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異世界交流学園の臨時講師  作者: 福耳 田助
間章.それぞれの3ヶ月
14/25

1.間雷堂

再投稿


 科学世界テラ、かつては極東などと称された海に浮かぶ島国、日本。

 その日本の中心近く、首都圏からはややはずれ、地理的にも経済的にも都会と田舎の丁度中間に位置するあたりに、“間総合警備保障”の本社ビルは存在する。

 何故そんな中途半端な土地に、仮にも大企業である“間”の本社ビルがあるかと言えば、その敷地を挟み田舎側とでもいうべき場所に、“間総合警備保障”の母体である“間流戦技”の宗主、間本家の屋敷があるのだ。

 というよりも、本社ビルの土地を含めた周辺一帯が、間本家の所有する私有地であったりする。

 …最もその土地の大半は田舎側にあり、本社ビルと本家屋敷、社員寮や社宅を除けば山と鍛練場しかないが。


 現在雷堂は本社ビルの上層、役員区画にある自室でデスクに向かっていた。

 雷堂のオフィスは役員らしく立派ではあるが、飾り気は余り無く、観葉植物の鉢が一つ置かれている程度。

 左右の壁に置かれた本棚には、様々な資料本やファイル・バインダーがみっしりと詰められ、入口正面奥に鎮座するデスクには、最新型の高スペックパソコンが設置され、その周りに資料や書類が乱雑に、けれど本人にだけは分かるように積まれている。


 右手で書類をめくり時折何か書きつけつつ、左手は忙しなくキーボードを叩く。

 目線は基本的に書類に向けられ、画面は殆ど確認していないが、タイピングにミスは見られない。


 二年間社を離れる事になった為、役員としての業務を調整しているのだ。

 元々“間流戦技”の方の仕事で長期間空ける事はままあるが、二年も空ける事は余り無いので、調整する事も多くなってしまう。

 勿論役員としての仕事を丸二年もほったらかし、という訳にはいかないので、後はパソコンでやり取りしたり、休暇を利用して行うことになっている。


 ペラッ カリカリ

 カタ カタタン カタカタ…


 デスクに向かい書類を捌くその姿は、一見したところまるでエリート会社員のようで、普段の様子とはまるで違う真面目で知的な印象が…


「…だりぃ」


 無かった。

 いつも通りである。


「メンドくせぇ…タバコ吸いたい…酒飲みたい…パチンコ行きてー…」


 ブツブツとダメ親父みたいな事を言いながらも手は止めず、かなりの速さで書類を減らしていく。

 いかにもやる気皆無の表情のまま、常人よりも遥かに速く的確に書類を片付ける様子は、真面目に一生懸命仕事に従事する人間からすればかなりイラっとくるだろう。

 間家の人間は基本的に万事優秀で頭も良いが、デスクワークの類は嫌いな者が多い。

 何しろ真面目な印象の強い晶ですらデスクワークは嫌がるのだから、筋金入りだ。


「俺がこんな仕事しなくてもいいじゃん…。 もう、間本家は名誉役員にでもして、経営から切り離してさぁ…」

「何をブツブツ言ってるんです」


 ブツブツ言いながらも仕事をこなしていた雷堂に、突然声が掛けられる。

 部屋に入ってきたのはビジネススーツを着込んだ一人の女性。

 きっちりとスーツを着こなし、セミロングの髪をアップに纏め眼鏡を身に着けるその出で立ちは、いかにもキャリアウーマン然とした、“出来る女”といった雰囲気を漂わせている。


