12:薬草聖女
『こんにちは、ディーさん。エスです。
戦闘が苦手なので、薬草の知識が得られて嬉しいです。ありがとう。
あなたから貰った花は押し花にして、取っておこうと思います。』
「………」
本当は"それでは、また"という言葉を入れたかったが、我慢した。
だって、ディーさんは本当に気まぐれから私に返信したのだろうし、第一、繋がりが不確が過ぎ。
書き終えた紙の破片を黒い小鳥の脚に括り、具合を見る為に乗せた指先を視線の高さにしたら、小鳥は私の指から飛び立った。
そして「ピィピィ」と鳴くと、閉めていない幌馬車の後方の出入り口から器用に空へと去って行ってしまった…。
「……何か、お礼…上げれば良かった」
去ってから、食べ物か水か…何か上げれば良かったと気が付いた。遅い。自分、遅過ぎ!
「今度…機会があったら、何かして上げよう」
口に出してそう決めて、私はディーさんから貰った白い小花に鼻を近づけて、そっと匂いを嗅いでみた。
"スッ"と清々しい透明な香りの後に"ほんわり"とした甘いと感じるものが追随して私の鼻腔を満たし、そこに不思議な充実感を私は得た。
「…ミント、みたい。お茶にも出来るなら、…ハーブティーとか良さそう?」
自分の想像で、ガラスのポットに煮出した薄いグリーンのお茶を想像した。
うん。良さそう。ああ、飲みたいな~飲んでみたいな~。
それには量を集めないといけないけど、これってそこいらに生えてるんだよね?
実際に使えるし、路銀にも換わりそうだし…この花を軸にして…どうにかなるかな?
「…そう言えばこの花の名前、知らないや…」
ん~~…。あ!アークシェさんに聞いてみよう!
商人のアークシェさんなら、この花…取り扱った事、無いかな?
そこで私は与えられた幌馬車から降りて、アークシェさんを探した。
基本、自由に動けるから再び薪になりそうな枝を拾いながらアークシェさんを探していたら、私の与えられた幌馬車から3つ離れた幌馬車の脇にアークシェさんが立っていた。良かった! 無事そう!
ビサージュさんに連れて行かれた時の雰囲気より和らいでいるアークシェさんが私に気が付いて、「シオ」と笑顔で言ってくれた。
私はその声に彼に近づき、探していた事と無事な姿に安堵した事を言い、今後はどうするのか聞いてみた。すると…
「―…え!?アークシェさんはしばらく盗賊団の"金庫補佐"として、チノア達と同行する事にしたんですか!?」
「ああ。馬車とか壊されたのを何とかしないと…。要するに、直接的な資金の問題だよ」
うあッ!下手に王都…に戻れないし、アークシェさんがどの様にお金を管理していたか分からないけど…私のせいです…!
「…あの、アークシェさん…ごめんなさい…」
「シオ、どうしたんだ?別にシオのせいじゃないよ。気にしないで」
そう言ってからアークシェさんは私に、ここで色々してみるのも面白そうだと言ってくれて、「俺に何か用が有ったんじゃないの?」と別な話しに変えてくれた。有り難いです。
そこで私は本来の目的を思い出し、アークシェさんにあの白い小花を見てもらった。
「これは"トミン草"だね」
「トミン草…?」
「そうだよ。色々使えるし、人気がある植物だよ」
「…これを売るとしたら、どうすれば良いですか?」
「そうだなぁ…。乾燥させて薬屋に持っていけば、この位の量で角銅貨一枚位で買い取ってくれると思うよ」
そう言ってアークシェさんは拳を私に示してくれた。つまり、成人男性の拳一つ分が角銅貨一枚になるのですね!
私は「分かりました!ありがとう御座います」と答えて、頑張ってこのトミン草を集めていこうと決めた。
あ。ちなみにこの世界の貨幣感は大体、こんな感じ…
粒銅 → グラム値段
角銅貨 → 千円
丸銅貨 → 5千円
銀貨 → 1万円↑↓(純度や流通による変動有)
金貨 → 5万円~10万円↑↓(純度や流通による変動有)
…この他にも、物々交換や鉱物、他のレアメタル等に変換される場合があるけど、基本はこんな感じなのね?
この世界のお金を実際に自分で使った…と言えるのはアークシェさん相手だけだから、まだ緊張するなぁ~…。
それにしても…改めて思ったけど、アークシェさん、私の髪の毛を聖女の物だからと言っても、随分高く買ってくれたのでは…?
バックの中の金貨を思い出して…色んな意味で汗が噴き出た。
アークシェさん、有り難いです…。大事に使います!
よ、よし!アークシェさんに何か良い事が起こる様にいっぱい祈っておこう!!
あと、慧眼でお嫁さん候補探さないとね!うん!
「うっし!やるぞ!!」
私はとりあえず、あらゆる意味で気合を入れた!
そして次の日、やってきました『ベーリア』!!
活気もお店も十分な街!なんてったって、お隣の国に行けちゃいますから!!
商品も種族も様々で、圧倒されちゃう…!
そうそう、この『金輪と黒爪団』は、こういう街に入る際に"盗賊団"から"旅一座"に扮するのだそうだ…。ポカーン…
「大体の街にはいつもそうして入ってるよ?」
「………」
言いながらチノアは今日は一目で踊り子だと分かる服装をして、どんどん"本物"であろう装身具を着けていっている。
隣りで見ていて、正直可愛い。小さなお人形みたいだ。
顔付きと背丈から、私は勝手にチノアを年下だと思っているけど、実際は知らない。
そしてこの可愛いお人形な踊り子は華奢そうな見た目に反して、なかなか物騒な事を口にし出した。
「―…日用品、娯楽施設、宿に食事処、武器調達、ギルドに奴隷商に闇ルートでの売り買い…、特に大きな街は色んな"顔"が揃っていて便利だよね~」
「…私に、そこまで話してチノアは良いの?」
「ん~?シオに言ったって、私がどうにかなっちゃうの?もう、"盗賊"だって分かっている相手に、何を隠すの?それに今は仲間でしょ~」
なんたる堂々とした態度…。チノアさんすげぇです。
そして仲間…。何となく、嬉しい…かも?
少し一緒に生活して、ちょっと慣れや絆された?
―…コンンコン…
そしてそんな思考に私が漕ぎ出した時、現実に引き戻す様な幌馬車の側面の木の部分を叩く乾いた音が…。
「ん?広場に着いた?」
どうやら広場に着いた合図だった様だ。そう言えば、人の気配と多くのざわめきを感じる…。
私がキョロキョロとその場で見えない人々に意識を払っていると、チノアは大きく伸びをして、「ぷはー!」と息を吐いた。
そして素早く立ち上がると、私の方を見て"ニッコリ"笑い、
「…それでは『金輪と黒爪団』の"表の顔"…『チノ旅一座』を、シオ、そこで見てなよッ!」
そう言うと、チノアは幌馬車の後方から半透明なショールを靡かせながら飛び降りた。
後には、微かに擦れた薄い金属の涼やかな音と、驚き顔の私が幌馬車の中に残った…。