18:衣装聖女
「小鳥さんを? 劇に?」
「ピィ?」
私はチノアの言葉を受けて、小鳥さんを肩から指に移した。
肩から私の指に難なく移り、赤暗い瞳で私を見ている。
「私と……一緒に、劇に出る?」
人の言葉を……実際理解しているかなんて分からないけど、私は何となく、本当に何となく小鳥にこの質問をしていた。
小鳥に無意識に話し掛けている時とは違う自分の心境に、勝手にドキドキしてしまう。
そして私の言葉を聞いた小鳥は……
「……あ。……帰っちゃった……?」
そう。小鳥さんは私の指から肩に再び来て、私の頬にスリスリと頭を寄せるとフワリとと飛び去ってしまった……。
「シオ、振られたの? ざーんねーん」
後方からチノアの、どこか愉快気だけど溜息交じりの声が聞こえてきた。
ううう……。チノアの言葉に軽くショックを受ける……。
で、でも? 頭スリスリしてくれたし? た、多分……また、来てくれるよ……。
ってか、来て! 小鳥さん!!
「ま、また来てくれるよ! 去り際が友好的……だもん!」
チノアの方を見て、私は少しむくれた態度で声を荒げた。
そしてチノアはそんな私の態度に、「そうだね。あれはまた来そうだね」と同意してくれた……けど、機械的! もう!
……でも、そうだよ! あの小鳥さんとはもっと仲良くなりたいんだから! 手乗り姿がメチャクチャ私の癒しなんだから!!
私が鼻息荒くそんな事を考えながら拳を握り締めているその脇で、チノアは今度はローヴァルさんに話し掛け始めた。
「それじゃ、ローヴァルにもこの……一座に役者として、加わって行動してもらう必要があるね」
そうか。私の護衛をお願いしているもんね……。
そしてローヴァルさんはチノアに言われて、劇に向けての訓練が終わると宿に荷物をまとめに行ってしまった。
宿に向かうローヴァルさんの背中を見つめていたら、後ろから声を掛けられた。
「お嬢さん、俺っちは"ファーチ"と言いやす。団内では"金庫番"の役割を長年勤めさせて頂いてやす」
名乗ってきた彼は金庫番なのかぁ……。にこやかな糸目に何となく、狐のお面のを思い出してしまった。
そこで私も改めて挨拶をしていたら、チノアがやって来た。
そう、今から私達は劇に使う……私の物を買いに、街に行くのだ!
そしてファーチさんはやや緊張気味の私から、少し遠くの幌馬車前を歩いていたアークシェさんをチラリと見た後、現れたチノアにこんな提案をしていた。
「今後の為……に、アークシェも同行させた方が宜しいんじゃないスか? 頭?」
「ん? ……そうだね! 早速誘ってくる~! ファーチ、ないす!」
ファーチさんに言われたチノアは素直にそれを聞き入れ、アークシェさんの元に走って行った。
……何となく、ファーチさん、アークシェさんを誘ったのってチノアの為じゃないかーとか、乙女思考な私……。
そして……
「ね、アークシェも一緒にシオに合う衣装用の服とか買いに行こう?」
「買い物?」
「そうだよ~。シオの関所越えの為に、ドレスに靴に……装飾もせっかくだから新しいの欲しいし、後は~~…そうだ! そこでカツラもお願いしようと思うんだよね。髪の長いお姫様が私のイメージだから! アークシェも色々なお店、知っておくと商人として便利でしょ?」
「……そうだな。分かった。それじゃ、少し待っててくれないか?」
「うん? 分かった」
何をアークシェさんと話しているのか分からないが、チノアの笑顔を見ると、どうやらお誘いは成功した様だ。
一端チノアから別れたアークシェさんは、今度は何か長方形の木箱を持って私達の前に現れた。
「チノア、ちょっとコレを俺から買わないか?」
「うん? アークシェの絨毯は……あれから私が全部買ったのに、まだ売るものが有ったの?」
「これは特別な品なんだよ」
「へぇ? 面白そう。良いよー、まずは話しをしようか……」
そう言って二人は見える範囲だが、私とファーチさんから離れてしまった。
表情は分かるけど、会話は聞こえない微妙で絶妙な距離感。
そしてアークシェさんはチノアに箱を開いて、中身を見せ始めた。
「……高く買ってくれると、俺としては嬉しいかな?」
「正直ね、アークシェ」
「それで? ……どうかな?」
「あは。それじゃ、私に幾らで欲しいのか……ここに囁いてよ。それに、自信があるんでしょ?」
「有るよ。色々してしている様だけど、基本"踊り子"な君は……こういう"神憑り"に使える、媒介に出来る物が欲しいだろう?
……詳しく誰のとは言えないけど、この"髪"は本物だよ。最高級品だ」
「……何で、私なの…」
「数日、シオに何かと優しい君を見て思った。チノアの一部として、出来れば使って欲しい」
「………………早く、幾らか言いなさいよ……商人としてね、アークシェ。
そうじゃないと、私……、貴方にそんな表情を作らせたあの子に、嫉妬してしまいそう……」
どうやら箱の中身を見終わったチノアは、何かを言いながら左の耳に髪を掛け、アークシェさんに次の行動を催した様だ。
するとアークシェさんは屈んでチノアの左耳に何か……囁いた?
それに一瞬チノアが驚いた表情をした後、アークシェさんを一睨みし……
「ファーチ!」
……何と、ファーチさんがチノアに鋭く呼ばれた……。
そして今度は三人で何かを話し、どうやら上手く纏った様で、アークシェさんが持っていた箱をファーチさんが苦笑交じりで受け取っていた。
そんな流れを"ボーッ"と見ていたら、アークシェさんとチノアが手を繋いでこちらにやって来た……。
ん!? 手を、繋いで!?
