13:買物聖女
―…ジャ―――…ン!!
「!!」
私はチノアが去った幌馬車内で、金属を叩いたと思われる鋭い音で驚きから解放され、身体を動かし始めた。
わたわたと幌馬車から降りて、直ぐ傍の出来ていた人垣に混ざり、前へ進んで何とか最前に出た。
そして、目の前の光景に…一瞬、誰だか分からなかった…。
…何か…楽器の塊の中に人が…って、ビサージュさん!?
もしや…これは………ビサージュさんのワンマンショーライブ!??
特殊能力の"楽器演奏"って、こういう事だったの…!
そう、楽器の複数同時プレイ!!ってこと!
弦楽器、打楽器…その他にも数種類の楽器が複雑にビサージュさんの周りに置かれ、彼はそれを一人で扱い演奏していたのだ。
破綻の無い、一つの流れとして、耳にとても心地良い…。
「…う、上手い…。それに、格好良い……かも?」
そしてそこに、双剣のチノアが躍り出てきた。
彼女の登場に、周りの群集から男女の「チノー!」「団長の登場だ!」等の、黄色い好意的な声が…。
そんな中、団の仲間と音に合わせて斬りつけながら軽々と舞う様は、…何とも優美。
しかし、内容はコミカルな様で、最後には倒れた人の山にヒラリと飛び乗り、片方の剣の切っ先を天に向けた。
そして生まれる、拍手…と、"おひねり"の嵐。
私は拍手だけ参加しておいた。だって…今はお金持ってない…。
「もっと私達が見たい人は、あそこの貸しテントでの演舞に後で遊びに来てねー!」
人の山の上でクルリと回転して、チノアがウインクをすれば、歓声の声量と熱がグンと上がった…。
そしてチノアはそれを受けながら、のんびりと…私にヒラヒラと手を振ってきた…。
だって、口パクて「シオ~」とか…そんな感じな事、するから…私だって、分かった。
私は何とかそれに小さく振り返してから、幌馬車に戻った。
チノア、ビサージュさん、皆…凄かったなぁ…。
後で…演舞の公演をするのか。ここの盗賊団はどうなっているんだ?
そして私は幌馬車に帰ってきたチノアに「凄かった!」と色々感想を述べ、街で使いたいから、金貨を一枚両替できないか聞いてみた。
するとチノアはアガシオンを呼び出して、私の金貨一枚の価値を彼に見てもらい、その場で両替してくれた。
おお…。アガシオンは…色々と便利…?
「アガシオンは金属に対して、嘘を付かないよ。
だから、この金貨一枚は銀貨と丸・角銅貨でこの位。
…銀貨と丸・角銅貨を混ぜて両替したけど、大丈夫?」
「うん、ありがとう!両替の手間が省けたよ!」
そして私は使いやすくなった貨幣を小さな袋に入れて、街へ出かけた。その目的は…
「色々なお菓子屋さんがあるな~…」
日持ちしそうな…お菓子って何だろう?
「…………焼き菓子?」
そう、あの黒い小鳥に"手紙"のお礼…したいな、って…。
そこで私はキョロキョロと外からお店を数件みて、クッキーを買っていこうと決めた。
そして店内で一番人気のマーデカミーアの実のクッキーを一袋購入した。
お店を出てから、買い求めたクッキーの袋を見ながら、ほっこり…。
また遊びに来てくれるかな?
そんな事を考えながら自分の影を見れば、とても長く伸びていた。
「…あ。もう、こんな時間…なんだ…」
人混みのにおいに混ざって漂い始めた、強い食べ物のにおい…。夕食時だ。
「…あのクレープっぽいの、食べてみようかな?」
直ぐ傍のクレープ店に併設している"外用"の場所から、惣菜系のプレープっぽい食べ物を買い求めてみた。
そして私はそのまま頬張りながら、チノア達の幌馬車に戻る事にした。
聖女だった頃の旅はあまり人前に出ない様にしてたから、時間帯を気にせずにこうして人混みの中を歩くのはとても新鮮…!
それにこれからは、こうした食べ歩きだって自由に…
―…ドン!…べちゃ…ぁ…
「あ…?…ぁ、…ご、ごめんなさい…」
「……あァア~ン?俺にぶつかっといて、ソレだけかよぉ~?しかも服が…ドロドロになったじゃねーかよ~ぉ」
早速浮かれ過ぎちゃったみたい…!
