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怪異調査事務所へようこそ  作者: とど
零章 音羽菜月の始まり
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0-3 異能

 彼らの姿が完全に見えなくなった時、菜月の足は自然とその路地へと動き出していた。つい先日の恐怖体験を忘れた訳ではないが、しかしそれ以上に彼女はあの二人が自分と同じように可笑しなものに襲われたらという心配と……そして僅かな好奇心が疼いていた。


 雅がバイトをしていることは菜月も以前から知っていたものの、どんな仕事なのかということを雅は一切彼女に話してはくれなかったのだ。ただ曖昧に「人を助ける仕事かな」ということを聞いただけで、菜月は常々気になっていたのである。

 それになにより、あの時化け物を燃やした空の姿が菜月の脳裏に焼き付いて離れなかった。



 一度暗い路地の様子を外から確認して妙なものがいないのを確認すると、菜月は二人が消えて行った道をそのまま進み始める。足早に去って行った二人に追いつくために急いで足を動かし、そして周囲の警戒も忘れない。


 けれどそうしているうちに菜月は彼らの姿を見失ってしまった。暗く複雑に入り組んだ路地で一人になり、自業自得だが彼女は途端に恐怖が蘇って来てしまう。



「……あれ」



 孤独感に苛まれそうになった菜月だったが、しかし直後その耳に聞き慣れた声が入って来たことによって我に返り、彼女は止まっていた足を再び動かし始めた。それも先ほどよりもずっと早く。


 静寂を破るように聞こえて来た男女の声は非常に鋭く、内容は聞き取れなかったものの何かあったのだと確信するようなものだった。もしや本当に自分と同じように襲われたのではないだろうかと焦った菜月は、自分が空に助けられたことも忘れて声の元へ必死で向かい、そして何度目かの角を曲がった所でとうとう彼らの姿を見つけた。



「空、そっち行った!」

「分かってる!」



 そこに広がっていた光景は、まさにこの世の……現実にあるとは思えないものだった。


 雅と空を取り囲むように襲い掛かる三体の人間ではないもの。それぞれ形は違えどまともな動物などではないことは菜月にも一瞬にして理解できるそれらは牙を、爪を剥き出しにして二人を傷付けようとしていたのだ。


 驚くのはそれだけに止まらない。目の前に迫る鋭い爪を恐れることなく捉えた雅はアクション映画さながらの動きでそれを軽々と躱し、そして異形の頭部に大きく振り上げた右足を思い切り振り下ろす。

 ごきゃ、と不快になる音を鳴らしながら形を変えて潰れていく異形に思わず目を逸らしたくなった瞬間、今度はぶわっと温かい風が菜月の顔を叩いた。



「消えろ」



 今まで菜月が聞いたことのないような冷たい声が耳に入って来たかと思えば、直後空の眼前に大きな火柱が上がったのだ。あの時に見た炎と同じものだと彼女の直観に訴えかけて来たそれは、あっという間に一体の異形を焼きつくしていく。



「――あ」



 炎に魅せられて無意識に足を踏み出していた菜月の足元でからん、と軽い音が鳴った。捨てられていた空き缶がころころと前方に転がり、それに反応して即座に三つの強烈な視線が彼女を貫く。

 空と雅、そして生き残っていたもう一体の異形だ。


 この間といい、空き缶は自分に恨みでもあるのかと菜月は頭を抱えたくなった。しかしそれどころではない。



「菜月!?」



 雅が驚愕の声を上げ、空も目を瞠って動きを止める。けれど勿論のこと異形にはそんなことは関係ない。今にも二人に倒されそうになっていた異形は菜月に気を取られた二人の隙を突いて動き出し、そしてナイフのような爪を振り上げて菜月に襲い掛かって来たのだ。



「え」

「逃げろ!」



 空が声を上げるものの菜月にはそれを躱す術などない。恐怖を覚える暇もなく鋭い爪が彼女の肩を抉るように貫き、今まで味わったことのない程の激痛が走った。



「い、や、ああああっ!」

「音羽っ」



 どくどくと大きく脈を打ちながら腕を伝って真っ赤な血がどんどん流れていく。痛い、痛い、痛い! 薄暗い路地なのに目の前がちかちかと点滅しているように感じ、立っていられなくなった。


 菜月が痛みに蹲ると、更に彼女を傷付けようと異形が血塗れになった爪を再度菜月に向かって振り上げる。だがそれが再び彼女の体に届くことはもうなかった。

 菜月が切り裂かれたのを見た瞬間から雅の体は動いていた。即座に異形との距離を詰め、そしてその首をがしりと片手で掴むとそのまま勢いよくその腕を振り上げて異形を宙吊りにし、そして凄まじい威力を持ってしてそのまま異形の頭を逆さにして地面に強く叩き付けたのだ。


