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異世界交流学園の臨時講師  作者: 福耳 田助
2章.1年目4月:授業始まる
20/25

14.結果・驚愕・流動

再投稿


 学園のある教室で、雷堂はその顔に驚愕の表情を張り付けていた。


 これは非常に珍しい光景であろう。

 百戦錬磨と言って過言ではない雷堂は、自身の感情制御に長けている。

 驚いたとしても、直ぐにそれを引っ込め、平静さを取り戻すくらいは簡単だ。

 つまり今彼の目の前で起こっている事は、それを出来なくする程の衝撃を与えたという事だ。

 …勿論今が戦闘中ではないという事も関係しているが。


「…晶、何分立った?」

「…え? あ、二十五、いえ、今二十六分になりました」

「…そうか」


 その隣に立っていた晶もまた、同じような表情で呆然としていたが、声を掛けられるとハッとした様子で時計を確認、報告する。


「まさか、ここまで出来るようになるとは、な」


 現在行われているのは、いわば宿題の採点。

 凡そ三ヶ月前、学園を離れる前に雷堂から出された宿題、その成果確認だ。


『通常状態では超重量だが、《生命力(オーラ)》を籠める事で重量が軽減される特殊ボールを、十分以上手に持った状態で保持する。 但しボールの状態は秒単位で変化し、それに合わせて《生命力(オーラ)》の放出量を、同じく秒単位で調整しなければならない』


 この宿題に対し雷堂は『十分で合格、十五分で満点』という採点基準を予め通達している。

 これはボールの開発元からモニターを依頼され、間総合警備保障のスタッフや、間流戦技のエージェントに同じ訓練をさせた際の結果を基に設定した基準である。

 今の選抜科生と同じ大隊級(バタリオンクラス)上位から連隊級(レギメントクラス)下位の人間が、同じく三ヶ月行った場合のタイムが凡そ十分から十五分、最高で二十分だった。

