72 咎人のコウサツ編その12
「本日はお付き合い頂きありがとうございます」
「別にいいが、何だってこんな夜更けに連れ出したんだ」
クリノの姉達が新たな勇者を呼び出した翌日。町の人間が寝静まる深夜に連れ出された。
前を歩く長身の男。鎧を纏っていないゼナが闇夜の中を進んで行く。
慣れないローブに着替えさせられたので、裾を踏まないよう注意する。
「知っておいて欲しい事があります」
到着したのは風の音が響く谷間の入口。
暗くて良く見えないが、何かがひしめく音と大きな息遣いが感じられた。
岩壁の前で足を止めたゼナは、拳で何回か壁を叩いた。
するとただの壁だと思われた岩に穴が開き、扉が現れた。
「隠し扉です」
誰かに見られないうちに素早く中に入ると、すぐに扉は元の岩に戻った。
中には広い空洞があり、細長い道が奥へと続いている。
壁にあるランプの様な入れ物には石が詰まり光を発していた。
先にはいくつか分かれ道も見える。
「左を直進すれば砂漠の国へ、右へ二回と左へ一回進み三日程歩き続けると花の国付近へ出られます」
「他の道は?」
「罠です。全て谷の中心へ導かれ、朽ち欠け竜と骸骨兵の餌食になるでしょう」
道は中で細かく分かれているらしい。知らない者が入れば命は無いという訳だ。
「他国との国交は途絶えていますが、情報を得るため一部の者だけがこの道の存在を知っています」
剣の腕も立ち、口が堅そうな男は国の機密を預かるにはうってつけだろう。
なぜそんな重要な情報を自分に知らせたのか。
こちらの疑問を察したゼナは、フードを取って真っ直ぐな眼差しを寄越した。
整った顔立ちに金髪と澄んだ淡い瞳。自分より余程勇者に相応しい風貌だ。
「勇者様にお願いがあります」
主君にする様に、ゼナは跪き頭を下げた。
「いずれ王は実験と称し、巫女や賢者様を手にかけるやも知れません」
あの白髪ジジイなら確かにやりそうだ。
この国の巫女といえば、手頃な娘達がすぐ側にいる。
目の前の男の大事な妹達が。
「もしそうなれば、妹達を逃がして頂けませんか」
顔を上げた男は真剣だった。
「あいつら全員をか?」
七人の女共を連れて国外脱出なんて出来るのか。まだ全員の顔と名前も一致していない。
いや、そもそもどうして自分がそんな面倒な事をする必要がある。
「二人の妹は国外にいるため、この国にいるのはクリノ達五人だけです」
五人も七人も大して変わりない気がするが、聞きたいのはそこじゃない。
「殺されてたらどうする」
「ここに運びます。追っ手は全て私が片付けましょう」
「水や食料は」
「既にいくつか隠してあります。実行の際には場所を記した地図をお渡します」
さすがまとまりの無い女共を束ね、王からの信頼を勝ち得る兄貴。用意周到だ。
「王に話したら」
「殺します」
即答だ。
「冗談だ」
「ええ、勿論分かっています」
罪人達の命を一瞬で絶つ男の笑顔は、気味が悪いくらい綺麗だった。
昨日見たガキにどこか似ている気がする。
思ったよりも厄介な状況に巻き込まれている。
これは早く命の魔法の力を使いこなさないと自分の身が危ない。
「賢者は?」
「賢者様はお助けしなくても結構です」
「そうか」