勇者の条件の続き3
小鳥のさえずりの声でコンタは目を覚ました。
「う〜ん、今日は何曜日だったかな?宿題はやったっけ…あっ!」
自分の寝ているベッドの違和感でコンタは完全に目を覚ました。跳ね起きたコンタは辺りを見回した。
小屋の中は天窓からさしこむ日光のせいで昨日より明るかった。
「ふぅ〜」
コンタは思わずため息をついた。
「やっぱり夢じゃなかったんだ…」
コンタの頭の中に昨日の記憶がよみがえってきた。携帯のメールを開いてゲームの中の世界に来てしまった事、初めて人の死体を見た事、ボトムという老人に出会った事、ボトムから無茶な薪割りを命じられた事、ボトムが誰かを助けろと言った事。
しかしコンタの頭の中はただ1つの事で一杯だった。
「自分の家に帰りたい…」
それは切実な思いだった。昨日は自分の中の何かがボトムに自分を鍛えてくれみたいな事を言わせたが、こうして一晩寝た後はそんな気持ちは無くなっていた。
「僕が誰かを助けるなんてできるわけないよ」
コンタはベッドの上に再び寝ころがった。そう、自分に誰かを助けるなんてできるわけがない。ボトムは鍛えろと言ったが今はそんな気持ちになれなかった。昨日は死にたくないという思いだけで行動していたが食事を与えられ暖かいベッドで寝てとりあえず今は死ぬ心配はないと考えると彼の気力は完全になくなっていた。
「母さんや父さんは心配してるかな」コンタはぼんやりと考えた。銀色の髪の少女の事を考えるとチクリと胸が痛んだが今の自分ではどうする事もできない。
空腹感をおぼえたので昨日の鍋の方を見た。囲炉裏の火は小さかったが鍋からは湯気がたっていた。まだ食べられそうだ。鍋に近寄ろうとすると小屋の外から足音が聞こえボトムが入ってきた。
ボトムはコンタをじろりと睨むと、
「またボンクラの目に戻ったな」
そう言って囲炉裏の前に腰をおろした。
「疲れはとれたか」
ボトムの問いにコンタは身体を動かしてみた。昨日の食事と薬草のせいか身体は軽かった。両手の血まめは痛んだがそれ以外はなんともない。
「大丈夫みたいです」
コンタの答えにボトムは背中を見せたまま呟いた。
「あれだけ弱っていた身体が一晩で治ったか。不思議なやつだ」
コンタがえっ?と言いかけるとボトムが振り返った。
「薪を割ってこい。ここにいたいのなら今日から薪割りはお前の仕事だ。割ったら戻ってきて飯を食え」
コンタは何も言わずに立ち上がると小屋の外に向かった。食事は働いたものだけが食べるもの。今のコンタは自然にそう思っていた。
小屋の裏手に回ると昨日の見慣れた場所に来た。ボトムが運んで来たのか昨日より少し多めの薪が積んであった。コンタはそれの1つを木の切り株でつくられた台の上に乗せると斧を振りおろした。
パカーン!
