4.圧倒・有望・作戦
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———世界級
生物の戦闘能力を十段階でランク付けし、その“強さ”を表わした“戦闘位階”の頂点。
下から順に、
小隊級
中隊級
大隊級
連隊級
旅団級
師団級
軍団級
国家級
大陸級
世界級
位階の認定は“全界連合”が行っている。
両世界各地に十機ずつ設置したVRFシステムを用いた戦闘シミュレーションによって決定されるのだ。
尚あくまでも個人による戦闘能力であり、集団戦闘や指揮能力は一部例外を除き基本的に考慮されない。
特に軍団級より上は“人外の領域”と言われ、事実桁違いの戦闘力を持っている。
その分上の位階に行くほど急速に数は減っていき、二世界の総人口百億人の内軍団級は約五千人、国家級は約二千人、大陸級は約七百人。
そして世界級に至っては三百人ほどとかなり少なく、凡そ三千三百三十三万人に一人。
多少の変動はあれど、この人数は概ね変わらず、それ故に“世界”の軍事バランスは保たれているとまで言われるほど彼らの存在は大きい。
そしてこの中でもは更に別格とされているのが世界級。
その認定条件は・・・
単独で国家を滅ぼす戦闘能力を持つ個人であること。
世界すら揺るがす程の戦闘力を有する彼らだが、実際に会ったことのある者は少なく、本気の戦闘を見た事のある者となると殆どいない。
世界級の全力戦闘とは即ち、国家間の戦争にも匹敵する緊急事態。
それを理解しているために、彼ら自身が自粛しているからだ。
だがそれでも全く無い訳ではない。
彼らの多くは戦闘を生業にしており、その中で世界級同士の戦闘が起こる事もある。
しかしそういった場からは当然一般人は遠ざけられるし、野次馬をしようとしたところで巻き込まれてただでは済まない。
軍事衛星や遠視の魔法等での情報収集は行われるが、それによって得られた情報は軍事機密として秘匿される。
結果実際に彼らの“本気”を見た事のある者は殆どいない、という事態になる。
———そしてそれは世界の最高学府、クロスハート学園といえど変わらない。
世界中のエリートが集まるクロスハート学園だけあって、学園生の中には世界級に会ったことのある者や、ティアのように身内にいるという者も何人かはいる。
だがそれでも“見た事もない”という方が圧倒的に多い。
それほどに世界級の存在は希少であり、そうそう目にかかる機会などあるはずもない。
ましてそんな存在と、模擬戦とはいえ実際に戦う等という事は———
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「世界級…!?」
驚愕、彼らがソフィアの一言に感じたのはまさにそれだった。
何しろ目の前に立っているこの男が、一人で国家すら滅ぼす怪物だというのだから。
「まず一人目、と」
さらに彼らには精神を立て直す暇も与えられない。
「いつの間に…!?」
たった今、すぐ真横でヴォルフを文字通りに叩き伏せていたはずの男の姿が、開始前と同じ位置に戻っていたからだ。
「さて次は…」
そう呟き、視線を巡らせる雷堂。
その視線を受け警戒し身構える学生達。
油断など出来よう筈もないこの状況下、一瞬たりとも雷堂から視線を外さない、外すわけがない。
「っまた!」
「一体、どうなってんのさ!?」
されどそんな警戒を嘲笑うかのように、三度雷堂の姿が掻き消える。
当然攻撃を受けぬよう一層警戒を強めるが…。
ヒュッ!
「…あ?」
違和感を感じ声を上げたのは二コラ。
一瞬喉に感じた違和感の正体はすぐにしれた。
ブシュッ!
フィールドに仮想の血が広がり、地面に吸い込まれると同時に消えていく。
喉の動脈を切り裂かれ、その出血はものの数秒で致死量に達する。
『二コラ・スミルノフノ致死ダメージヲ確認シマシタ。 フィールド外ヘ排出シマス』
「二人目」
「二コラ!」
「ほら、余所見していいのか」
「あっ…!」
コッと、僅かに顎をかすめるだけの一撃は、しかし的確に脳を揺らしシルフィアーネの意識を奪う。
『シルフィアーネ・オル・エルストラノ戦闘不能ヲ確認シマシタ。 フィールド外ヘ排出シマス』
「はい、三人目」
再び開始位置に戻ってのその言葉に、学生達は最早反応を返すことすら出来ない。
開始から二分と経たず、既に三人がやられた。
クロスハート学園現二年生のトップ八人の内の三人がである。
世界級の力を話に聞いてはいても、やはりどこか信じてはいなかった。
いくらなんでも大袈裟に誇張されているのではないか、と。
自分達が全力で戦えば手の届く高さだろうと。
しかしそれは完全な思い違いであり、思い上がりだった。。
この男は紛れもなく…“怪物”だ。
「…なんだよ、動かないのか?」
「…っ!」
「この程度で“折れる”なら、とんだ期待外れだな」
言い終わるや否やまたも消える雷堂。
構えなければならないのに、警戒するべきなのに、体は動いてくれない。
まるで、最早本能レベルで抵抗を諦めているかのように。
次の瞬間、リーンベルの前に現れると同時に手刀の形で振り下ろされる手。
それでも体は動かず、迫る手刀がスローモーションのようにゆっくり見える。
妙に落ち着いた、けれどどこかぼんやりとした気分でその手を眺めていたが、それがリーンベルに届くことはなかった。
「せぇぇやぁぁーーーーーー!!」
「む…!?」
ガキィィン!!
