1.学園・依頼・教師
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かつて二世界の友好が結ばれた“境界都市クロスロード”。
その都市に今一つの学園が存在している。
“境界学園クロスハート”
八十年前の友好条約締結と共に設立した国際組織、“全界連合”によって創られたこの特殊な学園には、生まれも種族も信仰も、そして世界すらも関係なく、世界中から入学希望者が集められる。
その目的は、次代を担うより優れた人材の育成。
入学希望者は後を絶たず、倍率は常に数百倍。
それ故に入学試験は厳しく、入るのは並大抵ではない。
しかし入学できたならばそれは、この先の世界を牽引していくエリートとして認められたということ。
事実学園の卒業生たちの多くは、国や企業、或いは“全界連合”を始めとした国際組織など、様々な場で活躍している。
だからこそ誰もがクロスハートの名に憧れ、入学を夢見るのだ。
ただこの学園の入学希望者が多いのはそれだけではない。
それはこの学園がまだ世界でも数少ない、民間人に“戦闘教育”を施している場所でもあるからだ。
なぜそんな物騒な事になっているかと云えば、もちろん理由はある。
クロスロードが造られてから何年かが経った頃、またも新たな現象が発生し始めた。
しかも今度はかつての“境界融合”とは違う、明確な“災害”が。
“次元獣”の出現——————
突如開き直ぐに閉じる次元の穴、今も世界を繋ぎ続ける異界次元間通路、通称“トンネル”とは全く違うそれは、まさに災害だった。
何しろ場所を選ばず現れるその穴が開く度に、凶暴で強力な未知の生物が現れるのだから。
それらはまるで地球の物語や伝説に出てくる怪物のような姿をしていた。
初めはマナに生息する、所謂魔獣と呼ばれる生物の一種かと思われたが、マナの住人達は誰もこのような魔獣は見たことが無いと言う。
では一体この生物達はどこから来たのか?
その答えが出ることはなかったが、現実として現れている以上対処はしなければならない。
しかし“次元獣”と呼称されたこの生物群は非常に強く、警察の装備では太刀打ちは難しく、町中に現れたものに軍隊が攻撃できる訳もない。
そこで考えられたのが“次元獣”に対抗しうる戦闘力を持つ個人、或いは小集団による対処である。
ありえないということはない。
この二世界にはそれができる人間がそれなりの数存在している。
“気功”と“魔法”という力を使うことで。
テラで生まれたのが気功。
《気》と呼ばれる、あらゆる生命が持つ根源のエネルギー《オーラ》の力によって身体を強化する技術。
チーターを上回る脚力、自動車すら持ち上げる腕力、銃弾をも跳ね返す頑強さ。
この気功によって、人間は生物としての限界を遥かに超えるスペックを発揮することが可能となった。
対してマナにあったのは魔法の力。
《気》と同じく生命力を根幹としながらも、完全に異質の力《魔力》によって様々な事象を引き起こす力。
ミサイルの如き爆炎を、押し流す水を、切り刻む風の刃を。
元より魔獣という危険が身近に存在するマナ人は、同じように“次元獣”にも対抗していく。
始めは警官や軍人、騎士など国属の気功・魔法使いが対処していたが、余りにも手が足りなさ過ぎた。
何しろ次元獣はいつどこに現れるかも分からず、さりとていつ現れるかも分からないモノの為に、何百何千もの人手を常に割き続けるわけにもいかない。
そこで頼られたのが戦闘を生業とする民間人。
実を言えば軍人や騎士よりも、そういった人間の方が気功・魔法の使い手は多い。
集団での戦闘を前提とした警察や軍と違い、単独や少数での行動が多い彼らは、個人に求められる戦闘力が高いからだ。
戦闘を生業とする民間人とは、テラでは傭兵や武術家、マナでは魔獣退治や僻地の探索などを行う、所謂“冒険者”がこれに該当する。
“次元獣”の討伐に賞金を懸けることで、そういった人種を動かしたのだ。
彼らが“次元獣”への対処を始め、被害は一気に減っていった。
更に“次元獣”の出現予兆を感知するシステムが造られ、今では“次元獣”討伐を専門とするハンターも存在している。
…とは言えこれで良し、とはいかない。
いくら彼らが強くとも、危険度が高いことには違いなく、相応の犠牲は出る。
それは仕方ないにしても、これでは戦力は減る一方である。
しかも極稀ではあるが、“次元獣”の中には他と一線を画する、桁違いの力を持つ個体も存在した。
そういった強力な個体を相手取れるような実力者は当然少なく、数少ない実力者達の負担も大きくなってしまう。
これではいつか押し負けてしまうのではないか、そんな不安の声も決して小さくない。
ならば戦える者を増やし、その実力を高めるしかない。
そんな理由から、“全界連合”が気功・魔法戦闘を教えることの出来る指導者を招致したのを皮切りに、両世界各国でも戦闘人材の育成が始まった。
テラでは気功使いへの弟子入り志願や、気功を学べる道場の門下生が一気に増え、マナでは同じく魔術師への弟子入りと、元々存在していた魔法学校への入学希望者が押し寄せた。
しかし急激に需要が増えた為、既存の指導者や施設では全く手が足りず、両世界各国で新たな指導者を招致しての訓練機関の新設が盛んに行われる事となった。
…尤も、新設の数と速さを優先し過ぎた所為か、それらの殆どはお世辞にも質が高いとは言えなかったが。
結局その時代に創られた訓練機関の大部分は淘汰され、一部の確かな質と実績を持つ機関だけが残り、それらは現在の対“次元獣”戦力を生み出す重要拠点となっている。
“境界学園”クロスハートもまたその一つ。
クロスハートは六年制で、授業形態は二年ごと、三段階に分けられる。
