間隙③:青狼と黒鳥
シオーネがクッキーを取りに居なくなったこの空間……俺はこの口元を覆う魔装具の布が導き出した答えの人物との会話を試みる事にした。それは……
「……ドニアス、だろ、お前……」
「…………」
言葉を向けた相手は、あの黒い小鳥だ。
「ピィ~」
「誤魔化すな」
全く……シオーネが戻ってくる短い時間しか無いというのに、変にとぼけて欲しくない。
「……そういうお前は、"イシュウェル"、だな」
「…………そうだ。今は"ローヴァル"と名乗っている」
何だ。お前も俺の正体が分かっているじゃないか。
俺は一瞬、口元の布を外して本来の声で話し掛けようとして、止めた。ドニアスが話し始めたからだ。
そう、この布は軽い"変声"の魔法が組み込まれているんだ。だから、本来の俺の声とは微妙に違うのだ。
この布は他にも色々術式を組み込んでいるが、それは追々……。
「"ローヴァル"?」
「俺のミドルネームの一つだ。…普段は使わないから、あまり知られていないだけだ。
偽名を使うにしても、何かしら本来の名前が必要になる場面があるかもしれないだろ。
そういう時、一々組み替えるのが面倒だろう?」
「術の発動の事か。まぁ、そうだなぁ」
「そうだ」
おっと。俺はシオーネが居ない今、ドニアスとこんな会話をしたい訳では無いのだ。
「ところでお前はどうやって、シオーネの元へ?」
「……俺の可愛い"黒猫"が教えてくれたんだよ」
幌の一端で羽の毛繕いをしながら、ドニアスはあっさりと俺に話してくれた。
「ルーデナント様に行く"猫"は、俺にも同じ情報を与えてくれるからさ?」
「……あの紙の猫か」
「そうだよ。俺がルーデナント様に届く前に内容をチェックしてるから、当然だよねー」
そう、ドニアスは魔術師として、本来は研究塔に篭って魔術、錬金術や薬学、塔周辺の薬草畑の維持・管理・品種改良や獣や魔獣の生態調査等々……とにかく様々な研究をしているのだ。ある意味、ドニアスはとても雑食で、気になったら手を出して研究しないと気が済まない男なんだ。
そんな研究の中で出来たのが、例の動物に変化する"魔力紙"であり、どうやらそれをルーデナント様に提供しているのか。
ちなみに、これはドニアスしか作れないらしい……。
「俺が猫ちゃん達の"ボディチェック"をするのは、俺が城勤めを始めて、俺特製の便箋を提供した時からのルーデナント様との約束だし。
……これでも、色々な事を未然に防ぐ役割もしてるんだよ?」
「そんな事もしていたのか……」
「ああ、してたんだなぁ~はははッ!」
言いながら現在小鳥なドニアスは羽を広げて少し浮上して笑い、再び幌の上に戻った。
そして小さな果実の様な赤暗い二つの瞳を内側から輝かせる様にして、限界まで身を俺側に乗り出してどこか弾む声色で喋り出した。
「そしてさ、ルーデナント様と長年文通している……ここの頭領のチノアは勝手に跳ねる毬の様だから、どこに跳ねるか中々分からないから結構面白いよ!」
「…………」
「今回はいつの間にか、聖女様を囲っていたしね~」
「…………」
「……ま、最終的な"囲い込み"を提案したのはルーデナント様だけど」
「……え!?」
「……金獅子が動き出したんだよ。"ここ"に来るぞ……」
「何だって…?」
ドニアスが言ってきた内容に衝撃を受けた。
あの、そこら一般の服に身を固めたルーデナント様が、少し上向きの一見柔和そうでその実、冷たい微笑みが脳内に浮かび上がってきた。
…………あの人、案外"目が笑ってない"んだよなぁ……。
王子として、本当の"表情"を隠す様に長年教育されて、本人もそうしてきたんだろうけど……。
これの例外は"シオーネ"だ。シオーネは王子としてのルーデナント様の過去を知らないし、別な価値観・境遇を持った異世界の人間だ。新鮮……なんだろうな、シオーネが。それにシオーネは一度心を許した相手には懐っこいから……か、可愛いんだ…………。
……おっと、話しが…。まぁ、後は何となく分かる数名に、俺とドニアスが入っているぐらいか。
それにしても、ルーデナント様は周りを使い、固めて、ゆっくりと対象物に手を伸ばすタイプなのか……?
「ところで何で小鳥が俺だと分かった? お前の前から去った時とサイズが全く違うのに……」
ドニアスのどこか"ガッカリ"とした声色に、俺は彼に意識を合わせて答えを口にした。
「この布を通せば、お前だと分かる。……ただし、対象者が触れた何かを入手出来れば、の話だがな。
切り替えで探索機能を上げて設定しておけば、目的の人物が範囲に入れば分かる仕組みだ。
お前もシオーネとは別に、探索の対象にしておいたんだよ」
「……シオーネも"それ"で見つけたのか?」
「……これだけでは無いが……まぁ、これも一役かっている。城の"警備"職移動時の上司からの大事な非買の記念品だ」
「"警備"……ねぇ?」
「ああ、役職の履歴には乗せないけどな。そうしろと言われている」
「俺には、話して良いんだ?」
「今の流れで隠しておく方が説明し辛いだろ。第一、お前はお喋りでも、何でもペラペラ言うタイプじゃないだろ」
「まぁ、言わないよ……。そう言う言い方で、俺からの言葉を引き出すんだな、お前は……。全く……」
そう。俺は最初から剣士職を歩んで"騎士"の道に進んだ訳ではない。
まだ少年と言える時から早々に城で"警備"職に就いていた俺は、城内をウロついて面倒なネズミを掃除していた時に、何度か騎士団長に遭遇したんだ。
全く…気配を消すのが上手い人で、何度後方からの「おい」と言う言葉に、とっさに回転を利用した刃先を向けそうになったか…。
そしてある日、俺は突然"引き抜き"に合った。俺を引き抜いた相手は"騎士団長"様だ。上司と相当揉めたらしいが、最後は"王様"を持ち出してきて、「王に言われては、どうしようもなかった……」と頭を垂れて上司に言われた時は、俺はかなりビビッた。……今でも、ある意味びびる内容だな……。
引き抜かれた後は"剣士"の肩書きを"サクッ"と与えられて、即行で騎士見習いの学校の寮へ放り込まれて、物凄いスピードで………騎士職の最高峰の王宮騎士の一人としての……現在の俺に至る。
この国の騎士学校は身分をあまり問わない実力主義な考えが大分広まっていたのが、俺を一気にここまで伸し上げた理由の一つだと思うが、単純に俺に肌が合った職種だったのだと思う。
あとは、身体の基礎は既に出来上がっていたも同然だから、それを擦り合わせて成長させていけば良い。
そして、そのコツを掴んだら驚く程のスピードで伸し上がったんだ、俺は……。
「……おや?シオーネが戻ってきた。……またな、"ローヴァル"さん?」
「…………ああ……、またな、ドニアス」
ドニアスの方が高い位置に居るし、見える範囲が広いからだろう。
後方からシオーネの軽い足音が近づいて来たのが、俺からも分かった。
―……そして俺達はまだ言いたい事があったが、同時に口を噤んだ。