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怪異調査事務所へようこそ  作者: とど
零章 音羽菜月の始まり
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0-5 菜月の力

 菜月が怪異調査事務所で働くことを決めると、手始めに行われたのはGPSの装着からだった。怪異に襲われた時にすぐに居場所を特定できるようにと、常に肌身離さず身に着けているものに超小型のGPS機能が付いた機械を取り付けておくのが事務所の規定なのだ。



「ごく小さいものだから何に取り付けてもいいし、雅ちゃんや空なんかは携帯のGPSを利用したりしてるが菜月ちゃんはどうする?」

「菜月、よく携帯忘れるから止めた方がいいかもしれないよ」

「だよねえ……」



 雅の言う通り、菜月はしばしば携帯を忘れる。というよりも携帯だけではなく色々なものをよく紛失するのである。だいたいは部屋のどこかで見つかるが、怪異に遭遇した時にうっかり別の鞄に入れて持って来るのを忘れたなんてことになったら目も当てられない。


 菜月は少し考えるようにした後、不意に条件にぴったりと当てはまるものを思い出して両手を首の裏に回した。



「ペンダントなんですけど、これでも付けられますか?」

「ペンダントトップの裏側に着けることになるが、それでいいか?」

「大丈夫です」



 菜月が差し出したのはシンプルな雫型のペンダントだった。薄く淡いピンク色の石を取り囲むようにシルバーの装飾が施されたそれは、然程値が張るものでもなく縁日で見つけたものだ。だが何より彼女にとっては宝物と言っていい大切なものだった。



「あ、菜月それって確か“いっくん”に貰ったとか言ってたやつだよね」

「覚えてた? うん、初めてプレゼントしてもらったものなんだ!」



 忘れもしない彼女が小学三年生の夏祭りの時、ペンダントを一目見た瞬間動かなくなった菜月にため息を吐きながら恭一郎が買ってくれた品だった。当時に気に入った物なので正直今の彼女には子供っぽいデザインなのだが、それでも恭一郎からのプレゼントということで菜月は学校を除く外出時は殆ど身に着けている、言わばお守りのようなものだった。


 服のコーディネートと合わないこともしばしばある為普段は服の下に入れていることが多い。GPSを付ける以上学校にも着けて行く必要があるので、同じようにしまっておけば少し見ただけでは気付かれないだろう。



「なんだ、菜月ちゃんは彼氏がいるのか?」

「彼氏じゃないです。彼女にはなりたいですけど」

「そうかそうか。でもプレゼントもらうってことはそれなりに脈はあるんじゃないか? 雅ちゃんも菜月ちゃんを見習って少しは素直になれば」

「大きなお世話! というか恋愛に関しては八雲さんに口出しされたくないです!」

「確か八雲さん、この前また振られてましたよね? 俺がここに来てから一体何度目ですか」

「痛い所を突かないでくれ……古傷が抉られる」





 そんな会話をしながらペンダントを渡した翌日の月曜日、放課後に時間を空けて欲しいと八雲に言われていた菜月は何をするんだろうと考えながら昇降口で靴を履き替えていた。





「おーい、菜月ちゃん」



 雅は委員会があり一緒に帰れない。あの事務所への道のりは覚えていないので聞いておけばよかったと菜月が後悔しながら正門を潜り抜けようとしたその時、不意に自分の名前が耳に入って足を止める。見れば門の傍に昨日会ったばかりの男――八雲が寄り掛かるようにして立っていたのだ。



「九十九さん」

「八雲でいいよ。どうせこれから別の九十九に会いに行くからな」

「どういうことですか?」

「行けば分かるさ。ほら、こっちだ」



 菜月を先導するように歩き始めた八雲に従って彼女も歩みを再開するが、それはすぐに止まることになる。



「あの、八雲さん……そっちなんですか?」

「ああ」



 何故かビルとビルの細い隙間に入り込んだ八雲は数歩歩いた所で立ち止まり、恐る恐る着いて来た菜月の腕を唐突に掴む。



「ここなら見つからない」

「何を――」



 危機感を覚えた菜月が掴まれた腕を振り払おうとするよりも早く、その現象は起こった。ぐらりと眩暈のような感覚が彼女に降り掛かった途端、まるでテレビのチャンネルを変えているかのように目の前の視界が切り替わり、そして全く異なる景色が映し出されたのだ。


 薄暗いビルの隙間から次に切り替わった先は、明るく白い空間だった。どこかの建物の中らしいそこは、長椅子がいくつも置かれて何かの待合室のような場所だ。消毒液のような独特の匂いが鼻を刺激し、前方から白衣の女性が歩いて来たのを見て菜月はここが病院なのではないかと考える。