…どうしょう…この大きな男の人、夕方のこんな時間からかなり酔ってそう…。
しかも、周りの人達は私達を見ているだけ…?
眉間に皺を寄せて哀れみを含ませた視線でこちらを見ながら、ヒソヒソと…。…ヒソヒソ長いなー…。
あ。も、もしかして、この男の人、この街の"やっかい者"…!?
で、でも、ぶつかったもの、服を汚しちゃったのも私で…事実だし…。どうしよう~~~…。
私が涙目でオロオロしていると、問題の大男が屈んで私を覗いて来た。
「何だ?…へぇ?見ると結構…可愛い感じだな?気に入ったぜぇ~」
「へ…?」
「こっち来いよ。あの店の二階の個室で、"酌"でもしてもらおうかな?そんで、俺と…へへっ…」
「い!?」
「それでこの汚した服の代金も含めて、許してやるよ~?ん~?」
「あ、え、あッ…!???」
急に腰に手を回すな!顔を近づけるな…!!
それに…、…個室で、お酌で……な、なに!?何なの!?
あと、やっぱり凄くお酒臭い…!誰か…助けて…!!助けて!
私は慌てて左右を見るけど、やっぱり誰もが視線を外して…
外して…外して…二度と私の方を見ない…。
でも、誰か…誰か…
「…たすけ、て…っ…」
泣きそう。泣けないけど、……泣きそう。
「ほら、行くぞ~」
「…助けて…」
こんなの初めてで、引かれた腕に感覚が無くなる…。
意識は有るのに、とても…遠い…。
「…イシュ……たす…」
…イシュウェル様、イシュウェル様、助けて!
私は最早、無意識だった。
討伐の旅でいつもどんな状況でも、私を一番に助けてくれた、イシュウェル様。
私の隣りに…恋人としてではなく、護衛でも何でも良いから…イシュウェル様に居て欲しい。
焦りの感情と思考が混ざってぐるぐるしてくる…。自分に自分が追いつかない…。
「ごめんなさい。ごめんなさい…」
「んー、ハイハイ、泣かなくても大丈夫だからな~?ちゃんとシてくれたら、な、優しくしてやるからよぉ?」
「~~~ぅ、ううっ…!」
…本当に"お酌"をすれば、良いの?
―……ぅ、…ウソ!
直感が、そう感じてる。お酌…以外の何かも要求するつもりだ。
………怖いよ。怖いよ。怖いよ…。
私の脳内に、姫巫女様…レジェスターニャ様の綺麗な柔らかい微笑みがチラつく…。
"シオーネ、わたくしの小さな異世界の聖女様、何かお困りですか?"
…嗚呼、レジェスターニャ様!
欲張りません!
私、…欲張りませんから…イシュウェル様に会わせて下さい!
……そして…彼の左右のどちらか、空いている隣りに…私を座らせて…。
…少しの間、座るのを、許して下さい…。イシュウェル様を諦める為の時間を下さい。
でも、隣りに座れたら、その時だけで良いので…私の手も握って欲しいんです。
ここでの欲張りは…許して下さい。…さすがに我が儘なのは分かります…。
そして、イシュウェル様、それが"恋情"では無く、"庇護"としてで良いから…私の手を、握って。選んで。少しで良いから、微笑んで下さい。
こんな私を、どうか助けて下さい…!
「…なぁ、泣くなよなぁ?俺が悪い事、しちゃったみたいじゃ~ん?俺の方が服がこんなになってるのによぉ?」
「ご、ごめんなさい…!あの、服をべんしょう…」
「んー?まぁ、服の話しも含めて、上に行こうかぁ~」
「…ひ、やッ…!?まっ…て…!?」
…助けて下さい…助けて下さい…助けて下さい…助けて下さい…
「……たすけて……イシュウェル…さ…まぁ…っ…」
私は…そう、強く望んだ…。
望んでも、無理な望みを小さな声にして、現実にして…望んだ。
そしてこの時の望みが…
「―…その子の手を離せ」
……何と…誰もがあっさりと視線を外してしまう中、こんな私を助けてくれそうな人が現れたの…。