まず入学時に、研究・技術・戦闘の三つの学部から、専攻する学部と学科を選ぶ。
研究学部は通常の大学とほぼ同じ、技術学部は様々な分野の実践技術、戦闘学部は文字通り戦闘を学ぶ。
学部ごとに多少の差異はあるが、ここでは戦闘学部の形式を説明する
一,二年時には数学や語学などの所謂一般教養と、各学科ごとの基礎授業、例えば剣術科なら剣の、魔法科なら魔法の、といった具合に。
この二年間で基礎を身に着けベースを整え、三年生以降の自身の進路を確定させるのだ。
三,四年時にはより実戦的な、本格的な戦闘訓練を行う。
この時になると授業以外でも、第一訓練場を始めとする各施設を、許可制ではあるが自由に使えるようになる。
同時に三年生進級時には、この後の二年間を所属する事になる“教室”を選ばなければならない。
講師それぞれに自分の教室、大学で言う所のゼミを持っており、学生は皆そのいずれかに所属する。
つまり自身の判断の元、己で師を選ぶのだ。
五,六年になると現場での実地訓練が殆どになる。
言わばインターンのようなもので、“全界連合”のような組織や国家、企業・団体で研修を行う、或いは冒険者やハンターとして、現場で本物の実戦を学ぶ。
因みにこれは就職活動も兼ねており、卒業後そのまま研修先に就職したり、逆に元々国家や組織からの指示で入学していた者が、そちらに研修に行く場合もある。
卒業時には既に十分な技量を身に着け、実戦も済ませているクロスハート学園生は、正に即戦力としてどこでも歓迎される人材なのだ。
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世界最大の学舎、“境界学園”クロスハート。
その校舎の最も高い位置に存在する学園長室には、現在三人の人物が座っていた。
一人は当然部屋の主であるクロスハート学園長、“ソフィア・マルレーン”。
魔法世界出身のハイダークエルフの女性で、種族特有の輝くような銀髪と褐色の肌、そして男を引き付けてやまないグラマラスな肢体を持つ妖艶な美女である。
残る二人はテラ系普人族、俗に地球人と呼ばれる中の日本人の男女。
一人は二十代半ばから三十歳ほどの男性。
百九十センチ近い長身で細身だが、華奢ではなく引き締まっているような印象を与える。
来客用の豪奢なソファーに足を組んで座り、部屋の調度とはやや不釣り合いな湯呑み茶碗に注がれた緑茶を啜って満足気な表情だ。
女の方は二十歳前後、背は女性としては比較的高く百七十センチ程度、モデルのようなメリハリのあるスタイルは男女問わず視線を引き付ける魅力がある。
同じく茶碗を、片手でいい加減に持つ男とは対照的に、こちらは両手で上品に口に運んでいる。
どちらも容姿は整っており、どこか似た面立ちをしていることから血縁であるのかもしれない。
同じ黒いスーツを着込み、女の方はかっちりと着こなしているのに対し、男の方はだらしなくない程度に着崩している。
男…間 雷堂は一頻り味を楽しむと、その茶を淹れた本人に声をかける。
「…良い茶葉を使ってるな」
「淹れ方も良いですね。 茶葉の味が全く損なわれていません」
「そうだろう? 行き付けの店でたまたま入荷したところを運良く手に入れられた逸品でな、淹れ方もその店で習ったのさ。 流石にプロ並みとは言わんが、そこそこ自信がある」
雷堂の言葉に妹であり、今回の仕事の助手でもある間 晶が同意を示し、ソフィアはそんな二人の賛辞にどこか自慢げに言葉を返す。
そこには部屋の堅苦しさには似つかわしくない、親しい者同士の気安げで穏やかな空気が流れていた。
「さて…」
…しかし、その極短い一言で空気は一変した。
それまでの穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、女性陣は居住まいを正し改めて互いに向き直る。
俄かに緊張感を漂わせ始めた二人とは裏腹に、男は視線だけはソフィアに向けつつも、特に空気の変化を気にした様子もなく茶菓子を口に放り込んでいる。
対する二人も慣れているのか、雷堂の態度を気にするような素振りは全くない。
「このまま茶を楽しみながら昔話にでも興じたいところだが、残念ながらそうもいかん。 …仕事の話を始めるとしよう。 まず依頼の詳細と、その目的について話したいと思うが、どこまで聞いている?」
「そうだな、俺らが聞いてるのは次の新年度から二年間の長期契約になること、その間は基本的にこのクロスロードに滞在すること、依頼内容は現地にて確認、これぐらいだな」
「それと報酬ですね。 依頼完了後に日本円で三億、諸費用は別途で」
「ああ、間違いない」
「二年契約で三億とは、えらい奮発したもんだよな」
「何を言っている」
雷堂の言葉にソフィアは若干呆れた様子を見せる。
「お前たちを、というよりお前を、“間雷堂”を使うには安いものだろう。 そもそも雷堂と同格の者をコネも縁もなく雇おうと思えば、普通はこの何倍も掛かる。 それを思えばむしろ安上がりなくらいだ」
「まぁアンタとウチの付き合いも長いからな。 俺は元々報酬額にはさして拘らんし、友人価格ってところだ」
一個人を雇うのに億単位の報酬を払うことが然も当然であるかのように話し、しかもそれを安上がりだの友人価格だのという普通の人間が聞けば耳を疑うような会話をしているが、その場の誰一人としてその会話に疑問を抱いている様子はない。
つまり“間雷堂”という人間を雇うということは、実際にそれだけの価値があるのだろう。
「それで、仕事の内容というのは?」
「うむ、それはな…」
一拍の間をおいて告げられたその内容は…。
「二年間、この学園で教師をやってほしい」
「…は?」
余りにも予想外に過ぎるものだった———