「……っていうか、何!? なんで私ここに居るんですか!」

「俺の異能、こういう風に色んな場所に瞬間移動できるんだよ。距離があるとちょっと誤差が生まれるが、此処みたいに何度も来た場所ならずれも無く辿り着ける」

「それなら先に言って下さいよ。驚きました」

「驚かせたかったんだ」



 子供のように無邪気にそう口にした八雲に、菜月は何だか疲労感を覚えて肩を落とす。自分よりも一回りは年上だというのにまったくそう感じられなかった。




「此処……病院ですよね?」

「ああ。九十九医療センター、市内でもそこそこ大きな病院だ」

「九十九?」

「一応うちの家が経営してる。今日は菜月ちゃんの異能を検査する為に来たんだ」

「八雲さん、先生がお待ちですよ」



 前方からやって来たナース服の女性がにこりと笑って菜月たちを促す。そのまま八雲に連れて行かれるままに歩く菜月だったが、彼女は一度ナースの女性を振り返って首を傾げた。彼女は菜月達がここへ来たのを――突然現れたのを見ていただろうに全くそれを追及しない。八雲も何度も来ていると言っていたので、恐らくこの女性も異能者か、そうでなくとも異能について知っているのだろうと判断した。


 診察室と書かれた部屋の扉をノックした八雲は返事を待たないままその扉を開き、「よっ」と片手を軽く上げる。



「また新しい異能者を見つけて来たんだってね、八雲。一体何度目かな」

「今回は俺が見つけて来た訳じゃないんだけどな。菜月ちゃん、この人が菜月ちゃんの異能を見てくれる先生……俺の兄だ」



 室内は一般的なごく普通の診察室だったのだが、椅子に腰掛けてくるりとこちらを向いた人物が発した言葉は一般的という言葉からは随分遠ざかっているものだった。


 三十代後半くらいだろうか、僅かに白髪の混じった黒髪の男は八雲と軽口を交わした後にとても穏やかに微笑んで菜月に視線を移す。その表情を見るだけでとても落ち着いた人物なのだろうと菜月は思い……そして思わず八雲と見比べてしまった。



「はじめまして、九十九五樹つくもいつきです。この病院で医師をしているんだ。粗方の話は八雲から聞いているよ」

「音羽菜月です。よろしくお願いします」

「じゃあ五樹兄さん、菜月ちゃんのこと頼むな。後で迎えに来るから終わったら連絡くれ」



 挨拶が終わると菜月は診察用の椅子に座るように促されるが、反対に八雲は彼女の頭にぽん、と手を置いた後診察室を出ようと扉に向かっていた。



「……八雲さん、帰るんですか?」

「色々検査するから時間が掛かるだろうしな。大丈夫、兄さんの言う通りにすれば問題ないし、特に痛いことも……しないよな?」

「採血くらいはするけどね」

「だそうだ。とにかく兄さんに任せておけば大丈夫」



 初めて来た場所……それもどこにあるのかも分からない所で初対面の人間と取り残されるのは少々抵抗があったが、とても五樹を信頼しているんだろうと思わせる八雲の口ぶりや、何より五樹本人が悪い人に見えなかった為、菜月は黙って頷いた。



「じゃあ始めようか」



 五樹が初めに行ったのは一般的な健康診断と、いくつかの質問だった。視力、聴覚、血圧などを測り、そして今は今まで異能や怪異を知っていたかなどの質問に菜月は腕の血管に針を刺されながら答えていた。



「全く知らなかったです。雅とは友達なんですけど、そんなことをしてたなんて」

「あの子はすごいよ。異能だけじゃなくて素の身体能力も非常に優れた子だ。異能を使いこなすのも早かったからあの時は僕も八雲も驚いた」



 そんな会話をしていると採血も終わり菜月の腕から針が抜かれる。ガーゼで腕を押さえられそのまま固定されるかと思ったが、しかし五樹は僅かにガーゼを押さえただけで一度それを取り除き、そして目を瞠るように菜月の腕を見た。



「八雲から治癒の異能らしいとは聞いていたが……これは確かに」

「え? ……あ」

「分かったかい? もう採血の跡も残っていない。けれど血は注射器の中か……音羽さん、昨日怪我をした時は血も戻っていたんだよね?」

「戻っていたというか、沢山流れたはずなんですけどどこかに消えてました」

「成程……自分の怪我は意識せずとも治るが、ある程度制御もできるのかな」



 しげしげと採血を行う前とちっとも変わらない自分の腕を眺めていた菜月だったが、五樹が何かを思い立ったかのように席を立ち、そしてすぐに戻って来たと思ったら彼の指から血が流れているのを見て彼女は悲鳴を上げそうになった。



「何してるんですか!」

「悪いね、驚かせて。まあちょっと切っただけだけど……今度は他の人の怪我が治せるか試してみようと思ってね」



 そのまま治せないかやってみてくれないかという五樹の言葉に菜月は困惑の表情を浮かべる。そもそも彼女は自分で異能を使っている自覚などないのだ、いきなり怪我を治してくれと言われてもどうしていいのか分からない。

