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怪異調査事務所へようこそ  作者: とど
三章 九十九八雲の理想
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3-3 潜入捜査

「あなたが九十九さんですね? お若いのにご活躍されているとか」

「いえ、まだまだ若輩者です。こちらの事務所で少しでも勉強させて頂きたいと思っております」



 クリーニングに出してしっかりアイロンを掛けたワイシャツとスーツ、そしていつものぼさぼさ頭ではなくきっちりと整えられた髪。八雲はそんな自分の姿に窮屈さを覚えながら今彼がいる事務所の所長に挨拶をしていた。


 怪異調査事務所、氷森(ひもり)支部。隣の市の、影白町から少し離れた氷森町にあるのがこの事務所だ。影白町と比べると面積はやや狭く、畑や田んぼも多いこの町にある事務所の所長は、八雲の前に立つ大柄な男性――榊(さかき)所長だった。

 お互い朗らかな雰囲気で話を進めているものの、八雲はこれからのことを考えて内心でため息を吐いた。















「それで、何で急に見合いなんだ」



 菜月達が帰った後、事務所に残った八雲と七海はソファに座って向き合いながら話を始めた。わざわざ彼女が見合いをしろと言いに来たのだ、何か裏があると八雲は考えていた。


 そんな弟に七海は一つ頷いてみせると、鞄からファイルを取り出してその中の一枚を八雲に見えるようにテーブルの上に置く。そこには五十代くらいのある男性の顔写真とプロフィールなどが書かれており、八雲は一度それに視線を落とした後、眉間に皺を寄せて七海を見た。この時点で既に面倒な案件を押し付けられるのは目に見えている。



「怪異調査事務所の所長は、情報交換や勉強を兼ねて定期的に他の事務所の視察に行くわね?」

「ああ、もう今年もそんな時期か」

「八雲にはこの男が所長の事務所――氷森支部に行ってもらう予定になってるわ。その時にここに所属している異能者である彼の娘と会う。まあ、実質お見合いよ。だけどこれは更に表向きの話」

「表向き視察の見合い。それに更に裏があるのか?」

「お見合いまでは先方も知っている……というか向こうから持ちかけてきた話なのだけど、あなたには別にやってもらうことがあるの」



 七海の話によると、氷森支部の所長である榊がどうにもきな臭いのだという。氷森町は然程大きな町ではない、怪異討伐の実績はよく被害も少ないので優秀な事務所だと言われているものの、どうにも所長と本部との間で金銭のやり取りがあるなどの黒い噂が後を絶たないのだという。


 氷森支部の表の仕事は消費者金融、それにしても怪しいとのことだ。かなり荒稼ぎをしており、場合によっては異能を使って取り立てを行っているとも聞く。異能を私用で使うことが悪い訳ではないが、それが一般人を脅すなど犯罪に利用されているとなれば勿論話は別である。



「榊所長だけならまだしも、上層部の腐った連中をどうにかしたくてね。彼と一緒に引きずり下ろせるかもしれないのよ」

「しかし証拠がないと」

「そう。私達が介入すると怪しまれちゃうから、八雲、よろしくね」






 そう言って送り出された八雲だが、随分な大役を押し付けられたものだと気を重くしながら榊に促されてソファに腰掛ける。その際彼は怪しまれない程度に事務所内に視線を巡らせた。


 相当儲かっているのだろう、事務所自体は影白町の物より少々広いくらいだが、置かれている家具や飾られている絵画などは然程目利きが出来ない八雲が見ても明らかに高価なものであるように見える。

 影白税理士事務所も決して儲けていない訳ではないのだが、そもそもそちらの仕事が出来る人数が少ないので受注できる仕事の数が限られ、また得た利益も怪異調査事務所の資金にしてしまう為あまり内装にお金を掛けられないのである。



「何でも影白町には異能者が五人もいるとか。それだけ異能者が潤沢な所など中々ないでしょう? こちらとしては羨ましい限りです」

「とんでもない。こちらの事務所は今でも怪異の被害も少なく非常に優秀だと伺っております。異能者は……三名、でしたか」

「ええ。私と娘、それから――」

「お茶を、お持ち致しました」



 ことり、と小さな音を立てて八雲の前に紅茶が置かれる。静かな女性の声に八雲が顔を上げると、そこには一人の大人しそうな風貌の長い黒髪の女性が立っていた。年は二十代半ばといった所で、彼女は八雲が自分を見ていることに気が付くと粛々と頭を下げてそのまま事務所の奥へ去って行く。



「あの女性が娘さんですか?」

「いえ、彼女はうちの職員で、もう一人の異能者です。……すみませんねえ、娘ももう帰って来るとは思うのですが」



 娘のことを聞いた所為で見合いを心待ちにしていると勘違いしたのだろう、「少し失礼します」と八雲に一言断った榊は、上機嫌で席を立つと懐から携帯を取り出してそれを耳に当てた。恐らく娘に掛けているのだろう。


 八雲がそう推測していると案の定電話が繋がった榊は「ああ、莉奈(りな)か?」と娘らしき女性の名前を口にした。しかしそんな彼の声を吹っ飛ばすように、まるで八雲にわざと聞かせているかのように彼が持つ携帯から次々と姦しい声が聞こえ、八雲はその内容に一瞬固まった。



