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漂流

色々と変則的なのにチャレンジしてみるテスト。

出来や面白さには期待しないでください。 さい。

午後の8時、夕食後の憩いのひと時。

その日も学校や部活動で疲れていた俺は、心地よいまどろみに甘々と逆らいながら、自室で妹の間白と漫画なんかを読んでいた。

彼女の部屋は養親である叔父と叔母に別途用意されているのだが、最近のこの時間になるとこの部屋に来ることが多い。

生来生真面目な彼女は、今の両親に引き取られてからの10年間、漫画やゲームなどといった遊具を叔父や叔母にねだった事が無かったので、この部屋にあるそれらを楽しみに来るのだった。

普段はこれでもかと言うほど目尻を吊り上げて、いつでも超然としている彼女が、漫画本のページを捲る度に一喜一憂し、時にその挑発的な吊り目を緩める様を眺めるのは、兄としてとても心地が良い。

……兄として、なんて。 16歳にもなって、実の妹におんぶにだっこ状態の俺が言ったら間白は笑うかもしれないけど、この一時は確かに幸せだった。


――しかし、その幸せは突如なりを潜めた。

下世話なギャグマンガなんかを掲げて、ケラケラ笑う俺。

間白は、所謂ジュブナイル物のファンタジー小説なんかを読んで難しい顔をしていた。

そうして流れる時間の、どこかの節目に、彼女は言ったのだ。


「いいなぁこういうの、憧れます。 私、兄さんとだったら……こんな旅を、してみたいな」


ふっと、肩の力を抜くように、穏やかに。

それが鍵語となったのかどうかは解らないけど、その瞬間、それは確かに六畳間の対角から姿を現した。

白と黒のなにか。 俺の背後から染み出た黒い奔流と、間白の後ろから放たれた白い波動。

突然の事に言葉も発せぬまま、俺とマシロは、その相反するようなナニカに飲み込まれた。

突如暗転していく視界。 右も左も、上か下かもわからぬような、妙な浮遊感に包まれていくのを感じる。

視界が完全に黒一色になる直前、最後に目に映ったのは白に塗りつぶされていく妹の姿だった。


「間白!」


なんともいえぬ不快感があった。 不安に押しつぶされそうな心を叱り付けるように、妹の名を呼ぶが、それに答える声は無い。


「間白、大丈夫か、オイ! 間白!」


そうして何度もその名前を叫ぶ。 依然返事は無い。

時間の感覚なんかもあべこべで、一体どれほどの間そうしていたのかはわからない。

喉が張り裂けて、その叫びに血の色が滲み出してきたのを感じた。 そのとき、突如全身に襲い掛かる倦怠感があった。


「マシロ……」


次第に落ちていく意識。 最後に呟く様に口を吐いたその名前は、頼りなく黒の世界に舞っていった。




Ⅲ the G・W (トリオ・ザ・グランホワイト) 1-1 漂流




目を覚ませば森林だった。

森林。 森と林の違いだって俺はわからないけど、この光景はそのどっちかに違いない。


「えー……なにこれ」


何しろ木だ。 見渡す限りに一面の木が生い茂っていて、時折聞こえるけたたましい叫びは間違いなく鳥獣のそれ。

ぴろろろろーとか、ぎゃーぎゃーとか、くけーっ! とか。 如何に片田舎とはいえ、首都近郊に位置するマイホームタウンではおよそ耳に出来ない自然の囀りがそこにはある。

一瞬夢かとも思ったけど、この耳を突く様な奇声で頭が冴えて行くのは確かに感じているわけだし、手のひらに感じる濡れ落ち葉の感触や、むせ返るほどの土の匂いの現実感は、到底夢のレベルで収まるものじゃ無いように感じた。


