間隙①:青狼と黒鳥
―…宮廷のとある一室に、美貌の青年が二人…。
「イシュウェル、聞いたか?」
「……何をだ、ドニアス」
黒髪に蘇芳色の瞳の青年に声を掛けられ、青鈍の髪の青年は白銅色の瞳を彼に向けた。
突然の質問にそう返してきた相手に、黒髪のドニアスの魔力を含む紅暗い瞳は面白気に弧を描き、対するイシュウェルは薄灰色の瞳を細め、影で僅かにその色を濃くした。
「第一王子が王宮神殿に、今日から一週間出入り禁止になった」
「え」
―……ヤバイ。笑顔になりそうだ。
「何でも、昨日、勝手に王宮神殿の奥まで侵入して聖女の"涙"を見たからだそうだ」
「うらやま…いや、自業自得だな。むしろ短くないか?それに…あの姫巫女を飛び越えて行けない事くらい、俺達より分かってる筈だろ?」
「そうだな、二人は幼馴染だからな」
俺は何気無く「そうだ」と言いつつ、この情報を持ってきたドニアスに背を向けた。
背を向けているから、これで何とか俺の今の表情が隠せている筈だ…。
俺は次の言葉をどう言おうかとしている内に、ドニアスがそれ以上の情報を俺の背に投げつけて来た。
「そして、聖女が涙していたその日、王宮神殿から"家出"された」
「…は?ぇ?え?…えッ!?」
「部屋に"出て行く"という手紙が置いてあったそうだ」
「………!???」
な、何故だ!?
俺は身体を反転させ、再び彼と向きあった。
「………相変わらずそういう情報は早いな、ドニアス"様"は」
「ん~…?皆、俺に必要そうな情報を常に囁いてくれるんだ。はははっ」
本当に…ドニアスの情報把握は早い。使役魔獣に好かれているのが良く分かる。
まぁ、このドニアスの魔力は魔獣達に大変魅力的らしいからな。
俺も色々経てここまで辿り着いた経験から、情報収集は得意な方だが、コイツには敵わない…と思っている。
「…なぁ、イシュウェル、姫巫女様から離れた聖女を…見つけたいと思わないか」
「……………」
…これは…チャンスなのか?聖女に単体で会える、チャンス?
「…この事は第一王子も混ぜる。
実はここでお前に話す前に、王子にはこの事を言ってある。
王宮神殿に出入りする訳ではないから、王子も直ぐに動き出すと思うぞ」
「そうだな。俺達は最後に聖女が"誰を"選ぼうが文句は言わないと…あの旅に出る時に、散々…話し合ったからな」
「ああ。スタートラインは一緒だ」
ドニアスの言葉に密かに拳を握りながら、瞳を閉じて頷きだけで俺は返答した。
分かっているぞ、ドニアス。俺だって、あの時の"男同士の語らい"を確り覚えている。
「―…スタートラインは一緒だが…手段は自由だよな?」
少し怪しげな雰囲気を含んだドニアスの声と、外からのものだと分かる風の流れを感じて、俺は慌てて瞳を開いた。
まさか、この魔術師…。
そして、すでに大きく開いた窓の前に居たのは…
「俺はこの姿で聖女を捜すよ、"青狼"殿」
「あ!?おい!流石に鳥化はずるい…!」
そう。大きな黒鳥に変化した魔導師・ドニアスだったのだ。
「金獅子王子や青狼騎士のお前等を相手に、普通の姿でいられるか!」
「だが…!」
俺の食い下がる言葉を無視して、大きな黒い鳥になったドニアスはさっさと上空に昇り、どこぞへと羽ばたいて行ってしまった。
おい…周りの鳥達が慌てて除けてるぞ…。
「………」
行ってしまった…。
空とか、ずるくないか!?だが、だがっ…!
「…俺だって、伊達に"青狼騎士"だなんて名を持っているわけじゃないんだぞ…!」
聖女…シオーネのとった行動を分析して、誰よりも逸早く彼女に近づき、あの手を掴んでやる!
俺は…思わず、旅の行程で護身の為にと簡単な短剣術を教える時に握った、彼女の手を思い出した。
白くて、小さくて…柔らかくて、直ぐに壊れてしまいそうな、手。
旅の中でその手が短剣を握る回数は少なく、向けられた刃は主に食材だった事が俺の密かな誇りだ。
それは、シオーネを敵から守り切ったと思えるからだ。
ああ…また、リゴンの紅い実を兎の形に切ってくれないだろうか…。
俺だけの為に。
俺だけに、その温かな手に触れるのを許して欲しい…
"皆"の聖女から、"俺だけ"の聖女に、なってくれないだろうか…?
…シオーネ…。
「………………」
…彼女を早く見つけなければ。全て、無くなってしまうかもしれない。
「……まずは、書置きの手紙…を読む事からだな」
―…早く、シオーネの心に触れなければ…。
俺はそう決めて、シオーネが何を思い考えて書いたかが分かる手紙が保管されている場所へ向かった。