「パパ? 何よ、今遊んでるんだけど」

「今日は見合いがあるから早く帰って来いと言っただろう!」

「は? 見合い? そんなの受ける訳ないじゃん。だってこの前見せてもらった写真も冴えないおっさんだったし! もっと若いイケメンじゃないとお断り!」

「おい、莉奈!」

「あ、私今日飲み会だから誰か迎え寄越してね。それじゃ」



 耳をつんざくようなキンキン声が聞こえなくなり事務所内がしんと静まり返ると、八雲は硬直を解いて榊を見上げた。八雲の視線を受けた榊は電話を切ると取り繕うように笑みを浮かべてソファに座り直す。



「いやすみません、いつになっても反抗期の困った娘で……」

「……いえ、なかなか声の大きい元気そうな娘さんのようで」



 流石に少々苛立った八雲は思わずあからさまな皮肉を口にし、榊は冷や汗を掻いたようにハンカチで顔を拭った。この見合いを進めたのは榊の方だ、大方異能者が多く本部でも何人も重要なポジションに就いている九十九家の権力目当てだろうとは八雲も分かっていた。

 別に彼も見合い自体を成功させたいなどとは考えていなかったので娘に嫌われていようがどうでもいいのだが、しかし八雲本人を前にしてここまでボロを出した榊がどう行動するのか気になり、八雲は目を泳がせる榊を観察した。



「……つ、九十九さんはあまりこの町を訪れたことなど無いでしょう? 何せ小さな田舎町なので。しかしいい所なのでこれから是非見て回ってみてはどうでしょう!」



 一瞬の気まずい沈黙の後に慌てて榊がそう言うと、彼は背後を振り返って「神凪(かんなぎ)!」と声を上げる。すぐに先ほど紅茶を持ってきた女性が戻って来て無言で榊の傍に立つと、彼は八雲を片手で示して女性に命令し始めた。



「この方は九十九さんだ。今から彼にこの町を案内するように」

「……はい」

「間違っても粗相のないようにしろ」



 八雲に対する態度とは真逆の態度で至極偉そうに女性にそう言った榊に、僅かに八雲の眉間に皺が寄る。しかしそんな八雲の表情に気が付かなかった榊は愛想笑いをしながら八雲と女性を促して事務所の外へと追い出した。


 ぱたん、と事務所の扉が閉められると、女性は淡々とした態度で八雲に向かって会釈した。



「神凪美咲(かんなぎみさき)と申します」

「あ、ああ……俺は九十九、八雲だ。ちょっと変わった名前だけど覚えやすいだろ? よろしくな」

「ご案内します」



 どうにも緊迫した空気を崩そうと八雲が軽口を叩いたものの、女性――美咲はまるで聞こえなかったかのように無表情で歩き出した。八雲は困ったように片手で綺麗にセットされた頭を掻きながら、失礼にならない程度に美咲を観察する。


 綺麗な長い黒髪を揺らして歩く彼女はまずまずの美人だ。出会った状況が違えば八雲も声を掛けていたかもしれない。服装は動きやすそうな長袖と長ズボンのラフな格好で、首に巻かれた黒いチョーカーが印象的だった。

 先ほどからの態度であまり明るい性格ではないのだろうとは分かるが、しかし八雲はそれよりもずっと彼女に対して気になる所があった。



「この辺りは町の中心部です。あそこにあるのが町最大のデパートで――」

「神凪さん。ちょっと向かいたいところがあるんだが」

「はい。どちらでしょうか?」

「病院。……君、怪我してるだろう」



 まるで人形のように動かない表情で淡々と説明をしていた美咲の動きが不自然に止まる。先程から微妙に右足を引き摺っていたり、腕を上げる時に一瞬動きが止まったりと可笑しかったのだ。ある程度の確信はあったが、鎌をかけるようにそう言った八雲に反応したということは恐らく正解なのだろう。


 けれど彼女は僅かに目を瞬かせたものの、静かに首を横に振った。



「その必要はありません」

「だが」

「既に治療は終了して、後は治るのを待つだけなので」

「……そうか。なら、そこのカフェでちょっと休憩しよう。治りかけなら尚更、あまり歩かない方が良い」



 デパートの傍にあったテラスのあるオープンカフェを八雲が指さすと、美咲はやや逡巡した後に頷いてそちらへ歩き出した。


 快晴だが日差しも強くなく風が心地よかった為、二人は外のテラス席を選んで腰を下ろす。「好きなの頼んでいいぞ」とメニューを差し出した八雲を困惑した目で見つめる美咲に、彼は安心させるようにからっと笑ってみせた。



「遠慮しなくてもいい。一応これでも所長だからな、それなりに稼いでる」

「……はあ」

「俺はどうするかな……ちょっと腹減ってるしサンドイッチでも」

「九十九さん」

「何だ?」



 どれにすっかなー、と悩んでいた八雲が名前を呼ばれてメニューから顔を上げる。美咲は相変わらずの無表情だが、しかし何か言いたげに小さく口を開いては閉じてを繰り返していた。急かすことなく八雲が待っていると、彼女は十数秒かけてようやく八雲の目を見て言葉を声にする。



「あ、ありがとうござ――」

「あ、いたいた! 八雲さーん!」



 しかしそんな時、美咲の小さな声を上書きするように聞き慣れた少女の声が八雲の耳に飛び込んで来た。この町で聞こえるはずのないその声に思わず首を捻って当たりを見回した八雲は、何故かここにいるよく知った五人の姿を見て目を瞠ることになった。





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