6:鉄檻聖女
―ガシャン!
「!!」
「ははっ!見たか?このガキ、今、垂直に跳ねたぞ!」
「マジかよ~?ぎゃははは!!」
「驚いて垂直に跳ねるとかって、出来るンだなァ!」
檻を蹴られた事に私はビクリと身体を跳ねさせ、アークシェさんはその度に「ぐっ…」と顔を歪める。
ああっ…。きっと、檻に触れている部分からの振動が、今の身体に響いて痛いんだ…。
檻自体、実はそんなに広くないから、アークシェさんは鉄格子に背を預けてグッタリしてるの…。
下っ端盗賊数人はアークシェさんの痛んだ身体をそうやってなぶるのと、音にビクつく私を同時に楽しんでいる。
どこの世界にもゲスな奴は居るが、マジこいつらゲスい!
こんなんじゃ…!早くアークシェさんに治癒魔法をかけてあげたい…!!
でも、この状況をどうすれば…
「…さっきから"ガシャガシャ"と、何?うるさい…。食後の睡眠が出来ない…」
「やっと食事が終わったか、チアノ…。ほら、言われた通りの事をしてきたぞ。それに寝るな」
…何と、奥から美少女が現れた。
緩くウエーブのかかった濃い藍色の髪は長くふくらはぎまであり、所々に金属の輪で束に分けている。
肌は褐色で、金色の瞳は今は眠た気に半眼で少し空ろだ。あれが全開に開かれたら、さぞ大きな瞳だろう…。
服装は青一色で腹だしチューブトップに膝丈のヒラヒラした腰布を巻いていてラウンドシューズ。何とも…軽装過ぎない?
「早いね。ありがとう。……檻の中に、人が二人…?」
「ああ、あの絨毯の一つの中にガキが入っていたんだ」
「ふぅん?…それで?その子のバックは検査したの?」
「…ぁ…」
「…してないんだ。安全性を怠ったペナルティーで、後で私に銀貨一枚」
そう言うと彼女は私の前に立って、「アガシオン」とだけ言葉を発した。
そして一呼吸置いてから、「武器は持ってないね」と続けてきたのだ…!
私は無意識に「何で…」と言葉を吐いていたらしく、上からだが、覗き込む様な格好で眠た気な金目は私に答えをくれた。
「…貴方のそのバックの中に武器が無い事は…この、"アガシオン"が今、教えてくれた」
「?」
この美少女は何を…?しかもその金の腕輪が、彼女に?
左腕の手首で揺れる金属の輪。年代物な風格が漂う、女性の物としてはなかなかゴツイイメージだ。
腕で揺れるのも、本来は男物のアクセで、女性の腕には大きすぎるからかもしれない。
「―…ただ、そのバックには"金貨"がたくさん入っているね?ふふふっ…」
「…………」
そう…だよ。合ってる。
僅かな衣類と、髪の毛を売った金貨…が主だもん。
武器は後から購入する予定だったのだ。だから、今は無い。
「私はこれでも、"悪"と判断した奴以外から物を力任せに奪うのは、趣味じゃないの」
「…?」
「でも、"生きる為"と"欲しい"と思ったら、無理矢理にでも手に入れる…」
「………」
それは一体…どういう事?何だか矛盾…してません?
確か…あの強面の盗賊から"チアノ"と呼ばれていたな…。
一応、このチアノって人の事も見ておくか…。
踊り子/信仰・高/炎7・水2・風4・大地3・光6・闇8/★★★★★☆☆
特殊能力/神憑り・剣舞・アガシオン[魔装具]
「…………」
―…驚いた。
『★5』の…踊り子だったとは。しかも信仰が"高"を示している?えええ?
何だか分からないけど、高レアリティに分類出来る人物が敵…として、二人も居るのはやっかいね…。
しかも"アガシオン"とは魔装具の事だったのか…。これがどんな物かは分からないが、あの古そうな感じから、古代の…"天然物"な気がしてきた。
「…ねぇ、そこの優男の商人、あのフカフカの素敵そうな絨毯群は、貴方が選んだもの?」
「…そうだが?………"買いたい"のか?」
「遠目で"欲しい"と思った」
「……だから、か…?」
「ん?…ふふふっ」
あれ?会話が私からアークシェさんに移動したよ?
「……どういう形で"手に入れる"かは、乗り心地を確かめてから決めるよ」
「乗り心地?」
「そう。…………この絨毯、少し借りるよ」
そう言って彼女は部屋の隅に丸められて置いてある絨毯の側面を触り、どうやら気に入った一巻きを選び出した様だ。
絨毯を触る様は、どこか楽しげで可愛らしい。単純にショッピングを楽しんでいるかの様だ。
右手でサワサワと絨毯を触りながら、彼女は自分の左腕にした腕輪を口元に持ってくるとそれに向かって喋り始めた。
「アガシオン、この絨毯を浮かせて動かして。…金貨一枚。
…え?それなら、金貨二枚?必要なら、継続で良い?これでも安い?
………分かった。それなら、二枚払うよ」
…え?彼女は"何"と会話…交渉、しているの?
「アガシオン、力を示して」
そして彼女は短くそう言うと、スルスルと彼女が選び出した絨毯が勝手に空中に浮いた状態で展開し、チノアは軽い身のこなしでそれに飛び乗った。
浮いた絨毯は"ポスン"と彼女を軽く受け止め、高度を落とすどころか、逆に上昇させてく…。そして…
「あはっ!厚手で丈夫そうだし、空中だとフカフカ度が増して素敵!この小花と蔦模様も素敵ねぇ…飽き無さそう…。はぁ…いいなぁ…」
乗ってから、彼女は言葉通り室内を飛び始めた。
こ、これは…空飛ぶ絨毯、まんまではないか!羨ましい!私も乗ってみたい…!
この光景に、鉄檻の中で私とアークシェさんは口をあんぐりと開けっ放しだったが、あの強面盗賊だけは苦渋を舐めた様な顔で絨毯の上のチノアを見ていた。
そしてヒラリと絨毯から檻の前…アークシェさんの前に音も無く飛び降りると、視線を合わせる様にしゃがみ込んで魅力的なニコリ笑顔で爽やかに彼にこう言ったのである。
「貴方、とても気に入ったわ。絶対に、手に入れる事にした!」
その目はもう眠た気ではなく、大きくキラキラと見開かれてアークシェさんを捉えていた。
そして、その金の瞳は開くと虹彩が花の様な形をしていたのである…。