あまりに簡単に薪が割れたのでコンタはびっくりした。昨日は夢中でやっていたがコツを掴むとはこういう事か。コンタは黙々と薪を割りつづけた。そして全部の薪を割ると小屋の中に入っていった。
「終わりました」
囲炉裏の前に座っていたボトムにそう告げるとボトムは驚いた顔をしてコンタを見上げた。
「もう終わったのか」
「はい」
「本当に全部割ったのか」
「はい」
そう言って囲炉裏の前に座ったコンタを見てボトムはまた呟いた。
「お前は本当に不思議なやつだ」
コンタは木の椀に昨日の鍋の残りを入れると食べはじめた。昨日ほどではなかったがやっぱり美味しいと思った。
食べながら考えていた。昨日はそんな余裕はなかったが聞きたい事が山ほどあった。食べ終えるとボトムに話しかけた。
「あの、ここはいったいどこなんですか?」
「ここはドルクル村だ」
村?コンタは飛びかからんばかりにボトムに詰めよった。
「じゃあ、ここにはボトムさん以外にも人がいるんですね!」
ボトムは何を言っているという顔つきでコンタを見ていたが喋りだした。
「村といっても小さな村だがな」
しかしボトムの声はコンタの耳には入っていなかった。村があるという事は人がいる。人がいるなら大きな街もあるかも知れない。あのゲームのジェネシスのように。考えこんでいるコンタにボトムは言った。
「村に行きたければ行くがいい。仕事をすれば飯を食わせてくれるだろう。それに…」
ボトムはちょっと間をおいてから言った。
「ここよりは安全だ」
村へ行く。コンタはまた考え込んだ。ここにボトム以外の人がいると聞いた時は嬉しかった。しかしたくさんの他人の所に行くのはまだためらいがあった。コンタはこのボトムという老人に親しみを感じはじめていた。ぶっきらぼうだが悪い人だとは思えなかった。約束は守るしなにより見ず知らずのコンタを助けてくれた。今まで他人にこれほどの親しみを感じた事はない。それにボトムの最後の言葉がひっかかった。
「安全って?」
コンタの問いにボトムが答えた。
「最近、変な生き物が出てきてな。わしらは魔物と呼んでるが」
魔物!そうだ。ここがジェネシスなら魔物がいても不思議ではない。いや、いるのは当然だった。ジェネシスでは人どうしでも戦うが1番の目的は魔物を狩る事だから。そしてより強い魔物を狩る事で自分のキャラクターも成長し良いアイテムも手に入る。
「あいつらは人を喰う。ここは村の入り口だからな。わしはここで見張りをしてあいつらが来たら倒す」
コンタは唖然とした。この老人が魔物を倒す?コンタもゲームの中では魔物を狩った。しかしそれは魔物に対向できる鎧や剣や魔法があったからだ。召喚獣も呼べた。しかしそんなものが無くてどうやってこの老人は魔物を倒すというのか。
「倒すって…どうやって」コンタの問いにボトムは小屋の片隅を見やった。
「わしにはあいつがあるからな」
それは鉄砲よりは大きく、かと言って大砲よりは小さくコンタの知識の中ではバズーカ砲?のようなものだった。それは小屋の柱よりも黒く冷たい金属の光を放っていた。ジェネシスの中でもこれと似たような武器はあったがそれはもっとピカピカでキレイでカッコ良かった。あんなもので魔物を倒す事なんてできるのだろうか。
「じゃあ、ボトムさんは魔物をあれで」
ボトムは静かに答えた。
「ああ、今まではな」
「今までって」
ボトムはしばらく黙っていたが口を開いた。
「あいつらがどこから来るのかわしらにはわからん。だが噂ではあいつらは群れで暮らしているらしい。その中には群れのボスがいるらしい」
ボス…コンタがゲームで倒したより強い魔物だろか。
「ボスを倒せば魔物は出なくなるそうだ。しかしそいつにあれが通用するかはわからん」
コンタは叫ぶように言った。
「じゃあ、ボトムさんはどうなるんですか!」
