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異世界交流学園の臨時講師  作者: 福耳 田助
1章.1年目1月:転機の出会い
12/25

11.問い・恐怖・覚悟

再投稿


 ―――場所は再び第一訓練場フィールドへと移る。


 八人の学生が整列し、その正面にはソフィアを中心に雷堂と晶が並び立っている。

 学生達は視線こそソフィアに向けているが、その意識は明らかに雷堂に向けられていた。

 その様子に内心苦笑しつつも、話を進めるべく口を開く。


「さて」


 それでも流石と言うべきか、ソフィアが発した短い一言だけで、視線のみならず意識もまた彼女へと向ける。

 ソフィアはその様子に内心だけで満足気な表情を浮かべると、そのまま話を続けた。


「先に述べた新年度からの教室選択、答えを出すのは実際に志望教室を出す時で良いと思っていたのだが…」


 言いながら学生達の顔を見回すが、誰一人目を逸らすことも揺らすこともなく、真っ直ぐにソフィアの目を見返してきた。

 その瞳の奥に、強い決意と、炎のような闘志を滾らせながら。


「…どうやら、答えは聞くまでもないようだな」


 彼らのそんな心の内を感じ取ると、ソフィアはそのまま一歩後ろへ下がり、入れ替わりで雷堂が前へ出る。


「ならば私の出番はここまでだ」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 一歩前へ歩み出た雷堂は、無言で学生達の顔を見回す。

 その視線に全く臆する事もなく、睨み付けるかのように視線を返す八人。

 それは雷堂を兄と慕うティアですら同じであった。

 しかし雷堂は気にする様子もなく、むしろ楽し気な笑みを浮かべてすらいる。

 それが子ども扱いされているようで若干の不満を感じるが、実力差を考えれば致し方ないことだと納得して見せる。

 勿論内心ではいつか目にもの見せてやると、更に闘志を燃やしている訳だが。

 当の雷堂は彼らの心の内にも気付いてはいるのだろうが、それでもやはり気にした様子はなく、それどころか一層笑みは深まっている。

 『やれるものならやってみろ』、まるでそう言っているかのように。


「さて、まず聞いておきたいんだが…」

「何でしょうか?」


 雷堂の言葉に返すのはリーンベル。

 彼女自身を含め学生達の中では、彼女が指揮官でありリーダーとして既に確定しているらしい。


「君らは、どこまで(・・・・)行きたい?」

「どこまで…?」

「どの程度まで強くなりたいのか、だ」


 質問の意図を掴みかね聞き返すが、返された言葉は明確だった。


「“人”の限界点を目指すだけなら難しくない。 君らは十分才能もあるし、俺が普通に教えれば2年もあれば行ける。 “人”の限界点を越えた先なら、まぁ多少は難しくなるだろうが不可能じゃない。 …だが今の俺と同じ、“人”の限界点を越えた更にその先を目指すなら、それは茨の道どころじゃない。 死に物狂いで修練を積まなければ絶対に不可能、いや、本当に死ぬかもしれない。 何よりそうしたところで、辿り着ける保証なんか何処にもにない」

「「「…」」」」

「それを踏まえた上で、もう一度聞こう」


 雷堂は挑戦的な、試すような視線で全員の顔を見回しながら、再び同じ質問を繰り返した。


「…どこまで、行きたい?」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 その言葉に、思い起こされるのは先の模擬戦での光景。


 圧倒的な、言い訳を差し挟む余地のない完全なる敗北。

 心が折れ、二度と立ち直れなくなっても可笑しくないほどの、余りにも隔絶した実力差。

 それだけの差を見せつけられて尚、彼らの心中に敗北に対する悔しさはあれど、悲観的な感情は微塵も存在しなかった。

 相手はただ一人で一国すら滅ぼす、正真正銘の“化物”。

 普通ならば悔しさなど感じるはずもない。

 それを感じられる余地のあるような実力差ではないのだから。

 未熟ではあるが愚かではない彼らは、それを正しく理解している。

 理解した上で、それでも思ってしまうのだ。

 『悔しい』と、『自分もそこ(・・)へ行きたい』と。


 彼らは知らない。

 大敗を喫して己の未熟を悟り、敵との絶望的なまでの実力差を知り、相手が“化物”だと理解して、それでも尚“そこへ至る自分”を当たり前のように想像できる。

 そんなある意味異常とも言える精神性こそが、この世の頂点たる世界級(ワールドクラス)の素養だという事を。

 かつて世界級(ワールドクラス)のある一人はこう言った。


『私達は、“人”という生物としては“壊れている”。 肉体がではなく、その精神が、“人”のそれとは大きくかけ離れすぎている。 そしてそうでなければ、この領域には至れない。 “人”に許された領域を超える力を望むのならば、まずはその精神が“人”のままでいる事を諦めなければならない。 それが出来る者だけが力の極致、世界級(ワールドクラス)へと至るのだ』


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


「どこまで、ですか」


 雷堂の質問にほんの少しだけ考えるが、それでも答えは変わらない。

 覚悟は既に出来ている。

 茨の道だろうと突き進もう。

 命が必要なら懸けてやろう。

 そうして突き進んだその先に、今目の前に立つこの男と同等の、否、越える可能性があるのなら。

 左右に目線をやれば、横に並び立つ仲間たちと視線がかち合う。

 その眼に、全員が同じ覚悟の光を宿していた。


「…答えは決まっています」


 ならば後はそれを言葉にするだけ。


「「「頂点まで!」」」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


(あの戦いの後でそれを言えるか。 やっぱり中々のもんだな。 …しかし)


