15:夕食聖女
夜の大通りでたくさんの行きかう人の中、私はローヴァルさんの手を握った。
私の行為に少し驚いた様に見開かれたエメラルド色の瞳は、夜の暗さとお店の明かりで濃淡をハッキリさせて私を見ていた。
握った私はドキドキしながら彼を見上げ、"やっぱり…どこかイシュウェル様に似てる…"と感じていて、そして…
―くきゅぅううぅ~~…
私のお腹の虫が自己主張をしてきてしまった…。う…。これって、地味に恥ずかしいのよね…。
「……夕食…食べに行こうか?さっきので大分駄目にしてたし…。そこで話しをしよう」
「…ぅ、あ、ハイ…」
そしてローヴァルさんと一緒に入ったお店は、私が好みそうな食べ物が多く、店内の雰囲気も何となく明るい…そんなお店だった。
楕円の器にトロリとしたホワイトソース、カリッとしたチーズが広がっているグラタンの具材は鶏肉に根菜中心の野菜で、根菜の食感が面白くそして美味しいものだった。サクサクしてるの。
ああ、ホワイトソース系の食べ物が好きだから、美味しいコレは嬉しいな!
私はそう思いながら口にグラタンを運んだ。そして同じ物を食べているローヴァルさんを、そっと盗み見してみた。
だって、あの口元を覆っている布をどうしたか、気になるじゃない?だから、見てみたの。
そして、ローヴァルさんは流石に口元の布を外して―……無かった。
布を少し持ち上げて、作った隙間から器用に料理を運んで食べている。
…その布に何か意味があるのだろうか?一族的な制約?魔道具?術的な何か?宗教?……オシャレ?
わ、分からない…。
似合ってない訳じゃないんだけど、見慣れてない物だから不思議に感じちゃうのかな?
「…シオ、スプーンが止まっているけど、口に合わなかった?」
「いえ!合いますよ!?」
料理は本当に美味しいです!…ローヴァルさんの布が気になっただけです!…言いませんけど…。
変な心配をさせるわけにはいかないので、私は食事に専念する事にした。うん!美味しい!熱々トロトロさいこーう!
それにしても、ローヴァルさんと好みな傾向が似ているのかな?
お店の雰囲気に食べ物に…私は何も言っていないのに、どちらも私の好みだ。好みが重なっているって、良いな。話題も増えそうだし!
そういう考えに行き着いて、私はニッコリ顔をローヴァルさんに向けて一言。
「とっても美味しいです!」
それから一通り食べ終えて、次は私との契約関係の内容ね。
そこで決めたのは、ローヴァルさんに対する報酬とか、仕事内容。
報酬は…正直、どの位の期間を願いするか分からないからとりあえず"金貨4枚"でお願いする事になった。
今の金貨の価値は一枚大体"10万円"なのだけど…良く分からないし、お互いに納得した額なのでそうしたのだ。
これは…金貨に価値の変動で枚数を変化…させないとけないのかな?難しいなぁ…。
そして仕事内容はズバリ、"護衛"!これのみ!…ってか、これでお願いします。
私の指す内容にローヴァルさんはそれで了承してくれた。
「…シオは、自分が落ち着ける土地を探しているんだ?」
「はい、そうです!そこから、私は第三の人生を歩むんです…!そこで……心の安らぎを得るのです!」
「…心の安らぎ、で…、"第三"の人生?"第二"じゃないんだ?へぇ…」
「………ま、間違えました!"第二"、です!第二の人生です!」
…あ、危ない!
第一は元の世界の自分、第二はこの世界で聖女としての…だから"第三"と言ったのだけど、そりゃそうかもね。普通に考えて、多いかもねー。
異世界人という事も、聖女な事も秘密にしておきたいから、変な事はなるべく控えとかないと!
私がそんな事を考えていると、ローヴァルさんが話題を変えて来た。
「…それじゃ、これからは"イシュウェル"ではなく、"ローヴァル"で助けを求めて欲しいな」
「え…っと?」
「あの時、たまたま通りかかったら、シオの助けを求める声が聞こえてね。それで助けたくなったんだ」
「…………」
そしてニコリと笑うローヴァルさん…。あの小さな声…聞こえたのか…。
あ。でも、焦ったあまり声の大きさとか…実際小声だったのか分からないや。
「これからは俺がシオを護衛していくからさ?俺の名前を呼んでね?」
「分かりました!と、当然です!呼びますよ!?…宜しくお願い、します!」
ぐぐっと握り拳でお願いします!
