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怪異調査事務所へようこそ  作者: とど
一章 日下部雅が守るもの
10/46

1-2 友人

「何であの二人付き合って無いんだろう」



 午後十時。自宅のベッドで教科書片手に転がっていた雅は、ふと事務所での出来事を思い出して独り言を呟いた。


 菜月が恭一郎のことが好きだということは前から……いっくんと恭一郎がイコールになる前から雅は何度も聞かされてきた。幼馴染で昔からずっと一緒にいたと話す菜月は心底恭一郎に惚れているようで、恭一郎に対する彼女の態度も非常に分かりやすい。

 一方恭一郎は相変わらず雅と空には冷たいし嫌味も言うが、菜月に対しては口煩いものの非常に優しい。八雲にも心を開いているように見えるが彼女への態度は一線を画しており、大切に思っているのが傍から見ても理解できる。


 それなのにあの二人は付き合っていないのである。雅は菜月が何度か恭一郎に好きだと言ったと聞いているがまともな返答が来たことはないらしい。それはつまり、恭一郎にとって彼女は大切ではあるものの恋愛感情は抱いていないということだろうか、と雅は頭を悩ませる。幼い時から一緒に居たのだ、妹のように感じていてもおかしくはない。



「……ん?」



 恭一郎のことはあまり好きではないが菜月がこのまま報われないのは嫌だな、と考えていた雅の耳に聞き慣れた電子音が聞こえて来た。顔を横に向けてすぐ傍にあった着信を知らせている携帯を取って画面を見ると、そこには最近顔を合わせていない人物の名前が表示されている。


 “新見菫にいみすみれ”、雅の中学時代の友人だ。



「もしもし?」

「あ、雅? 久しぶり」



 元気そうな友人の声を聞きながら雅は体を起こす。高校生になって学校が分かれてからはあまり連絡を取れていなかったので彼女は嬉しくなりながら弾んだ声を出した。



「久しぶり、菫。元気だった? 学校は……志野山しのやま高校だっけ?」

「うん。寮だから色々大変だけど、真由子まゆことかも同じだし楽しくやってるよ」

「よかった。それで今日はどうしたの? 遊ぶ約束?」

「それもしたいけど……しばらく話に付き合って欲しいなって」

「うん、いいけど……」



 何かを含むような、少し沈んだ声をそう言った菫に雅は首を傾げながらも了解の返事をする。何かあったのだろうかと考えていると、沈黙した雅に気付いた菫は「ごめんごめん」と茶化すように声をあげた。



「実はね、ちょっと校舎に忘れ物を取りに来たんだけど……暗いし怖いから誰かと話したいなって思って」

「こんな時間に?」

「明日どうしても提出しなくちゃいけない宿題なの。本当はこんな時間に寮から出るのはよくないから他の子に一緒に来てとも言えなくて……それに」

「それに?」

「……笑わないでね? うちの学校で、夜遅くまで校舎に残ってるとお化けに掴まって異界に連れて行かれるって噂があって。昔から何人も行方不明になってるとか聞いちゃったから」



 菫は快活な女の子なので怪談を怖がると思っていなかった雅は少し驚きながらその話を聞いた。七不思議などその手の怪談はどの学校でもいくつかあったりするものだ。雅達の学校にも女子トイレの鏡に自殺した生徒が映るとか、生物室の人体模型が追いかけて来るとか様々な噂を耳にしたことがある。



「菫がそれで安心するならいくらでも相手になるよ。私も久しぶりに話したいこといっぱいあるし、部屋に戻っても話が終わらないかも」

「あはは、ありがとう」






 それから二人はそれぞれの学校や友人の話、そしてバイトの話――雅はある程度誤魔化して――をしたりと話題が途切れることなく続き、そして菫が教室で宿題を見つける頃には話題は女子高生の十八番である恋愛事に至っていた。



「それでさー、私としては付き合えばいいのになって思うんだけど」

「確かにねえ。それはそうと雅はどうなの?」

「ん?」

「さっきから友達の話ばっかりじゃん。雅自身はどうなのよ」



 ついつい先ほど考えていた菜月達の話をしてしまっていた雅は、菫の言葉に一旦思考を停止させ、そして菫には聞こえないように携帯を少し離してため息をついた。


 雅は、空のことが好きだ。中学三年生の途中で事務所に入って以来、少しずつ空のことを知っていって、そして気が付いたら恋に落ちていた。普段の明るい性格や、異能や怪異について何も知らなかった雅に沢山のことを教えてくれたしっかりした所、怪異の攻撃から守ってくれた凛々しい姿。雅はそんな様々な空の顔を見て来たのだ。



「一応、好きな人はいるけど……」

「そうなの? 同じ学校の人?」

「学校とバイトが同じ。だけど……あいつが何考えてるかよく分からないの」



 空と雅は仲が良い方だと彼女自身は考えている。それは普段の学校生活だけでなく、共に怪異と戦う時も息の合ったコンビネーションを見せる。話をしていても取り繕うことなく自然体でいることができ、空も楽しそうだ。