ちょっと怒ってそうだけど、口元がムズムズと嬉しそうなチノアと、何だかホクホク笑顔のアークシェさんに、「アークシェは怖いもの知らずかも……、すねぇ……」とシミジミと私に言ってきたファーチさん……。
何があったのだろうか……?
そして私達はチノアの案内で連れて行かれたお店は、とても立派な大きなお店で……
「……素敵!」
連れて行かれたお店の商品のドレス一枚で、私は気分が一気に上がった。
このお店はチノアが衣装や貴金属を揃えるのに以前から利用しているお店みたいで、奥から恰幅の良い店主が彼女の前に飛んできた。
ド素人の私でも分かる、"本物"感ムンムンな代物を前に、所詮小市民な私は直ぐに浮き足立ってしまった。
ズラリと並べられた代物を前に、興奮していた私に落ち着いた感じでチノアは一枚一枚ドレスを丁寧に宛がい、装飾も同様にして選んでくれた。
そしてカツラもここで作ってくれる様で、製法は分からないが、どうやら魔法で伸縮自在に出来る様で聞いていて便利だなと感心してしまった……。
さすがに慣れてるのかな? 本人も一座をしている以上、こいうのは必要になると思うし……っても、こういう本格的なお店を利用しているとは、失礼だけど少し意外かな……。
「じゃ、この薄紫のドレスとこの首飾り…お願いしようかな? ファーチ、大丈夫?」
「へぇ、頭、大丈夫ですよ。お嬢さんにとても似合う、良い物が見つかってよぅございましたッす」
「うん。ありがと。ファーチのお陰で欲しい物が買えて嬉しいよ~。これからも宜しくね。
……それに! 衣装類はお金掛けちゃうよ~。大事な小道具だからね!」
チノアからの言葉を受け、ファーチさんは「へぇ~」と照れた声を上げて、お店が渡してきた紙に何かを書き込んでいた。
どうやら代金は後で払う様で、一種の契約書みたいなものらしい。
買った物はドレスと小物類等は後から幌馬車に届けられ、そこでお金と交換して正式にチノアの物になる仕組みだ。
「馬子にも衣装、だね、シオ! あはは!」
「チノア何気にヒドイ!?」
そ、そうでしょうとも…! 平凡顔ですからん、私!! うわーん!
「冗談。本当に似合って可愛い。後は急いで作っても貰っているカツラをして、メイクをすればもっとお姫様になるよ、シオ」
言いながらゆったりと笑うチノアは……何だか、確かに私より年上の女性に感じられた。
私はそんな彼女に「うん」とだけ答えて、思わず俯いてしまった。
そんな私に奥から戻ってきたアークシェさんが、「シオ、可愛いじゃないか」と直ぐに言ってくれた。ありがとうございます!
どうやら、私達とは別にカツラの注文をしていたみたい。
そして私はアークシェさんの言葉を聞きながら、この場にローヴァルさんが居たら……、とか想像し始めて自分に驚いた。
イシュウェル様が先に出てこなかったのだ。
でも、今度はイシュウェル様を想像して、頬に熱が集中し、ではローヴァルさんでは……と再び登場させて、私はチノアが不審な目を向けてくるくらい一人で悶絶していた……。ううう……。
そして私が何とか落ち着いた頃……
「ん~~? あとは…そうだ! 靴。靴も買欲しいんだ! ヒールがそんなに高くない、可愛らしい靴をお願い出来るかな?」
「承知しました。では、こちらに……」
え? 部屋を変えるの…?
そうしてドレスを着たまま連れて行かれた部屋は中央にソファーが置いてあり、その四方に女性物の靴がズラリと並べられた……そんな部屋だった。
「……圧巻……」
思わずそんな言葉が、私の口から勝手に零れた。
そして、そんな間抜け顔で立ってた私は強く引っ張られ、バランスを崩してソファーに倒れこむ様に身体を落とした。
「な、何……」
「一気に決めるからね」
私の声にチノアは言葉を被せて塞ぎ、本当に一気にまだドレス姿の私に靴をとっかえひっかえ履かせ、靴を二足決めてしまった。
「……一気に揃える……と言われたけど、流石に疲れた……」
そう。流石に疲れた……。靴の後も、色々とあったのだ。そう、色々と……。
しかし、そんな私を颯爽と横切る黒い……
「あれは……手紙猫ちゃん?」
距離があるのに、私の視界を横に駆け抜ける黒い猫に私は直ぐに至った。
何でだろう? チノアが居る幌馬車に向かって駆けて行ったからかな?
私はそんな事を考えながらトコトコと幌馬車に戻り、出入り口の布を捲ったらチノアが例の黒い紙を手に、視線をそこに落としていた。
なーんだ、やっぱり"手紙"だったのか。
そんな手紙を読んでいるチノアの姿を見て、私はディーさんの事を思い出した。
せっかく来た小鳥さんに……ディーさんに向けて手紙を頼めば良かった。……なー、なんて。
小さな紙片に「今度、この国を出るんです!」的な事を……彼に話してみたいなぁ……とか……。
小鳥さんも次、本当に来てくれるか分からないのに……。
この小花だって、実は気まぐれだと思うし……。
……………………ののののの……"の"の字を脳内にたくさん書いてしまう……ののののの……。のー!
私がそんな事を考えながら、小鳥さんがくれた小花を仕舞っていると、チノアが私の方を見てきた。
な、何? 私はこれでもこの小花を見て、小鳥さんに振られたショックを微妙にぶり返しているのがバレタ?
「……シオ、今日の夕方くらに"お客サマ"が来るから。シオも同席してね?」
「え? ……あ、うん……?」
私も同席? その"お客サマ"……とは???