傷の癒えない国
この世界には多くの国々が隣接し時には和平を結び、時には刃を交えそれぞれが独自の文化と信仰を持って暮らしている。
そんな世界の中、唯一そのしがらみから逃れ音楽で人を癒す者たちがいる。その者たちは、全世界より認められた治外法権のような組織である。
その者たちのことを人々は敬意を持ってこう呼んでいる。「|奏でる人≪ハーモニア≫」と
癒えない国
「せんせーーー!!まってくださーーーーーい!!」
赤毛の少女が遥か前方にいる師のことを呼ぶ。
「頑張れーーーアンヌーーもう少しだよーー」
木陰の下で少女に激励を送る。
「先生、酷いじゃないですか!!」
頬を膨らませながら師に訴える。
「でも、今日中にこの国に着きたっかたんだよー。」
眉をひそめながら弁解をする。
「今この辺りは戦争続きで何かと物騒だしね。」
「だからって私はまだ旅慣れしてないんですよ!」
「一か月もしてるじゃないか。」
「たったの一か月です!!」
その国は大きな壁で囲まれていた。
「うわー。大きいですねー」
「そうだね。僕が前に来た時こんなのなかったんだけどね。」
「そうなんですかー」
少女はなるほどといった目つきで大きな壁を見つめている。
壁の門に近づくと鎧を纏った兵士が門の両脇にったているのが分かった。
「先生、なんか怖そうなカンジですけど・・・」
「うーん、どうしよっかー」
「本当に入れるんですか?」
「ここは先生に任せなさい!」
えっへんといった口調で門番のほうへ歩み寄る。
「先生!殺されても知りませんからねー」
そう言われてもへらへらとしている師にアンヌは、若干イラつきをおぼえていた。
数分後門番たちが畏まって師を通していた時アンヌはさっきの苛立ちを後悔していた。
「先生やっぱり何者なんですか?」
「えー、旅人だよ。人探しもしてるけど・・・」
「あやしー」
何度聞いてもこうなのだからやはり本心は分からないなと思うアンヌだった。
町は閑散としていた。人は少なく木はすべて切られていた。二人はその国で最も良いと言われている、らしい宿に案内された。
「何年ぶりのふかふかベット♪」
ベットに身を投げたアンヌが言う。
「あはは、僕は一か月ぶりくらいかなー」
師は部屋に荷物を置くとまた出かける準備をした。
「?先生もうどこか行くんですか?」
「ああ、僕を待ってる人が居るからね。」
「?」
「せっかくだからアンヌも来なさい。」
「えー」と言いながらも出かける準備を始めるアンヌだった。
「先生、」
「?なんだいアンヌ?」
「先生を待っているっていう人は本当にこんな所に居るんですか?」
「居るさ、と言うか僕は本当はもっと早く此処に居なきゃいけなかったんだ。」
「どういう意味ですか?」
「きっとわかる」
そこは戦場だった。多くの死体が転がっていた。今は寝静まったように静かだった。
師は一つのテントにつかつかと歩いて行った。アンヌは、小走りにその背中を追いかける。
「これはこれは|奏でる人≪ハーモニア≫様伝令より聞いております。さあどうぞこちらへ。」
将軍と思しい人物が恭しく椅子をすすめる。
「結構だ、」
冷たい声で師が答える。
「そ、そうですか」
「それよりも、この戦争はどうやって始まったんだ?」
「それは!!われらの隣国がわが国王に刺客を向けたからにございます!!許しがたい行為だ!!我々民は怒り狂いました!!これは我々の象徴である王を手に掛けようとした隣国の間で起きた戦争で御座います!!!」
将軍は熱く語っていた。
「で、兵の数は?戦線は?」
師は冷たく聞いた。
「ッは!兵士の数はほぼ互角です。戦線もあまり・・・」
「戦争が始まったのは?」
「一月ほど前です。」
「そうか・・・」
師は顔をゆがめた。そんなやり取りをアンヌは茫然と見ていた。
「わかった。早速始めよう。」
「あ、ありがとうございます!!!」
天に祈るように膝をつき手を組んだ。
「アンヌおいで、僕が何者か知りたいのならしっかりと見ていなさい。」
「・・・・っは、はい!!」
師は戦場の真ん中に立っていた。
バイオリンを片手に、少女を傍らに。
「先生何するんですか?」
泣きだしそうな声でアンヌか問う。
「癒すんだよ。」
「癒す?何をですか?」
「ふふ、見ていれば分かります。」
そう言うとバイオリンを構えた。
次の瞬間世界が止まった。正確には止まってない、師のバイオリンの音だけが響いていたのだ。
優しく、美しく、祈りにも似たような音色
傷を負っていた兵士が驚きの顔をしている。傷が癒えていくのだ、まるでそんな傷初めからなかったみたいに。
それはまさに癒しの交響曲。何もかもを癒した。傷も、心も。
長い一瞬が終わった後彼の周りには人の輪ができていた。多くの人は涙を流し敵も味方もなく泣いていた。
アンヌも両目から零れ落ちる雫に気が付いた。
その隣で膝をついた師。
「先生!!どうしたの?」
「大丈夫声位なら問題ないよ。」
まるで自分に言い聞かせるようだった。
その日からその国に戦争はなくなった。隣国は戦いをやめ壁を壊し、王を捨てた。
「先生、結局先生は何をしたの?」
「うーん、一言で言うと王の過剰な信仰心を癒したってことかな。」
「それも癒しなの?」
「そうだよ、」
「よくわかんない」
「いつかは分かるよ」
師はいつものように微笑んだ。
「さあ、また旅だよ。」
「えー、またー?」
「まただよ」
「もう少し居ようよーせっかく平和になったんだから。」
「平和になったから行かなきゃいけないといけないんだよ。」
「意味わかんない」
アンヌはそう言いながらも旅の準備を始めた。
門兵はいなかった。
戦争が終わり活気になった町と人々の声を背中で聞きながら2人は門をくぐった。
「せんせー、次はどこに行くのー?」
「うーん、此れからゆっくり決めればいいさ、時間はたっぷりあるからね。」
壁が遠ざかっていく。
声が遠ざかっていく。
この世界はまた一つ平和になってゆく。