そしてローヴァルさんは私の妙な意気込みに「分かった。うん、宜しく」と緩く瞳を細めて答えてくれた。
「…!」
「?シオ?どうかしたか?」
「…ぁ!い、いえ、何でもないです…」
…何だか、その瞳の形に…イシュウェル様が重なってしまったのは………秘密、だ。
―…そんな食事会の後、ローヴァルさんは私をチノア達の幌馬車まで連れて行ってくれたの。
「それじゃ、俺は宿を取っているから…明日、ここに…シオの所に来るから」
「はい!ローヴァルさん、宜しくお願いします!」
私の言葉にローヴァルさんは微笑みを作り、片手で私の頭をフワリ…と一撫でしてきた。
その行為に、私は思わずとっさに瞳を閉じて肩を上げてしまった。ビックリした…のだ。
「おやすみ、シオ」
「おやすみなさい…」
……ここで言いながら不思議と少し切なくなった…。
「………」
―…さ、さて、チノアにローヴァルさんの事を話さないと!
私は街の明かりへと紛れいったローヴァルさんの背中に向かって、「よし!」と掛け声の気合を一つ入れた。
相部屋的な幌馬車に戻ると、チノアが寝そべって何か読んでいた…って、手紙か。
そうやら文通相手の"黒爪"さんから手紙が届いた様だ。
チノアの手紙は黒猫に変化したけど、黒爪さんの手紙はどんな動物…だっのかな?少し気になる…。
「……あ。シオ、お帰りー。遅かったけど、夕ご飯食べてきたの?」
「うん」
「そっか。街はどうだった?欲しいの、見つかった?」
「うん…見つかったよ。クッキーと…護衛を雇った」
私の言葉にチノアは一瞬動きを止めた。
「え?"雇った"…って、ギルドに行って来たの?」
「ギルドには行ってないよ。ただね…」
そこで私はチノアにローヴァルさんの事を話した。
酔っ払いに絡まれて…の下りから、夕飯を一緒にしたところまで一気に話して「…と言う訳なの」と括った。
「…ふぅん?大丈夫?怪しくない?」
「大丈夫だよ…怪しくないよ…。多分」
「そう?…ま、シオが良いなら、別に良いけどー?」
言いながら、チノアはうつ伏せからゴロリと仰向けになって私を見てきた。
見上げるチノアに、見下ろす私。視線が交錯したと感じた時、チノアが口を開いた。
「ところで、シオに話があるのだけれど?」
え?何だろう…?
チノアにそんな事を言われた私は、彼女の隣りに腰を下ろした。
そしてチノアは私が座るのと同時にクルリと体勢を再びうつ伏せにし、両肘をつき、顎を手の甲に乗せて私に質問してきた。
「ねぇ…シオ、関所はどうするか決めた?身分証とか、大丈夫?」
「チノア…決めてない…って言うか、どうしたらいいか分からない…。身分証とかも…無いし…。実は、事情があって作れないの…」
そうだ…そっちの問題もあったんだった…。
「んー…それなら、今まで使ったこと無かったけど、この手を使ってみる?」
「え?それは…?」
チノアは何か"手段"があるのを知っているのね?何?何かな?
私は思わず身を屈めてチノアの言葉を待った。
そして開かれたチノアの口から出た答えは…
「"旅一座"として、みんなで隣りの国に行くんだよ!」
「!?」
そ、そんな手が!?
「あのね、私達がちゃんとした芸を見せられる"旅一座"だと関所の役人に認められれば、その一座は関所を特別に通れるの」
「え…」
「その中でも、シオが芸が出来る人物だと、認められれば良いんだよ!」
顎下の手の片方を"ズビッ"と私に指差して、チノアは不敵な笑みを浮かべた。
「…私の活動範囲はこの国のみだったんだけど…、この機会に他国で遊ぶのも、おもしろそうかなーって」
指差し、驚く私の顔を見たチノアは今度はその不敵な笑みから一瞬にして、純粋に新しい玩具に飛びつく子供の様な顔に変え、笑った。
そして"トドメ"の上目使いで私を見上げてきた…。や、体勢的に見上げられるのはしょうがないけど、表情が…表情が…!!
「ね?だから、シオ、私とまだ一緒に居ようよ?そして、隣りの国、見に行こう?」
「―……チノア…。…ありがとう。…でも何でそこまでしてくれるの…?」
言いながら、チョットどきどき…。
「―……んー。何だか、シオって放っとけない感じ?妹みたい!何だかねー、妹を思い出しちゃうんだよ~」
「…え?妹?私…18歳だよ?」
"妹"?目の前のチノアの方が…"妹"的に感じるけど…?しかも、チノアは実際に"お姉さん"なのか…。
言われて少し動揺が混じる視線をチノアに向け、私は実年齢を答えた。すると…
「うん?それなら、私は、23歳だよ?」
「えッ!?…ええええええ―――っ!!!??」
て、てっきり15歳くらいかと…!………恐るべしロリボディ&ロリフェイス…!
…そして闇夜に私の絶叫が響き、ビサージュさんが"何事か"とやって来るという事態にしてしまったのだった…。はわわ…、申し訳無いです…!
チラ裏:ローヴァルの口布は呪術的に特殊加工が色々施されているので、滅多に汚れませんです。ハイ。