2.訓練場・精鋭・八人
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クロスハート学園に複数存在する訓練施設の中でも、最も巨大なのが“第一訓練場”だ。
その総面積は七万平方メートル、実に一般的な野球グラウンド六つ分にもなる、単体の施設としては通常の教育機関ではまずありえない、この特殊な学園ならではの大型施設である。
だがこの訓練場最大の特徴はそのサイズではなく、そこに設置されたとある装置にある。
VIRTUAL REALITY FIELD―――通称VRFシステム。
これは今から三十年ほど前に、マナの結界魔法の技術を取り入れる事で創られた、言わばVR技術の発展形だ。
それまでの既存のVR技術では、電脳空間に仮想現実を作り出し、そこに精神、意識のみを投影する形だった。
それに対しこのVRFシステムは、現実の空間に仮想現実のような特殊な力場を創り出し、その内部に肉体ごと入ることが出来る。
つまりその中でなら、紛れもない自身の肉体で、仮想現実さながらの行動が可能になるのだ。
このシステムを利用することで、本来は不可能な完全に実践そのものの訓練すら可能となる。
何しろこの空間の中でなら、たとえ完全な致死ダメージを受けても空間外に排出されるだけで済むのだから。
しかしこの装置は数が少なくまだ数十機しか存在せず、しかもそれらの大半は“全界連合”のような国際組織や国の管理下にあり、一般人ではまず利用できない。
それら以外に所有する数少ない組織の一つがここ、クロスハート学園なのだ。
学園生であれば予め申請することで自由に使うことができるため、放課後や休日などは常に予約待ちの状態が続いているが、それでもこのシステムを使用した訓練の有用性は大きく、クロスハート学園生の実力を底上げする要因の一つとなっている。
学園生達もそれを理解しており、積極的にシステムを用いた訓練を行い自らを高めることに余念がない。
何よりもその向上心こそが、クロスハート学園生を“世界のエリート”足らしめているのである———
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いつもは学園生たちの訓練が行われ、轟音と喚声・怒声が響いているこの第一訓練場に、その日は常とは違うざわめきが広がっていたが、それも無理はない。
何しろ現役学園生のみならず、卒業後に研究生や訓練生として学園に残っていた者まで含め、学園に籍を置く殆どの人間が突然集められたのだから。
…中でも最も困惑していたのは周囲を囲む観客席ではなく、中央のグラウンド部分に集められた者達だろう。
学園からの支給品である最新技術が使われたトレーニングウェアを身に着け、それぞれが武装した状態でグラウンドに集められていたのは、数名の学園生達。
彼らは皆戦闘系学科に所属する二年生、その中でも学年トップクラスの実力を持つ八人。
二年生の一月という、三年時からの所属教室を決める時期である今、その動向が注目される面子である。
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「なんだろーね、急にフル装備で集合とか」
「さぁ? 特に心当たりはないわね。 でもあの学園長直々の招集だもの、何かよほどのことでしょう」
「んー、この時期だと…、教室選択に関することとか? みんな戦闘学部だし」
「なくはないけど、それだとフル装備やこの場所の意味が分からないわ」
「だよねー。 それに全学生集める意味もないしね」
「それに学部は同じでも学科はバラバラ、今この場にいる全員が所属するような教室はないと思うわよ?」
「うーん、じゃやっぱり見当つかないなー」
「…集められた理由は分からないけど、基準はなんとなく分かるけどね」
そう呟きながら周囲を見回す彼女の目に映るのは七人の学生。
彼女自身を含め全員が戦闘学部の二年生、しかも入学当初からそれぞれの学科で主席や次席を維持し続け、二年生はおろか学園全体でもトップクラスの実力を誇る最優秀学生達———
「…眠い」
全種族中最高の身体能力を持つと言われる竜人族であり、長大な槍を自在に操る“ティア・マーティン”
「………」
学生離れした落ち着きと風格を漂わせる日本の古式剣術の使い手“柳生宗昭”
「ちっ、呼びつけといていつまで待たせんだよ」
狼人族の優れた俊敏性を生かしたトリッキーな双剣術を得意とする“ヴォルフ・ファング”
「まぁまぁ、まだ三十分も経ってないんだから」
マナの熊人族とテラの普人族の間に生まれ、それぞれの力と技術とを受け継いだ巨漢“ロドリオ・ラージュ”
「今日は久しぶりに街の方に出ようと思ってたのに、まったくなんなのさ」
高い狙撃技術を誇り、遠・中距離の銃撃戦闘をこなす“二コラ・スミルノフ”
「なんでしょうね~。 今までこんなことなかったですよね~」
その雰囲気とは裏腹に、精霊魔法を操り優れた弓術をも用いるエルフ“シルフィアーネ・オル・エルストラ”
「リーン、基準って?」
マナの魔法体系に対して適性が低いとされるテラ人でありながら、純粋のマナ人をも上回る素養を発揮し、今や魔法系学科でも1,2を争う実力者となった“観月朱音”
「周りを見れば分かるでしょう? 戦闘系学部の現一年生の中でトップクラスの実力の持ち主ばかりよ」
そして武術・魔法両面で高水準の実力を持ち、総合力によって学年主席の座を維持し続ける才女“リーンベル・エメリア・グロスター”
「あ、そっか。 そういえばみんな授業とか成績の話とかでいっつも話題になる人ばっかりだね」
「あなたもその一人でしょうに…。 まぁとにかく、こんな面子をワザワザ武装させたうえで集めたぐらいだから、何かさせられるのは間違いな・・・」