 なんとなく治れと念じながら五樹の指を見つめ続けた菜月だったが、けれど一向に変化など起こらなかった。



「すみません、駄目みたいです……」

「じゃあこれでどうかな」

「五樹先生?」



 自分の異能を確かめる為に指を切ったというのに治せないことに罪悪感を覚えた彼女だったが、五樹は全く気にした様子もなくそのまま菜月の片手を取り、そのまま血に触れないように気を付けながら怪我をした自分の手を掴ませた。


 するとどうだろうか。途端に流れていた血は動きを止め、それどころか逆流し始めてどんどん傷口に血が吸い込まれていったのだ。たった数秒で五樹の指は怪我をしていたことなど錯覚だったと思えるほどに完全に怪我は完治していた。



「これは……」



 菜月の手に触れていた五樹の手が震える。菜月にしてもこうして怪我が綺麗に治っていく様をしっかりと見せつけられては、口を開けて沈黙することしかできなかった。


 しばらく二人で動きを止めていたが、やがて我に返ったように五樹は何度も瞬きを繰り返して「すごい異能だ」と小さく呟く。



「対象に触れていれば人の怪我も治せるみたいだね。それも出血まで元に戻して……これは、むしろ治癒というよりも……」



 呟きながらも五樹はおもむろに机の上のペン立てから一本鉛筆を取り出すと、何の躊躇いもなくそれを真っ二つに折ってしまった。



「音羽さん、これを戻せるかい」

「え、先生これ鉛筆ですよ?」

「そうだね。戻せなくても構わないから、とりあえずやってみてくれるかな」



 強めの口調でそう言われ、菜月は困惑しながらも折れた鉛筆に触れる。戻る訳がないと思いながらも元の鉛筆の姿を思い描いていると、刹那彼女が触れていなかったもう一片の鉛筆ががたがたと動き始め、そして間を置くことなく折れた断片に合わせるようにぴたりとくっついた。


 菜月が驚いているうちに繋ぎ目は跡形もなく消え去り、彼女はただただ鉛筆と五樹の顔を往復するように視線を動かす。

 少し頭が痛い。



「やっぱり……じゃあ次はこうだ」



 菜月ほど驚いていない様子の五樹はそのまま直った鉛筆を手に持つと、再び同じように二つに折ってしまった。しかし今度はそれをわざわざ接着剤を付けて再びくっつけ、そして菜月の前に差し出したのだ。



「何やってるんですか?」

「もう一度、異能を使ってみてくれないか」

「いいですけど……」



 先ほどと何も変わらないのではないかと思いながら再び歪にくっつけられた鉛筆に触れた菜月だったが、次の瞬間軽い音を立ててくっつけられていた箇所が折れ曲がったことに驚いてすぐに手を放してしまった。



「え」



 接着剤を使う前と同じく二つに割れた鉛筆を見て菜月は首を傾げた。何故今度は逆に折れてしまったのだろうと頭を捻らせていると、くらりと小さな眩暈が彼女を襲った。

 椅子から落ちてしまう程ではないが彼女が片手で頭を押さえていると「異能を使いすぎたのかな」と五樹が申し訳なさそうに眉を下げる。



「ごめん、あともう一度だけ異能を使ってもらってもいいかな。それで最後にするから」

「大丈夫です。何をすればいいんですか?」

「そうだね……何かいいものがあったかな」



 そう言って立ち上がった五樹は「少し待っててくれ」と菜月に一言言い残して診察室を出て行く。その間に頭を休めるように彼女が目を閉じていると、数分ほど経った頃だろうか、ばたばたと音を立てて五樹が戻って来た。

 目を開けた彼女に差し出されたものは、綺麗な赤い色をした一つの林檎だった。



「林檎をまた切るんですか?」

「いいや。このまま異能を使ってみてくれ」

「え、でも直す所なんてないですよ?」

「そうだけどね。僕の予想が正しいなら、きっと……」



 五樹の言葉に訳が分からないと困惑しながらも頭痛を押して菜月は林檎に手を伸ばす。先ほどから何度か異能を使ったおかげでなんとなくコツがつかめたような感覚を持っており、直るイメージを考えられなくても使えそうだった。

 しかし何が起こるかは彼女には分からない。




「……やっぱりそうか」



 ぽつりと呟かれた言葉と共に菜月は林檎から手を放す。

 先ほどまで瑞々しく美味しそうだった林檎は、今はまだ熟す前のように青みがかりとても美味しそうには見えなくなっていた。



「何で……?」

「音羽さん、君の異能は治癒なんかじゃないんだ。怪我を治すとか、そういう次元の話じゃない」



 確信を得たようにはっきりと口にした五樹は、ぐらぐらと傾く頭を支えている菜月を非常に真剣な表情で見つめた。



「あらゆるものの時間を巻き戻す、そんな力だよ」






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