「ましろー?」


ついさっき(?)まで一緒にいたはずのマシロを呼んでみる。

彼女は若干15歳にして、俺を遥かに超える聡い脳の持ち主だ。 実に情けない話だが、こんな状況では俺よりずっと頼りになる筈。

……しかし、返事は無い。 待てど暮らせど返事は無い。 今夜はどうも、風が強いみたいだ。 呼び声すらも、風にさらわれて行ってしまう。

ああ、いや、暮らせどって言うのは嘘だ。 大変ケッコウな誇大表現だ。 ……しかし、これはどうしたものか。

最後に確認したとき、部屋の掛け時計は午後8時頃を指していた。 生い茂る葉張りの広い木々の隙間から、天を仰げば、驚くほど暗く、深い夜空が見える。

気を失ってから、それほど時間はたっていないようだ。 いや、丸一日寝ていた可能性も、否定はできないけど。


「おーい、まーっしーっろーっ」


とりあえず捜索続行。 さっきまでより声を張って呼びかける。 その瞬間に、不用意に声を張り上げるのは不味いかな、なんて考えが頭をよぎった。

しかしまぁ、この場にマシロがいるのなら、まずは会って状況確認が先決だと思う。 構わず呼び続けること5回目のことだった。


「居ないのかー? まし――」


「グギャ!」


ついに、その呼び声に答えるものが現れた。


「ほあ?」


まるで鶏を縊り殺したような不快な鳴き声。 それは、背後から聞こえた。

反射的に振り返ってみれば、……そこには異形の、鳥がいた。


「ぴろろろろろー……ぴろ」


巨大な嘴に長い足。 全身を覆う赤褐色の羽毛や、飛行を得意としなさそうな小さな翼はまるで違うが、その他のフォルムはいつかテレビで見たハシビロコウによく似ていた。

俺を睨め付ける鋭い目つきは、気の弱い俺を射殺さんとばかりに輝いている。

その瞳にも恐怖を覚えているのは確かだけど、思わず息を呑んだのにはもうひとつ大きな理由があった。


「……デカ」


そう、特筆すべきはそのサイズだ。

遠めでみてもわかるその大きさ。 多分だけど、160cmピッタリの身長(16歳男子の平均には気持ち劣るが)を持つ俺よりも、まだでかい。

ハシビロコウは大きくても120cmほどのはずで、俺の住む関東圏にこれほどのサイズを持った鳥類がいるなんて聞いたことも無い。


「ぴーぴろ。 ろっろっろっろ」


喉を鳴らしてにらみを利かせるその鳥は、静かに歩みを進めた。 俺の方向へだ。 ……どうしようちょうこわい。

なるべく刺激しないよう、音を立てずに後ずさりをする。 当然スピードは出ないので、俺より広い歩幅で歩く鳥さんに追いつかれるのにはそう時間はかからなかった。

たったの数歩で、彼我の間は凡そ1メートルにまで詰まる。 そして最後の一歩。


「ち・・・ちかい、近いよー」


ロコウさん(仮)の嘴の先から、俺の鼻先までの距離はわずかに30cm程となった。 近くで見るとさらにデカい。 2メートルにも届きそうなその体躯が持つ迫力は、それはもう一周回って幻想的だった。

じっと俺を見つめるロコウさん(仮)。 俺も俺で、恐怖からか足がまったく動かない。

や、やばい食われる。


「ヤメテヨー、オレ、オイシクナイヨー」


冷汗だくだくで鳥類相手に弁明を図ってみる。 ううむ、なんとも情けない。 そもそも鳥類に日本語が通じるはずも無いので、これはもう人生諦めたほうが良いんだろうか。

……いや、諦めたら試合終了だと、かの高名なバスケ部監督の先生も言ってたな。 そもそもロコウさん(仮)が肉食かどうかもわからないし、まだあわてるようなタイミングじゃない。

ロコウさん(仮)は草食で、温厚な性格の持ち主かも知れないのだ。 優しくも好奇心旺盛な性格の彼は、こんな薄暗い森の中、一人叫び続けている俺の姿を見て、面白半分、心配半分に様子を見に来ただけなのかもしれない。 そう思いながら見てみれば、彼の厳ついまなこにもどこか愛嬌が――。