その時、訓練場内に先程までとは違うざわめきが広がった。
それにつられて入口に目を向ければ、そこにはグラウンド中央に佇む八人に近付いて来る女性が一人。
輝くような銀髪とそこから覗く長く尖った耳、艶めかしい褐色の肌。
フォーマルなビジネススーツの上からでも分かる、溢れんばかりの妖艶な色香を放つ豊満な肢体。
男女問わず引き付けてやまない魅力を振りまきながら歩くのは、ハイエルフと並び称される魔法に愛された種族、ハイダークエルフの女性。
———クロスハート学園長、ソフィア・マルレーン
長命種であるが故の長い時を生き、かつての巨大大戦“境界戦争”にも参加したという熟練の大魔術師は、優雅な足取りで八人の前に立つと、全員の顔を見回しながら言葉を発する。
「すまない、待たせたな」
「いいえ、全員が集まってからそれほど経っておりませんもの、さしてお待ちしておりませんわ」
「そうか」
自ら代表して応対したリーンベルに、ソフィアもまた柔らかく微笑んで言葉を返す。
その姿に全員が、それこそ先程まで不満を露わにしていたヴォルフですら姿勢を正している。
知識としても、感覚でも、理解しているのだ。
目の前に立つ女性が、自分たちが到底敵わぬ強者であると。
「えーと、それで学園長先生、あたしたちに何の御用なんでしょーか?」
学生側の若干緊迫した空気に耐えかねたのか、朱音が率直に尋ねると、周りから呆れと称賛の入り混じった視線が向けられた。
こういう時の彼女の物怖じしない性格は、親友リーンベルをして「ある意味羨ましい」と常々言われている。
「そうだな、時間を無駄にするのもなんだ。 早速説明させてもらおう」
苦笑を浮かべながらのソフィアの言葉に、八人は改めて姿勢を正す。
どうやら直ぐに本題に入るらしいと察して。
「君たちに集まってもらったのは他でもない、来年度の教室選択に関してだ。」
その言葉に若干の驚きを浮かべるリーンベルと朱音。
ついさっきその可能性を考え、場所と装備の点から違うだろうと結論付けたそれが、まさかの正解だというのだから無理もないだろう。
「実は来年度、新しい講師を招き新たな学科と教室を開設することになった」
それ自体に驚きはない。
新しい講師の着任や教室の開設は何度もあった。
だがそれと自分たちに何の関係があるのか?
「新しい教室名は、“戦闘学部・特別選抜科・間教室”。 私は君達八人をそこに推薦したい」
「…え?」
「無論強制ではない。 あくまで教室選択は学生自身の判断に一任される。 ただその教室を選べば、君達は間違いなく更なる高みへ至れることを約束しよう」
「「「……」」」
僅かに間を置き、最初に口を開いたのは狼人族のヴォルフ。
「“特別選抜科”って言ってもよ、具体的には何すんだよ?」
「一言で言えば“総合的な戦闘能力の強化”だ。 単純な戦闘力は勿論、戦術や戦略性、判断力、戦闘における精神力など、あらゆる面を総合的に鍛え上げ、全体的に底上げする。 あと質問するときは挙手するように」
その言葉にまず最初に手を挙げたのはエルフのシルフィアーネ。
「選抜の基準は何ですか~?」
「まず単純に戦闘力、現在の二年生で最も実力が高いのは君達だからな。 次いで、向上心とでもいうか、訓練施設や備品の利用記録から使用頻度が最も多い、より訓練を積んでいる、積もうとしている学生を選んだ。 …それと即座に思考を切り替えて情報を得ようと考えることのできる柔軟性もな」
次いで手を挙げたのは狙撃手の二コラ。
「いくら特別選抜って言っても、八人というのは少ない気がしますけど」
「それは講師本人からの要望だ。 あまり人数を多くしてもそれほど劇的な効果は望めなくなるから、できれば多くとも十人程度にしてほしいとな」
「具体的な訓練の内容は決まってるんでしょうか?」
これは巨漢のロドリオ。
「いや、細かい部分はまだだ。 前々からその講師の上役には相談していたが、実は本人に正式に依頼したのも承諾を受けたのもついさっきでな…。 彼には申し訳ないがこれから来年度までに考えてもらうことになる」
「本当に急ですね…」
それからもいくつかの質問が出るが、都度ソフィアが答えていく。
そしてあらかたの質問が出終えたところで…。
「他にないか?」
そこで手を挙げたのは、これまでずっと沈黙を保っていた柳生宗昭。
「先程、間教室と仰られましたが、講師の方は間と云われるのですか?」
「…そういえばまだ言っていなかったか。 講師は間雷堂という男で、助手としてその妹が加わることになる」
「えっ…」
その名に反応したのは、宗昭と何故かもう一人、竜人族のティアだった。
普段から無表情で余り感情の起伏を浮かべない彼女が、はっきりと驚きを浮かべたことに周りは訝しげな目を向けるが、直ぐにその表情は引っ込みいつもの無表情に戻っていた。
「間、というのは、あの間家でしょうか?」
「…君は知っているのか。 そうだ、その間家で間違いない」
「そうですか…」
質問というより確認だったのか、それだけ聞くと再び黙り込む宗昭。
その二人の様子にリーンベルが間家について尋ねようと口を開きかけたところで…。
「実を言えば本人が今日ここに来ている。 新任講師としての紹介と、君達への顔合わせ、そしてその実力の披露も兼ねてな」
「実力を披露…って、それはつまり僕たちのこの格好は」
「そういうことだ。 君達にはこれから彼と模擬戦をしてもらう。 そうすれば私の言ったことの意味が分かるだろう。 そして…」
グラウンド入り口に目を向けたソフィアに倣えば、そこにはこちらへ近付いて来る二人の男女。
「君達は知るだろう。 この狭い学園では見えなかった、真なる“世界の高み”を」