55 モモタロウ編その25
「後ろの群れが追い付いてくるぞ!」
一旦足を止めた群れを追い越す形となって、一塊が目前へと迫った。
「ええい!とにかく迎え撃て!」
ここまで来れば最早作戦を練っている時間は無い。
ビッグスと兵達は魔物の群れに正面から戦いを挑んだ。
サンドワーム自体は大して強くない。一体ずつ狙っていけば確実に数を減らせる。
「オーノー、何て事!和平交渉は無力だと言うの」
魔物との戦いが始まってしまい、リリィはがっくり肩を落とした。
今まで散々駆け回って平和的解決を望んでいたのだ。
苦労が報われぬとなっては落胆も当然だろう。
「汰郎様、手伝わないんですか~?」
王達の戦いを汰郎は巫女達と共に眺めていた。
海坊主は札に戻し、彼女達も地上に降りている。
「そうだよ!助けてあげようよ。賢者様を凍らせたみたいにバーンと」
「残念ですが、この距離ではもう凍江は使えません」
「えっ、どーして?」
不思議がるコイに紅の賢者は苦い表情だ。
「あんなものを出されては魔物どころか兵まで凍ってしまう」
「さすが賢者様、良く分かっていらっしゃる」
「この身で経験すれば嫌でも分かるわ!」
「まあ付近一帯を雪国に替えてもいいのなら、犠牲は伴いますが魔物は倒せますよ」
笑顔で最悪の手段を語る汰郎に賢者は言葉を失った。
こいつ本当は悪魔なんじゃないか、と湧き出す疑念がしっかり顔に出ている。
「汰郎様、賢者様で遊ぶのも程々にして欲しいわ」
見かねたフレカが助け舟を出す。
「あるんでしょう?他の手段が」
「ありますよ」
しれっと答える汰郎に、フレカはやれやれと肩をすくめる。
段々彼の悪い冗談を理解出来るようになってしまった。
嬉しいやら、悲しいやら。
「ただ敵を一か所に固めなくてはなりません。ついでに兵の避難も必要です」
避難対象に王は入っていなかった。
文句を言っても始まらない。紅の賢者は前線で戦いを続けるビッグスに呼び掛ける。
「王!私の杖を渡して下さい」
「何?いや、これは余の」
「いいから寄越せ!今の状況で見栄張ってる場合か!?」
賢者の怒号に、ビッグスは渋々背中から金の杖を取り出した。
「後でちゃんと返せよ」
「元からお前のじゃねぇ!」
杖を投げた王の顔は心なしか笑っているように思えた。
「付近の警護と兵の離脱は私が何とかしよう。後は魔物の誘導だな」
「あの~、その事ですけど~」
動き出そうとする汰郎と紅の賢者に、ノネがおずおずと手を上げた。
「さっきリリィさんが叫んだ時、魔物の動きが止まりましたよ~」
「でも一瞬だったわ。またすぐに動き出したじゃない」
ノネの意見にフレカが反論する。
会話が成立したかに思えたが、サンドワームの歩みは止まっていない。
「いや、見てみろ。あの部分のワームを」
賢者は追い越されたサンドワームを指した。
一見すると特に変化は無く、のろい歩みを続けている。
「明らかに他よりも遅い」
後方に居た他のワームに再び追い越されている。
あの集団だけがやけにゆっくりと、何かを確かめるかのように砂地を這いずっていた。
「言葉は通じていなくとも、危険信号を感じたという事ですか」
「分からないが試してみる価値はある」
頷き合った二人。賢者は魔法の布を展開し、汰郎はリリィの元へと近付いた。
未だ彼女は落ち込み続け、砂に落書きをしながらいじけている。
「どうやって慰めるつもりなのかしら」
「汰郎様の優しい言葉って想像出来ないよね」
「ちょっと気になります~」
ヒソヒソ話す巫女達はこっそり近付いて聞き耳を立てた。
汰郎は彼女の肩を叩き、一言。
「リリィさん。貴方はヒーローですよ」
「ハッ!」
ヒーロー。
その言葉は彼女の原動力にして信念。
アイデンティティーと言っても過言では無い。
「そうよ!私はヒーロー。助けを待つヒロインじゃない!!」
勢い良く立ち上がった彼女は朝日に叫んだ。
「諦めてはダメ!試練を乗り越えるのよー!!」
輝く日の光が祝福するかのように彼女に降り注ぐ。
ポニーテールの金髪と、燃えたぎる瞳がキラキラと輝いた。
「では作戦を伝えますので、言う通りにして下さい」
軽く流した汰郎は事務的に要件を伝える。背後では脱力した巫女達が遠い目をしていた。