「あの武器を扱えるのは村でわししかおらん」
ボトムは静かに言った。
「わしは魔物が来るたびに鐘を鳴らしておる。もしわしがやられても少しばかりの時間はかせげるだろう。その間に村の連中は地下室に隠れるなりどこかに逃げることができるだろう」
コンタは無言だった。
「わしの命で少しでも村の連中が助かれば安いもんだ」
そういうとボトムは初めて声を出して笑った。
結局、コンタは小屋に残る事にした。もとの世界に帰れる方法はどう考えても思いつかなかったし、そうなれば選択肢は小屋に残るか村に行くかしかなかった。もしボトムのいう魔物のボスが現れてボトムがやられて村が襲撃されたら自分は魔物に殺されてしまうだろう。どうせ死ぬのならボトムのそばにいたかった。それはあきらめではない。自分には何もできないがボトムの力になりたかった。もし殺されるにしてもボトムの言ったように時間かせぎくらいはしたかった。その間に少しでも村の人が助かれば。自分はボトムの助けになりたかった。
助け?コンタは自問した。これが誰かを助けるという事だろうか。自分には何もできないのに。いや、そんな事はどうでもいい。ボトムは死を覚悟してこの小屋にいる。だったらボトムに助けられた僕はボトムのそばにいるべきではないのか。それはコンタの密かな決意だった。
コンタが小屋に残るとボトムに告げると、ボトムは「そうか」とぶっきらぼうに言った。そしてコンタとボトムの小屋での生活が始まった。
やる事はたくさんあった。薪割りはコンタの仕事だったがコンタは5日後にはボトムの集めていた薪を全て割ってしまった。ボトムはあきれ顔で「薪はもういい」と言った。小屋も頑丈そうに見えたがやはり建てられてからかなりの年月が経っているようであちこちが傷んでいた。コンタはボトムの命じるままに小屋の修繕をした。最初はとまどっていたがボトムの指示を受けると軽々とそれをやってのけた。腐りかけた柱を入れ替えるために森の中の大きな木を切った時もコンタは1人でその大木を倒した。この時はボトムも驚きの声をあげた。
コンタは自分でもなぜこんな事ができるのか不思議だった。不思議と言えばコンタの身体もそうだった。身長はめきめきと大きくなり足腰にもがっしりとした筋肉がついてきた。両腕の筋肉も盛り上がりたくましそうに見えた。小屋での生活が1月をこえる頃にはボトムまでとは言えないが見劣りしないくらいの身体つきになった。小柄でひょろひょろだったコンタがである。
変わったのは身体だけではなかった。日焼けしたその顔は精悍なものとなり、その目はこの世界に来た時のおどおどとしたものではなく強い意志を秘めた輝きを放っていた。今のコンタを見たら両親でもコンタだとはわからないだろう。「お前は本当に不思議なやつだ」ボトムは何回目ともわからぬ言葉を呟くだけだった。
ボトムとの暮らしは静かなものだった。ボトムはあいかわらずぶっきらぼうで、ああしろこうしろと命じる以外はほとんど口をきかなかった。コンタも最初は色々な事を聞いていたが自然と口数は少なくなった。1日の労働を終えて囲炉裏の前で食事をする時も2人の間にほとんど会話はなかった。それでもコンタは不思議な安らぎを感じていた。こうしてボトムと食事をするのが嬉しかった。黙っていてもボトムと心が通じあっているような気がした。ボトムはいつもの仏頂面で何を考えているのかわからなかったが。このまま元の世界に戻れなくてもいいかな。ふとそんな事をコンタは考えていた。
魔物は現れなかった。小屋で暮らし始めたころはコンタは魔物がいつ襲ってくるのかとびくびくしていた。しかし魔物は現れなかった。時々なまぬるい風がふくとボトムは血相を変えて例の武器を持って走り出して行ったがしばらくすると戻ってきた。
「もう魔物は現れないんじゃないですか」
コンタはボトムに尋ねた事がある。
