10:手紙聖女
何だかんだでチノアの『金輪と黒爪団』の仲間として収まった、私とアークシェさん…。
盗賊団…と言っても色んなタイプがいると思うけど、このチノア率いる盗賊団は何となく"アットホーム"な感じだ。
…とは言っても、あの鉄檻の時に受けたのは忘れてないけどね!私達をあんな風にバカにしながら弄びやがって~…許さん…!いつかけちょんけちょんのギッタギタにして…謝らせてやるっ!
「………」
「…何、コワイ真顔になっているのよ、シオ?」
…ああ、ちょっと自分の内側に入り込み過ぎたかな。
そう、今、私はチノアと行動を共にしている。
これは彼女がそう望んでくれた事。でも、私はそれで助かっている。
…だって、あんな…悪いけど、あんな下っ端共と居たくないもの。またからかいのオモチャにされるだろうし!
それでね、アークシェさんはビサージュさんとどこかに行ってしまった。
あ!アークシェさんはちゃんと治療したから、多分…大丈夫!うん。
「―…ちょっと、色々思い出していたの。チノアこそ、何しているの?」
「ん~?手紙。文通相手に、素敵な絨毯の事やアークシェやシオの事を…。あ。名前は伏せているけどね?…手紙に書いてるの!」
文通?いがーい!人って分からないものね!
「へぇ?文通してるんだ?」
「うん、"黒爪"サマにね~」
それから専用の紙だと言われて、まだ何も書いてない四角形の便箋一枚を渡された。
そして表面は白地に罫線、でも裏面は真っ黒。
「四角…なの?」
「そうだよ。別に便箋が四角でも良いでしょ」
「まぁ…そうだけど…。変わってるから…」
…こんな用紙を用意出来るなんて、相手は相当な…お金持ち?
見せてもらった便箋の罫線側の上部には、黒塗りの…動物?影絵みたいな?シルエット?
振り乱された鬣に、鋭い鍵爪の四足…。
…本来は何の動物なのだろうか?
「さ、出来た!」
どうやら私が便箋を観察している内に、チノアが手紙を書き終えた様である。
「どうやって手紙を出すの?」
「ん?それはね~…」
そうしてニンマリと私に笑顔を向けてから、チノアは書き終えてインクの乾いた用紙を…
―…折り始めた。
ええ!?
驚く私の隣りでチノアは淀みなく何かを作っている。そして・・・
「ンふふ~♪…はい、猫さん、だよっ!」
完成したのは、器用にも四足で自立している黒猫。
あの便箋、"折り紙"になっているんだ?
でも、こんな猫を折れるなんて、チノアすごいな。
「チノアって器用なんだ。可愛いけど、これ…どうするの?」
「これをどうするかって?相手に送るに決まっているじゃない」
私の質問に答えると、チノアは折った猫の頭を人差し指で撫でた。
"イイコイイコ"みたいな動作の後、チノアが指を外せば…
声無く欠伸をし、のんびりと身体を伸ばす小さな黒猫が机の上に居たのだ…!!
「え!?姿が…」
「言ったでしょ、"送る"の。ホラ、行って!」
チノアの言葉に黒猫は再び声無く一鳴きして走り出し、風の様にこの部屋から出て行ってしまった。
それを見送った私は…言葉が…出てこなかった…。
「…最初は普通の手紙の遣り取りだったんだけど、数年前からこうなったんだ。どこからでも出せるし、勝手に届くから便利だよねー」
「……どんな人と遣り取りしているの?」
思わずポロリと落ちた踏み込んだ質問に、チノアは特に変化を見せずに答えてくれた。
「相手?私がまた背丈がこの位の時に…すごーく大きなお屋敷に単独で潜入してね、そこで出会った何だか偉そうな男の子と文通してるの」
そう言って私に示してきた高さは…1m位?それって…かなり幼い頃では…?
私が内心、冷や汗を流した事など知らないチノアは、どんどん話してくれている。
「その子、私の話す外の世界が面白いから、文通してくれって。
代わりに今回はこのまま見逃してくれるって約束でねー。
あ、その時にビサージュや団の皆を付けられてね?ビサージュ達とはその時からの付き合いなんだぁ~。
だから、基本、ウチは新参者…って居ないの。何だか、入れてもいつの間にか止めてくんだよねー」
な、なぬ!?チノアとビサージュさん達にそんな過去の繋がりが!?
「んで、文通している内に、何だか報告めいた手紙の遣り取りになってきてー…。……あんま悪い事、出来なくなっちゃった」
「…でも、"悪い事"、するんだ?」
「……必要、ならね?でも最近は悪い事してないよ。アークシェから絨毯はちゃんとお金を出して買ったもん!」
「でも、アークシェさんを襲ったじゃない…」
「欲しかったの!あとは、私の剣舞を捧げる神様が、アークシェを教えてくれた。会わせてくれたんだ…。多分、アークシェとは"運命"なの…」
「………」
可愛らしい乙女な表情だけど、そ、そこは…すごーく神憑り過ぎじゃないかな~…?ンんンン~~~ッ?
―…神様…。神様、ねぇ…?
"神"と聞くと、"神殿"を思い出す。あそこを出てから、まだ全然、経ってないのに、妙な懐かしさがくる。
一応、あそこに私の"時間"があったからかな?それに…
「―…みんな、どうしているかな?」
人の心なんて、分からない。
私が聖女でも、万人に受けるなんて、無理。
全ての人に好かれるだなんて、どんな御伽噺。
それに当然だけど、私を敵視している反対派もいたし。
そうではなくとも、感覚的に普通に私を受け入れない人達も居た。
…そして平和な今は、私はもう"要らない"聖女。
平和な世の中は、正直嬉しい。
戦争を知らない日本人な私は、そういう、争い事が……苦手だ。
…私の中では、ここは好きにリセット可能なゲームでも、読むのを好きな時に止められる小説でも無いのだ。
そして、自分に嘘がつけない世界。これはどこでもだが…。
聖女である私は…多分、この世界でどこまで行っても、どこに居ても…"聖女"…なのだ。
ペタペタと隠れながらも聖女として歩き、ここで生きていく。
その為にも、早く自分の過ごし易い場所を…。
討伐の旅で聖女として歩いてきた記憶から、良い場所が浮かんで来ないかな?
はぁ…。それにしても…
「…まるでもぐら叩きだよ」
あっちこっちとピョコピョコ出て来る問題を、ポコポコ叩いてなんとかするの。
私も…誰かに話してみたい。ありのままの私の、"出来事"を…。
「…ちょっと、チノアが羨ましい…」
あの、手紙の黒猫が脳内をうろつく…。
「…私も、この世界の誰かと…手紙の遣り取りをしてみたい…かな?」