 その為、どんなに記録を伸ばせても二十分程度が限界だろう、と思っていたのだが…。


「三十分…!」


 明らかな驚愕を滲ませた声で、晶がタイムを告げる。

 三十分、三ヶ月前の彼らの実力からするとありえない記録だ。

 当然だが雷堂は勿論の事、国家級(ナショナルクラス)の晶だってこの何倍、何十倍もの記録は簡単に出せる。

 だが彼らのこの伸びは余りにも異常だ。


「…ああ、成程」


 彼らの様子を観察し、《生命力(オーラ)》の流れを見る事で、雷堂はその理由に気付いた。


「兄さん?」

「《生命力(オーラ)》の流れを見てみろ。 ボールを持ってる手だけじゃなく、全体のだ」


 言われた晶は両眼に《気》を籠め、改めて彼らを見た。

 そうすれば確かに理解できた、彼らのこの急成長の理由が。


「これは…、そういう事ですか」

「ああ、自力で気付いたのか、誰かに教わったのかは分かんねーが、まぁそれは後で聞けば良い。 それより、だ」


 雷堂は小さく、ほんの少しだけ溜息を吐いた。


あれ(・・)はこれから教える予定だったんだけどな。 …指導計画を若干前倒しにするか。 全く初っ端から予想外の急成長とか………楽しいじゃないか」


 雷堂にとっても予想以上の結果になった訳だが、とうとう限界は訪れる。


「くっ…!」


 最初にロドリオがボールを落としたのを皮切りに、次々に脱落していく。

 最後に残った朱音も粘ったが、記録は三十六分。

 それでも雷堂の当初の予測の実に三倍、これはまさに快挙と言えよう。


「はぁっ…はぁっ…!」


 限界まで集中していた為か、全員が疲れ切った様子で、酷く息切れしていた。

 息が整うのを待ってから、晶が記録を発表していく。


「ロドリオ・ラージュ三十二分二十秒、

 ヴォルフ・ファング三十二分四十五秒、

 シルフィアーネ・オル・エルストラ三十三分十三秒、

 ティア・マーティン三十四分七秒、

 リーンベル・エメリア・グロスター三十四分五十一秒、

 柳生宗昭三十五分十九秒、

 二コラ・スミルノフ三十六分二十二秒、

 観月朱音三十六分五十八秒」


 記録を聞き、まだ疲れを見せながらも、全員が歓声を上げ喜んだ。

 最後に練習で計測した時よりも、五分以上記録が伸びていたのだ。

 恐らくは本番に際し、集中力が一段と高まったからだろう。


「お疲れさん」


 落ち着いたタイミングを見計らい、雷堂が声を掛ける。

 その声には間違いなく、称賛の感情が籠められていた。


「二十分は行くかもしれないと思ってたが、まさか全員が三十分を超えるとは、まったくもって予想外だ。 正直脱帽だよ」


 雷堂からの掛値ない称賛の言葉に、彼らの胸中に更なる歓喜の感情が広がっていく。


「…が、これはあくまで基礎の基礎。 これからの訓練の為の下地作りだ。 この先、まだまだすべき事があるのを忘れるな」


 とは言え、余り浮かれすぎないよう、指導者としてきっちり締めるべき所は締めておく。

 言ったようにこの訓練は基礎の基礎、これだけが熟せるようになっても意味は無い。

 勿論だからと言って基礎を疎かにするのは問題外だが。


 当の彼らもまた、その一言に気を引き締め直す。

 雷堂の言う通り、これからが本番なのだ。


「それはさておき、聞いておきたいことがある」

「? 何ですか?」

「さっきの試験中、君らが使った技術について、だ」


 その技術に頼ればこそ、今回の結果がある。

 使ったこと自体は何も問題は無いが、情報の出所については確認しておかなければならない。


「君らが使ったのは《生命力(オーラ)》操作の基礎技術、《流動(リュウドウ)》だ。 あれをどうやって知った?」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 リーンベルがその発想に至った切っ掛けは、些細な事だった

 ある日の訓練の合間、休憩中に水分を取ろうとコップにドリンクを注いだ時、ふと思ったのだ。


 《生命力(オーラ)》も、こうすればいいのではないか?


 《生命力(オーラ)》は水、それを湛える体は“器”によく例えられる。

 それも単体ではなく複数の容器を繋いだような形の器で、《生命力(オーラ)》を部分的に発生させるのは、その中の一つの容器に水を注ぐ様なものだと。

 しかし容器同士が繋がっているのならば、《生命力(オーラ)》の放出量を直接増減させるよりも、《生命力(オーラ)》を別の容器に移し替える事で調整することが出来ないか、と。


 この発想に気付き皆に話してみた所、取り敢えずやってみようという話になった。

 上手く行けば良し、上手く行かなくてもずっと同じ訓練ばかり繰り返し、さりとて余り変化の無い現状、何かの参考になるかもしれない。


 やり方は放出量調整と同じ様に、想像(イメージ)で行う。

 《気》も《魔力》も、その根源たる《生命力(オーラ)》も、扱う上で最も重要なのは想像力。

 “出来る”という確信を持った想像が形になる。

 今までは《気》や《魔力》をそうやって操ってきたが、考えてみれば《生命力(オーラ)》に関しては、放出量の増減以外にそういった事はしてこなかった。

 それもあって現状から発展する事を期待していた訳だが―――結論から言って効果は劇的だった。


 これまでの、ただ放出量を変化させるだけのやり方の場合、増減速度の差はあれど、フェードするように徐々に変化していたのが、このやり方では増えるのも減るのも明らかに速い。