「いやボスを倒さにゃ魔物はいなくならん」
ボトムはしばらく考えこんだ。
「やつらは時を待っているのかもしれん」
「時って?」
コンタが聞き返す。
「ボスが完全に成長するのをだ」
魔物が成長する?ゲームでは多くの魔物を倒したコンタだが成長する魔物なんてものに出会った事はない。
「これも噂で聞いた話だがボスは仲間の魔物を食らって成長するらしい。ちかごろ魔物を見ないのはそのせいかもしれん」
「仲間を食らう…」
ボトムはちらっとコンタを見た。
「そろそろかもしれん」
何が?とコンタは聞こうとしたが口をつぐんだ。ボトムの眼光が今まで見た以上に鋭かったからだ。
「ふうっ」
コンタは野菜畑で額の汗をぬぐった。晩秋の空気が身体に心地よかった。
「ゲームの中でも季節って変わるのかなぁ」
コンタは畑の中に座りこんだ。ボトムと暮らし始めて2ヶ月がたとうとしていた。魔物は現れず穏やかな日々がつづいていた。
コンタはここはゲームの世界と似てはいるが全く違う世界だと思うようになっていた。ボトムや自分が暮らしている小屋。いつも接しているこの風景。それはゲームというにはあまりにも現実味があった。それらは生きている。間違いなく。ジェネシスというゲームが作られるずっと以前からこの世界は存在している。そうコンタは確信している。
「でもなぁ…」
ここが現実世界だとするとおかしな事が多すぎる。たとえば自分の身体だ。自分が見ても2ヶ月前とは別人だ。たった2ヶ月でこんなに大きくなるなんてどう考えてもおかしい。ボトムやまわりの風景は変わらないのに。
「母さんや父さんはどうしてるかな」
僕がいなくなって心配しているだろうか。両親の顔を思い浮かべると最近はあまり考えなくなっていた帰りたいという気持ちが強くなった。
「でも、どうやったら帰れるんだろ」
コンタの思考は停止する。身体は少年というよりは若者というくらいまで成長したが中身は13歳の少年だ。
コンタは野菜畑に寝ころがった。そして目をとじる。こういう時に現れる影像はいつも決まっている。
銀色の髪の少女
この子がすべての鍵を握っている。コンタはそう考えている。しかしどうすれば会えるのかなんてまるでわからなかった。
助けて
この文字も忘れられない。あの子は助けを求めていた。でも、どうやって助けるの?
コンタが野菜畑から立ち上がろうとした時、それはやって来た。
「うわっ!」
最初は地震かと思った。しかしすぐに違うと思った。
音が聞こえた。遥か遠くから。次第にその音は大きくなりそれに呼応するように地面の揺れも激しさを増す。強い風が吹き付けて来た。その風は肉の腐ったような異臭がした。コンタは小屋に向かって走り出した。
小屋から少し離れた道の真ん中にボトムがあの武器を持って立っていた。彼の廻りには槍や斧、それに黒くて丸い炭団のような物が散らばっていた。あれは爆弾だろうかと思いながらコンタは駆け寄った。
「ボトムさん!」
「来たぞ!コンタ!」
そう叫び返したボトムは両足をさらに踏ん張った。
さっきから聞こえていた音はいまや轟音となっており地面の揺れはさらに激しくなり立っていられないほどだった。それでもボトムはびくともせずに立って道の向こうを睨み付けていた。
それは土煙だったがみるみるうちに大きくなっていった。風も強くなりすごい異臭がした。これはものすごく大きな物体が近づいて来る事がわかったが2人は怯む事なくそれを見つめた。
「逃げろ!コンタ!」
ボトムは叫んだがコンタは1歩前に出た。自分に何が出来るとも思わなかったがボトムは闘おうとしている。それならそれを助けるのが自分の役目だ。それは小屋に残ると決めた理由でもあった。
土煙は2人の100メートル手前ぐらいまで近づいていた。コンタはその中に黒い生き物の姿を見付けた。あれが魔物か、と思った時
ドオッ!
