9:金貨聖女
「アガシオン、出て来て」
そうチノアが言うと、金の腕輪は彼女の腕からスルリと床に滑り落ちた。
固体の金属が、一瞬にして液体の金属になるなんて…!
そして黄金の液体金属は今度は"フルリ"と緩く立ち上がり、そのまま人型になり、最終的には青年に変化した。
現れたのは、髪色は銀色、肌は赤銅色、瞳は金色の見た目20歳前後の高身長の好青年。
服装は…ズボンにベストっぽい上着で…何と言うか"アラブ"っぽい感じ。
チノアの隣りにいて、かなり馴染んでる。
「彼が金属の魔人の"アガシオン"」
なんでも"金属"を報酬に、出来る望みを叶えてくれるそうだ。
だからさっきチノアが「金貨」「銀貨」と口にしてたのか…。
「アガシオン、絨毯の時の報酬を渡すわ」
そう言うとチノアは自分の腰に下げていた小袋から金貨を二枚取り出すと、"パチリ"とアガシオンの手の平に置いた。
金貨を置かれたアガシオンはその一枚、手にして"はむっ"と唇で挟み…
…"みょーん"と金貨を伸ばした。も、餅!?
金貨が餅状に伸び、彼の口は"もぐもぐ"と動いている…!食べてる…!…食べてる?
「ああ、この金貨は純度が高いな。美味い」
そう平然と言いながら餅…の様に青年は金貨を口に運んだ。
金貨は金貨であり、ソレが餅や、コインチョコの様な菓子でも無いのは、伸びた部分も金色をしている事から本物だと判断出来る。
それにしても…金貨…が伸びるのは、展性があるから?
でも、そんな風には容易く伸びたりは普通ならない。やはりチノアが言った通り人ならざる…"魔人"。…なのかな。
そんな感じでアガシオンを"ボーッ"と、見ていたらチノアから声を掛けられた。
「―…ところで、どこか目指している場所とかあるの?」
「…無い、けど…」
「私と"契約"、する?」
「…する。けど、"見逃す"件は?」
「ああ、良いよー。貴方達は"拘束"しない」
変に随分あっさりと…。
「それで…そこの商人は"アークシェ"だと名前が分かったけど、貴方の名前を教えてくれないかしら?」
「……シオ…。…"シオ"。名前は"シオ"だよ」
ここで私はとっさに"シオ"という名前にした。
「"シオ"、ね。分かったわ。…それじゃ、次は絨毯と貴方の話しをしようか」
何だ。チノアはアークシェさんを早く"引き抜きたい"んだね?
「ね、考えてくれた?時間はあったよね?ね?」
「…短時間過ぎる…。それに、俺は絨毯は売るが、仲間にはならない」
「んん~~…予測はしてたけど、切ない回答~。本当にダメ?」
「ならない」
ここで外野の下っ端共から、「信じらんねぇ!」「後で後悔するぞ!」「俺に譲れ!」…等々、様々な声が飛んできたけど、アークシェさんは首を縦に振る事はなかった…。
まぁ…急に「盗賊団の一員になれ!」って言われてもね…。
「…じゃ、今後、何かと貴方に絡む事にする」
「は?」
「敵でも客でも…何でも!私の気が済むまでね!」
「は?は?ぇ?ええっ…!?」
う、うわ…っ。何と言う宣言を…。
…でも、ちょっと、チノアの「追っかけますから!」宣言をされたアークシェさんが羨ましい…。
私、王宮神殿での事、そうとう…キてるのかな…?
「…………」
…私の置き手紙、誰か…読んでくれたかな?
「…ギルドにはやっぱり行きたい」
「何で?」
私の声に、アークシェさんの腕にいつの間にか腕を回していたチノアが直ぐにこちらを向いて聞いてきた。
あ…。アークシェさん、顔が紅いけど、顔に油汗が…。痛くもあるんだね…。早く治療を…っと、その前に…。
「チノアとずっと居る訳にはいかないでしょ?ギルドで次の大きな街までの一時的な護衛を求めるから、それまではチノアにお願いしようかな」
「それはそうね。…契約内容は分かった。でも、何でシオみたいな"祝福されし者"がわざわざこんな俗世に来なくても…?」
それは上位聖職者として、王宮神殿内で暮らせば平和だと言いたいのかな?
「あのね、私は…自分が落ちついて生活出来る場所を探しているの。…神殿は…私的にそうじゃなかっただけ…」
「ふぅん?…まぁ、そうね。感じ方は人それぞれよね。それに私達と一緒では、それは望めないかも?」
言いながらチノアは、「…"落ち着いて"は無理かもしれないけど、色んな場所には行けるけどね。…ふふっ」と意味有り気に笑った。
それから私の方を見て一つ、提案をしてきた。
「…それじゃ、ここから一番近い"ベーリア"に移動しようか」
「ベーリア…」
「そう。このアジトから4日はかかるけど、ここら辺では王都の次に大きな街だよ」
知ってる。聖女としての旅で一番最初に行った街だ。
詳しくは分からないけど、王都からそれほど遠くない位置に居るんだ…。
ちなみに王都からだと、馬か使役魔獣か魔動車で大体3日位の位置している。
「そこにはギルドもあるし、関所が併設されてるから直ぐに他国に行ける」
うん、分かるよ。そこのギルドと関所を利用したからね。
「アークシェも私達と一緒に来て、ベーリアで残りの絨毯を売れば?良いお店、紹介してあげるよ」
そう言ってアークシェさんにウィンクするチノア。
「そこで、二人を"見逃して"上げるよ。それまでは二人はここの"仲間"、ね?」