 アスファルトにひびが入るほどの衝撃に異形は耐えられることなく、不気味な断末魔を上げてその姿はさらさらと塵になって消えて行った。



「雅……」

「菜月しっかりして! すぐに手当てを……」



 目の前で起こった非現実な状況に混乱しているのか、はたまた脳が痛みをシャットアウトして感覚が麻痺しているのか。とにかくあれだけの激痛を感じた菜月の肩は、しかし今殆ど痛みを感じていなかった。


 菜月は、血相を変えて駆け寄ってきた雅と空を見上げながら傷付けられた肩に触れる。先ほどあれだけ出血していたのだから止血をしなければ大変なことになると、そう思った矢先、肩に触れた手に違和感を覚えた。いや、違和感というには少々語弊がある。何しろ違和感を感じる必要もないほどに、触れた肩はいつも通りで、異常――先ほど貫かれたはずの傷などどこにもなかったのだから。



「あれ……」

「え……?」



 目の前にしゃがみ込んだ雅も菜月の様子に困惑している。彼女だって確かに菜月が異形に攻撃された所を目撃したのだ。彼女の肩口から血が噴き出る瞬間だってしっかりとその目で見た。

 それなのに今の菜月は傷が消えている所ではない。先ほど腕を伝って流れていたはずの血液すら一滴も見当たらず、ただ唯一服だけが傷があったことを証明するように切られているだけだったのだ。


 手当てしようとした雅の手が困惑するように宙を泳ぎ、そして所在を無くして自身の元へと戻る。そんな雅と菜月の姿を少し離れた場所から見ていた空は難しい顔をして彼女達に近付き、そして「ちょっと見せてくれ」と菜月に一言断ってから彼女の腕を引いて肩口を覗き込んだ。



「……」

「ねえ、私怪我したよね……?」

「そう思うけど……」



 じっと傷があった場所を見つめた空は暫し時間を置いてから顔を上げ、そして唐突に、何の脈絡もなくそのまま菜月の顔にぐっと己の顔を近づけた。数センチしかない距離に一瞬心臓が止まりそうになった菜月だったが、しかし空の顔はすぐさま離れる。……いや、雅によって強制的に引き離された。



「あんた! どさくさに紛れて何してんのよ変態っ!」

「ち、違う。そういうのじゃねえよ……」



 嫉妬からかスパンと空の頭を叩いた雅を見て、菜月は空の頭が吹っ飛ぶのではないかと一瞬危惧してしまった。それほどまでに先ほどまで異形と戦っていた彼女の破壊力は恐ろしいものだったのだから。



「甘い匂いがした」

「最低、この変態野郎」

「だから! 違うって言ってるだろうが!」



 雅と空が口論を続ける中、菜月はもう訳が分からないとお手上げ状態でため息を吐いた。何だかごっそりと体力と精神力を奪われたように心身共に疲労しきっているのだ。



「音羽、聞きたいことがある」

「何?」

「お前、今までにこんな風に怪我が治ったことってあったか?」

「そんなの無いよ。今だって確かに怪我してたはずなのに」

「そうか……じゃあお前は」



 何かを理解したかのように頷いた空に続いて、雅までもが「まさか」と手で口を覆った。自身のことであるのに何も把握できていないのは菜月だけである。


 空は困ったように頭を掻くと、菜月を立ち上がらせて周囲にぐるりと視線を回した。そこにあるのは薄暗い路地の一角で、アスファルトには焼け焦げた後や大きくひび割れた個所があった。



「俺が炎で“あれ”を燃やしたり、雅がものすごい力で蹴り飛ばしているところ、見たよな?」

「……うん」

「信じられないかもしれないが、俺達は人ならざる力――異能を持ってる。炎を出したり重力を操るような、そんな非現実的な力を。そして――」



 やっぱりそうなんだ、と菜月は常識を放り投げてそれだけの感想を抱いた。最初に助けてもらった時だって、あんな火の気のない場所が急に燃えるはずがないのだ。ファンタジーの読み過ぎだと思われても、この数日間もしかしたらとずっと考えていた。


 けれど空の言葉はまだ終わらない。彼は菜月をその目で捉えると、少し困ったようにため息を吐いてから、彼女にとっては先ほどの雅の攻撃と同じくらいの破壊力を伴う言葉を告げた。



「音羽、お前も俺達と同じ……異能者になっちまったってことだ」






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