爆発音と共にコンタの横を紅い火柱が黒い生き物に向かって一直線に走った。コンタの髪がちりちりと焦げた。
ボトムがあの武器を使ったのがわかった。紅い火柱は黒い生き物に当たり火花を散らしながら爆発した。生き物の動きが止まり轟音も地面の揺れも収まった。
「やった!」
コンタは叫んだがボトムがすかさず言った。
「ダメだ」
生き物の動きが止まり土煙が消え去ると魔物はその姿を現した。それは人の姿をしていたが身体中を黒い毛皮で覆い顔は2本の角を持つ牛のようであった。
「ミ、ミノタウルス…」
コンタは呟いた。初めて生きた魔物を見た驚きよりもその大きさに驚愕した。コンタがミノタウルスと呼んだ魔物は10メートルはあろうかという圧倒的な大きさで耳をつんざくような叫び声を上げた。
これはとても人間が倒せるものではない。コンタがそう思った時、再び紅い火柱が魔物にぶつかり爆発した。
ボトムはまだ闘うつもりなのだ。コンタは振り返らずに魔物を睨み付けた。
爆発によって魔物は少したじろいだが致命傷を与えたようには思えない。
「コンタ!小屋に走れ!」そう叫ぶとボトムは小屋に向かって走り出した。コンタもボトムに続いて走り出した。
「何か策はあるんですか」「小屋にはたくさんの火薬がある。それであいつを吹き飛ばしてやる」
コンタは絶句した。じゃあボトムはあいつと一緒に死ぬつもりなのか。
「ボトムさんはっ!」
「今はあいつを倒す事だけ考えろ」
小屋まで後少しという所でヒュッという風を切る音がして前を走るボトムがもんどり打って倒れた。辺りに槍のようなものが突き刺さっていた。魔物が自分の毛を抜いて投げたのだ。ボトムの右足にそれが刺さって血が滲んでいた。
「ボトムさんっ!」
「わしは大丈夫だ。這ってでも小屋に行く。お前は逃げろ。お前は死ぬな」
その言葉を聞いてコンタは魔物に向き直った。ボトムが小屋に辿り着けるかどうかわからない。その前に魔物に喰われてしまうかも知れない。時間が欲しい。ボトムが小屋に辿り着けるまでの時間が。コンタは魔物に向かって走り出した。
魔物はさっきの爆発の影響か少し動きが鈍かったが1歩ずつコンタに向かって近づいて来た。今、時間を作れるのは自分しかいない。コンタは魔物を見つめてボトムを守るように立ちはだかった。
不思議と恐怖心はなかった。死ぬだろうと思ったが怖くはなかった。ボトムが何か叫んだが聞こえなかった。僕がボトムを守る。コンタはそれだけを考えていた。魔物の左手が動いた。手のひらを広げるとその指には鋭い鈎爪が光っていた。あれで僕を引き裂くつもりか。そう思った時、コンタの中で何かが弾けた。それはとても熱くコンタの身体に広がっていった。魔物は大きく左手を振り上げた。コンタの身体の熱さはコンタの身体から溢れそうだった。
「うわぁぁぁっ!」
魔物の鈎爪が迫るのを見ながらコンタはわけもわからず吼えた。
目の前は真っ暗だった。
ただ闇だけが広がっていた。
僕は死んだのか、コンタがそう思った時目の前の闇に銀色の光が現れた。
銀色の髪をなびかせた少女は真っ直ぐにコンタを見つめていた。
その瞳には以前見た哀しみの色はなかった。
少女は少し微笑むと右手を上げた。
銀の髪が宙に舞い銀色の光が激しさを増した。
ボトムはその光景を茫然としながら見ていた。魔物の毛が刺さった足は痛んだが今は小屋に辿り着く事だけを考えていた。振り返るとコンタが自分と魔物の間に立っていた。
「コンタ!やめろ!」
ボトムは叫んだがコンタには聞こえてないようだった。魔物の鈎爪がコンタを引き裂こうとした時、コンタの身体が銀色に光った。その光の激しさにボトムは思わず目を閉じた。魔物はその光を恐れるように振りおろそうとした腕を止め後ずさった。ボトムが目を開けた時には光は消えていた。コンタの姿を探すとまだ魔物の前に立っていた。コンタは鎧をつけ手には長身の剣を持っていた。コンタは素早く魔物に駆け寄るとその足を切った。そして魔物の頭の高さにまで跳躍した。
