1:悶々聖女
「私、好きなんです」
本当は言いたかった言葉を、私は小さな池の水面に映る自分に対して口にした。
「―…私、ずっと…イシュウィル様が好きなんです」
言葉にして、口から出してみると重い様な軽い様な…?
「………まぁ、もう…会う事も無いでしょうけど…」
自分を諦めさせる為に吐いた軽口は、今度は案外重く、私はその事に溜息をついた。
そして私はその場から立ち上がり、後方に立つ白い建物へ向かった。
「…古代の魔竜の王の封印、各地の魔障に中てられた竜族の鎮圧も粗方済んだし、異世界の小娘聖女は早く元の世界に戻るように重鎮お爺ちゃんにせっつかれてます…?」
―…独り言を言いながら、再び溜息。
ま、ぁ?本当は…せっつかれて無かったのだけど。王城に帰還して、間も無い頃はね。
せっつかれる原因になったのは、私が旅の仲間として一緒に居る人物が好きだと…どこからか聞きつけて来たみたいで…。
"誰"とまで特定は出来て無いようだけど…。マジでドコで知ったの?怖いわー。
そしてどうやら、重鎮貴族様の孫娘さんは騎士様と結婚したいみたいで…。被ってる。私が好きなのは、騎士様だからね。
まぁ………私が邪魔で邪魔でしょうがないんでしょうな!
しかも、「帰れば両親に会えるぞ」と再三言ってくるけど、残念ー。
私は両親の顔も分からない、施設育ちだったのだ!
…だから、家族の…温もり?とか、多分…微妙に他の方々とズレてる気がするんだよね。
もちろん、施設の皆から良くしてもらっていたけど、何だか括りが別…って言うか…?う~ん…。
それと、これはこの世界に来てちゃんと話してある事なのに、間違えるなよな!
だから、せっかくこうして異世界にいるのだし、本格的にこの世界に住み着いてみようかな~と…。
ただ、『聖女』、としてではなく!
だって、あーだこーだ言われて、悪意を持った目と口に晒されるのに小娘の精神はもう、疲れたのです。
それに、世界が平和になった今、私を訪ねてくれる人は…
――…居ないの。
…しかもね、世界が平和になったばかりだから、旅した仲間も色々仕事とかで忙しいだけだと思ったら…
この世界の姫巫女様に皆、足繁く通っているとの事!
しかもそこで姫巫女様好みのお茶を飲み、菓子をつまみ…熱の篭った視線を姫巫女様に向け、全員が"愛"を語っているというのだ!
更に姫付きのお姉様巫女様達の情報だと、イシュウィル様が一番熱心なのだそうだ…!!おぉう…。
…ふ…。やーい、やーい!イシュウィル様は貴方のお孫さん何かになびきませんよー!!!
そう!姫巫女様は超ハイスペック美女なのだ!
皆が旅が終わりに近付くにつれて、私にそれとなく姫巫女様の好みの物を聞いて来るわけだ~。
私の後見人として、全権限は姫巫女様が持っているから、私は彼女にとても可愛がって貰っているのを王宮の人なら大体知っている。近くに居たから、情報も確かだし?
そしてこの世界の巫女は私も含めて、"結婚"が許されているのだ。
巫女だから、聖女だからと神様に一生添い遂げ無くても大丈夫なのだ…。ま、条件は色々あるけどね。
それにしても私…何でこの世界の最高位の姫巫女様に、召喚で呼ばれて飛び出ちゃったのかなぁ…。
何でも「波長がピシャリと合った」らしいんだよね。
まー、確かに「お姉ちゃん」が出来たみたいで…向こうの世界であまり甘えられなかったから、嬉しい存在ではあるのよね…。
それに私も姫巫女様好きだし、幸せになって欲しい。
色んな意味で寂しいけど、元旅仲間なら誰とでも姫巫女様と釣り合う。容姿も地位も、教養も…。
「今日は魔導師の…」
小さな池から自室に戻る途中にある中庭の庭園で、私は遠目でも麗しいと分かる男女を捉えた。
女性はもちろん姫巫女様で、男性はシンプルな黒いローブに、王宮魔術師所属を意味する紋がある丈が短いマントを付けている。
そう…元旅仲間であった魔導師…ドニアス様が姫巫女様に会いに来ている。
噴水手前でお茶をしている二人を、遠巻きに見る…。
ああ、噴水がキラキラ効果を発揮していて…益々綺麗な空間が…。
「……シオーネ、あの二人を見て気分はどうだ?」
「………ハノーク王子…」
そんな私に声を掛けて来た相手は、この世界でお世話になっている王家の第二王子・ハノーク様。私より六歳下ながら、何故か貫禄がある十二歳の少年。
ちなみに私はこちらの世界では『シオーネ』と名乗っている。
元は『汐音』。『汐音 → シオーネ』。ね?何となくファンタジーっぽく変換出来て無い?
「…はい?…そうですね。……寂しいです…」
「…ふぅん?それなら、あれが兄上だったら、どうかな?」
あれ?何で少し嬉しそうなの?口の端が上がってる?何か、面白いの?
「それは…一緒です…。寂しいです」
「ン?兄上も同じ感想なのか?シオーネ、そこに僅かながら差異は…」
「………失礼します」
私はもっと何か言いたげな第二王子の言葉を失礼と分かりながら重ねて、その場から足早に自室へ逃げた。
何で第一王子…元旅仲間ですけど。その第一王子と比べた感想まで言わなくてはならないの。
どうせ、仲間は姫巫女様に会ったら帰ってしまう…。
一緒に旅して、苦楽を共にした仲間なのに、寂しいじゃない!そういう事だよ!
そして私は自室へ飛び込んだ。
「~はぁ~…はぁ~…はぁ~…はぁ~……」
荒い息を整えながら、嫌な感情が私の中で爆発を始める…。
―……皆、姫巫女様とお話をするチャンスに私を使ったんでしょ!?
…なら、私はもう要らないよね!
だって、今日来ている魔導師のドアニス様も、王宮騎士のイシュウィル様も、第一王子のルーデナント様…、全員、私に会いに来てくれない!
皆、姫巫女様に会って、お話をして、帰ってしまう…!…誰も私に会いに来てくれない。何だか裏切られた気分だ…。
あ。基本、私や巫女達はこの王宮内神殿から出れないのだ。だから、こちらから易々と会いには行けないのね?
そして、巫女や聖女は恋愛も結婚も許されているけど、"公式な事や特別な時以外、自分から異性に会いに行っては行けない"という決まりが古くからあるの。
更に、一部の貴族からは私をこの王宮から追い出そうとしているのが分かるし…!絶対、あのお爺ちゃんの仲間だ!
世の中が平和になれば、元が外部の私…小娘など、この程度の扱いなんだ。
だって、私は『聖女』という名札があるだけで、他に何も持ってない。
そりゃ…私と可愛がってくれる人もいるけど…。
「…ぅ…くっ!」
……悲しいけど、泣かない!…ここでは…王宮内の神殿では、ね!
「…みじめ…。使い捨て聖女だったんだ、私…」
だから、私は考えたのだ。
そして、それを今から決行する!
題して、『クレオパトラ脱出大作戦!』
……やろうとしている事と内容は違うけど、歴史から学べ!テイストを貰うのだー!