「クケーーーッ!」


――ありませんでした。 うわ何この鳥めっちゃ威嚇してくる。


「うわわーっ!」


甲高い鳴き声。 そして数回の激しいクラッタリングの後、その鋭く大きい嘴が俺の顔面に向かって突き出された。

全力で上体を反らせ、何とか躱した後咄嗟のバックステップで距離をとる。

しかしロコウさん(仮)もそこは野生の鳥獣。 ナチュラルボーン・ハンターである彼は一瞬の逡巡もなく距離を詰めてきた。


「うっひぃぃぃ!」


そうして突き出される鋭利な嘴。

こりゃアカンやつだと脳髄が警笛を上げてくる。 またも後方へ跳躍し、距離をとるが、整わない態勢ではさっきほどの距離は稼げなかった。

そしてロコウさんの三撃目。


「クルルァッ!」


俺を貫くために閉じられた嘴の端から奇声が漏れる。

正直よけられるかどうかは微妙なところだった。 仮に避けた所で、それは体勢を大きく崩しての回避に他は無かった。

対するロコウさんの構えは万全だ。 例えばこの未熟な回避行動の末、転倒でもして無防備な俺に、新たな一撃を加えることなど造作も無いはずで、思わず浮かんだ『必死』の二文字に肝が冷えていくのを感じる。 しかし状況が一転したのは、思わず目を瞑りかけ、死を予感したその瞬間の事だった。


「伏せて!」


耳に鋭く入り込んできたのは、人の声。

凛とした少女の声。 この人生でもっとも耳に馴染んだ、彼女の声に他ならないもの。

俺がもっとも信頼する人間の助言だ。 既に諦念に支配されている心が、これを信頼しない理由は無い。


「うおっ!」


咄嗟に頭を下げたので、既によろめいていた体は頭の重みで容易く前方に転がる。

見事に一回転をした体が止まったのは、ロコウさん(仮)の真下、両足の間だった。


「そのまま両脚を裏から払ってください! 転げたらすぐに退避!」


「あ、アイヨー!」


言われるがままに、ロコウさん(仮)の関節の裏っぽい所を、両腕を広げるような形で裏から殴打する。

すると、甲高い破裂音を発してロコウさん(仮)は叫びと共に崩れ落ちてくる。 これはこれでやばい状況だよねい。


「ゲェエェ!」


「あっぶね!」


その巨体に押しつぶされる前に急いで離脱。 再び立ち上がる頃には、グギャ、とか言う短い悲鳴が背後から聞こえた。

振り返ると、微かに痙攣をしているロコウさん(仮)。 まさか今の一撃で絶命するはずが無いよなぁーなんて思って、前方に回り頭部を確認すると、そこには鋭く削がれた木の枝が突き刺さっていた。


「うう、危ないところだったよう。 ありがとなーマシロ」


「まったく、注意力散漫もいい所です。 こんな未知の森を、大声を出して練り歩くなど狂気の沙汰です」


汗にまみれた俺の傍らで、仁王立ちするマイシスター。


「うはは! すまんよう。 でもでも一応生きてることだし、結果オーライとも言うよね!」


「……そうですね。 それで? 何か私に言うことは?」


両腕を組んで闊達に笑う、ナイスガイな俺を、鋭い目つきでにらみつけて来るマシロ。 ううむ、我が妹ながら中々の気迫を持っておる。

そんな目で睨み付けられたら、ステキなお兄ちゃんのすることはただ一つに決まっている。


「ごめんなさい。 そんでありがとうです」


なるべくキレのいい土下座をすることだ。

躊躇無き高速土下座。 これは昨年のことだが、中学校の、国際理解教育の先生として来日していたダンテさん(イタリア系アメリカ人)に、ミスター・ドゲザと称された俺の土下座に、一切の隙は無い。