コンタが目を開けると魔物はなぜか怯えるように立ちすくんでいた。コンタは迷わず魔物に走り寄った。なんだか身体がとても軽かった。自分が剣を持っているのに気づくと魔物の足を斬りつけた。確かな手応えがあり魔物が悲鳴をあげた。思いきり地面を蹴ると魔物の頭が見えた。その首に剣を振りおろすと魔物の頭が飛んだ。
小屋の外はすっかり陽が暮れて夜のとばりが落ちていた。コンタはボトムの右足に薬をつけ包帯を巻いていた。骨には異常はないようだ。コンタは安心したように包帯を巻き続けた。ボトムはそんなコンタをじっと見つめていた。コンタの鎧と剣は消えていた。
「コンタ、コンタ」
コンタは自分を呼ぶ声を聞いて顔をあげた。若い女性の声だった。辺りを見回したがそんな人はいない。再び包帯を巻き始めると
「コンタ!コンタ!」
今度ははっきりと聞こえた。ボトムを見たがその表情は変わらない。ボトムには聞こえていないようだ。コンタは立ちあがった。
「どうした」
ボトムが訪ねた。
「すみません。ちょっと。戻ってきたら包帯を巻きます」
「そんなもん自分でやれる」
そう言って包帯を巻き始めたボトムを後にしてコンタは小屋の外に出た。今の声は初めて聞く声だったがなぜかひどく聞き慣れた声だった。
小屋の外に出たコンタは薪割り場の方に向かった。そこにそれはいた。
それは淡い光を発して宙を飛んでいた。20センチくらいの若い女性で背中の蝶のような羽で羽ばたいていた。それはコンタのよく知っている人物だった。
「フィル!」
フィルと呼ばれたその妖精は−これは妖精という表現が一番妥当だろう−はコンタを見てゆっくり微笑んだ。
「ふふ、初めましてでいいのかな?コンタ」
「お前もこっちに来てたのか!」
「なによ!アタシが初めましてて言ってるのに最初の言葉がそれなワケ?」
フィルはぷいっと横を向いて唇を尖らせた。
「まったく。会えて嬉しいよとか、やっぱり可愛いねとか言えないの」
フィルは頬を膨らませた。
「あ、ごめん。本当に生きてる君を見るのは確かに初めてだね」
フィルはジェネシスのサポートキャラクターである。簡単に言えばゲームの案内役。初めてジェネシスをやる人に基本的な説明をしたり何をすればいいのか教えてくれる。アイテムの売買もフィルを通して行われる。だからジェネシスの画面にはいつでもフィルを呼び出せるアイコンが付いている。だがそれは携帯の画面で見るだけで、こんな風に実体を持っているフィルを見るのもその声を聞くのも初めてだった。
「でもよく僕の名前を覚えてたね」
コンタの問いにフィルは自慢気に答えた。
「ふふーん。アタシの頭はスーパーコンピュータ並なんだから。ジェネシスのユーザーの名前なんて全部入ってるわよ」
え?コンタは絶句した。ジェネシスは世界的な規模のオンラインゲームだからユーザーは10万人以上いるはずだ。それを全部覚えているのか?
「マジで?」
「マジよ。だいたいアタシはそのために作られたんだから」
「でもその君がここにいるって事はここはやっぱりゲームの中なのか」
「うーん。それがそうとも言えないのよねぇ」
フィルはちょっと困ったように言った。
「この世界はこの世界として独立してるのよ。ジェネシスが出来る前からね」
やっぱりそうか。コンタは自分の考えが正しかったと思った。
「パラレルワールドって知ってる?ここはそういう世界なの」その単語ならコンタでも知っている。アニメやマンガによく出てくる単語だ。
「でもジェネシスとまったく関係がないってワケでもないのよねぇ」
「そうなの?」
フィルは呆れたといった顔でコンタを見た。
「じゃあなんでアタシやあんたがここにいるのよ」
そうだ。僕はともかくフィルがいるという事はジェネシスとは無関係とは思えない。
「ねぇ、ホントの所はどうなの?僕にはさっばりわからない」
「それがねぇ」
フィルはまた困った顔をした。
「実はアタシもよくわかんないのよ」
「おい」
「しょーがないでしょ。アタシは2ヶ月前にいきなり実体と自我を持たされてこの世界に放り出されたんだから。わかるワケないじゃない!」
フィルの声は涙声だった。
「気がついたらここにいてこんな格好で空飛んでて。頭の中は膨大な記憶や知識でいっぱいでもうグチャグチャだったんだから!」
