71 咎人のコウサツ編その11
「いいかお前達、二度と勝手に召喚を行うな」
目を覚ますと辺りは既に夕闇に包まれていた。
あの後すぐに眠ってしまったらしい。魔法とやらで思ったより消耗していたようだ。
階下から聞こえたゼナの声と続く巫女達の声。何やら説教を受けている雰囲気だ。
「勇者さまー、お目覚めですか?」
控えめなノックの後に声が響いた。
扉を開くと大きな紙袋を手にしたクリノが立っている。
「あっ、すみません」
両手が塞がっていたクリノは中に入り、紙袋を小さなテーブルへ降ろした。
釣り銭の銀貨と銅貨も脇に置く。
「頼まれた新しい下着とお洋服です。サイズはお兄様より小さめでしたよね」
「ああ」
服は奇抜な物を持ってこられても困るので、兄貴のと似たようなデザインを頼んでおいた。
町を歩いている奴と変わりない普通の格好だ。
「後は石鹸に、ハチミツとハーブですね」
「全部手に入ったのか」
「はい。ハチミツは珍しくて凄く高いんですよ。普通の人は買いません」
この世界では物の価値が随分違う。材料集めの前に支度金を貰って正解だったな。
袋の中身を確認していると、クリノがこちらをチラチラと見ている。
何かを期待する様な、餌を前にしてお預けを食らった犬の様な眼差し。
「助かった。ありがとう」
「あ、いえ!お礼なんてとんでもないです。お料理と買い物ぐらいしか出来ませんから」
違ったか?三つ編みの巫女は物欲しげな視線を止めない。
紙袋から品を出していくと、ある物に注目しているのに気が付いた。
「これか」
取り出して目の前に突き出したのはハチミツの瓶。甘い黄金色の輝きに熱い視線が注がれている。
「おいしそう、じゃなかった!綺麗だから見ていただけですよ」
慌てて首を横に振って視線を外す。嘘がとてつもなく下手な女だ。
「やるよ」
ハチミツが高価だなんて黙っておけばバレないだろうに。
妙な所で律儀な奴だ。
「いいんですか!?」
「大して量を使う訳じゃないからな。それに」
紙袋の中からもう一つの品を取り出す。
「二つあるからな」
ハチミツの瓶は二つ用意されていた。最初から一つは自分用に買っていたのだ。
「えへへー」
照れ笑いをする女は意外と強かな面も持っているようだ。
「ありがとうございます。もう少しでご飯ですよ」
クリノは上機嫌で部屋から出て行った。
すると、入れ違いに金髪女が階下から上がって来た。
説教されて落ち込んでいるのか、いつもより表情が冴えない。
「ここが空き部屋になっているわ。好きに使って」
他にも連れがいるようだ。まだ会っていない姉妹か?
「食事はどうするの?一応用意はするけど」
「本日は結構です。部屋で休ませて頂きます」
随分他人行儀な会話だ。家族ではないのか。
気になって部屋から出てみると、末の妹よりも小さなガキが連れられていた。
「それじゃあお休みなさい。勇者様」
勇者?あの金髪女が呼んだのか。
黒髪のガキはすぐにこちらに気付いて振り向いた。
見た事の無い妙な格好に木の棒を腰に付けている。
「あの方は?」
「へ?ああ、妹のクリノが呼んだ勇者様よ。凄く珍しい命の魔法の使い手なの」
一瞬、ガキの背後にもう一人ガキが見えたような気がする。
瞬きするうちに消えてしまったが人間には見えなかった。
「初めまして、僕は桃山汰郎と申します」
ガキは全く隙の無い完璧な笑顔を寄越して見せた。
何だこいつ。