3.対面・憤慨・瞬殺
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「間雷堂だ」
「間晶です」
そう名乗った二人に、最初に抱いたのは不可思議な違和感。
目の前に立つのは黒いスーツを着た日本人の男女。
女性の方は自分たちより少し上、二十歳前後だろう。
この女性が強いのは分かる。
ソフィアほどではないにせよ、少なくとも自分たち学園生よりは遥かに上の実力者だ。
それは分かる。
分からないのは男の方だ。
分かるのは外見から見て取れる事だけ。
年は二十代後半程度、女性の方もそうだが顔立ちは整っている。
体つきは細身だががっしりしているし、鍛えているのが分かる。
なのに何故かそこから“強そう”というイメージが湧いてこない。
強いのか弱いのかすら分からない。
隙だらけのようにも見えるし、全く隙が無いようにも見える。
別に弱そうに見えるとか、戦うようには見えないとかいうことはない。
本当に“よく分からない”のだ。
講師となるのは男性の方。
ならば少なくとも女性の方よりは強いはずだ。
なのに分からない、理解できない。
それが強い違和感となっている。
すぐ目の前の自分達だけではなく、周囲の観客席でも同じ違和感を抱いているらしい事が会場の空気から感じ取れる。
しかし何人かはその違和感の理由が分かっているのか、特に反応を見せない。
グラウンドの八人でいえば宗昭がそうだ。
そしてそのいずれとも違う反応を示したものが一人。
「ライ兄、アキ姉」
それは竜人族のティア。
先程講師の名前を聞いたとき僅かな驚きを見せた彼女が、常の無表情とは違う喜びを浮かべ、親しみを込めた声音で二人に話しかける。
「よう、ティアか。 久しぶりだな」
「元気にしてましたか?」
「うん」
その様子に周囲は思わず目を見開く。
長槍科のティア・マーティンと云えば学園の有名人の一人である。
竜人族最強の戦士“竜王”ドラグネルの娘にして、学園屈指の実力者。
身体能力に優れる竜人故か、腕力は男子にも負けず、自身の身長よりも長い長槍を自在に操る槍の使い手。
更にはその容姿も優れている。
竜の角が覗くルビーにも似た紅い髪と、同色の切れ長の瞳。
鍛えられ、引き締まりながらも女性らしさを失わない、しなやかなプロポーション。
寡黙でクール、ひたすらにストイックに己を高める向上心。
彼女に憧れる者は多く、男女問わず大勢の学生から憧憬の眼差しを向けられている。
…実際の所は単に無口でぼーっとしているだけ、特に趣味もないので友人たちに誘われたとき以外は鍛錬で時間を潰しているだけなのだが、知らぬが華であろう。
ともかくそんな彼女が笑顔を浮かべ、親し気に話しかけているというのだから周囲が驚くのも無理はない。
しかも相手が新任の講師として来た人間だというのだから驚きもひとしおだ。
「ティアさん、そちらのお二人とはお知り合いなのですか?」
「ん、一族ぐるみで昔からの付き合い。 たぶん五十年ぐらい。 私がライ兄とアキ姉と出会ったのは八年前だけど」
リーンベルの疑問に答えながらも、視線は雷堂に向けたままのティア。
その深紅の瞳には深い親愛の情が見て取れた。
「もうそんなになるか。 初めて会った頃はまだ子供だったのに、道理で大きくなるわけだ」
「あの時は妹が出来たようで、私は嬉しかったですね。 今も妹同然の存在なのは変わりませんけど」
「二人とも、ちょっと失礼。 私はもう立派なレディー」
昔を懐かしむように微笑まし気な眼差しを向ける二人と、そんな二人に甘えるように少しだけむくれて見せるティア。
和気藹々と会話する三人に、どう反応すればいいやら困惑しきりの周囲。
頃合いを見てソフィアは手を叩いて場を遮り、注目を集める。
「三人とも再会を喜び合うのは後にしておけ。 そろそろ話を進めるぞ」
「っと、悪い悪い、ついな」
「…失礼いたしました」
