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怪異調査事務所へようこそ  作者: とど
四章 相馬恭一郎の願い
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4-6 増える失踪者

 一旦事務所に戻って雅と空を連れた八雲は、九十九医療センターへと移動した。この病院では八雲が移動する際に一般人に見つからないように、とわざわざ入り口近くの小部屋を空けてもらっている。八雲達はその小部屋へ移動した後外に出ると受付に向かって歩き出し、そこに異能を知る馴染みの看護師を見つけて声を掛けた。九十九家の事情を知るその人には八雲が小さい頃からお世話になっている。



「あら、八雲さんじゃない。珍しくあの部屋使ったのね。いつもは面倒臭がって直接五樹先生の所へ行くのに」

「ちょっと聞きたいことがありまして。……少し前に高校生の女の子が病院に入ってきませんでしたか?」

「女の子? ……いえ、見てないわ。さっきから来てるのは殆どおじいさんばっかりだし」

「救急車で運ばれた人は?」

「確認してみるからちょっと待ってなさい」



 一応何かしらの事故で病院に運ばれた可能性もあるのでそう尋ねた八雲は、待っている間に自分を落ち着かせるように大きく深呼吸する。警察でもない一般人の八雲でもこの病院ならばまだこうした融通が利く為情報を得るのは然程苦労しないのが幸いだ。



「八雲さん……本当に菜月がここに居るんですか」

「恭一郎の時計だけが勝手に移動してなければな」

「相馬先輩だけでなく音羽にも連絡が取れなくなるなんて……本当に、何が起こってるのか」



 空が考え込むようにそう呟くと、受話器を置いた看護師が顔を上げ、八雲を呼んで首を横に振って見せた。



「八雲さん、聞いてみたけど今日はそんな子運ばれてないって」

「そう、ですか。ちなみに今日兄さんは?」

「五樹先生? そういえば今日は見てないわね。いつもなら朝ここで挨拶してくれるんだけど、お休みだったかしら……?」

「……」



 五樹も、いない。八雲は受付から離れると壁際の隅で五樹に電話を掛け始めるが、しかし胸中の嫌な予感を的中させるように一向に繋がることはなかった。診察中ならば電話に出ないこともあるが、看護師も見ていないというと病院にいるかも疑わしい。


 恭一郎、菜月、五樹。……彼らに急に連絡が取れなくなったのは、果たして全て偶然で済ませていいものか。



「八雲さん、どうしますか」

「菜月ちゃんがここにいるのは多分間違いない。それも道端に荷物を置きっぱなしにしてるから本人の意思で来たとも思い辛い。とりあえず病院内を探そう。恭一郎のことも何か手がかりがあるかもしれない」



 恭一郎が行方不明な現状、菜月が八雲達を心配させるのを承知で自発的に連絡を絶つとは考えにくいのだ。そして鞄だけならまだしもペンダントまで外している。つまり何者かが菜月の居場所を知られたくない状況だと言うことだ。彼女が腕時計を持ち出していなければ八雲達は菜月が居なくなったことにも暫く気が付かなかっただろう。


 八雲の言葉に頷いた雅と空は、手分けして情報を集める為に各々病院内を回ることになった。















「……おかしい」



 八雲は一旦足を止めて額に手をやった。菜月達の情報はまだ手に入っていない。病院にいるというのは間違いだったのかとも考えたが、そうなると恭一郎の位置情報が未だに病院に表示されているのが可笑しくなる。故障ということもあるが、可能性としては低いだろう。


 しかし冷静に考えてみれば不自然な点がいくつか考えられるのだ。病院には正面玄関から入っていないだけで侵入口はいくつかあるので受付で確認できなくても問題はない。しかし他の看護師や医者に話を聞いても菜月らしき少女の姿を見た者はおらず、誰かが手引きしていなければ、侵入してからも多くの病院関係者に見つからないようにしながら隠れていなければならない。


 そして何より八雲が首を傾げることになったのが菜月のペンダントだ。彼女のペンダントには確かに極小のGPSが取り付けてある。しかし何故、菜月を連れ去ったらしい犯人はそんなことまで知っていたのか。

 菜月が誰かに話していたのではなければそのことを知っているのは、事務所の人間と上層部のデータベース内の情報を閲覧できる者、そして……担当医の五樹だけだ。



「兄さん……」



 そして手がかりがあると思われるのはこの病院。嫌でも五樹のこと疑ってしまいそうになる。

 八雲は再度確認するように端末の画面を覗き込む。相変わらず恭一郎の腕時計に装着された位置情報は一ミリも動いてはおらず、その真上に立っているはずの八雲は頭を抱えたくなった。上の階は空達が確認しているはずだが連絡が来ない以上情報は乏しいのだろう。



「……ん?」



 不意に彼の脳内に違和感が過ぎった。端末を操作して今までの動きを確認した八雲は、本当にその位置情報が病院に入ってからぴたりと動きを止めているのを見て、目を見開いた。



