8.評価・扉・正体
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模擬戦終了直後、雷堂は第一訓練場フィールド脇の教官室に移動していた。
そこにはソフィアと晶の姿も共にあり、三人で折り畳みのパイプ椅子に腰を落ち着ける。
「で、どうだった? うちの学生は」
「ん? んー…」
一息ついたタイミングで、ソフィアは率直に感想を求める。
雷同はその言葉を受け、顎に手を添えて暫し黙考、やがて考えがまとまったのか、徐に口を開くと一言。
「悪くない」
「そうか」
雷堂の評価に、安心したかのように小さく息を吐く。
さしていい評価には聞こえないかもしれないが、世界の頂点近くに立つ彼からすれば、殆どの人間は“そこそこ以下”になってしまう。
それを思えばかなりの高評価と言えるだろう。
「年齢を考えれば実力は十分高いし、素質も感じる。 最初に片付けた三人も含めて、感情と戦闘思考の切り替えが、完璧とは言わんがそれなりにできていた。 混乱してもちゃんと立て直したしな」
「ほう、あの三人もちゃんと見てたんだな」
「当たり前だろ」
やや心外そうに返しつつも言葉を続ける。
「まず、ヴォルフだったか。 あいつは一番頭に血を上らせてたから、てっきり真っ直ぐ突っ込んでくるかと思ったが、重心の置き方からして最初に後ろに跳んで距離を取ろうとしてたな」
「後ろに?」
「ああ、狼人族はスピードと機動力に優れた獣人種だが、それを生かすためにはある程度の距離が必要だ。 あの時の俺と連中の距離は約十メートル、狼人族がトップスピードに乗るにはやや短い。 だから後ろに下がる事でその距離を作ろうとしたんだ」
「成程…」
「戦場において、自分の有利な環境を用意するのは当然の事。 あいつはその基本に忠実だった。 おそらくその精神性は、戦士よりむしろ狩人に近い」
「…種族的な特性だろうな。 元々狼人族は山岳と森林を信仰する狩猟民族、その血は今も色濃く残っている」
「次に狙撃手…二コラか。 あいつは俺がヴォルフを片付けた後、俺に銃口を向けたままほかの連中の背後に回ったな」
その言葉にその時の光景を思い出そうとしているのか、視線を宙空に向けるソフィア。
やや間を置いて…。
「…ああ、確かにそうだったな」
「あいつは銃手、後衛だ。 パーティーでの戦闘時、前衛にとって守られ易いように動いてくれる後衛程有り難いものはない。 後ろを気にせず、そっちに攻撃を通さないことだけ考えれば済むんだからな」
「言われてみれば、昔冒険者をやっていた頃は私もそのあたりの事は意識していたな」
「あんたのそれは実戦からなる経験則だろうが、あいつはそこまでの実戦経験は無いだろうから、多分直感だろう」
「直感で最善の動きを、それも咄嗟に導き出すか。 そう言えば二コラは感覚派の人間だと、指導教官の誰かが言っていた」
「そういうやつは偶にいる。 理論や理屈ではなく直感だけで最適解を導き出し、しかも自分でそれを疑わず、躊躇いなく実行に移す」
「そうだな。 得てしてそういう人間の方が戦場では厄介だ。 何しろ理屈じゃないから、行動が読めん」
「しかも今は生まれ持った天性の勘だけだ。 いずれ実戦を積めば、経験則の直感も加わって尚厄介になるぞ」
「それだけの伸びしろがある、か」
未熟さとはそのまま、期待値でもある。
「で、シルフィアーネ、あいつ友好タイプの精霊術師だろ?」
「…よく分かったな」
精霊術師は大きく二通り存在する。
一つは予め精霊と契約を結んでおき、《魔力》などを対価として差し出す代わりに力の行使を依頼する“契約タイプ”。
この場合契約している精霊に限ってではあるが、いつでもその精霊の力を行使でき、安定した戦闘が可能になる。
ただしあくまでも契約に基づく関係であるため、精霊たちが必要以上に力を貸してくれたりすることはないし、そもそも実力がなければ高位精霊とは契約すら出来ない。
ある種の雇用関係と言える。
そしてもう一つが“友好タイプ”。
文字通り精霊たちと友好関係を作り、協力を“お願い”する精霊術師である。
契約による制約が決められている訳では無い為、常に力を貸してくれるとは限らない。
しかももし精霊に嫌われれば離れて行ってしまうリスクもある。
しかし逆に精霊に気に入られれば最大限の力を貸してくれるし、術師の危機には術の行使をしなくても、精霊自身の意思で助けてくれたりする。