 また速度のみならず、体力の消耗も抑えられるようになった。

 恐らく今までは放出量を増やした際に、そのまま垂れ流しになって無駄に消費されていた分の《生命力(オーラ)》が身体に蓄えられ、それを使うようになったからだろう。


 このやり方の有用性が分かった以上、残りの期間はその習熟に充てるべき。

 そう判断した彼らはいったんボールを置き、スムーズに、そして正確に《生命力(オーラ)》を移動させられるよう、その練習ばかりしていた。


 結果としてそれは正解だったと言える。

 満足いくレベルに仕上がった時には、春休み終了の十日前だったが、直後の計測でいきなり全員が15分を越える記録を出したのだ。

 後はその記録を伸ばすべく、必死に訓練あるのみである。


 …そのタイミングで様子を見に来たソフィアが、彼らを見て唖然とした顔を見せる事になったのは余談であろう。


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「《流動(リュウドウ)》?」

「…その様子だとやっぱり知らずに使ってたのか」


 予想はしていた事だ。

 “魔法”や“気功”に関する知識は、一般人が面白半分で身に着けようとしたり、犯罪者に利用される可能性を減らすため、具体的な情報は書籍化されないよう制限されている。

 その為これらの知識・技術を学ぶには、クロスハートのような専門機関や軍隊に入るか、或いはどこかに直接弟子入りなどをする必要がある。

 勿論クロスハート学園(ここ)では教えを乞う相手には事欠かないし、実際に彼らも一度ソフィアにアドバイスを求めたこともある。

 しかし《生命力(オーラ)》放出量の調整に対するアドバイスとしてはズレていたのと、ある(・・)理由から入学後最低一年は“流動”を教える事は禁止されているため、敢えて教えなかったのだ。


「《流動》とは一度発生させたエネルギーを体に蓄え、その上で液体の様に、文字通り流動させて操る技術の事だ。 今君らがやったように移動させたり、一ヶ所に集中させたりな」

「やはり技術としては確立しているんですね」


 自力で発想して使い始めた技術ではあるが、だからと言って自分達がちょっとした思い付きで気付いた事に、誰も気付いていないなどと思い上がってはいない。

 恐らくは既にあるが、何らかの理由で自分達には教えられる事が無かったのだろうと考えた。


「この技を今まで君達が教えられなかったのにはちゃんと理由がある。 成長期が収まる前に《流動》を教えるのは、身体的によろしくない、とされているからだ」

「? 身体的?」

「《生命力(オーラ)》は通常全身をほぼ均一に覆っているものだが、《流動》を使うとそこに偏りが生じる。 体の成長段階である成長期にそれを繰り返すと、《生命力(オーラ)》をよく濃くする所ばかり成長し、逆に薄い所は発育が悪くなる。 これはデータに基づいて実証された事実だ」

「だからクロスハート学園(ここ)では入学から一年間は、《流動》に関して教える事は禁止している。 入学条件にある『その種族における成長期、成長段階を過ぎている、或いはその間際である事』というのも同じ理由だな。 それでも念のために一年は空ける事になっているが」


 雷堂の説明にソフィアも付け加える。


「…というか次回の授業から教えるつもりだったんだがな。 《流動》は自分で気付いて身に着ける奴は偶にいるが、本当にそうなるとは思わなかった。 どうやって気付いたんだ?」

「ええっと、それは…」


 リーンベルが気付いた切っ掛けや、その後の訓練について説明していく。


「…成程。 水から《流動》の発想を得るというのはよくある事だ。 だが発想を得たとしても、それを形にするのは存外難しい。 今回はその閃きを逃さず、確かな形にして見せたリーンを褒めるべきだな」

「あ、ありがとうございます!」


 目標としている相手に直接褒められ、嬉しくないはずがない。

 リーンベルの顔には喜色が浮かんでいた。


「他の皆もな。 《生命力(オーラ)》の質からも、さっきの《流動》の精度からも、この三ヶ月真面目に訓練していたのがよく分かった。 基礎能力の向上は全能力の底上げに繋がる。 これからも毎日の基礎行は欠かさないように」

「「「はい!」」」


 一人を褒めつつも、他の面子に対するフォローも忘れない、何気にそつのない男である―――





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