裂帛の気合が込められた咆哮と共に放たれた一撃が、寸前でその手を弾き飛ばす。
素手と刀のぶつかり合いとは思えない、金属のような音が響き、雷堂の顔に僅かに驚きが浮かんだ。
動いたのは二人、一人はリーンベルへの攻撃を防ぎ、この模擬戦で初めて攻防と言えるものを見せた柳生宗昭。
そしてもう一人…。
「ふっっ!」
「おっと!」
ティア・マーティンは愛用の槍を振るって雷堂を牽制、難なく躱されるがそれでも距離を取ることには成功する。
無論先程までの事を考えれば全く安心できないが、雷堂に動きはなくむしろ面白がるように観察するかのような視線を向けている。
「…どうやら少し時間をくれるようだ。 今のうちに早く立て直せ。 このまま、何も出来ずに終わりたくないならな」
「え? あ…」
ここに至ってようやく残る三人も衝撃から完全に立ち直る。
先程までの、夢でも見ているかのような曖昧な感覚はなくなり、ぼやけていた思考も明瞭になる。
「…ごめんなさい、まさかここまで力の差があるなんて…」
「力の差は当然だ。 相手は世界級、正真正銘の“化物”だぞ」
「化物とは言ってくれるな」
黙って見ていた雷堂がここで口を挟んでくる。
そのことに警戒を高める五人だが、どうやらまだ動く気はないらしい。
「まぁ否定はしないが。 それより世界級の力に関して随分理解があるみたいだな?」
「…身内に一人、居りますので。 あなたの実家の事はもとより、あなた個人の事も伯父から聞き及んでいます」
「伯父?」
その言葉に首を傾げ一瞬考え込むような仕草を見せた後、はたと何かに気付いたように宗昭の顔をまじまじと見つめる。
そのまま数舜、不意に納得の表情を浮かべポンと手を打つ。
「ああそうか、柳生っておまえあれか、宗則さんとこの甥っ子か!」
「はい、“柳生宗則”は自分の父方の伯父に当たります」
柳生宗則———古式剣術の名門柳生家の現当主。
世界級の一角であり、“現代最強の侍”と呼ばれる男が宗昭の伯父だというのは学園では有名な話である。
「なるほど、あの人の身内ならな。 確か弟、お前の父親か? も大陸級だったな」
一人納得したように頷く雷堂を尻目に五人は小声で相談を続ける。
「このままバラバラに当たってもどうにもならん。 全員で連携をとるべきだろう」
「そうだねぇ、正直一人で当たっても即座に返り討ちにされる未来しか見えないし」
「でもいくら連携っていったって、俄か連携じゃ結局やられちゃうんじゃない?」
「ん、だから作戦が必要」
「作戦…」
その言葉に考え込むような仕草を見せるリーンベル。
元々彼女は戦術専攻クラス、つまり現場指揮官として戦術構築の勉強をしている、この中では唯一のリーダータイプ、自然と作戦を考えるのは彼女の役割となる。
他の四人も考えていないわけではないが、それでも彼女の方が優れた戦術を立ててくれるだろうと判断し、彼女を守るように四方を囲むように僅かに位置を変える。
その目は、先程までとは違う確かな覚悟をもって眼前の敵を見据えていた。
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(ほう…)
そんな彼らの動きを見て取った雷堂は内心感心し、学生達の評価を若干上方修正する。
追い詰められているといっても過言ではないこの状況下で、精神を立て直すだけならともかく、それぞれの能力と役割を冷静に判断し、その上で最適な行動をとるというのは中々難しい。
まして彼らはせいぜい顔見知り程度、連携しての戦闘を行ったことのある相手など殆どいないはずである。
(なるほど、思ったよりは有望だな。 世界のエリートってのもあながち大袈裟じゃないか。 …しかしまぁまだまだ甘いのも事実、ソフィアの依頼も良く分かる)
思い出すのは先刻の学園長室での会話。
今回雷堂が受けた依頼、“一部学生達への指導”は意外と遣り甲斐があるかもしれない。
少なくともは思っていたよりは遥かに楽しそうである。
(さぁ、もう少し、色々見せてくれよ)
学生達の視線を受け止める雷堂の顔は、楽し気に笑っていた——————
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「…一つ、思い付いた手があります」
「ほんと!? リーン!」
「ええ、…ただ、これはどうしても犠牲を強いる必要のある策です。 この場合は、ロドリオさんが適任でしょう」
「僕が?」
そう前置きしたうえで自らの策を話すと、聞き終えた周りの反応は様々であった。
「なるほど、確かに有用そうだな」
「でも、それは…いいの?」
「それぐらいはしないと、ライ兄には絶対通じない」
「ええ、私もそう思います。 勿論やるかどうかはロドリオさん次第ですが…」
目線だけで全員の注目浴び、僅かに考えてから答えを出す。
「…いいよ、やろう」
「いいのですか?」
「実践ならあれだけど、これはあくまで模擬戦。 折角命の危険が無いんだから、少しでも可能性のあることをやるべきだと思う。 それに…」
「それに?」
「どうしようもないほどの力の差があることは分かったけど、それでも一矢報いるぐらいの事はしたいしね」
その言葉に、全員がキョトンとした顔を浮かべるが、次の瞬間にはやはり全員が破顔した。
「だね! このまんまじゃ終われないよね!」
「…そうだな、ああその通りだ!」
「何としても、一泡吹かせる」
「なら、決まりだね」
「ええ、やりましょう!」
決意と覚悟を新たにする五人。
しかし…。
「さて」
「「「っ!?」」」
短い一言と共に放たれる、凄まじいまでの威圧感。
その発生源に目を向ければ、雷堂が一歩ずつ悠然と学生達へ向けて歩を進めていた。
「そろそろ作戦タイムは終わりでいいな?」
誰かが息を呑む音が聞こえる。
「それじゃあ…」
震える足を押さえつけ、逃げ出したくなる心に蓋をして、
「続きと行こうか」
再び、“化物”に相対する——————