「…何だ、かぐやか」

「何だ、とはご挨拶ですね。 ちゃんと仕事してるか、様子見ですよ」

「やってるよ、見りゃ分かんだろ。 信用ねーなぁ」

「信用とは積み重ねた実績の上に生まれる物です。 実績がなければ信用は生まれず、裏切れば失われる。 …で、あなたはこれまでに何度仕事をサボって逃げ出しましたか?」

「あ、はい、ごめんなさい」


 彼女は竹原かぐや。

 “間総合警備保障”秘書課に勤める女性で、間親子の専属秘書である。

 …秘書と言っても専らその役目は、仕事をサボり気味な社長親子の尻を蹴っ飛ばす事なのは公然の秘密だ。


「でもだからって、ちょっとした基地並みの防犯装置を役員室に設置するのはどうかと思うんだ」

「以前それを突破して逃げたのは誰でしたか」

「…俺です。 申し訳ないっす」

「全くあなたたち親子と来たら、やれば人並み以上に出来るクセに直ぐに逃げる。 毎度毎度捜させられる身にもなって下さい」

「最終的にはちゃんとやってんじゃん…」

「最初からやれと言ってるんです!」

「すんません!」


 自分が悪いと理解しているだけに、流石の雷堂も彼女には弱い。

 それでも改める様子が無いのは業が深いと言うべきか。


「まぁ今は良いでしょう。 それより今回はいつもよりも長期でここを離れるんですから、やるべき仕事はちゃんと終わらせていって下さい」

「はい…」

「それとこれを」


 どさりと、合計で厚さ十センチ程の、何やら重そうな束をデスクに載せる。

 積まれたそれを見て嫌そうに顔を顰める雷堂。

 かぐやがそれを手に持っていることは気付いていたが、中身が予想できるだけに見ない振りをしていたのだ。


「一応聞くけど何それ」

「所謂お見合い写真と釣り書きです。 メールで申し込みがあったモノもあなたのメールボックスに送っておきましたから、ちゃんと自分でチェックして返事をしておくように」

「デスクワークよりメンドくせぇ…」


 今年三十歳になった雷堂の元には、かなり頻繁にこういった縁談の申し込みが来る。

 大企業の後継で自身も資産家、世界最強の世界級(ワールドクラス)であり、見目も整っていて独身、恋人や婚約者・許嫁の類も無しと来れば、まぁ当然と言えば当然であろう。

 しかし雷堂はそれらを全て断っている。

 女性経験はそれなりにあれど元々大して結婚願望も強くなく、見合い結婚を否定する訳では無いが、“ピンと来ない”というのが正直な所だ。


「あなたの立場でその年で独身なら仕方ない話でしょう。 お見合い攻勢が嫌ならさっさと相手を見つけて、結婚したらどうです」

「縁談が鬱陶しいから相手探して結婚するって本末転倒だろ。 大体そういうアンタも独り身じゃねーか」

「私は恋人はいますよ」


 かぐやは雷堂の二つ上の三十二歳。

 同じく独身だが、間総合警備保障営業部の若手課長(三十五)と交際中。

 お互いの歳が歳だけに、将来的なことも考えた真剣な交際だが、いまだに結婚には至っていない。


「まぁ、そろそろキチンとプロポーズくらいして欲しいとは思いますが」

「おっかなくて出来ねーんじゃ…」


 ビュオンッ!


 目にも止まらぬ速さで放たれた横薙ぎの手刀が、一瞬前まで雷堂の頭があった場所を通過する。

 逃げ遅れた数本の髪の毛がはらりと落ちた。


「…何か言いましたか?」

「いえ! 何でもないっす!」


 竹原かぐや。

 “間総合警備保障”社長秘書にして“間流戦技”序列十位、雷堂と同じく“十人会”の一員であり世界級(ワールドクラス)の“怪物”。

 …雷堂の言も、あながち間違いではないかもしれない。


「全く…。 兎に角、仕事も縁談もちゃんとしておくように」

「イエス、マム!」


 部屋を出ていく背中を見送りつつ、「やっぱおっかねーからだよな」と内心で思ったが、流石にもう一度口に出すほど迂闊ではない。

 …思った瞬間に背中に凄まじい寒気が走ったからでは断じてない、ないのだ。


「やれやれ、やっぱ女は怒らすもんじゃねーな」


 どうして自分の周りにいる女はこう、どいつもこいつもデンジャラスなのか、若干真剣に考えながら積まれた見合い写真の一番上を手に取り開いてみる。

 写っているのは綺麗に着飾った、20代前半の女性。

 釣り書きを見るに、“間”と付き合いのあるとある企業役員の次女らしい。


「ふーん…」


 美人だとは思う。

 丁寧にメイクを施し、着飾った姿も美しいとは思う。

 けれどそれだけ、どうにも心が動かない。

 他の物も一通り目を通してみるが、全て同じだ。


 恋をした事はある。

 女性との交際も別れも経験している。

 一人の女性を想って眠れないほど思い悩んだことも、失恋に泣いたこともある。

 しかし今はもう何年も、そういった感情にはとんと縁が無い。

 もう枯れたのかと友人に言われたことさえあるほどだ。

 なんとも思わない訳では無い。

 人並みに欲はあるし、結婚もいつかはしたいと思う。

 だが同時に縁が無ければそれはそれで良いかと思う自分もいるのだ。

 家の跡継ぎに関しては妹もいるし、親戚の誰かを引っ張って来ても良いだろう。

 自分の事、家の事、家族の事、色々と考えはするのだが…。


「やっぱ、ピンと来ねーな」


 今は良い。

 まだ時間はある。

 いつか後悔したりするかもしれないが、その時はその時だ。

 そう割り切ってそれまでの思考を放り投げ、積まれた見合い写真を脇に除ける。

 縁談のお断りという、より面倒な作業を後回しにして再び書類に向き直る―――





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