何よりも気に入られるか認められさえすれば、本来その人間の実力とは到底見合わないような、最高位の精霊が力を貸してくれることもある。
だがこの“友好タイプ”の精霊術師は非常に数が少ない。
まず前提として、精霊の姿を視認出来る“眼”と、声を聴くことの出来る“耳”、両方が必要となる。
これらは生まれついての資質であり、後天的に得る方法は今の所発見されていない。
精霊術師の多いエルフですら、両方持って生まれてくることは少なく、数千人に一人。
そしてシルフィアーネはその貴重な一人であった。
「まぁ見えたり聞こえたりする訳じゃないが、何となく気配を感じた。 それも、今のシルフィアーネの実力からすると到底釣り合わないような、バカでかい力を」
「…見えも聞こえもしないくせに、感覚だけで精霊の存在に気付くとか、どうなってるんだ全く…」
どこか呆れたような視線を向けて来るソフィアに肩を竦めて返す雷堂。
「あの子に憑いているのは、時空の大精霊“クロノス”。 無数の精霊を束ねそれぞれの属性の根源を司る、世界に僅か十数体しか存在しない大精霊の一角だ」
「…そんなもん憑けてたのか。 大精霊、しかも時空属性って、超が五つはつくレアじゃねーか。 早めに潰して正解だったな」
「お前ならどうにでも出来たんじゃないのか?」
「そりゃ一切手加減無しならそうするけど、あれだけ気力を抑えた状態じゃーな。 あの状態で時空属性の攻撃なんか受けたら、流石にやばい」
時空属性は“時間”と“空間”を操る属性で、もっとも代表的な使い方は“時間操作”と“空間転移”。
高位の使い手ともなれば数千年単位で物体の時間を操作したり、惑星上どころか近くの星にまで転移する事さえ可能だ。
ただしその分行使するための魔力は莫大であり、時空魔術師には通常の魔術師平均の、最低でも十倍は必要だと言われている。
時空属性の精霊術でもそれは同じで、より多くの魔力を精霊に譲渡する必要がある。
その為まださして多くない―それでも平均よりはずっと上だが―シルフィアーネの魔力では、せいぜい数秒時を止めるのが限界である。
だが数秒でも時間を止められ身動きできなくされてしまえば、実戦では致命的であろう。
「本人は偶々気に入られただけで運が良かっただけ、自分の実力ではないと思っているそうだ。 だからあの時も直ぐに使わなかったのだろう」
「ガキだねぇ。 あの《気》を加減した状態で時空精霊術をやられたら、俺だってちょっとやばかったのに。 運だろうが才能だろうが、持ってるんなら使えばいいものを」
言葉は辛辣だが、その言い方にはどこか微笑まし気な空気が込められていた。
「その辺の割り切りが出来るようになれば、一気に伸びるだろ」
「育成に関しては全面的に任せる。 好きにやれ」
「おう、好きにやるさ」
二人が総評を終わらせたタイミングで、ずっと黙っていた晶が口を開いた。
「兄さん」
「ん?」
「彼らは、“扉”を開けると思いますか?」
晶のその質問が意外なものであったのか、片眉を上げ僅かに驚いたような顔を見せる。
「なんで、そう思う?」
「…あの子たちが、見せた顔」
彼女の脳裏に思い浮かぶのは、最初に三人が倒され、残る五人が策をもって雷堂に立ち向かった時の顔。
「兄さんやお父さんたち、“扉”を開いた人間と、よく似ていたから」
「…成程」
質問に答える前に雷堂は視線をソフィアに向けた。
「あんたがあいつらを推薦したのも同じ理由か?」
「ああ」
「やっぱりな」
その理由に、雷堂はニヤリと笑う。
「開ける素養はある。 十分にな」
「そうですか」
「言っとくけどお前だって同じだぞ。 お前も偶にあの顔見せてるからな?」
「そう、でしょうか?」
「そうだよ」
晶に向けられた言葉と表情には、家族としての優しさと、兄弟子としての厳格な愛情が混在していた。
「本当に開けるかどうかはあいつら次第だな。 可能な限り近付けるようには導いてやるつもりだが…」
そう言って思い浮かべるのは、一番最後にリーンベルが見せた表情。
「ま、何とかなるだろ」
そう言う雷堂の顔には、晶が言ったものと同じ表情が浮かんでいた―――
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「う…ん…?」
巨大なカプセルのような装置の中で、一人の少女が目を覚まし、小さく声を上げる。
まだ意識が判然としないのか、横たわったまま、焦点の合わない瞳で天井を見上げていた。
「ここは…? …!!」
ガバッ!
