19:思考聖女
何だか説明回……?
チノアが"お客さん"だと言った人物は、その日の夕方近くに幌馬車に大きな荷物を二つ持ってやって来た。
遠目に夕焼けの中で出来た影が長かったが、本人も身長がありとてもスタイルが良く感じた。
それからチノアと一緒に幌馬車の一つに移動し、彼と同じ空間でお茶をする事に……。
私はチノアの後ろから、現れた人物を更に観察する事にした。その事で分かった情報としてはこんな感じ。
落ち着いたオールドローズ色で毛先が金色の外はねの髪に、深い青の瞳、そしてオーバル型の銀縁眼鏡で……
「初めまして。"黒爪"の代理として来ました、"ジルリオット"です。……俺の事は今後、"ジル"と気軽に呼んで下さい」
知的で柔和そうなイケメンだった…。
「チノアが他国に遊びに行くとの事で、"通訳"と"一時的な財布役"も兼ねて同行を命じられました。これから宜しく」
彼の挨拶の言葉にチノアとビサージュさん、ファーチさんとアークシェさん……そして何故か私も軽く自己紹介と挨拶を返した。
ビサージュさんは、このチノアのサブ的存在だから分かる。
ファーチさんとアークシェさんはこの一団の金庫番だからね。やって来たジルさんの役目を考えると、把握しておく必要があるよね? うん。
そして、私は……良く分からないまま、とりあえずチノアの後ろに座っている……。
自分の存在も疑問だが、彼の言葉に思わず疑問が口から出た。
「通訳と……一時的な、財布役?」
「ああー……。んとね、黒爪は言わば、……"資金提供者"なの。私からの様々な日常報告や国内情報を"そう"変換してくれているんだよ」
私の言葉にチノアが反応してくれて、説明してくれた。
でも、それって"スポンサー"って事?
チノアの手紙は日常的な内容から、国内情勢まで幅広い内容だったのか……。
まぁ、本来は盗賊団、移動や街での逗留では旅一座として生活していたチノアはそりゃ……色々見てたり、裏まで探れそうだけどさ? 本人も実は強いし。
「ここの国内なら、有る程度まで黒爪のポケットマネーで融資してもらってたんだ。……ただし、"一座"としての資金の一部ね。"盗賊"稼業は基本、自腹……なのよー」
あ!だから急にあんなに良さそうな物が色々買えたのか!
「国内なら、俺の存在は要らないのですが……他国に行くとの事で、とりあえずお金の出し入れに不自由しない様に来たんです。
まぁ……しばらくしたら、ファーチさんにお願いしようと考えていますが」
……そっかぁ……。そんなお金の流れを……。
「それに……他国から"黒猫"は走らせられないからね……。黒猫は国内だけ、自由に走れるんだよ。……だから?」
「そう、ですね。"だから"、ですね」
「え……っと?」
「だからね、シオ、これから隣りの国に行って手紙が出し辛い分、このジルに今後…他国に居る時は一時的だけど、一座の資金相談をする様に、って事!」
な、なるほど…?
「それともう一つ、言伝です。黒爪は暫らく別な場所に行くとの事で、"旅"の話は戻ったらとゆっくり、と……だそうです。手紙を止めるのは、自身が受け取れないからだそうですよ」
「そっか。……分かった、黒爪に手紙を出すのはまた、一旦ストップだね」
「はい」
「またかー。結構、手紙書くの好きなのになぁ~。つまんない~。むぅー」
手紙の一端停止行為は初めてじゃないんだ。しかも手紙は直通だった様だ。
「それと、ビサージュ。"黒爪"から伝言です」
「……何だ」
「"今後も、宜しく"、と」
「……今更、だ。承知した」
「はい」
ビサージュさんはジルさんから伝言を受けて、一瞬驚いた表情をしてから、口角の右端を僅かに上げた笑みを浮かべて答えた。
"今更"……かぁ。まぁ、ビサージュさんはチノアの話しだと、子供の頃に黒爪さんから就けられて読み書きを教えたり、色々しているんだよね。
今はチノアの部下として居る彼は、元は黒爪さんの部下で……それはこの団、全体に言える事なんだよね? 確か。
黒爪さんって不思議な感じの人だなぁ……。大きなお屋敷で出会って、チノアにサクッと人を就けたり、国内情勢をチノアからの手紙で得ていたり……。
大きなお屋敷の規模が漠然として分からないけど、黒爪さんの行動等を考えると……そうとう良い所のお坊ちゃんなのでは!?
