15.流動・基本・挑発
再投稿分はこれで最後になります。
次話はもし間に合えば今日18時、間に合わなければ明日になります
「折角だからもう少し“流動”について話をしておこうか」
試験終了後、話が長引く事に文句を言うものなど一人もいない。
単なる無駄話ならともかく、自分達の身になる知識なのだから、基本的に学習意欲の高い学園生が嫌がる筈もない。
「《流動》の使い方は主に二つ、エネルギーの“移動”と“集約”だ。 “移動”に関しては言うまでも無い、さっきの試験で君らがやっていた事、つまり発生させたエネルギー、この場合は《生命力》を発生箇所とは別の場所に移し替える事。 そして“集約”は発生させたエネルギーを一点に集め、集中させる事。 “集約”するためには必ず“移動”が必要になるので、基本的には同じ技術の延長だと考えて間違い無い。 …ここまでは良いな?」
言いつつ学生達の様子を見やれば、頷くその顔は非常に真剣そのもので、いっそ鬼気迫るようにすら感じる。
一言一句聞き逃すまいと、全力で集中しているのが見て取れるが、何もそこまで真剣にならんでも、と、感心と呆れの入り混じった苦笑を浮かべてしまう。
(まぁ悪い事じゃないから良いか。 何度か授業を繰り返せば、その内程良く力も抜けるだろ)
もう少し気楽にいった方が良いと思うのだが、やる気に水を差すのも何なので、取り敢えずは放置の方向でいく事にする。
余りこの状態が続くようであれば、彼らの方が精神的にもたなくなるだろうから、その時は一言言えば良いだろう。
「…あー、で、この“移動”と“集約”、つまり《流動》の技術は戦闘では必須だ。 それが気功でも魔法でも、有ると無いとでは戦闘能力がまるで違う。 その理由は…宗昭、分かるか?」
振られた宗昭は、少しだけ考え…
「速度、でしょうか」
「具体的には?」
「…これまでの自分達は技や魔法を行使する際、まずエネルギーを練り上げる所から始めていました。 例えば自分であれば刀を持つ手から《気》を出し、それをそのまま刀に注ぎ込みます。 しかしこのやり方ですと、十分な量の《気》を賄うまでに、かなりの時間がかかります。 これは瞬間的に出せる《気》の量には限界があるからです」
《気力》と《魔力》、即ち《生命力》は目には見えない、無数の小さな穴から放出されると考えられている。
この穴は多少の個人差はあれどほぼ同じであり、瞬間的な《生命力》の放出量は誰でもあまり差は無い、というのが世間一般の定説だ。
これは間違いでは無いが、実は例外も存在する。
その例外こそが世界級、いや、“例外”になったからこそ世界級に至ったというのが正しいのだが、今は置いておく。
閑話休題
「しかしこの、《流動》を使えばかなりの時間が短縮されます。 予め体に《生命力》を蓄えておくことで、《生命力》の放出という、最も時間のかかる部分を省略できるからです。 水を一々汲みながら使うか、汲み置いたものから使うかの違い、というところでしょうか」
「ほぼ正解だ。 中々いい例えだな」
宗昭の回答に満足気に頷き、補足の説明を加えていく。
「宗昭の言う通り、《流動》を使う事で、《生命力》に由来するあらゆる“術”や“技”の行使速度が飛躍的に上昇する。 そしてそれは実戦に於いては非常に重要だ。 何故ならどんなに強力な“力”を使えたとしても、撃つまでに時間がかかれば意味が無い。 撃つ前に相手に攻撃されれば終わりだ。 一本の名刀よりも百の数打ってのはよく言われる事だが、これも同じ事。 十分掛けて大魔法を一発撃つよりも、十分で下級魔法を百発撃つ方が実戦での有用性ははるかに高い」
「じゃあ上級や最上級の魔法には意味が無いんですか?」
朱音が質問を向けるが、その声は心なしか元気が無い。
魔術師である彼女からすれば、誰もが目標とする最上級魔法が実戦では役に立たない、と言われるのは、中々遣る瀬無いものがあるのだろう。
「いいや」
しかし雷堂はそんな彼女の質問に、『否』を返す。
「実践で上級以上の魔法に意味が無いかと言われれば、そんなことは無い。 中級や下級の威力の低い魔法だと、単純な防御力だけで弾く奴もいる。 三ヶ月前の模擬戦がそうだったろ?」
確かに雷堂は≪フレイムアロー≫が直撃しても髪一本焦げず、刀の刃を押し当てても服すら切れなかった。
他の攻撃も一応躱したりはしていたが、恐らく当たってもダメージは通らなかっただろう。
唯一効果があったと言えるのは、当たりこそしなかったが、最後に朱音が放った上級魔法≪メテオ・フレア≫だけだ。
「そういう奴を相手にするなら、高威力の魔法は必ず必要になる。 しかし時間を掛ければその前に潰される。 じゃあどうするかというと…」
学生達へ向けて指を二本、立てて見せる。
「方法は二つ。 一つは“安全”を確保する。 相手の攻撃が届かない安全圏で準備してから使うとか、その間は誰かに守ってもらうとかな。 一般的に行われるのはこっちだろう」
「でもそれだと~、突発的な戦闘だと対処出来ない可能性がありますよね~。 仲間がいないとか、敵との距離が近すぎるとか~」