「……」


「……」


しかし、この完璧な土下座を前にしての妹の反応は、無言だった。

しまった。 と思った。

俺はジャパンが誇る至宝・ドゲザの前の重要な儀式を省略していた。 それはイイワケだ。

一世一代の謝罪に、隙の無い口頭弁論は必要不可欠だ。 説得力の無いドゲザは、逆に相手方への侮りの表れと取られてしまうことも少なくは無い。

これは更なる怒りを買ってしまったかもしれない。 多少の説教なんかを覚悟していると、マシロは小さくため息をついてから言った。


「……、よろしい。 では状況の説明に移ります」


ホッと胸を撫で下ろす。 よろしいのか。 いや、うん。 貴女がよろしいなら俺はもっとよろしい。 俺はそのまま元気良く立ち上がって、妹がもう一つ大きなため息をつくのを眺めながら、傍らの二つ並んだ切り株の片方に腰を下ろす。

マシロは向かい合うように少し離れた切り株に座ってから、口を開いた。


「まずは状況の整理からはじめましょう。 兄さんの覚えている範囲で、今まであったことを話してください」


「うん。 まず俺達は、おじさん家の俺の部屋で、揃ってマンガを読んでいたよな」


私は漫画じゃないですけど、なんていうマシロの呟きに、小さく頷き返してから続ける。


「多分時刻は、20時を少し回った辺りだったと思うよ。 俺はベッドに寝転がってて、マシロはベッドの対角にある机に座ってた。 それでマシロが何かを喋ろうとした時に、突然後ろから黒いモノに飲み込まれた所までは憶えてるんだけどさ」


今の言葉のどこかに反応して、マシロがぴくりと眉を上げる。

それでもマシロは、続きを目線で促した。


「そのまま暗闇の中で暫くもがいて、疲れて、あとテンパり過ぎて気を失ったんだと思う。 それで今から大体10分くらい前に目覚めたらこの森にいたわけだけど」


「なるほど。 本当に、今の今、目覚めたって事ですか」


「うん。 それにしても目覚めた瞬間に怪鳥とバトルだもんなぁ。 あんな大きい鳥、生まれてこの方見たことないし……マジでここ、どこなんだろ?」


そうだ、俺は当初の問題を忘れてた。 俺が今いる場所が、紛れも無く俺の知らないところだということを。

見覚えの無い景色、見たことのないイキモノ。 暫く振りに覚えた死の覚悟に、生物の命をいとも簡単に奪う妹の姿。

その全てが鮮烈で、俺は、この未知の現状に少なからず恐怖していたはずだったのだ。

この局面で的確な解説を、他でもない自らの妹に期待している自分に辟易するのを感じながら、マシロに視線を遣る。

目線が合った。 いつもと何ら変わりなく、泰然としているその鋭い目つきは、俺を射すくめるように燦然と輝いている。 そうして見詰め合ってから三秒と少し。 俺のブレインといって差し支えない妹殿は、力強く言い放った。


「わかりません」


「ほあっ」


あっさりと言い放たれた妹の言葉に思わず奇声を上げてしまった。

わかりません。 しかしまぁ、そりゃそうだろう。 むしろこんな状況ですら妹に頼ろうとしていた自分を恥じる思いだった。


「私も兄さんと大体同じようなモノですよ。 兄さんの部屋で突然光に包まれて、しばらくの間一人でもがき続けまして、気がついたらココにいました。 ただ、目覚めたのはもう少し前ですね、凡そ三時間前です」