「八雲さん、全然見つかりませんよ!」

「そっちは何か情報ありましたか?」

「……もしかして」



 雅達が戻って来たのも目に入っていない様子で端末を食い入るように見つめていた八雲は、空に服を引かれてようやく我に返って彼らに視線を落とした。



「空、雅ちゃん」

「何か分かったんですか」

「……地下、かもしれない」



 ずっと動かないGPS。それは動いていないのではなく電波が届かなくなっているのではないか。

 八雲達が扱うGPSは戦闘の邪魔にならないように、あらゆるものに装着できるように極小に作られたものを使用しているが、その分携帯電話で使用するGPSのように基地局の電波も拾える訳ではない。屋内でもある程度は場所の把握が出来るものの、例えば地中深く――地下室などの場所では電波が届きにくくなる。

 この病院に地下室があるなど聞いたことも無いし階段も見たことがないが、しかし図面を見た訳でもないのだ。どこかに隠し階段がある可能性がある。


 そもそもこの病院は元々怪異と異能を研究する隠れ蓑として建てられたのだ。五樹が普段使っているであろうそれらしい研究場所を、九十九の人間である八雲でさえ見たことが無い。幼い頃からずっと通っているにも関わらず、だ。

 ならばこの病院に八雲が踏み入れたことのない空間が必ず存在するはずで、それが地下にあったとしてもおかしくはない……というよりもこの病院に勤務する沢山の一般人に悟られない為には外から分かり辛い地下室というのは合理的なのである。

 暴論かもしれないが、今の八雲はそれ以上考えつかなかった。現状全く見つからない以上、探してみる価値はあると思った。



「この病院に地下ですか?」

「可能性だが、ここの図面を探してみれば……いや、それよりもこっちの方が早い!」

「うわっ」



 八雲は雅と空の腕を掴むと、そのまま柱の影に隠れて異能を発動させた。

 今まで空間が無い場所に移動したことはないし、地下があればその場所へ、なければその付近で移動できる場所に移されるだろう。試した方が早い。


 三人はふわりとした浮遊感を覚え、そして次の瞬間、一気に体に重力が掛かるのを感じた。

















「洗脳……」

「彼の異能は先天的なものだ。生まれた頃からずっと相馬君は無意識にその力を使い続けていた。……異能の効果もさることながら、無意識に使い続けられる程の恐ろしく強い力だ」



 菜月は五樹の言葉に俯いて診察台のシーツを強く握りしめた。生まれつきその力を持ち、知らないうちに勝手に他者を洗脳させていたなんて知ったらショックに決まっている。



「七海が相馬君に異能の押さえ方を教えてようやく落ち着いたが……それでも今も彼は無意識に他の人間を洗脳しているかもしれないと疑い続けていたよ。一度洗脳されてしまえば、それが解かれない限り自分の考えに違和感を覚えることもないからね」

「……五樹先生、その手術終わったって言いましたよね。じゃあ」

「ああ。今の相馬君はもう異能者じゃない、ただの人間だ。もう少しすれば目も覚ますだろう」

「よかった……」



 恭一郎はずっと苦しんでいたと言っていた。ずっと自分の異能に怯えて生きて来た恭一郎がようやくそれから解放されたのだ。



「先生、いっくんを助けてくれて、ありがとうございます」

「……音羽さんは、本当に相馬君のことが好きなんだね。だけどそれ以外がまるで見えなくなるのは、ここに連れて来た僕が言うのも何だけどどうかと思うよ」


「……あ」



 苦笑を浮かべた五樹の言葉に、菜月は我に返って自分の現状を思い出す。恭一郎のことで色々と吹っ飛んでいたものの、彼女は今何者かに気絶させられてここに来たのだ。


 菜月は訝しげに五樹を見上げ、そして最初に過ぎった疑問を恐る恐る口に出した。



「本当に、五樹先生が連れて来たんですか」

「どうしてそう思うんだい?」

「匂いが……怪異か、異能者の匂いがしたからです」

「僕は異能者じゃないから、か。ちょうどいい、説明ついでに紹介しておこうか」



 五樹は菜月の傍から離れると部屋の奥の扉を開けてどこかへ行ってしまう。今のうちに逃げてしまおうかと今更危機感を募らせた菜月が診察台から降りるものの、部屋を出て行く前にすぐに五樹は戻ってきてしまった。

 そして彼の背後には、いつかに見た人影がひっそりと増えていたのだ。



「え」

「音羽さん、逃げるのは困るよ。まだ話があるからね。……君をここへ連れて来てくれたのは、彼なんだ」



 五樹が横に動いて背後にいた人物がはっきりと姿を現すと、その人物――頭に包帯を巻いた大人しそうな男はうろうろと視線を彷徨わせた後、じっとりとした目で菜月を見た。

 その仕草、視線を菜月は覚えている。



「……影、さん」
















 薄暗い小さな部屋。部屋の中央に置かれたベッド脇にある明かりだけが唯一の光源であるその場所には、一人の男が横になって眠っていた。


 頭に包帯を巻いたその男――恭一郎は小さく呻きながら、悪夢を見ているようにその表情を歪めている。実際にただの悪夢の方がましだっただろう、目を覚ませば現実に逃れられるのだから。



「……な、つ」



 遠い過去の記憶、それらに苛まれながら恭一郎は救いを求めるようにその名を呟いた。




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