「その場合は状況にもよるが、小技で牽制しつつ距離を取るしかないな。 まぁそもそも勝ち目の無い格上相手に、勝ち目の無い状況で戦うぐらいなら、とっとと逃げるべきだが。 そのあたりの、戦闘時の状況判断に関しても、その内授業でやるさ。 それより今は二つ目の方法だが、これは単純だ」
「単純?」
「時間が掛かって潰されるなら、潰される前に撃てばいい」
「え? そもそもそれが出来ないって話じゃ…」
「だからそこで《流動》が出てくるわけだ」
「あ…」
ここで《流動》の話に帰結する。
さっき説明されたこと、《流動》の最大の利点は“術”と“技”の準備時間の短縮。
それは何も低位の“術”・“技”に限った話では無く、高位のそれでも同じことが言える。
「高位の、特に軍団級以上の魔術師ともなれば、単独でも戦えるよう、《流動》を利用して高位魔術を放つまでのプロセスを最適・最短化している。 “魔導王”、っているだろ? あいつなんかはその典型だな」
「!“魔導王”にお会いになられた事があるんですか!?」
「あー、三年くらい前か。 当時“次元獣”の大量発生が起きてな、俺も討伐に参加したんだが、その中にいたんだ」
“魔導王”とは元々魔法世界マナにおける、最強最高の魔術師に送られる称号だ。
魔法文明社会であるマナでは、誰もが知る憧れの存在と言える。
現在ではテラとマナの両方の中から選ばれる事になってはいるが、今日に至るまでテラから“魔導王”が選ばれたことは無い。
単純にテラはマナに比べて魔法関連の技術が劣っているのと、元がマナのモノだけに、マナ系統の魔法技術が最大の選考基準になっているのがその理由だ。
「あいつはやばいぞ。 上級魔法だろうが何だろうが、ほぼノータイムで撃ってくるからな。 上級魔法を連射して絨毯爆撃する奴なんか、初めて見たぜ」
「れ、連射? 上級魔法をですか?」
「ああ、あれで六割ぐらい吹っ飛んだんじゃねーか?」
上級魔法を、それも恐らくは数十発単位での連射。
信じ難い話だが、嘘とも思えない。
“魔導王”とは、それほどの事が出来るものなのか…。
「あいつ個人の実力も当然あるが、要は《流動》を極めればそれが出来るという事だ。 それは勿論魔法だけではなく、気功でも同じだ。 君らが気功を使って戦うとき、全身を均一に覆ってるだろ?」
「…あれも本来は、攻撃や防御に合わせて《気》を一点に集中させるべきだという事ですね」
「そうだ。 例えば殴る瞬間拳に《気》を集中させれば、その一瞬の破壊力は段違いに増す。 防御の時も、本来の防御力では防ぎ切れないような攻撃も、受ける一点に《気》を集中させれば防げるだろう」
そこで雷堂は一拍の間を置いて、全員の顔を見回した。
「…現代の戦闘に於いて、《流動》は必須。 《流動》の技能向上無くして、戦闘力向上などありえない。 基本であり、奥義、それが《流動》だ」
大事な事を言おうとしているのが分かったのか、学生達の顔が引き締まり、一層真剣になる。
「これから一年、教える事は多いが、《流動》の訓練は他の全ての訓練と並行して行っていく。 何故なら、《流動》の上達は他の全ての技能の底上げに繋がるからだ」
「…」
「これからはこれまで行ってきたものに加えて、《流動》の基礎訓練も毎日やれ。 と言っても今日は試験の緊張と集中で疲労も激しいだろうから、やり方は最初の授業で教える」
「「「はい!」」」
「最終的には、ミリ単位以下での微細な調整も可能になる様にする。 それこそ、細胞レベルでの微調整が出来るのが理想だな」
「「「…え?」」」
その言葉に、ポカンとした表情を浮かべてしまう。
「さ、細胞レベルって、そんなの細かいなんてもんじゃ…。 そんな事出来る訳…」
「出来るさ」
言い切る前に、あっさりと断言する。
「別に本当に細胞一つ一つを認識して強化する訳じゃない。 君らだってこの三ヶ月で理解したはずだ。 《生命力》を制御する上で重要なのはイメージ。 確固たるイメージさえあれば、後は《生命力》自体がそのイメージを勝手に実現してくれる」
「でも…」
「少なくとも俺は出来る」
またも言い切る前に、言われてしまう。
「世界級でそれが出来ない奴なんていないし、今ここにいるソフィアや晶、大陸級や国家級だって出来るだろう」
「まぁ、出来るな」
「世界級の方々程には無理ですけど」
「…」
そう言われてしまえばぐぅの音も出ない。
実際に体現できている人間が少なくない数いるのだから、無理だとは言えないだろう。
だが、お前にも出来る、と言われて、出来るようになると直ぐには思えないのもまた無理はない。
「それとも何か?」
「…?」
「俺を越えると言ったのは口だけか?」
「…!」
あからさまな挑発。
そんなことは直ぐに分かる。
だがそれでも、あの言葉を嘘にする気は全く無い。
「そんな訳がありません!」
「やってやろうじゃねーか!」
「ん、やる…!」
一気に威勢を取り戻す学生達の様子に、雷堂は満足気に笑っていた―――