「ん、ごめんなさい」
頭を下げる三人に一つ頷きを返すと、蚊帳の外になっていた七人に自己紹介を促す。
「テラ系普人族、剣術科・刀術専攻、柳生宗昭と申します」
「狼人族、ヴォルフ・ファング。 剣術科・双剣専攻だ」
「格闘科・レスリング専攻のロドリオ・ラージュです。 熊人族とテラ系普人族のハーフです」
「ロシア出身、二コラ・スミルノフ。 兵器科・銃撃専攻だよ」
「エルフのシルフィアーネ・オル・エルストラと申します~。 魔法科・精霊魔法専攻です~」
「日本人、観月朱音です! 魔法科、専攻は攻撃魔法!」
「リーンベル・エメリア・グロスターと申します。 マナ系普人族で総合戦闘科・戦術専攻クラスに所属しております」
全員の自己紹介も終わり、いよいよ本題に入る。
そう、この八人が集められ、雷堂がこの場所に招かれた理由は———
「ではこれより模擬戦を行う。 双方ともすでに戦闘準備は出来ているな」
その言葉に雷堂を含め九人全員が頷きを返したのを確認し、話を続ける。
「先程教室選択に関して強制はしないといったが、この模擬戦も同じだ。 やりたくないというのであればこのまま下がってもらって構わない。 受けようが受けまいが、また受けたとしてその結果がどうなろうとも、良くも悪くも成績や評価には一切影響しないと約束しよう」
ソフィアはそう言いつつも、この模擬戦を受けないという選択肢を選ぶことは無いと確信していた。
彼らには世界のエリートたるクロスハート学園生としての自負と自覚がある。
そんな彼らが、自分達の為、といっても過言ではない理由で外部から招かれた人間相手の模擬戦を断るなど、出来ようはずもない。
…そしてその予測通り、その場から立ち去るものは一人もいない。
「よろしい。 では…」
そういうとソフィアは右手を上げ、どこかへ合図を送った。
すると先程までは人のざわめきしかなかった訓練場内に、無機質な機械音声が響き始める。
『タダ今ヨリVRFシステムヲ用イタ訓練ヲ開始シマス。 設定サレタ参加者以外ハフィールド外へ退去シテ下サイ。 繰リ返シマス…』
VRF訓練システムの起動開始を確認すると、ソフィアは晶を伴いその場を離れようとする。
その際…
「後は頼むぞ、雷堂」
「あいよ」
その短い一言に込められていた意味を、学生たちはまだ知る由もない———
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機械音声がシステムの起動シークエンスの進捗状況淡々と伝え続ける中、雷堂は軽い柔軟で体を解している。
そこに…。
「あの、間さん」
「ん? ええと、グロスターだったか? 俺のことは雷堂でいいぞ。 晶もいるしな」
「あ、でしたら私もリーンとお呼びいただいて結構です。 …いえ、それよりも模擬戦はどのように行いますか? 学園長からは特に指示も出ていないのですが」
「…? どのように?」
その言葉に本当に分からないという風に首を傾げる雷堂。
「いえ、ですから順番も決まっていませんし、ルールや勝敗も…」
「…順番、ね」
「あの…?」
「つまり君らは、順番に、一人ずつで俺と戦るつもりなわけだ?」
「え? それは模擬戦ですから、当然だと思いますけど…」
「ふむ」
短くそう呟くと、一度天を仰ぐような仕草を見せ…、
「…君らは」
「?」
「それができると思うのか?」
「は? それはどういう…?」
「ふむ、つまり」
彼らにとって、凄まじく屈辱的な言葉を放ち始めた。
「君ら如きの実力で、俺を相手に一対一で、戦いになるとでも思うのか?」
「「「なっ!!」」」
その言葉はフィールドの八人のみならず、システムの機能を通じて会場中に届けられている。
次の瞬間には雷堂に対し四方八方から敵意の視線が向けられた。
それも当然であろう。
今彼が侮辱したのは二年生のトップ、学園全体でも有数の実力者達。
学園の代表といっても過言ではない存在が貶されたのだから。