「う…」
直前の出来事を思い出し跳ね起きるも、寝起きから急に上半身を起こした所為か、クラリと視界が揺れる。
再び倒れ込みそうになるが、その背に手が添えられ、ゆっくりと寝かせられた。
「リーン! 大丈夫?」
「朱音…?」
少女…リーンベルの目の前には見慣れた親友の顔。
「急に起きると危ない。 もう少し横になってると良い」
間近から聞こえた声に顔を向けると、そこにいたのはティア・マーティン。
どうやら背中を支えてくれたのは彼女だったらしい。
横になったまま周囲を見回せば、共に模擬戦に参加していた全員が揃っていた。
そこは第一訓練場のフィールド横に併設された部屋、VRFシステムからの転送受信室。
VRFシステムの安全装置によって排出された際、必ずこの受信室の専用カプセルベッドへ転送されるようになっている。
VRFシステムではその機能上、肉体的ダメージを受ける事は無いが、精神的には別だ。
痛みも全てカット出来るとはいえ、自分の肉体が致死ダメージを負うのを実際に見ているのだから、やはり精神的ショックは大きい。
システム開発の黎明期に行われた、死刑囚などを使った実験では精神に障害を残した者もいる。
その為に創られたのがこの専用カプセルベッド。
本来システムから排出されても意識を失うことはないのだが、このカプセルベッドは転送受信・収納と同時に回収した対象を強制的に眠らせる。
その際に、脳科学技術と精神系魔法を併用した特殊な波長を内部に放出、精神的ダメージを緩和し和らげる、という仕組みだ。
これにより転送後数分から、十数分で通常活動が可能になる。
―――尚、VRFシステムの普及が進まない最大の要因は、単機で高額なシステム本体よりも、システム単機に対しカプセルベッドを最低数十機用意しなければならないことにあるのは余談である。
「気付いたか」
「大丈夫? 気分はどう?」
目覚めと同時に近付いてきた柳生宗昭とロドリオ・ラージュが、穏やかに問いかける。
「…少し目が眩みましたが、問題ありませんわ。 それより、あれからどれぐらい経ちましたか?」
「最後にグロスターさんが転送されてから五分ぐらいだよ…」
どこか不機嫌そうな声で答えたのは、プラチナブロンドの髪に、どこか女性的な顔立ちの美少年―ニコラ・スミルノフ。
その様子を怪訝に思うが、よく見れば壁に寄り掛かるヴォルフ・ファングも苛立ち全開といった様子だし、朱音の横に並んで立つシルフィアーネ・オル・エルストラも何やら微妙な表情だ。
「あの、どうかしたんですか?」
「…なんでもねーよ」
「とてもそうは見えませんけど」
「先の模擬戦で一瞬でやられたのが堪えたらしいぞ。 他の二人も同じようなものだ」
「あっさり言ってんじゃねーよ!!」
「デリカシーって知ってる!?」
「知ってはいる。 実践する気はないが」
「「余計腹立つ!!」」
「リーンが目を覚ましたら、三十分ぐらい休憩してからまたフィールドに集合だって。 だからもうちょっと横になってて大丈夫だよ」
「ん、休む」
「お水飲みます~?」
「…ありがとう、頂くわ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人と、それを涼しい顔で受け流す宗昭、ロドリオが宥めようとするも効果はなく、女性陣に至ってはその喧騒を完全スルー。
賑やかな光景を見ているうちに、フッと、身が軽くなるような感覚を覚える。
戦いの余韻をまだ引きずっていたのか、どうやら自分でも気付かずに体に力が入っていたらしい。
無駄な力が抜ければ頭も回るようになり、思い出されるのはさっきまでの模擬戦、もっと言えばその対戦相手であった男の事。
「柳生さん、ティアさん」
「ん?」
「何だ?」
「あの方は、何者ですか?」
多くが省略された、至極簡潔な問い掛け。
けれどそれが誰を指すのか、分からない者などこの場に一人もいない。
それは全員が抱いていた疑問。
自分達が戦った、怪物は一体何なのか―――
六人分の視線が二人に集中し、当の二人は顔を見合わせる。
暫しの黙考の後、徐に口を開いたのは宗昭。
「お前達は間総合警備保障という会社を知っているか?」