくると、状況が把握出来るようになった。

 マル達が宿場町でリザードマンに襲われて戦闘を繰り広げている事、トムも負傷している事、村人達はすでに全滅させられている事もだ。

 状況は連れの二人にも聞こえていた。

「ミサ、ミエール、二人は援護を頼むぞ、マル達を救い出すのが先決だ」

 馬を走らせながらフィッシュはフードを下ろし後ろの二人に叫ぶ。

「ああ」

「分かったわ」

 短い返事が聞こえる。

 目の前に小高い丘が見えてきた、その坂を降りた所にマル達がいる村がある。

 三人はそれぞれ戦闘体制に入る、フィッシュは剣をミサとミエールも懐からそれぞれの武器を取り出した。

 丘を駆け上がると立ち止まって村を見下ろす。

「どこだマル達は……」

 フィッシュが云うと同時に、遠話でトムに問いかけた。

「村の中央の噴水近くだな、いくぞ」

 そう叫ぶと丘を滑るように駆け下りていく。

 下りながら後ろのミサとミエールはそれぞれ詠唱を唱え、ミサの頭上に青い火球が五つ湧き出て、ミエールの上には赤い火球が三つ生まれ出ていた。

 その状態で三人が村の噴水前まで来た時、近くの家に群がるリザードマンが目に入る。

 家の前には二十や三十ではきかないくらいの大群が群がっていて、直ぐさまミサとミエールが火球を投げつけた。

 青い火球は一直線にリザードマンマン達に飛んでいき、その内の三つが直撃すると青白い閃光が周囲に飛び散った。

 直撃したリザードマン達と周囲にいる者達に電撃が走り動きが止まる。

 ミエールの火球は弧を描きリザードマンの頭上から落ちていくと、大群の中で火柱を起こした。

 リザードマン達の阿鼻叫喚が町に響き渡り、火達磨になる者や雷撃により感電死する者で辺りは混乱した。

 一瞬で十匹以上の仲間をなくしたリザードマン達はギャーギャーと喚き、その様子はマル達の目の前で起こった。

 いきなり家の前で光と火柱が立ち昇り、入り口にいたリザードマンが吹っ飛ばされていったからだ。

「お魚さんたちね、来てくれたんだわ」

 マルが云うとスグリに笑みが零れる。

「たぁ、とぉ」

 残ったリザードマンの群れにフィッシュが飛び込んで来て、剣で次々と屠っていく。

「お魚さん、こっちよ」

 燃え盛る炎の明かりの中で戦うフィッシュの姿を見つけて声をかけると、続いてやって来たミサとミエールが急いで馬から降りると家の中に入ってきた。

「マル大丈夫か」

「マルちゃん、よかった」

 二人が同時に云った。

「ミサ、ミエール、あなた達もきてくれたのね助かったわ、でもトムが危ないの、スグリが傷を塞いでくれはしたけれど毒が回ってるみたいなの」

 マルが不安そうに二人に言う。

「私が見るわ、ミサはフィッシュの加勢をしてあげて」

 と、ミエールが云う。

「わかった」

 そう言ってミサが表に出て行くと、

「私も行きます」

 スグリも槍を握り直し後を追って出て行った。

 ミエールとマルがトムにかけ寄ると、階段の手すりに寄りかかり目を閉じて玉の汗を滴らせていた。

「トムさん大丈夫? 酷いわね体力がかなり落ちてるわ、一刻も早く町に連れて行かないといけないわ」

 ミエールがトムに声を掛けながら容態を見て、隣でマルが不安そうに見つめていた。

「マルちゃん二階で導路どうろを開くわ、トムを運ぶの手伝って頂戴」

「ええ」

 ミエールがそう言うと、二人でトムを両脇から抱えて二階に連れていき、窓際にトムを座らせるとミエールが詠唱を唱え始める。

「十数秒しかだせないからね、みんなを呼んで来て頂戴」

 ミエールはそういうと詠唱に集中した。

 外では三人が懸命に戦っていた。

 馬上でのフィッシュの剣技は見事なまでの美しさで、流れるような動きに無駄がなく、ミサは短剣と魔法の合わせ技で剣に雷を纏わせ殺傷力を上げて戦っていた。

 スグリはミサと背中あわせて長槍で応戦しており、三人の周りにはリザードマンの死体が死屍累々と折り重なっている。

 敵の数もかなり減ってきていてもう数えられる程だが、全滅させるだけの時間はないようだ。

 そこにマルが家から出てくると、

「皆、ミエールが導路を開けてくれてるわ、トムの容態が悪いから町に帰るのよ、時間がないから早く来て」

「わかった」

 フィッシュは返事をするとミサとスグリを家に入らせ、自分も家の前で馬上から降りて馬の尻を引っぱたいて馬を逃がすと、家の中に駆け込んできた。

 二階にかけ上がると、マルとミサがトムを抱えながら導路に入っていく所であった。

 すでにスグリは入ってしまったのかそこにはおらず、

「フィッシュさん早く、時間がないわよ」

 ミエールがフィッシュに言うと、自分も導路に消えていく。

 青い光が徐々に小さく消えそうになる導路にフィッシュが飛び込んだ。

 導路が消えて何もなくなった部屋に上がってきたリザードマン達は、獲物の居なくなって悔しいのか咆哮だけが虚しく響かせていた。

 そして生きる人のいなくなった宿場の中空にこの一幕を眺めていた者がいた。

 月の光を背に受けて、黒いシルエットとなりながらこの一部始終をじっと見ていた者は、すっかり数の減ったリザードマンの元に舞い降りてきた。

「……許さぬ」

 一言、そう言って片手を上げると、集まって来たリザードマンに振りかざした。

 すると、たちまち黒い瘴気がリザードマン達にまとわりつき、リザードマンの体がじわじわと腐り始めると、腐臭をまき散らしてどろどろと溶けていく。

 全てのリザードマンが地面に吸い込まれるように消えていくのを見届ける間もなく、黒い人影は霧のように消えていった。

 動く者がいなくなった宿場には静けさが訪れ、木々の擦れるざわめきだけが残った。

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