Lonely girlと独りぼっちのPierrot
「どうしてこんなこともできないの!?」
認められない努力。
「バカな子はうちにいる必要ないのよ。」
消えた愛情。
「もう私の前に現れないで。」
悲しい現実。
ある日少女は飛び出した。
走って、走って。
向かい風を気にも留めずに、無心に走り続けた。
その先には真っ白な浜辺と、荒波の海。
「ここは…どこ…?」
何もないその場所が少女の不安を煽った。
「お母さん…」
浜辺に一人、立ち尽くす少女。
「どうしたの?」
そう声をかけたのは頬に涙を描いた小さなピエロ。
いつから彼は立っていたのか少女は分からなかった。
ただ、少女は誰かに自分のことを気付いてほしかった。
「もう嫌だよ…。私は、お母さんの子供になんかなれなかった…」
少女の目から雫が、一つ二つ…。
「泣かないで」
優しくピエロは言った。
その声が少女の心を潤し、心の涙が溢れ出した。
「私は…もういらないんだって!!…っお母さんにもう抱きしめてもらえない。バカな子は…もう必要ないから...。」
空に向かって泣き叫ぶ少女をそっとピエロは抱きしめた。
冷たい灰色の空に少女の声が高く高く響く中。
「泣かないで、今泣いたって仕方ないんだよ。」
少女はピエロの胸で静かに訴えた。
行き場のない、悲しみを。
満たされない、欲望を。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。悪い子でごめんなさい。バカな子でごめんなさい…。お母さんの理想になれなくてごめんなさい…。だからっ、だから…」
「だから…?」
ピエロは優しく問いかけた。
少女は強く目をつぶり、濡れた声で叫ぶ。
「もう一度私を愛してよ、お母さん!!」
ピエロは少女の頭をなでながら少女の冷え切った軽い体を温めた。
空気のように軽く、氷のように冷たい。
「残念だけど、もう君はお母さんに愛してはもらえない。お母さんの目に君が映ることも、声が届くこともできない。君はもう、お母さんには感じてもらえない。」
その言葉を聞いて少女はピエロの胸を何度も何度も叩いた。
悲しみはやがて怒りへと変わり。
「なんで、なんでよ…!!私はこんなにもお母さんを愛しているのに…。」
「まだ気づかないの?」
冷たく遠い灰色の空。
微かな潮の匂い、頬を差す強い風。
「君がもう、死んでしまっているからに決まっているじゃないか。」
少女は一瞬動きを止め、その後顔を上げた。
少女の目には、真っ黒の黒い靄がかかりピエロの表情が見えなかった。
「え・・・?」
「残念だけど君は家を飛び出した後、崖から落ちたんだ。」
次第に風は強くなり、浜辺に大きな竜巻がおこる。
「私、どうしたらいいの…。」
「君はどうしたい?」
ピエロは竜巻を背にして立ち上がった。
そして表裏のない満面の笑みで少女に問う。
「一つは、このままお母さんに会わずに成仏する。ただし、君に未練があれば成仏できずにずっとこの浜辺を彷徨うだろう。そう、僕のようにね。」
「あなたの、ように・・・?」
「もう一つは、もう一度君のお母さんに会いに行く。だけど、お母さんが必ずしも君を歓迎するとは限らない。さぁ、どうする?」
少女は何の迷いも見せずにピエロに告げる。
「そんなの、決まってる…。」
その瞬間、ピエロと少女は竜巻に巻き込まれた。
でも、少女は不思議と怖くはなかった。
意識が薄れていく中、ピエロはずっと少女の手を離さなかった。
目を覚ますと、赤信号の交差点に少女は立っていた。
ピエロの姿は見当たらなかった。
でも右手には、ピエロの温もりがまだ残っている。
ふと、少女の体の倍以上の大きさのトラックがスピードを上げて走るのが少女の目に映った。
「どうしよう…。」
その瞬間、少女の体に衝撃が走る。
温かさが、ゆっくりと少女の体に沁みわたっていった。
「…お母さん?」
「・・・ばか!!どうして私に心配ばかりかけるの!?あなたがいなくなってから、私は心配でしたのよ。」
女性の大きな瞳からあふれ出る雫は少女の頬を濡らした。
少女は女性を強く抱きしめた。
骨ばった体、青白い肌に乾燥した唇、目の下はくまだらけ。
「お母さん…。」
少女の目からも一粒の大きな雫が落ちた。
「こんなに痩せて…。ごめんね。もうあなたを離したりしないから。お母さんを許して」
女性は少女に泣いてすがる。
でも、少女にはいかなければならない場所があった。
そっと体から女性を離すと、少女は寂しそうな笑顔で告げた。
「私、やっぱり行かなきゃならないの。ごめんね、お母さん。」
女性は目を見開き、少女に手を伸ばした。
「待って。ねぇ、待ってよ!!」
気が付くと、少女はまたあの浜辺にいた。
でももう少女は涙一つ流してやいない。
ピエロは灰色の空の切れ目から覗く太陽を指さした。
「ほら、お迎えが来たよ。」
心なしか、ピエロの笑顔は寂し気だった。
「またね。」
少女は笑顔で、太陽の方へ一歩一歩ゆっくりと歩む。
ピエロは少女に背を向け、反対の方向へ歩いて行った。
白い砂浜が微かに濡れる。
だが、ピエロは背中に温もりを感じた。
驚き、振り向くとそこには少女の姿があった。
少女は優しく微笑んだ。
「一人は寂しいよね。私が一緒にいてあげる。」
ピエロは焦った。
あの光は一人一回しか訪れない。
それでも少女はピエロから離れなかった。
「大丈夫。二人ならきっと寂しくないよ。」
ピエロは驚いた表情を見せたが、しばらくして微笑み、少女の手を握った。
やがて二人は白い砂浜へ消えていく。
二つの足跡を残しながら。