 まだ、少しだけ足りない。

 彼らの認識する世界級(ワールドクラス)の戦力は、恐らく実際のそれよりもかなり低い。

 模擬戦においても雷堂はかなりの手加減をしたのだから、当然と言えば当然。

 彼らもそれは分かっていようが、それでも戦力把握は甘い。


 …今一度試さねばならない、彼らの覚悟のほどを。

 同時にそれは、彼らが世界級(ワールドクラス)へと至る器を持つか否かの試金石にもなるだろう。


「…ならもう一つだけテストをしよう」

「テスト?」

「君らが、世界級(ワールドクラス)を目指す道のりを歩み続ける事が出来るかどうか、その覚悟の程を」

「そんなもん、どうやって確かめようってんだ?」

「君らは別に何もする必要は無い」

「は?」

「今から俺が本気(・・・)で君らを威圧するから、それに耐えられれば合格」

「それだけ、ですか?」

「そう、それだけ」


 拍子抜け、口にこそ出さないがそんな感情が見て取れた。

 それは世界級(ワールドクラス)を直接知っているはずの、ティアや宗昭でさえ同じ事。

 この二人でも、父や伯父が“本気”を出しているところは見たことが無いのだから無理もない。

 顔色を変えたのは雷堂の後ろに控えていた二人だけ。


「おい、ライ!」

「兄さん、流石にそれは…」


 二人のそんな反応に、学生達は揃って首を傾げる。

 威圧程度で何をそこまで慌てる必要があるのか、と。

 この反応の差こそが、世界級(ワールドクラス)に対する知識と理解の差を表わしていると言えよう。

 雷堂が止めようとする二人を手と目線で制すると、その様子にやめる気は無いと察した二人は、溜息と共に再び後ろに下がった。


「じゃあ始めるか!」

「はい、いつでも」


 認識が甘い、と言っても気を抜いている訳では無い。

 戦闘態勢の様に身構え、気を張っている。

 だが、足りない。


「行くぞー」


 ズンッ!!


(…え?)


 ゴ ゴ ゴ…


(な、に…!?)


 ビリ…! ビリ…!


(こ、れは…!)

「腹に力を籠めて、両足を確りと踏みしめろ。 一瞬たりとも気を抜くな」

「う…あ…」

「…これでも結構期待してるんだ。 頼むから、折れてくれるなよ?」


 雷堂はそう言い放つや、それまでは抑え込んでいた自身の気配を、完全に解放した―――


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…!


 ギシ…ギシ…!


 ピシ…パギン!!


 雷堂を中心に暴風のような風が吹き荒れる。

 大型建造物である第一訓練場が、全体的に軋みを上げ、まるで悲鳴のような音を響かせる。

 強化ガラスで出来ているはずの窓が、ひび割れていく。

 たった一人の人間が放つ気配が、物理的な圧力すら伴って、周囲に降り注ぐ。

 最早客席の誰一人として、声を上げることすら出来ない。

 ましてや、それをすぐ間近で受ける彼らの恐怖たるや…。


「あ…ああ…」


 怖い

 怖い 怖い

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い…


 恐怖が、絶望が、心を埋め尽くしていく。

 抗う気力が、立ち向かう勇気が、湧いてこない。

 このまま意識を失えたら、どんなに楽か。

 いっそ今すぐ膝を折ってしまいたい。


(け、ど…!)


 それでも、辛うじて踏み止まらせたのは、直前の雷堂の言葉。


『これでも結構期待してるんだ』


 自らが越えんとしている目標にそうまで言われたのだ。

 それなのにもしここで心折れてしまえば、きっともう立ち直れない。

 二度と世界級(ワールドクラス)を目指すなんて口にできなくなる。

 そうなったら、きっと一生自分を許せない。


(そんな事、許容できるはず、無い!!)


 そして計ったかのように同じタイミングで、八人全員が同じ行動をとる。


『腹に力を籠めて』


 強く息を吸い、全身に気力を漲らせ、


『両足を確りと踏みしめろ』


 両足で強く大地を叩くように踏ん張り、背を逸らし胸を張って、


『一瞬たりとも気を抜くな』


 心の奥底から、あらん限りの勇気を振り絞り、


『折れてくれるなよ?』


 真っ直ぐに雷堂の目を見据えて、かつてソフィアが見初めた物と同じ顔で、笑って見せた―――


♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


「…上出来だ」


 彼らの、その揺るぎない決意と覚悟の込められた瞳に、雷堂もまた同じ顔で笑う。

 そのまま再び自身の気配を抑え込み、充満していた威圧を消した。

 途端会場中から、息を吐く声や、むせ込むような音が聞こえてくる。

 雷堂の放つ桁違いの威圧に、誰もがまともに息をすることすら出来なかったのだ。


「ソフィア」

「何だ?」


 平然としたように見えるソフィアだが、その背中には冷たい汗が滴っていた。

 それは隣に立つ晶も同じである。

 世界級(ワールドクラス)に最も近い大陸級(コンチネンタルクラス)と、それに次ぐ国家級(ナショナルクラス)と言えど実力差は歴然、なんの恐怖も抱かない訳では無い。


「…合格だ」

「そうか。 なら決まりだな」


 そのわずかな恐怖を一切表に出すことなく、再び前に出て宣言する。


「リーンベル・エメリア・グロスター、

 御堂朱音、

 ティア・マーティン、

 ヴォルフ・ファング、

 シルフィアーネ・オル・エルストラ、

 ロドリオ・ラージュ、

 二コラ・スミルノフ、

 柳生宗昭、

 以上八名を来年度より特別選抜科・間教室の所属とする!」






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