フィルは泣きじゃくった。コンタは黙ってフィルを見ていた。無理もない。自分は13年という時を生きてこの世界に来た。しかしフィルはたった2ヶ月前にいきなり自分の意識を持ってこの世界に現れたのだ。混乱するのは当たり前だ。
「…ゴメン。君も大変だったんだよな」
フィルは泣いて少しは落ちついたのかゆっくりと喋りだした。
「…それから2、3日で頭の中を整理してアタシがジェネシスのサポートキャラクターだった事を認識したら頭の中で声が聞こえたのよ」
「声?」
「そう、この世界の絶対神」
絶対神?またわからない単語が出てきた。
「絶対神?」
「そうこの世界の絶対神。ジェネシスよ」
「ジェネシスって!じゃあやっぱりここはゲームの中の」
コンタの言葉をフィルがさえぎった。
「あんたってホント頭が悪いのねぇ」
フィルは空中でひらりと一回転してコンタに向きなおった。
「ゲームとここの世界はまったく別の世界だって言ったでしょ。これは基本中の基本よ。しっかり頭に叩き込みなさい」
コンタは思わず苦笑した。ゲームの中のフィルとはまるで違う。ゲームのフィルはいつも丁寧な喋り方でおとなしい。しかし、目の前にいるフィルはずけずけとした態度で口も悪い。でもこっちのフィルの方が好きだ、とコンタは思った。
「あーあ。これからあんたをサポートしなきゃならないなんて気が重いわ」
フィルはため息をついた。
「僕をサポート?」
「そうよ。だって勇者はあんたしかいないんだもん。しょうがないわ」
フィルは肩をすくめた。
「僕が勇者?勇者ってなんなのさ」
勇者という言葉の意味がわからなかった。
「あんた、自分だけがこの世界に連れてこられたと思ってたの?そんなワケないでしょ」
「あんたと同じ年齢であのメールを開いた中で50人の子供が選ばれてこの世界に連れてこられたのよ。なんであんたが選ばれたのかアタシには見当もつかないけど」
僕の他にもこの世界に連れてこられた子がいる。コンタは今までそんな事は考えもしなかった。
「その中で勇者になる条件を満たしたのは残念ながらと言うべきかあんたしかいなかったのよ」
「じゃあ僕はもう勇者なの?」
「当たり前じゃない。ゲームの中で使ってた鎧と剣を手に入れたでしょ」
コンタはさっきの魔物との闘いを思い出した。鎧の方は覚えていないが確かに剣を使って魔物の首を跳ねた。
「まぁ、あんたがあれを使えたのはこの子が力を貸したからだけどね」
そう言ってフィルが手を振るとフィルの横に少女が現れた。
銀色の髪の少女がそこにいた。
あの子だ!コンタは駆け寄った。
「君は誰?どこにいるの?」「映像に話しかけてどーすんのよ」
呟くフィルの声は無視してコンタはまじまじと少女を見つめた。今までの印象よりは幼い。自分と同じくらいの年齢に見えた。長く伸びた銀色の髪がとても美しかった。
「この子は誰!どこにいるの!」
「まあ、落ち着きなさい。勇者さん」
フィルはなだめるように言った。
「この子の名前はフィオリーナ。この子を助ける事が勇者になったあんたがまず最初にやる事よ」
フィルに言われるまでも無い。自分がこの世界に来た理由はそれなのだから。
「でもそれだけじゃダメよ。勇者のやる事は一杯あるんだから」
「一杯って」
「決まってるじゃない」
フィルはこれまで見せた事のない真面目な顔つきで言った。
「この世界を救うのよ」
唖然とするコンタを見ながらフィルは続けた。
「まあ、なんとかなるでしょ。なんてったってこのアタシがサポートするんだから」
フィルはいたずらっぽく言うと手を振った。フィオリーナの姿が消えた。
「これから色々教えてあげるわ。今日は帰るね。おじいさんが心配してるだろうから」
消えようとするフィルに向かってコンタは言った。
「ちょっと待ってよ!勇者の条件ってなんだったのさ」
消えようとしていたフィルはコンタの顔に触れるくらいに近づいてきた。
「勇者の条件。それはね」フィルは真顔だった。
「自分の命を捨てても誰かを守る事」
そう言ってフィルは満面の笑顔を浮かべた。