淡々と語る妹を見つめる。

そこまで言ってから、妹はまだ何かを言いたげな様子だったので、続きを促すように視線を送る。

するとマシロにしては珍しく、少し言い淀んでから続けた。


「ただ、その……なんていうか、日本じゃないですよ、ここ。 いや、そんな言い方も適切ではないかもしれませんが……。 まぁ、それも本当のことなんです、けど」


「むむ、どういうことだね」


言葉尻に近づくにつれて、声がいかにも自信なさそうに小さくなっていくので、聞き逃さぬように身を乗り出して追求する。

すると、容赦ない右ストレートが顔面に突き刺さった。 ……うう、痛い。

なにするんだと言おうとして息を吸い込んだ俺を制するように、マシロは少し赤くなった顔で「近いです、顔が」とつぶやいた。

なるほど、いくら妹だとしても、思春期の女の子に対して配慮が足りなかったかなぁーなんて思っている俺に、まだ若干赤みの取れない顔で、マシロは言った。


「周りを見てください」


言われるがままに周囲を見渡す俺。

今俺達は、森林の中の広場といった体の場所にいる。

野生的なタチをした木々が生い茂る中、半径にして15mほどの範囲が、明らかに人の手によって皆伐されているその空間に。


「んん、森だねぇ。 凄く……その、森だ」


「森です。 木が生い茂っているんです」


俺の迫真の答えに、たったそれだけの答えを返して、俺を試すような目つきで睨んで来るマシロ。

うう、この目は明らかに、この俺に対して理知的な返答を求めているような目だ。

しかしそこは俺。 わからんことはわからんという潔さこそ日本男児の粋よ。


「うん、だからなんだってんだよぅ?」


疑問符を露わにせんばかりの俺に、はぁ、と、大袈裟にため息をつくマシロ。 うう、こりゃ呆れられてるなぁ。


「いいですか、兄さん。 見ていてください」


「お、おう」


そういって、すっと立ち上がるマシロ。 静かにロコウさん(仮)の亡骸に歩み寄ると、頭部に刺さった木槍に手をかける。

そして、淀みのない動作で、槍を引き抜いた。


「ゲッ」


槍が抜けると同時に、一度大きく体を痙攣させ、今度こそ完全に停止するロコウさん。

頭部に空いた穴からは静かに血が流れ出てる。 うう、グロいよう……。

しかしマシロは、そんなのことは意にも介さない様子で、木槍を持って中くらいの高さの木に近づく。

そして、手にした木槍で、何度か樹木の枝をたたき始めた。


「……、なにしてるんだ?」


「いいから、黙って」


黙ってって言われた。

お兄ちゃん泣きそう。

叩いた振動で、数枚の木の葉が舞い落ちる。 マシロは、その中の一枚を拾い上げると、掌の上に乗せて俺の前に差し出した。


「行きますよ」


「? おう」


すっと、広葉の腹を撫でるマシロ。

すると、撫でた軌跡を追うように、葉が、淡く発光した。


「うおっ! すげぇ!」


「この木の葉、刺激を与えるとその部分が発光する性質があるみたい。 この辺り一帯が、薄明るいのはそのせいみたいです」


言われて上を見上げれば、風に揺れる木の葉同士が擦れ合って、かすかな光を断続的に放っている。

確かに今夜は、星も出ていない。 加えて、空を葉が覆う森の中で、この視界の良さは不自然だ。


「すげーなぁ……、こんな葉っぱ、見たことないよう」


「でしょうね、私もありません」


と、途端に真剣味を増した声で言うマシロ。

そして、続ける。


「というか、ないです。 こんな葉っぱ。

  こんなの、テレビやインターネットでも見たことがないし、かつて読んだどんな樹木図鑑にも記されていなかった。

 もちろん私の無知というセンも否定できないでしょう。 けど、私の知る限り、こんな木は、世界に存在しない。

 あんな鳥だって、ありえない。 あんなものは見たことがない。

  もうおわかりでしょ? 『日本じゃない』という言い方が、『適切ではない』理由……」


そこまで言って、マシロの肩が小さく震えるのが分かった。

そこにどんな感情が隠されていたのかはわからない。 だけど、続く声すら、力強くも、震えている。


「異世界、ですよ。 ここは、私たちが生まれ育った世界とは、異なる世界、なんだと思います」


――サァ、と、一際強い風が、俺たちの間を通り抜けた。

髪を抑えるマシロの、こわばった相貌を呆然と眺めながら。

俺はただ、混乱で支配されていた頭が、血の気を失っていくのを、感じていた。

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