59 モモタロウ編その29
「私の力が及ばす、申し訳ありません」
金の杖を持った紅の賢者が頭を下げた。
翌日、汰郎は賢者に帰還の術を試してもらったのだが結果は失敗だった。
「構いませんよ。僕も大して期待はしていませんでしたから」
笑顔の汰郎が彼を慰めているのか、馬鹿にしているかは王には判別出来ない。
巫女達は汰郎がすぐ帰還してしまわないと分かり、内心ホッとしていた。
賢者は一枚の地図を汰郎に渡した。安物とは違い精密に描かれたものだ。
「他に帰還の術を使える者は存在します」
地図には二つの印がある。
一つは現在地から東に大陸を渡り、花の国を南に下った水の国。
もう一つは東の果てから北に進んだ氷の国だ。
「我が国の情報では、水の国の巫女が帰還の術を使えると判明しています」
「こちらの印は?」
「ここは、あまりお勧めしません」
氷の国に続く東の大陸は黒く塗り潰されていた。
「以前妖精の国があった場所です。今は悪魔に占領されています」
「この黒い所全部!?」
地図を覗き込んだコイが驚きの声を上げた。
花の国の東側の半分が塗りつぶされ、北の大陸の道まで続いている。
「氷の国とは長らく連絡が取れず、現在どのような状態なのか見当が付きません」
「でも印があるって事は、帰還の術を使える巫女がいるのね」
「力が途絶えていなければ。氷の国には未だ魔法の力が残っていると言われています」
世界中から魔法の力を奪った悪魔の本拠地が近いからか。
氷の国では一般の者も以前の様に魔法が使えるらしい。
たた、道のりは非常に危険で困難を極めるだろう。
「氷の国まで船で行けないんですか~?」
陸路を使えば長く険しい道だが、海ならば簡単に行けるのではないか。
ノネの言葉に紅の賢者は首を振った。
「海には恐ろしい魔物が大量に生息しています。とても普通の船では渡れません」
最近は魔物だけでなく恐ろしい海賊も出るという。
空でも飛ばなければこの少人数で海を渡るのは不可能だ。
「朽ち欠け竜を飛行不能にしてしまったのが悔やまれますね」
そう言いながらもあまり残念そうではない汰郎。
コイはポンと手を打った。
「そっか、汰郎様には空を飛ぶヨーカイがいるもんね」
「天翔では僕を乗せて飛ぶのは難しいでしょう」
「え?じゃああの大っきい人に乗って海を渡るとか」
「生憎あれは船を沈めるのが専門です」
自分一人なら乗れない事も無いが、巫女達三人を安全に運ぶとなれば別だ。
海坊主に魔物を避けて進むなど器用な真似は出来ない。
「とりあえずは水の国へ向かいましょう」
「ですね~」
「駄目だったら次の手を考えればいいわ。」
「おや?フレカさんは失敗すると思っているのですね」
じっと見つめられた彼女は慌てて首を横に振った。
「違うわよ!成功すると思ってるわ。本当よ!」
「分かってます。冗談です」
「もう!真顔で言わないでよ。全く」
ぷいと横を向いて膨れるフレカに妹達がちょっかいを出している。
若い娘達が戯れる様を、ビッグスはにやけた顔で眺めていた。
「オラッ!」
パコーン!と王の頭を金の杖が直撃した。
「な、何をする?!」
「何をする、じゃねぇ!女を見てる暇があるならとっとと仕事をしろ!」
頭を押さえる王に紅の賢者は書類の山を寄越した。
「おい、これは」
「魔物討伐隊の編成や町村への警備兵派遣の計画書その他諸々だ」
「ちょっと多過ぎじゃないか」
スパコーン!
口答えした王に再び杖が降ろされた。
「殴るな!お前、赤の賢者かっ!?」
「うるさい!砂漠の国に平和を取り戻すまで、女遊びは禁止だ!」
「何だとーー!?」
ビッグスの叫びと賢者の応酬は、一週間続いたという。