 しかし一歩恋愛という枠組みで考えてしまうと雅は気恥ずかしさでいっぱいになってしまう。きっと空自身は知らないのだろう、クラス内で雅と公認カップル扱いされているなんてことを。知ってしまえば彼はどう思うのだろうかと彼女は怖くなった。雅も恋愛が絡むと空に対して素っ気ない態度を取ってしまうことを悩んでおり、他人のことを心配する割に自分の方が進んでいないのである。





「……雅? もしもーし」

「あ、ごめん。急に黙って」

「相談ならいつでも乗るからね? どんと任せておいてよ!」

「そう言うってことは、菫の方は順調ってこと?」

「あ、それなんだけど!」



 声が自然と明るくなる菫に良い話題だと察した雅は、勿体ぶるように一度止まった言葉を楽しみに待つ。彼女が中学時代から一つ上の先輩に片思いをしていたのを知る雅が期待していると、やはり予想通りの声が耳に入って来た。



「この前とうとう先輩に告白して付き合うことになりました!」

「おお、おめでとう! 長かったね!」

「中二の頃からだったからね。先輩が卒業してから中々会う機会もなかったし」

「本当によかったね。それで、なんて告白したの?」

「それは……え、あれ?」

「菫?」



 電話越しに聞こえていたとびきり嬉しそうな声が突然打ち切られる。雅が不思議そうに彼女の名前を呼ぶがしかし返答はなく、雅は一度通話が切れていないか確認してしまった。



「すみれー?」

「……先輩?」

「はい?」

「ごめん雅、何故かこんな所に先輩が居て。……ちょっと追いかけるから電話切るね」

「先輩? 夜の校舎に?」

「うん、私みたいに何か取りに来たのかな」

「分かった、じゃあまた今度遊ぼうね。先輩と仲良くしなよ」

「何か我が儘に振り回してごめんね! 久し振りにいっぱい話せて楽しかったよ、ありがとう」



 またね、と言葉を残して電話を切ると雅は、はーっと大きく息を吐いて再びベッドに倒れ込んだ。菫の恋が成就して嬉しいが、しかし何だか彼女が先輩に取られてしまったようで少し寂しいと思ってしまう。


 菜月と恭一郎が実際に付き合い始めたら同じような気持ちになってしまうんだろうなと思いながら、雅はテスト勉強の続きをすることもなくそのまま眠りについてしまった。
















「……空」

「何だ、雅? お前昨日から可笑しいぞ」



 菫と電話をしてから二日後、雅は高校の教室で机に肘を付きながら空を見てぼうっとしていた。菫のように、菜月のように自分も少しは空に素直になりたいと思ったのだが、しかしいざ何をどうすればいいのか分からず、雅はただ空を見て考え事に耽っていたのである。



「音羽、雅のやつどうしたんだ?」

「あー、何て言うか、高遠君はそのまま温かく見守っててくれれば」

「訳が分からん」



 空が菜月に尋ねるものの疑問を解決できずに余計に訝しげな表情を浮かべる。



「熱でもあるのか?」

「……って、ちょっと触らないでよ!」

「何だよ人が心配してんのに」



 額に手を当てようとした空の手を思わず振り払った雅は内心「またやってしまった!」と頭を抱えたくなった。こんなことを続けていればきっと嫌われてしまうだろうとますます気持ちが沈んでしまう。


 手を振り払われた空は然程気にした様子もなく「音羽、こいつのこと見ててやってくれ」と言って席に戻って行った。空からすればその程度の行動はいつものことだったので特に気に留めていなかったのだ。



「ああああ……」

「雅は今まで通りでも大丈夫だって! 変に考え込まなくても……」

「切実に菜月の先輩に対する素直さを分けて欲しい。何であんな風にあからさまに好きですオーラ出せるのさ」

「え、むしろそんなオーラ出してたの私!?」

「八雲さんにも言われてたじゃん」



 告白もしておいて本当に今更ではないのかと雅が考えていると、不意に彼女の携帯が震える。すぐに切れなかった所から電話だろうと思って携帯を取り出すと、そこには菫同様に中学時代の友人の名前があった。



「ちょっとごめん」



 菜月に断って席を立った雅は教室を出て廊下で通話を開始する。こうして連続で中学の友人から電話が掛かってくるなんて珍しい。もしかして菫から聞いて久しぶりに掛けてくれたのだろうかと思いながら「もしもし」と呼びかけると、何故か非常に弱々しい声が彼女の耳に飛び込んで来た。



「真由子? どうしたの?」

「雅……雅、どうしよう、なんで……」

「何かあったの?」



 電話の向こうにいる彼女――真由子は嗚咽を上げるように何度も雅の名前を呼んでは「なんで」「どうして」という言葉を繰り返している。その尋常ではない様子に雅も息を呑んで緊張しながら次の言葉を待っていた。





「――は?」



 聞こえて来た言葉に雅は言葉を失った。いや言葉だけではない、全身の力が抜けるように廊下に座り込んだ彼女は、信じたくないと思いながら真由子が告げた言葉を反復した。





「菫が……死んだ?」






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