「というか八人でも全く足りん。 何なら今からでも模擬戦の人数は増やしてもいいぞ」
「てめえぇっ!!」
完全にブチ切れて見せたのはヴォルフだけだが、他の者も内心怒り心頭である。
「ぶっ殺す…っ!」
「流石にあそこまで侮られるのは面白くないよねぇ」
「…目にもの見せてあげたいですね~」
普段は怒ることなど滅多にないロドリオや、ふわふわとした印象のあるシルフィアーネですら視線を鋭くしていた。
会場に流れているのは、最早険悪などという言葉では済まない不穏な空気。
しかしそんな中でも全く取り乱さず、至極冷静な者達もいる。
それは先のソフィアからの説明の中で、間雷堂の名に対し反応を見せた一部の人間。
その中には、我関せずとばかりに体を温めているティアと宗昭の姿もあった。
「いいのかな、言わなくて」
「あの様子では言ったところで無駄だろう」
二人の視線の先には雷堂を強く睨み付ける六人と、会場中からの敵意の視線を平然と受け流す雷堂の姿。
「どうせ直ぐに思い知る」
『全テノシークエンスガ完了シマシタ。 タダ今ヨリVRFシステムヲ起動シマス』
「彼の言葉が、ただの“事実”だと」
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システムが起動し、全ての準備が整った。
雷堂と八人の学生らは一定の距離を置き向かい合っている。
「ああ、そうだ、一つ忘れてた」
「…何ですか?」
雷堂に答えるリーンの声も先程までとは違い固く刺々しい。
「なに、勝敗に関しては一応決めておかないとな。 て言っても別に難しくする必要は無いから、どっちかが戦闘不能になるか降参するまで、時間は無制限ってことでいいよな」
「ええ、それで構いません」
彼らの頭の中は、この無礼な男に自分たちの実力を見せつけてやろうという気持ちで一杯だった。
別にこの男よりも強い自信があるわけではない。
あの学園長が自ら見込んで連れてきたのだから、間違いなく強いのだろう。
少なくとも今の自分達よりは。
だがそれでもあそこまで侮辱される謂われはないし、それほどの力の差があるとも思えない。
自分達はこの世界最高の学舎、クロスハート学園一学年のトップ。
他の同年代や下手な大人よりも、ずっと強いという自負があるのだ。
相手が何処の誰であろうと、そう簡単に負けるはずがない———
…彼らはすぐに思い知る。
自分達が、いかに井の中の蛙であったかを———
『双方とも、準備はいいか?』
「「「はい」」」
「いつでも」
マイク越しのソフィアの声が響き、一人と八人がそれに答える。
『では…』
何時でも動き出せるよう構える八人に対し、あくまで自然体のまま立ち尽くす雷堂。
そんな余裕を見せつけるような姿に益々怒りを募らせる学園生達。
その不穏な空気の中、遂に…。
『始め!!』
ドゴンっっ!!!
『ヴォルフ・ファングノ戦闘不能ヲ確認シマシタ。 フィールド外ヘ排出シマス』
「……え?」
開始の合図と同時に響いた轟音、次いで流れる機械音声。
その発生源は学生側だが、発生させたのは学生達ではない。
彼らの目に映ったのは、雷堂に頭を掴まれそのまま地面に叩き付けられたヴォルフ。
その姿も直ぐに転移光に包まれ、弾かれるようにフィールド外へ移動した。
———一体、何が起こった?
開始の合図が出たあの瞬間、雷堂は確かに自分達の正面、それも十メートル以上距離を開けていた。
文字通りの一瞬で移動できるような距離では絶対にない。
転移魔法を使えば可能かもしれないが、一瞬で発動できるようなものではないし、何より雷堂からは一切魔力を感じない。
―――訳が、分からない。
『一つ、言い忘れていた事がある』
混乱する学生たちに場内のスピーカーからソフィアの声が響く。
『その男はそう見えて世界級だ。 全力で、死に物狂いでやらんと本当にあっという間に終わるぞ』