そして、出会った頃が少年なら、今は成長して"青年"と呼べる年齢になっていると推測する!
人の繋がりって、不思議だなぁ……。
……何となく、聖女時代に手助けしてもらった人達は、今はどうしているのかな?
聖女という事を隠している、今の段階では会いに行けないけど……。遠目で見てみたくもなる。
何人かは最後まで一緒に行くと、手をとってくれたけど、イシュウエル様達が色々説得したらしく、最後までメインメンバーは私を含む4人だったんだよね。
まぁ、治癒も解毒も人数が多いと手が回らないから、少数の方が正直助かった面があるのだけど……。
それに、少数でも大体やっていけたのは、イシュウェル様達がそれぞれ強かったからなんだよね。
ゲームでも、能力平均クラスの10人、片や能力最強クラスが2人だったら、最強クラスの方が殲滅力が高かったりするじゃない?
何となく、そういう事なんです……。
勝手にそんな事を考えながら、私はジルさんを見た。
「………………」
「………………」
……"目が合った?" と思ったら、ジルさんに微笑まれた。
私は何となく。何となく……彼の深い青い瞳に、それと同じ海色の色彩のルーデナント様を…………思い出した。
「―……はぁ……」
ジルさんとの顔合わせも無事終わって、外に出たら……夜になりかけていた。
私は今、ローヴァルさんを待っている。チノアにここで使う幌馬車の位置を案内する様に言われているのだ。
チノアはまだジルさんと話している。
何だか他の団の人より先にジルさんに合わせてくれた、単純にそんな気がしてきた。
そして思った事が一つ……
うーん……? いつの間にか……急速にチノア達に馴染んでいるけど、これってどうなのかな?
―……チノアにお世話に成りっぱなしだけど、私は今後、どうしたいのだろう? 自分で、安心出来る居場所を見つけたいんじゃなかったっけ?
そうだよ。その為に、神殿を出たんだ。
……チノアは私を放っておけないからと、優しい言葉を掛けてくれたけど、このままでは駄目な気がする。
「―……関所を通過できて、隣りの国に入ってしばらくしたら……」
チノアと、別行動をしよう。
……うん。これはローヴァルさんに、相談してみよう。
契約した私とどこまで一緒に居てくれるか分からないけど、私と一番に行動を共にしてくれるのは彼だもの!
聖女時代は決められた場所へしか行けなかったけど、今の私は違う。
どこに行くかを、自分で決められるのだ。
久しく眠っていた"自由"への感覚に、私は興奮し、緊張した。
隣りの国に行った事はあるけど、どんな所か、実はあまり良く知らない。
当時は全部……イシュウェル様達が、私を最後まで導いてくれたからだ。
私は彼等に必要とされる"聖女"として、大人しく3人にくっ付いて歩けば良かったのだ。
でも、そうだよ! 私はもう"聖女"じゃないんだ! うん!
……もう少し落ち着いたらローヴァルさんに相談して、後はチノアにも話そう。
だって、良くしてくれる……ある意味、私に付き合って隣りの国へ行ってくれるチノアから私は出て行こうとしているのだ。何だか悪い気が…。
上手い形にならない心の塊が、私の中をコロコロと転がって、分からないまま雪玉の様に大きくなってる。
「…………罪悪感、かな?」
……その言葉の内容で合っているか分からないまま、私はポツリと一人呟いた。
街の明かりに負けないくらいの星が頭上に瞬き始めた頃、やっとローヴァルさんが幌馬車へやって来た。
私は思わず彼に駆け寄った。これは、まるで主人を心待ちにして、駆け寄るペットの様……な、感じだ。うむむ?
「ローヴァルさん! お帰りなさい!」
「シオ、ただいま」
こんな会話をまだ知り合って日の浅いローヴァルさんと外で交わすなんて、何だか不思議。
あまり荷物らしい荷物を持っていないのに随分時間が掛かっていると思ったら、色々な用事を済ませてきたのだそうだ。
そうだよね。ローヴァルさんにはローヴァルさんの諸事情がある。
私だって、彼に言えない事が……あるし。うん。
「ローヴァルさん、チノアから今日から使う幌馬車に連れて行く様に言われてます。行きましょう」
私はそう言って、ローヴァルさんに話し掛けた。